雑木林への道                            05/6/9
 坂 道
X型十字路が出会い地点とされた。しかし、石川さんの 「自白」 では、最初はこの十字路ではなく、少し先の山学校のあたりだった。
最初は、同方向に進むYNさんの自転車の荷台を捕まえたことになっている (6月21日、6月25日)。追い越していく自転車をとっさに捕まえる?・・・
さすがに、これには無理があると思われたのか、「自白」 は変更される。山学校のところから意味もなく引き返し荒神様の方へ向かっていたというのだ (6月27日、6月29日)。
・・・石川さんは、X型十字路まで帰ってきた。すると、前方からYNさんが自転車でやってきた。幼児誘拐を考えていたがとっさに変更。すれ違うYNさんの自転車の荷台をふり向きざま捕まえた・・・
車のある道が荒神様の方向 (2005年5月)
だが、写真ではよく分からないかもしれないが、荒神様の方向からこの十字路は緩やかな下りの坂道になっている。実際、現調中も数台の自転車が通ったが、結構なスピードがでている。
その荷台を捕まえられるかどうか、裁判官たちは実際にやってみるといいのだ。仮に、うまく捕まえられたとしても、はずみで自転車ごと二人とも倒れてしまうのがいいとこだ。この時点で大騒ぎになることはまちがいない。
YNさんが、まるで何事もなかったかのように自転車を降り、「ちょっと来い、用があるんだ」 と言う石川さんにのこのこついて行くなど・・・ありえない。
 雑木林への道
「自白」 によれば、この後、X型十字路から南東の方向の農道を進んでいる。雑木林への道である。
<YNさんに自転車をおさせ、自分はやや後で自転車の右側にくっつくように進んだ。雑木林の手前で、逃げられないように自分が代わって自転車をおしていった。周りには誰もいなかった> ということになっている。
写真を見れば、殺害現場とされた雑木林がだんだんと宅地化されてきたのが分る。今では全く当時の面影はないという。
しかし、この道の両側は、比較的当時のままだそうだ。
上・進行方向左(東) 下・進行方向右(西) (2005年5月)
そして、決定的な事実がある。当日、この両側の畑で、石川さんがYNさんを連れて行ったという時間帯に、合わせて5人が農作業をしていたのだ。この人たちは、自転車をおしていく若い二人連れは見なかったと証言している。
HYさん親子は、道の右 (西側) のすぐそばの桑畑で、GYさん親子は道から100mほどの左 (東側) のかぼちゃ畑で仕事をしていた。共に午後1時ころから作業を始めている。
そして、雨が降ってきたので仕事をきりあげた。本降りになったのは4時半ころで、この時間まで仕事をしていたと考えられるし、また、そう言っている。
しかし、2審寺尾判決は、HYさんが仕事をやめたのは降り始めの午後2時すぎだと、強引に時間を決めてしまった。
「いくらかぽつぽつ雨が降ってきましたんですけど、少しやっててあんまりたくさん降ってきましたから車で帰ってきたんです」 という証言を無視した。これは、本降りになったからやめたということなのだ。
また、GYさんは、途中でさらに500m東の畑に移動しているのだが、最初の畑では、「この場所で作業していた時間は3時間くらいでした」 と証言している。しかし、寺尾判決は、「同人らが最初の畑で作業したのは午後三時ころまでであったと認めて差支えない」 と、これまた都合よく時間をずらした。
そして、二人連れを見なかったという証言は、<その時間帯にその場所にいなかったからだ> というのである。自分で時間を勝手にずらしておいて、よくいったものだ。
出会いが、午後3時50分だとすると、この農道を通るのは4時前である。その時間帯、5人は道の両側にいたのだ。しかも、2人はすぐそばに。
助けを求められないはずはない・・・しかし、「自白」 ではおとなしくついてきたことになっている。こんなことを信じろと言う方が無理なのだ。