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新連載 「乳幼児と絵本」シリーズ(6)
集団保育の中で一人ひとりの子どもと絵本の読みあいをするために
佐々木宏子
現在の国のガイドラインには、「一人一人の発達の特性に応じた指導」(幼稚園教育要領)、「子どもの発達について理解し、一人一人の発達過程に応じて保育すること。その際、子どもの個人差に十分配慮すること」(保育所保育指針)、「園児一人一人にとってふさわしい生活の場であること」(幼保連携型認定こども園教育・保育要領)など、随所に一人一人を尊重する文言がちりばめられています。
しかしながら、保育者の数の少なさや環境の整備の不足から、なかなか保育現場で実践されていないように見えます。その理由の一つが、集団保育とは「保育者主導・一斉・一律」であるという意識が、保育者にしみついていることも原因の一つではないでしょうか。いや、保育者だけではなく研究者・保護者や一般の人々の中にも、「保育者主導・一斉・一律」は、集団保育のイメージとして岩盤のように根っこを張っているように思います。
そもそもの始まりは、年少担任の保育者から「シリーズ5」で書いたように、「子ども達が集中しない、選書に問題があるのだろうか?」という定番の質問の多さが気になったからです。そんな年齢で同じ本を全員が集中すること自体が無理だろう、と感じていましたので、いままでは基礎コースも後半になるとかなりこの問題を強く提起しました。
「あかし保育絵本士」基礎コースも7年目に入った今年(2025年度)、思い切って基礎コースの最初の講義で、ともに考える機会を持ちました。抽象的に「一人ひとり」と言っても、実践に移す場合は具体的状況を設定しなければ一人ひとりの意味が実感できません。最初の入り口として、「子どもが選書する」という切り口を設定して、保育者の視点が子ども個人に向かうようにしてみました。
子ども自らが選書することの意味について講義したあと、下記のような課題を出してみました。(具体的な課題/囲み文章)。すると、私が考えていた以上に素早く変化の言葉が返ってきました。
第1回の講座で「保育の中で絵本を選ぶ」ということは、保育者が行うものだけではないことをお伝えしました。「大人:保育する人 (絵本を選ぶ人・読む人) → 子ども:保育される人(保育者が選んだ絵本を黙って聞く人・聞かされる人)」という視点ではなく、これまでの保育での経験や過去の記録事例、また、第1回の受講後に見たり実践したりしたなかで、「子どもが選んだ絵本」を読みあう場面を、2枚目の【回答用紙】に、記録としてまとめてください。
「子どもが選んだ絵本」を読みあうのは、一対一(保育者と子ども、子ども同士、ひとり)、小集団(保育者と子ども、子ども同士)、クラス全体(保育者と子ども、子どもだけ)、子どもが異年齢同士(延長保育、通常の保育、その他)など、どの場面をとり上げても構いません。
絵本を介したあなた(保育者)と子どもとのやりとり、もしくは子ども同士のやりとりなど、その場面の様子(事実・出来事)を記入してください。また、その絵本読みの場面を通して、考えたことや気付きを記入してください。
趣旨のひとつは、保育者ばかりが絵本を選ぶのではなく、子ども自身にも選んでもらう。もう一つは、絵本の読みあいの形を異年齢同士、一人読み、子どもだけの小集団読み、年長の子が年少の子に読む等など、もっと自由にたくさんの選択肢を増やして、子ども自身に読みあいの主導権をもってもらうことでした。そのようにして読みあいの形を多様化することで、一人ひとりが浮かび上がるようにと配慮してみました。その結果、
・第一回を受講して以来、読んだ後、子どもたちが「ありがとう」ということに違和感を感じています。まさに保育する人、される人の構図のような気がします。
・自分が大勢の子どもを相手に絵本を読んでいるとき、数人の子どもが聞いていなかったりすると自分の読み方が悪かったのだろうか…と落ち込むことがありましたが、そもそも集団で座らせて読み手・聞き手に分かれている状況自体がおかしいのだと聞き、非常に驚きましたが、よく考えてみると確かにその通りだな…と思いました。絵本は「読み聞かせる」ものではなく「読みあうもの」だと教えていただきました。
・今回の場面は、1歳女児が絵本を初めて選び、読みあいを行った場面である。(5月に入園し6月から延長保育に入り、日中泣いていることが多い。他児のお迎えを見て泣くこともしばしば…。絵本棚の前に連れてゆくと『けんけんぱっ』(にごまりこ/さく 福音館書店)を自分で選んだ)(注:佐々木要約)。
他児や保育士が選んだ絵本を読むときは、最初は興味を示すものの、途中で立ち歩いたり他の玩具で遊びだしたりする様子が多かったが、今回は本児自身が選んだ絵本だと座っていつも以上に絵本に興味を示していた。やはり、「自分が選んだもの」という特別感のようなものは1歳児にも確立しており、その気持ちを大切にしてあげたいと思った。そのためには、子ども自らが選択できるような環境を整えていかねばならないと感じた。
(略)…子ども自身で絵本を選ぶようになってから、絵本を見る時間が増えたように思う。子どもへの関わり方を変えるだけで子どもの笑顔が増え、このような変化が起こるということを実感した。
・4歳男児(A)。怖いものが好き、恐竜・虫・魚などの図鑑をよく楽しみ、積み木で動物園などをつくる。集団の集まりなど、その他活動時にじっとしていることが苦手(略)。
絵本当番を日替わりで決めており、クラスの本棚から1冊をえらぶという決まりがある。この日の絵本当番A児はなかなか決められない様子であったので、クラス担任の私物絵本数冊の中から選書を勧めたところ、本書を手に取ってきた(『あいうえおばけだぞ』五味太郎/絵本館)。(略)A児は始終、本書に集中した様子で他児に負けじとおばけの名前を読み上げ、ページが変わるごとに様々な表情を見せてくれた。様々な特徴のおばけに対して、「すき」や「こわい」のほかに「へんなの」「どうして目があるの?」「なんでとけちゃうの?」など、読みあいの最中に多くの感想が言葉となって出てきた。子ども達の発言に大人が応答的に応えるように心がけ、子ども達と一緒に絵本を楽しむと、そのうち子ども同士でおばけに対する考察や感想を話し合う姿が見られた(以下略)。絵本の読みあいにおいて、その時々の子ども達の感想を受け入れ、場合によっては促し、時間をかけて絵本を介した子ども達とのコミュニケーションを楽しむことで、溢れ出た子どもの発想や世界観を一緒に楽しむことができた(以下長文の割愛)。
もっとたくさんの保育者の事例の引用をしたいのですが、紙面の都合もありほんの少しにとどめました。集団保育の場で、子どもたちと個別に読みあう機会を生み出すことは、保育者が何も一人ひとりを個室に呼んで、一対一で向き合うような意味ではありません。また、家庭保育のように、個別よみや小集団読み(祖父母・父母や兄弟姉妹など)、が基本である場合とも異なります。
集団保育の場合、選書も読みあう関係も子ども達に任せると、様々な読みあいの形が生み出されてきます。通常保育、延長保育、異年齢の交流、遊びの多様性等など、環境が充実していれば読みあいの形は家庭保育にはない豊かさと多様性を保障します。
その複雑で多様な関係の中に、一人ひとりの姿が浮かび上がってくるのです。集団ならではの‘個’が生み出されてきます。保育の場における一人ひとりとはそのような意味なのだと、私は解釈しています。
最後に、子ども達が年齢的にも幼い絵本やお化けの絵本ばかりに大騒ぎして困惑するという悩みも、しばしば聞きます。なぜでしょうか? いつも保育者主導・一斉・一律の読み聞かせばかり行うと、読みたくない子や理解できない子が動き出します。その落ち着かない雰囲気にうんざりした子は、それならば、みんなで大騒ぎできる絵本を選んで「盛り上がった方がマシ」という、子どもなりの工夫があるように思いました。
保育者主導から子ども主導への流れとそのバランスは、それぞれの保育現場で子どもと話し合って決めてほしいと思います。この問題は、また後で取りあげたいと思います。
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