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新連載 「乳幼児と絵本」シリーズ(11)
絵本は「保育の中心」になりえるのか?

佐々木宏子
 「あかし保育絵本士講座」で絵本と保育について学びはじめ一斉保育の枠組みを壊し始めると、子ども達一人ひとりの反応が細やかに表現され始め、保育は楽しくなります。それまで一斉保育の中で、「教える−学ぶ」の関係では見えなかった子どもの個性が分かり始めるからです。
 もちろん、泥遊びやままごと遊びなどを通しても、子どもの個性は見えます。しかし、絵本はあらかじめ作者や画家の人生観や物語が、明確な枠組みとして現わされている二次資料です。それゆえ、子ども達はその枠組みの中で反応してくれますから、保育者には分かりやすいものです。例えば、受講生の表現として、

・「ちょっとした瞬間などをエピソードとして感じることで、その子ひとりひとりの思いがより詳しく見えてくるなと感じる」。
・「ひとつひとつのエピソードにも、見方や見る方向を少し変えると様々な“その子”が見えてくると思うと、絵本を読みあうのも一段と楽しみになりました」。
・「思わず言葉や声に出してしまう子どもの一言ひとことにも、今まで以上に耳を傾けたりその声の思いを汲んでいってあげたいと思いました」。
 
 子どもが、砂や水、積み木・粘土などの素材玩具を使って遊ぶ姿からは、子どもがどのような問いかけをしたり、学んでいるのかが見えにくいものです。しかし、絵本は言葉と絵という大人優位のメディアなので、保育者側にはそこでのやり取りは格段に理解しやすく「教えている」という満足感も得やすいものです。再び、新たな「枠組み」が立ち現れる危険性があるのです。
 
 その中で、とても優れたレポートを毎回、提出する受講生から、以下のような文章が現れ、私は困惑・狼狽しました。応用コースに進んだ受講生の最初のレポートでした。
 
・「基礎コースを受講し、読みあいの大切さをより深く学ぶことができました。そして、より一層、絵本を保育の中心にし、現場の保育者と子どもたちが一体となって読みあいを楽しめるようにするには、どのように伝えていけばいいのかを深く考えるようになりました」。
 
 この受講生は、子どもの主体性を尊重し「一人ひとりが心から絵本を楽しむには、保育同様個々の興味や関心に寄り添い、何を求めているかを知ることが大切だと思った」との信念のもとに実践をしています。私が困惑したのは、私たちの講座が絵本に中心をおいたものであるゆえに、保育内容の中でもとりわけ「絵本」に特化しデフォルメされたものとなっています。
 
 そのため、当然のことながら、実践は絵本を中心にしたものに集中します。その結果、「絵本を保育の中心に」という言葉が思わず出てしまったのでしょうか。残念ながら絵本は保育の真ん中に位置付けることはできません。しかし、子どもの主体性を中心に「環境を通して行う保育」は、絵本から始めることも可能であることが分かりました。
 
 そこで、「保育全体の質」考えるための「チェックリスト」を作成してバランスを考える手がかりにして欲しいと、以下のようなリストを作成してみました。このリストは、2025年8月に行われた「保育は人なりセミナー(番外編)−こどもと共にある保育−」(主催:徳島こどものとも社 共催:保育は人なり実行委員会 協力:せいかつとあそび)で発表したものです。
 
 「環境を通して行う保育」の中に絵本を位置付けるための考え方を、「シリーズ」で取り上げるための準備として、まずは参考にして欲しいと考えました。
 
 
保育の質を高めるためのチェックリスト(3視点から)
 
佐々木宏子 (20250830)
 

Ⅰ 安心して挑戦できる心理的環境(子ども)
 
1. 失敗や間違いを笑われたり否定されない雰囲気がある。
2. 保育者が子どもの話や質問をよく聞いてくれる。
3. 子ども同士で意見が違うことを「考えるチャンス」と積極的にとらえる文化がある。
4. 自分の考えや気持ちを自由に言える雰囲気がある。

Ⅱ 継承と創造を促す自然と物的・人的環境(遊誘財)
 
1. 自然物(砂・泥・水・動植物など)を使って子ども同士で引き継がれる遊びがある。
2. 子ども達により引き継がれる有形遊誘財(玩具・造形遊具・教材など)がある。
3. 子ども達により引き継がれる無形遊誘財(ごっこ遊び・表現遊び・リズム遊び・伝承遊び・観察・蒐集など)がある。
4. 異年齢の子ども達が自由に交流できる時間・空間が恒常的にあり、遊び・学びが引き継がれている。
5. 季節により変化する環境(動植物・天候など)を保育活動に取り入れている。
 
Ⅲ 選択と探究の自由(子ども)
 
1. 活動に「一つの正解」がないことが分かり合える雰囲気がある。
2. 興味を深められる時間的な余裕がある。
3. 子どもの「どうして?」から活動を広げる文化がある。
4. 自分でやるかどうかを選べる自由がある。
 

Ⅳ 社会・歴史とのつながり(遊誘財)
 
1. 自然(公園・川・森林・海・山など)に定期的に触れる機会がある。
2. 地域の人々の暮らしや施設(美術館・図書館・博物館・動植物園など)と関わる体験がある。
3. 歴史的・文化的行事・現実的出来事などを、保育活動に取り入れている。
4. 自然・生活・社会を探究したり楽しんだりする絵本・図鑑・動画・道具などが、身近にある。

Ⅴ 保育者の姿勢と物的環境(保育者)
 
1. 子どもの好奇心や興味に気づき、それを保育活動の中心に位置づけている。
2. 遊誘財が宿すイメージ・感情・言葉・物語などを、次世代の子どもへ伝えている。
3. 保育者も一緒に驚きや発見を楽しんでいる。
4. 子どもの「やってみたい!」 を叶える環境の工夫をしている。
5. 子どもの小さな変化に気づき、記録(文章・写真・動画など)をしている。
6. 記録を次の保育活動や環境改善に活かしている。
7. 記録で探究の過程を可視化している。
8. 子ども一人ひとりの個性を把握し尊重している。
9. 子どもが遊びや生活を通して考え学んだことが、小学校低学年のどのような学習内容につながるかが大まかに理解できている。
10. 保育方針や内容をいつも保護者や外部に公開している。
11. 一日の日課の流れの中で、個人や集団活動において時間的、空間的余裕(遊び・食事・排泄・睡眠など)が生まれるように園舎が工夫されている。
 
※3視点とは、「遊誘財」・「子ども」・「保育者」です。

参考文献

1)佐々木宏子・佐々木晃 2022 『遊誘財・子ども・保育者』 郁洋社。
2)佐々木宏子・鳴門教育大学学校教育学部附属幼稚園著 2004『なめらかな幼小の連携教育』 チャイルド本社。

 すべての項目を「×ない」「△少しある」「〇かなりある」「◎豊富にある」で、に評価を記入することもできます。
チェックリストの使い方: 3視点は相互に関連していますが、3視点のどの分野が達成できているかいないかを考えるためのものです。
(20250929)


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