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同志社大学「赤ちゃん学 概論」(2018年度)
〜 児童図書室と赤ちゃん〜

佐々木宏子(鳴門教育大学名誉教授)
2018年6月25日(月)
本日の授業概要
何のために赤ちゃん研究をするのか−私にとって「赤ちゃん学」とは−
 人間は、自らが生み出した命を守り育て、その子独自の新しい人格の出現をともに喜び、やがて別れて行く。そのプロセスにこそ人生の核があると考える。赤ちゃんは、赤ちゃん時代に好奇心を躍動させながら快適に過ごすことが保障されなければならないし、大人は赤ちゃんを育てることがいかに楽しく創造的な行為なのかを経験してほしい。
 大人=育てる人、赤ちゃん=育てられる人という関係ではなく、ともに育ち合う双方向的関係としてとらえることが、私の「赤ちゃん学」である。それゆえ、研究手法も赤ちゃんを対象化するのではなく、それぞれの家族の日常性を背景に生じる関係性において行う。赤ちゃん学とは、大人と赤ちゃん双方にとって、どのようなことが心地良いコミュニケーションとして成立するのかを探る学問だとも言えよう。
どのような環境が赤ちゃんを人へと育てるのか−子ども文化財の役割−
①赤ちゃんの生命を維持するためには、基本的に必要な衣・食・住等の条件が存在する。しかし、人として成熟するためには、さらに重要な条件が必要となる。
②赤ちゃんが生まれた社会において人(成人)となる為には、その社会固有の社会的・文化的・心理的成熟、発達が要求される。それらを育むものは環境として準備されており人間以外の動物には存在しない高度な精神的産物である。赤ちゃんのためにも、数多くの子ども文化財が環境として準備されてきた。それら財(有形・無形)には人間が築き上げてきた目には見えない抽象的な意味(知覚・表象・感情・理念等)が埋め込まれている。
 赤ちゃんは、周囲の大人とともに財の中に「凍結」されてきた抽象的意味の「解凍」を始める。それらのプロセスは、コミュニケーションとしてどのように表現されるのだろうか。 
なぜ児童図書室なのか−本のある遊び場−
 私は1987年に鳴門教育大学附属図書館児童図書室の開設を目指した時、その目的をたずねられ、「そこに山や海があるように静かに児童図書室があればいい」と書いた。最終的な目的は、大人が決めるのではなく一人一人の子どもが自らの選択と責任で決めることである。
 幼い子どもたちを迎え入れる社会的インフラが近年整備されつつあるが、児童図書室は赤ちゃんも当たり前のように利用できる、子ども文化財の一つの施設(場)である。赤ちゃんを児童図書室に連れてくる親は、赤ちゃんに早くから絵本を見せたいとの思いからだけで来るわけではない。兄姉と一緒に「おまけ」で来る。スーパーマーケットや児童館の子育て支援の場に遊び行く場合と同じような選択肢の一つに過ぎない。児童図書にやや比重を置いた遊び場というニュアンスだろう。親は、自宅にはない環境条件(本や玩具が沢山ある)の中で、学生ボランティアや他幼児とともに、赤ちゃんがどのようにコミュニケーションをとるのかを眺める。
 私は、それら子ども文化財が育む心理的・文化的特性とは何かを、定点観測的に観察できる環境の一つとして「児童図書室」を選択したに過ぎない。(注:教育大学附属図書館の中に「児童図書室」を設置することは、教育・研究に資するためであることが設立の趣旨である)。
児童図書室の観察から分かってきたこと−データを日常性から立ち上げる−
 児童図書室では、当日の状況に応じて随時「読み聞かせ」(読み合い)が個人的・集団的に行われている。「わらべ唄遊び」、学生の「人形劇」それに「七夕まつり」など様々な季節の行事が定期的に行われる。そのような催しから、赤ちゃんが何を快いと感じるかはまったく多様であり、いくつかの要因に絞ることなどは難しい。
・幼児が様々な行事に参加する様子を、傍観的に眺める赤ちゃん、その動きを懸命に追う赤ちゃん。
・様々な玩具(本も含む)を使って一人で遊ぶ、学生と遊ぶ。幼児達の遊びに勝手に割り込むが、その断られ方・受容のされ方も様々。玩具を舐めたりかじったり、本棚から本を引きずり出す。
・様々に工夫して積極的に赤ちゃんを絵本に出合わせようとする親。全く、自由にさせている親。誘われると愛想良く聞いている赤ちゃん。拒否して逃げ出す赤ちゃん。他人の親に絵本をもって行き「読め」と要求する赤ちゃん。
・親や学生、幼児が赤ちゃんに絵本を見せようとする。もってきた絵本の種類、見せ方読み方により赤ちゃんの反応も様々。
・ある日、突然に絵本を開きなにやら喃語を喋り、絵本のページをめくることに熱中する赤ちゃんなど、さまざまな行動が見られる。つまり、児童図書室なる環境が赤ちゃんに何を呼び起こすかはまったく多様である。追跡していてはっきりしていることは、早くから絵本に興味をもつ赤ちゃんがそのまま幼児期・児童期まで読書に興味を持つとは限らないことだ。幼児期から、あるいは小学生になってから、あるいは大学生になってから猛烈に本を読み出す人も少なくない。
 とくに、最近のように新しいメディアが普及し始めると、赤ちゃんは絵本よりももっと早く映像メディアやスマホ等へと引き込まれている。
では、なぜ絵本の読み合いなのか?−絵本を介在させることで親子の関係性の特徴が見える−
 授業当日は、絵本を仲立ちにして生まれる親子の読み合いのケースを、DVDや画像でいくつかお見せする。私の興味の中心は、親子のコミュニケーション方法の違いである。当日のビデオでは、以下のような三つのケースを提示する。
①母親が非常に積極的に身体を使ってコミュニケーションを取ろうとするケース
②母親が、言葉だけでコミュニケーションをとろうとするケース
③母親は、自由に環境に任せほとんど見まもりの態勢をとるケース
 この3ケースは、赤ちゃんのもつそれぞれの気質や性格が相互作用した結果成立するものであり、親だけが独立した変数ではない。
キーワード
絵本、読み合い、児童図書室、親子それぞれの個性、三項関係(赤ちゃん・絵本・読み手)、コミュニケーション方法


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