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新連載 「乳幼児と絵本」シリーズ(7)
集団保育の中で絵本の記録をとること

佐々木宏子

 「あかし保育絵本士」講座では、「シリーズ2」で書いたたように、記録については初期の頃は5回目の講義で行っていました。その時、「絵本の記録をとったことはない」という記述が受講生の中でかなりありました。確かに、勤務時間中は子ども相手の保育に手がいっぱいで、ゆっくりと振り返り記録する時間などはないのだろうと考えていました。例えばその一部を引用してみると、
記録やメモは私の中で考えたこともなかったので、正直びっくりするとともにそのような取り組みをされている園は素晴らしいと思いました。読むことに精一杯な自分に力不足を感じました。保育者同士で協力し合い、子どもの成長や課題を見つけ、私も一緒に成長していきたいと思います。(略)どのような場で毎日、週に一回など頻度を決めて記録した方が良いのでしょうか?
記録をとったことがなかったのですが、ボランンティアさんが月に1回、読み聞かせに来られているので、その時に記録していくようにしたいと思った。月1回でも子どもたちの様子を客観的にみられるチャンスがあったのだと気が付いた。
絵本の読み聞かせの場面を記録するということを、今回、初めて知りました。何気なく保育の中の一つとして絵本を読んでいたので、記録をとるということがとても新鮮でした。また、記録をとることで今まで見えてなかった子どもの姿や自分自身の読み聞かせの新たな発見ができると思いました。
子どものつぶやきを大切にするという考えが今までなかったので、新鮮でした。読むことに必死になってはもったいないと感じたので、これからは少し心に余裕をもって子どもたちの言葉に耳を傾け自分自身も楽しめるようにしていきたいです。
日々の保育の中で絵本の読み聞かせは大切なことと思いながらも、子どものエピソードや絵本が子どもへの理解につながることまで思っていなかった。講義を受けて、一人ひとりの子どもにとって絵本との出あいがどれだけ大事なことか改めて実感しました。

 私の感覚では、記録をとったことがないと明言する受講生は、年度にもよりますが大体3割くらい存在するように思いました。しかし、記録をとっていなくても、「とっていない」とわざわざ書く必要もないので、この割合には、あまり意味はないかもしれません。そして、個別のレポートの内容をじっくりと眺めていると意外なことを発見しました。

 例えば、「びっくりした」と述べている受講生①は、それまでに出された課題で下記のような記録をすでに提出していたからです。

・お昼寝明けに静かに起きてきた2歳児の子どもが『いいおへんじできるかな』(きむらゆういち/偕成社))をもって布団に座って読んでいた。すると次に起きた1歳児二人が、絵本を読む2歳児に興味を持ち、隣に座り一緒に見る。最後まで読み終わると小声で2歳児の子が保育者役となり1歳児二人の名前を言い返事させていた。朝の会では返事をする際は、少し恥ずかしがりながら返事をしなかったりする子だが、子ども同士の遊びの中では堂々とニコニコして返事をしていた。

 この記録を読み、今度はわたしの方が「びっくり」しました。なぜならば、集団保育ならではのとても面白い絵本記録だったからです。これだけの記録がとれているのにどうして彼女は「記録やメモは私の中で考えたこともなかったので」と、書いたのでしょうか。おそらくは、「絵本の記録」ということを、ごく一般的な保育記録とは異なる特別なスタイルや技術が必要と考えていたからではないでしょうか。

 また、②の「記録をとったことがなかったのですが」と書いていた受講生も、次の課題では以下のような記録を提出してきました。担当は5歳児です。

・『ぐりとぐら』(なかがわりえことおおむらゆりこ/福音館書店)の絵本を読んだ後、空き箱などの廃材で制作をしていた子の中から“さっきの話のホットケーキを作ろう”という声が上がる。段ボールや発泡スチロールの箱などを組み合わせてホットケーキを作る。他の遊びをしていた子も“フライパンがいるで”“卵も作ろう”と次々に道具や食物を造り始める(略)。
 子どもたちは作りたい気持ちが強いので、たくさんのホットケーキや道具が出来上がる。みんな自分が作ったものを使いたくてウズウズしている(略)。子どもたちはお話の世界に入り込んで作りたいものを作って楽しんでいる。

 要するに保育の観察力もあり書く力量もあるが、多忙なのと記録に残すことの意味があまり認識できていなかったということだけなのかもしれません。しかし、促されて書いてみると、

・記録をとることで今まで見えてなかった子どもの姿や自分自身の読み聞かせの新たな発見ができる。
・記録をとっていないが、記録事例を見るとおもしろいなと思った。絵本読みの記録をとることでより具体的に改善点や良い点を見つけることができると思いました。

 また、記録をとることの困難さについては、
・そのまま書こうとすると長文になる状況を、分かりやすくポイントを押さえて書くことは難しい。
・①端的に描くと状況が伝わりにくい。②絵本を読んでいない職員とエピソードを共有することは難しい。③子供によってイメージの相違がある場合は枝分かれがあまりにも多く拾い上げることが難しい。
・心に留まることは多々あるが、日々の保育の中でどんどんと新しい情報が入ってきて、風化されてしまい、課題が出ると思い出せる事柄が見つからない時がある。
等の問題を指摘する意見もありました。

 どうしたらいいのでしょうか? 一つには保育(教育)実習の時に要求されたような時系列で観察したことをすべて書き連ねる、「報告書」のようなイメージがこびりついているからかもしれません。
 そのような機械的なイメージをまずは捨てて、絵本を読みあっている子どもたちの様子を眺めていて、「面白い」「そんな風に読むんだ!」「あれ! あの遊びはきっとあの絵本からの続きだな」等など、保育者が印象に残ったことを単語レベルいいからメモとして残すことから始めてみませんか。多くの子ども達への一斉読みで、すべての子どもの記録をとることは、最初からはできません。まずは、印象に残ったことを一つから始めることがいいでしょう。

 忙しければ、子ども達のお昼寝タイムや保育者の昼食時にスマホに印象に残ったことを、吹き込んでおくことも可能でしょう。そして、週末などに振り返りまだ印象深く残っていることをまずは、エピソード記録として残すことはできませんか。一週間後に振り返ってもうすでに頭から消えてしまったことは、わざわざ思い出すことはないと思います。それだけのことですから。

 それでも、何も思い出すことも印象に残ったこともないのならば、それは保育者としてかなり問題があります。 子ども達とのかかわりの中で、自分が経験した発見や驚き、意外性の感情を自分の中でじっくりと反芻し、意味づけ育てる心が失われているからです。それでは、保育が惰性になり子どもたちの言葉や行為とひびきあい、共鳴・共感する力が欠落していることになります。保育という仕事のもっとも魅力的な部分であるにも関わらず、です。

 保育記録や絵本記録、絵画や砂場の記録も(様式の定まった報告書は別にして)スタートは同じであると思います。 記録することは、子ども達の好奇心に共鳴し共有できる幸福感、面白くて楽しい感動体験・充実体験を自分のために残しておきたいという、強い衝動や欲求が原点になるのではないでしょうか。 そこには客観的な視点や定まった決まりなどはないように思います。イラストや漫画形式でも構わないと思います。

 最小限のポイントは、「あかし保育絵本士」講座の課題で使う回答用紙のフォーマットくらいでしょうか。そこでは、①その絵本は誰が選んだのか ②読みあっている場所もしくは絵本にまつわるエピソードが発生した場所はどこか ③それはどのような状況か(外遊びの時、お昼寝のあと、ままごと遊びの時等など) ④エピソードが生まれた年月日 D絵本のタイトル・作家名・出版社名だけが、要求されています。

 最初はぎごちなくてもいいですし、2、3行でもいい。今回の講座のワークショップの中で他の保育者の記録や意見を聞くこともよいヒントを得る機会になります。基礎コースと応用コースを履修したある保育者は、絵本そのものの研修もさることながらもっと大きな経験だったことを以下のように記述しています。

・市内の公立・私立の就学前施設の職員が自らおなじ目的をもって集まることがとても新鮮で…それぞれの話を聞くいい機会になったと思う。(略) お互いに保育を語ること、話を聞くことはその先生の資質をあげることに直接的につながっていくと思う。 (略)場としてみると、教師や保育士の資質向上は切実な願いである(注:下線は佐々木)。

 記録をとることの一番大切な意味は、短くても保育者であるあなた自身の感動や驚きを記憶にとどめ、「それはなぜだろう」と日々考えることの習慣があなたの中に多様な視点を蓄積していくことだと思います。私は講座の中で保育者の素晴らしい感動的な記録は、その都度、他の受講生と共有するようにしています。今回は触れることはできませんでしたが、いつか、この「シリーズ」でも紹介してみたいと思います。それは、読み聞かせや書き方の技術というより、多くの場合、保育の場に自由感があり子ども同士の関係の多様性が土壌としてあれば、自然に生み出されてくるように思います。

 記録に残すことは何も言葉や文章だけではありません。子ども達は、読後に絵をかいたり造形物を造ったり、粘土で再現したり砂場に主人公を出現させたりと、実に多様な「絵本の感想」の跡を残します。これも立派な記録です。本稿では触れることはできませんでしたが、いつか紹介したいと思います。


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