さて、藤乃の部屋を出たら毎度おなじみ真夜中のデート。愛の車は、厳を乗せてトコトコと夜の暗い道を走っていた。
「海ばっかりも飽きたし、山にでも行く?」
ハンドルを握る愛が横目でちらりと厳を見ながら、そう言うと、厳も視線だけを愛の横顔へと向けて応える。
「なんで、そんなに外が良いんだ?」
「昼間、部屋に閉じこもってるから、夜は屋根のないところに行きたいんだよねぇ〜」
「……吸血鬼か?」
「まあ、似たような物」
「……血を吸われるのはともかく、吸血鬼にはなりたくねーぞ……俺」
「私も血は好きじゃないかなぁ〜? どうせなら、精液が良いよって……言ったりして」
「……下品だよ、お前」
「あはは、自覚、ある」
呆れる厳の言葉を笑い飛ばすと、愛はカーステレオのスイッチに手を伸ばし、ボリュームを少し上げた。
アップテンポなユーロビートが車内にこだまし、窓ガラスを振るわせるほど。
その曲に会わせるように指先でハンドルを叩いてリズムをとり、彼女は車を走らせた。
いつもはまっすぐに行く交差点を右に入って、更にY字の道に入って、坂道を登る。見るからに山道って感じの道へと、車は入っていく。
「厳は海と山、どっちが好き?」
鼻歌を歌いながらハンドルを握っていた愛が不意に尋ねた。
「海」
厳が即答すると、また、愛は目線だけで厳を一瞥。すぐに正面へと視線を戻し、彼に尋ねた。
「理由あるの?」
「今住んでるところが、山ん中だからだよ。実家も山がちなところだし」
「ふぅん……」
「愛は?」
「一人じゃなくて、空の見えるところなら、どこでも良いよ。でも、同じ所ばっかりだと飽きちゃうんだよね」
「ふぅん……」
二人で言葉を交わしているうちに、道は山のてっぺん、尾根沿いを走り始める。もっとも、松だか杉だかは暗くて解らないが、ともかく、高い木立がずらっと並んでるせいで、景色は決して良くない。
昼間なら緑のトンネル……と言えるのかもしれないが、夜に通ればただただ暗いだけの尾根道だ。対向車線に車が来ることもなければ、後ろから追いかけてくる車もない。まるで貸し切りのような道。
そんな陰鬱な尾根道を、十分ほど走ると、再びY字路を右に入った。
尾根道からは少し逸れたようだが、相変わらず木立に挟まれた道だ。センターラインもなくなって、大型車同士だと対向するのも厳しいくらい。
「どこに行ってんだ?」
「この先に展望台があるんだよ……って、もう、潰れちゃってて、誰も来ないけどね」
厳の質問に愛が答える。
外灯一つ無く、両側には高い木立の林。真っ暗なトンネルのような道を、更に五分ほど車が走れば、途端に目の前が開けた。
愛の言ったとおり、展望台だ。
十台ほどの車がゆっくりと止まれるであろう広い駐車場には、ドライブインでもあったのだろうか? 右の方にコンクリート製の四角い建物がぽつんと一つ建っていた。しかし、それは夜目にも明らかなほどにぼろぼろ。窓も入っておらず、代わりに分厚い板が打ち込まれているような有様。壁も薄汚く汚れ、落書きだらけ。その落書きすら経年劣化に薄れてきてるような有様だ。
それでも、景色だけは最高によかった。
春か遠くには真っ黒く全てを飲み込んでしまいそうな海、その手前には人の営みが光の洪水として浮かび上がっていた。
手前にある光の塊は繁華街の辺り。先ほどまでバイトしてた商店街やチョコレートとコーヒー片手にだべっていた藤乃の部屋。光が薄いところは田んぼや畑が点在するところだろう。田舎らしい田園風景だ。それから遠い所にはひときわ大きな光の塊。おそらくは普段は横から見ているコンビナートだろう。海の向こう側と思っていたが、正しくは、湾の向こう側だと言うことを今更ながらに理解する。
「へぇ……良いじゃないか……」
「でしょ?」
そう言いながら、彼女は夜景にお尻を向けるように車を止めた。そして、止めた車のパーキングブレーキをガリッ! かけると、エンジンを切った。
かすかに聞こえていたエンジンの音と賑やかなユーロビートが消えれば、途端に静かになる。
「降りよう」
一声かけて、愛は車から降りた。
それに釣られて厳も車を降りる。
愛が向かったのは車の後ろ。
車と夜景の間にはサビの浮かんだフェンスが一つ。
愛がいつものようにリアハッチを開くと、胸くらいの高さのフェンスぎりぎりの所を通って、ハッチが上へと跳ね上がる。
ハッチが開けば、やっぱり、いつものようにバンパーの上、ラゲッジスペースの端っこに、彼女は腰を下ろした。
彼女の細く長い指先が、ロングブーツのジッパーに掛かった。
じーっ! と一気にジッパーを引きずり下ろしたら、それをぽいぽいと両方とも脱ぎ捨てる。
真っ白く細い生足がブーツから解放された。うっすらと汗を滲ませたつま先がどこか扇情的。その足をバンパーの上に置き、膝を立てれば、短いスカートの中がちらちらと見え隠れ。
今日は黒い下着のようだ。
そして、彼女は言う。
「しよ?」
満面の笑みに少しの苦笑いで応える。
「……情緒、ねーな……」
「青姦は情緒がないのが情緒なんだよ」
「……哲学的な事言ったつもりか?」
軽く笑い合いながら、愛の隣に腰を下ろし、彼女の肩を抱き寄せる。ふんわりと理性を解かす雌の香りが鼻腔をくすぐる。そして、唇を重ね合わせれば、ほんのりとチョコの味がした。
クチュリ……と音を立てて、舌を彼女の口内へと滑り込ませる。まるで残っているチョコの味を舐めとるかのようにねっとりと、口内を舐め、愛の舌に絡みつく。
「んっ……ふぅ……」
どちらの物とも区別の付かない甘い吐息が一つ二つと零れる。
愛の夕日のような瞳がとろんと濡れて光る。しかし、それは決して閉じない。瞬きすら、唇を重ねてる間は忘れていそうだ。
互いの手が、互いの背中に回り、互いの服を握りしめる。
唇は更に強く重なり合い、舌は自ら意識を持っているかのように、もう一匹に絡みつく。まるで一足先に交尾をしているかのような、濃厚な交わり。
互いの唾液が互いの口腔へと流れ込み、一つとなって、口角から滴り落ちる。
そんな時間をたっぷりと二人は楽しみ、そして、ゆっくりと唇を離す。
「「ふぅ……」」
小さな吐息が互いの唇から零れた。
トロッと唾液が零れた。
もう一度、ぐいっと彼女の体を、厳は抱き寄せる。柔らかい身体は抵抗することなく、厳の胸と腕が作る空間にしだれ掛かった。その体がまとう甘い体臭がより強く青年の鼻腔をくすぐり、理性を溶かす。
その背中に手を回して、青年は彼女のワンピースのジッパーを下ろした。
ジッパーが一番下まで下りると、愛が脱がせてとでも言わんばかりに身をよじった。
それに応えるかのように、青年もするすると肩からワンピースを引き下ろす。
一息にワンピースは脱がされた。
黒かと思っていた下着は濃いめの紫。ブラとショーツ、ワンセット。レースの複雑な刺繍、カップの上半分は透けていて、白い柔肌を飾り立てていた。
その高級そうなブラを鑑賞するときすら惜しむかのように、青年はホックへと手を伸ばした。
そして、ぷちんとフロントホックを外せば、控えめな乳房とその頂点で輝く乳首が露わになった。
乳首は相変わらず、鮮やかで透明感のある朱色。
その乳首にチュッと軽く口づけ……そのまま、体重をかければ、女は引き込むようにラゲッジスペースのフロアマットの上に倒れ込む。
「厳……」
甘い声で女が男の名を呼んだ。
その声に青年は胸から唇を離して、愛の顔を見上げる。
朱色に染まった顔と濡れた夕日色の瞳がなまめかしく見えた。
そして、彼は尋ねる。
「なに?」
「ううん……なんか……呼びたかっただけ」
「……そっか」
そう呟くように応えたら、再び、顔を彼女の乳房へと向けた。ふっくらとした柔らかい膨らみの上には赤く扇情的な乳首がぷっくりと膨れていた。その乳首を乳輪ごと唇に含んだら、厳はそれをコリッ! と少し強めに噛んだ。
「ひゃんっ!」
蜂に刺された駿馬のように愛の体が跳ね上がった。
それは一回だけでは終わらず、二度三度……その度に最初ほどではないが、愛の身体はぴくぴくと震え、彼女の唇からは悲鳴にも似た嬌声が上がった。
「そっ、それ……それ、凄く良い……ああ……たっ、たまんないよ……げっ、厳……」
震える声で愛がそう言う。
彼女の両手は厳の背中、白いワイシャツを引きちぎらんばかりに握りしめる。そして、両足がバンパーの端っこ、ぎりぎり辺りを蹴って、ぴーんと突っ張っていた。
その緊張した体を抱き締める。
そして、厳は愛の股間へと手を滑り込ませ、ショーツを下ろす。
無毛の股間、手入れしているのだと思うのだが、彼女のそこはつるつるで産毛すらろくに生えていない。
男を欲して開き始めているスリット、そこに指を差し入れ、極浅いところを弄ぶ。
そこはすでにしとどに濡れている。指を動かす度にクチュクチュといやらしい蜜の音を響かせ、ヒクヒクと青年に指に柔らかなヒダを絡みつけて応えていた。
「ひんっ! あっあっあっ……はぁ! あんっあんっ……厳……厳……」
切ない声がますます強くなっていき、つま先はぴーんと反り返る。
それでも彼は深くには入れず、極浅いところ、柔らかいヒダが絡み合う部分だけをしつこくせめる。
「はぁ……はぁ……あっあっあっ……」
指の動きに合わせて声が大きくなったり、小さくなったり……まるで楽器のようだ。
しばしの間、そこを攻め続ければ、彼女の中から透明で匂い立つ愛液がじわっとにじみ出し、厳の指先に絡まる。
それでも、じっくりと、女の浅い部分だけを攻め立て、同時に乳首の根元をこりこりと何度も甘噛みを繰り返す。
いつしか、愛の両手は背中ではなく、頭に回されていた。短めの髪の間に女の指が滑り込み、余り気を使っていない髪をいっそうグシャグシャにして行く。
「厳……厳……ああ……はぁ……はぁ……切ないよぉ……もっ、もっと……深いところ……」
甘える声が厳の耳たぶを刺激する。
青年は彼女の望み通りの場所ではなく、ぷっくりと膨れたクリトリスへと指を伸ばす。
その薄い包皮を手探りでそっと押しのければ、その包皮に守られていた肉芽が露わになった。その肉芽を指先、爪の先端で転がすように……
「ひんっ!? ああ……そっ、そこ……そこ……そっ、そこ、もっと……もっと……お願いだから、ねえ……お願い……」
愛の吐息はますます激しくなり、我慢できないとばかりに愛は厳の髪に指を絡ませる。
「痛いよ……」
囁くように応え、青年は顔を上げた。
目の前には真っ赤な夕日の瞳。
夕日の瞳を涙のベールが覆っていた。
その涙のベールは目頭にも溜まり、今にもこぼれ落ちそう。
そして、薄く開いた唇からはとろりと唾液が一筋、流れ落ちていた。
その扇情的な顔を見つめて、厳は言う。
「良いよ……じゃあ……うつぶせになれよ」
そう言うと、愛は素直に小さく頷き、うつぶせになった。
真っ白いお尻が厳の目の前で揺れた。
そして、厳はトンとラゲッジスペースの外、靴の上に足を置いた。
その靴を引っかけ、彼女の体をこちらへと引っ張る。
彼女の下半身が外へと引っ張り出され、彼女の素足が冷えたアスファルトの上へと落ちた。
「あっ……これ……」
後ろを振り向き、背中越しに見える愛の顔には期待の色がありありと浮かび上がっていた。
その彼女の背後に立ち、クパァとお尻の割れ目を広げる。広げたそこには、性器と見まごうばかりにヒクヒクと痙攣するアナルと、その下ですっかり濡れそぼって、濃厚な蜜を滴らせるヴァギナが丸見えになった。
「ああ……早く……厳……」
振り向き、期待の言葉を呟く愛の顔を見ながら、開いていた部分を閉じる。そして、左手で彼女の腰を押さえつけたら、右手を思いっきり振り上げて――
ぱーん!
――お尻に叩き付けた。
「ひぐぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
悲鳴のよう……と言うか、悲鳴その物の声が上がった。
そして、愛の顔が跳ね上がり厳の方へと振り向いた。
「ちっ、違ぅ……はっ、話が……やっ、ヤだ……やめて……叩かないで……」
濡れて光っていた夕日の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ち、彼女は切なそうな声で懇願する。しかし、その頬は朱色に染まり、唇からはとろりとした唾液が一筋流れ落ちていて、彼女がある種の期待を込めていることを彼は察することが出来た。
彼女の期待を確かめるように、もう一発!!
ぱーん!
鋭い破裂音が深夜の、無人の、荒れきった展望台にこだました。
「ひぐぁっ!!??」
再び、顔は突っ伏し、愛の細い指がフロアマットをひっかく。
(後で殴られるかなぁ……こいつの馬鹿力でぶん殴られたら、死ぬかも……)
なんて事を頭の妙に冷めたところで考えながら、また、厳は愛の白く、丸く、そして、小ぶりなお尻を平手打ちにした。
「ひゃぁぁぁぁぁぁ!!! なっ、なんで?!」
悲鳴を無視するかのように二三発、厳は愛のお尻を強く平手で打った。
「ごめんなさい!! ゆるして!!!!」
なぜか、謝り始める愛がおかしいような、愛しいような……それでいて、もっと、叩きたいと思うような……そんな複雑な感情を彼は抱いた。
「なんに謝ってんの?」
「わっ、わんないけどっ!? あっ!! げっ、厳が、叩くから!」
泣いてる愛のお尻にもう一発、改めて、平手打ち!!}
ぱーん!!!
「ひゃっんっ!!!」
おそりに真っ赤な平手の後が浮かび上がり、彼女の太ももがヒクヒクと小刻みに痙攣していた。その震える内太ももにはお漏らしでもしたのかと思うほどの粘液がとろりと左右一筋ずつ垂れていた。
「やっぱ、Mだよな? 愛って」
意地悪に囁けば、愛はフロアマットに突っ伏したまま、悲鳴のような声で応えた。
「ひんっ! はっ、はい! Mです!! 痛くて!! はげしいの!! だいすきです!!! ふわぁぁぁぁ!!!」
懇願する女の声を聞きながらもう一発平手打ち。
ぱーん!
「ゆるして!! たたいて!!!」
(どっちだよ……)
なんて、内心思うも、彼自身、スラックスの中でペニスはぎんぎん。痛いほど。しかし、ひとまず、彼女を欲して止まないペニスは、意識から追い出し、彼は何度も彼女のお尻に平手を叩き付ける。
「ひんっ!!! ふわっ!!! やっあ!!! あっあっあっ!!!!!!!」
叩く度に彼女は、背を跳ね上げ、悲鳴を上げ、太ももに作った蜜の河をより太い物へと変えていく。
いつのまにか、彼女の真っ白だったお尻はまっ赤に腫れ上がっていた。
「おねがい!! ちょーだい! ください!!! はやく!! はやく!!!! くれないと、平手だけで逝っちゃうの!!!!」
振り向き、愛が涙乍らに懇願した。
しかし、厳はその懇願が聞こえないかのようにももう一発、その赤く染まりかけた白いお尻に平手を叩き付ける。
ぱーん!! ぱーん!!
それも一回ではなく、二度三度、四度、五度……休むことなく……
「あぐっ!? ひぃぃ!!!」
その度に愛は悲痛でありながらも男の劣情を誘う声で悲鳴を上げ続けた。
そして、幾度目かの平手打ち、手のひらが痛くなる頃、プシャッ! と小さな水音が彼女の股間で弾けた。
瞬間――
「いっっっっっっっっっくぅぅぅぅ!!!!!!!」
ひときわ甲高いあえぎ声、だらしなくひらき、力の抜けた太ももには香り立つ蜜がトロトロと幾筋も流れていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ぐったりと愛はラゲッジスペースに倒れ込んだ。
膝からは力が抜けきってしまったのか、今にも崩れ落ちそうなほどにがくがくと震えている。
そして、チラリと視線をこちらに投げかけると、彼女は力ない声で呟いた。
「あっ……あっ、あと、後で……おっ、覚えて、ろ……」
夕日色の瞳からは涙がこぼれ落ち、薄い唇からは涎の跡が幾筋も顎へと流れ落ちる。その間抜けな顔と弾む息で脅されても、迫力と言う物に欠ける。
青年は、クスッと軽く笑うと、彼女の真っ赤に腫れ上がったお尻をぐいっ! と押し広げ、その割れ目の中でヒクヒクと痙攣している二つに穴を下から順番に指先で撫でた。
「ひんっ!?」
かくん……と膝から力が抜け落ちる。なんとか、ラゲッジスペースにしがみついてるようだが、それも時間の問題そうだ。
息を切らす女を見下ろしながら、ジッパーを下ろせば、我慢汁に濡れて光るペニスが露わになった。
そして、崩れかけた愛の身体、と言うか、真っ赤に腫れ上がったお尻を掴んで支える。
そして、いよいよ、愛の濡れたヴァギナへとペニスを入れる。
「あっ!? ちょっ、い、いま?!」
慌てたような声……ではあるが、広げられたヴァギナはヒクヒクと物欲しそうに痙攣を繰り返し、
「入れろってさっきからうるさかったろう?」
芝居がかった口調を自覚しながら、彼女の中へと一気にねじ込む。
「ひぐっ!?」
入れただけで愛の体は軽く逝ったらしい。ヒクヒクと内壁が小刻みに痙攣を繰り返し、ぴゅっぴゅっと潮をバンパーに向かって噴く音が聞こえた。
愛の感じ方に比例するかのように愛の粘液まみれのヒダ、一枚一枚が厳のペニスを抱き、その敏感な部分を容赦なく攻め立てる。
「うっ……ぐっ……!!」
油断すればすぐにでも達してしまいそうなほどの快感がペニスから全身へと広がる。とろけてしまいそうだ。その快感にあがなうかのように厳は唇を噛み、そして、今度は彼女の右太もも、つけ根の辺りに手のひらを振り下ろす!
「ふわぁぁぁぁ!!!」
それに合わせて腰を振る。
パンパン……男の腰が女のお尻に叩き付けられる音と、彼女の太ももに平手が振り下ろされる二種類の破裂音が夜の空に響き渡る。その度に度に、女の体が反り返り、悲鳴のような声を上げる。
「はぁはぁはぁ……あああ……!! 厳! 厳! だめっ! もう、まじ、むり、死ぬから!!!」
「はぁはぁ……」
厳の額に汗が浮かび上がり、それが愛の背中に滴り落ち、そこで彼女の玉のような汗と一つになり、芳しい香りを放つ。
ゴールデンウィーク直前とは言え、小高い山の上を吹く風は、客観的に考えては冷たいはずだ。しかし、厳は、否、二人はその冷たさを感じることもなく、互いの体温と互いが与える快感に酔いしれていた。
この時が永久に続けば良い……と青年は思った。
しかし、その時間は厳の一方的な都合で終わりを告げた。
「出るっ……!」
短く宣言をすれば、愛が応える。
「ちょっ! だい!」
その言葉は厳には聞こえていなかったし、その言葉を待つよりも早く、熱い精液を愛の膣穴、そして、その奥にある子宮へとたっぷりと注ぎ込んだ。
「ふわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
愛のひときわ大きな悲鳴が響く。
「ぁぁぁぁぁぁ………………」
余韻を楽しむかのように小さな声が愛の唇から零れ続ける……
そして、青年も動きを止め、射精感の余韻にしばしの間浸る。
数秒の時が過ぎた。
青年はゆっくりと女の膣穴から多少柔らかくなった物を引き抜いた。
クチュリ……
淫らな水の音が響く。
そして、女が振り向き、真っ赤な顔を厳に見せた。その顔は涙なのか涎なのか、もしかしたら、鼻水まで混じっているかも知れない液体でぐしゃぐしゃ。
「言い残すことは……ない?」
「……ノリでやった、悪かったと思ってる」
「ごっ、五分で……はぁ……はぁ……復活する……から……遺書……書け」
荒い息をいくつもこぼしながら、彼女はそれだけ言うと、ぐったりと再び、ラゲッジスペースのフロアーマットに顔を埋めた。
「ふぅ……」
ため息を一つ吐いて、青年はズボンを直した。ジッパーを上げるもベルトを直すのは後回し。夜景に顔を向け、ペテンとバンパーの上に腰を下ろした。
(なんか……煙草、吸いたい……あっ……後で正の字も書かなきゃな……)
なんて思いながら、ぼんやりと宙を見たら、女と目があった。
「不動沢君……最低……」
宙に浮かんだ半透明の女がぼそっと呟いた。
「…………飯塚君はうちの名前呼びながらオナニーしてたし……それもチクニーとアナニーだし……不動沢君は
明後日の方向を見ながら、女がぶつぶつとなにやら言っていった。
女の体はフェンスの向こう側、そこはすとーんと真っ逆さまに二階建ての家一件分ほど落ちる崖。その崖の上、車の屋根とほぼ同じ位の高さにフヨフヨと浮かんでいた。
青と白の縦縞模様は厳もちょくちょく利用するコンビニの制服、その下は短めのスカート。生足のふくらはぎがまぶしくて、その膝下辺りからが透けてる。
基本形を忘れていない感じが素晴らしいな……とか、馬鹿なことを青年は考える。
そして、もう一度、消えかかってる膝下から短いスカート、服の上からでも解るほどに大きな胸、それから、何よりも印象に残っている野暮ったい太い眉毛と余り手入れしてなさそうな伸び放題の癖っ毛は肩を少し超えた位で、黒と栗色の見事なプリンカラー。
その持ち主は――
「ほっ……堀田、さん?」
思わず、厳は呟いた。
それは質問と言うよりも、確認に近い言葉だった。
その確認の言葉に彼女の顔がパッと明るくなった。
「わっ!? うちの事、見えるの!?」
「……どうしたの? 厳」
浮いてる女――堀田史絵とぐったりと余韻に浸っていた女――山田愛とがほぼ同時に声を上げた。
そして、愛がこちらを向けば、更に大きな声を彼女は上げた。
「わっ!? 幽霊!! 二十年ぶりくらいに見た!?」
その呟きに思わず厳が尋ねる。
「……お前、いくつだ?」
「……秘密。もうちょい仲良くなったらね」
そう言って、愛は体を起こして、あぐらをかいた。そして、彼女は脱ぎ飛ばしてあったワンピースへと手を伸ばす。その伸ばした指先が黒い薄手のワンピースをひっ捕まえると、それで彼女は体を隠した。
もっとも、隠す気があるのかないのか、不安になるようなおざなりな隠し方。隠れてる部分よりも隠れてない方が圧倒的。かろうじて交歓の余熱が残る陰部は隠せていると言ったところで、小ぶりなおっぱいとその頂点に至っては全て丸見えだ。
未だ疲れているのか、ぐったりと彼女は運転席のシートにもたれ掛かった。
そして、彼女はすっと手を上げ厳の方、正しくは厳の背後を指さす。
「それより、後ろ、怒ってるよ?」
愛に促されるまま、厳が振り向けば、そこにはプーッと可愛らしくほっぺたを膨らませてる史絵の姿が浮かんでいた。
「幽霊で登場って結構インパクトあると思ってたんだけど、そっちの浮気相手の年齢の方が大事なわけ? 不動沢君には。てか、歳も知らない相手とエッチしてたの? マジで引く……しばらく、うちに話しかけないで」
宙に浮かぶコンビニ従業員がプイッとそっぽを向いた。
「色々申し開きしたいことがあるが、まず第一に、浮気じゃない」
そっぽを向いた横顔に声を掛けると、彼女はちらりと侮蔑の色合いがたっぷりと含まれた視線で視線で厳を
「じゃあ、恋人どうしたの? あんなに仲よさそうなことばっかり言ってたのに……もしかして、設定? うちと同じで」
その冷たい視線と冷たい言葉にいたたまれない物を感じつつ、今度は厳がそっぽを向く番。分厚い遮光カーテンに塞がれた窓へと視線を向けたら、彼はぽつりとひと言だけ漏らした。
「……別れた」
「浮気する男はいつもそう言う……って、
視野の外で史絵が明るい口調で言うのが聞こえた。
「ゲスの極み的な?」
やっぱり、視野の外で愛が嬉しそうに言うのが聞こえた。
「それも、そろそろ、古いよね」
やっぱり、史絵が楽しそうに言ってる。
いたたまれない気分がいっそう加速していくのを感じつつ、青年は吐き捨てるように呟いた。
「……俺はむしろ、卒論、出された方なんだよ」
「ちょっと見せて」
背後から愛が青年に声を掛けると、青年はやっぱり吐き捨てるように応える。
「……持って来てるわけねーだろう?」
「なんだ……そりゃ、そうだよね」
と、あっさりと愛には納得して頂き、内心安堵の吐息を青年は漏らした。
が、甘い。
「イヤ……遠恋だし……帰って直接受け取ったって事はあり得ないタイミングだし、多分、メールかLINE……どっちにしろスマホ……」
そう言ったのは史絵だ。
その言葉に厳の首が高速で回り、史絵の顔を見上げる……と言うか睨み付ける。
それと同時に背中に暖かく、柔らかい物が二つ、ギュッと押しつけられた。押しつけた奴の両腕が厳の脇の下を通って首の後ろに回る。この間もやられたフルネルソンホールド。がっつり食い込んで、上半身はびくとも動きやしない。
そして、愛の顎が厳の肩口ににゅっと乗っかり、耳元で静かに囁く。
「そりゃ、そうだよねぇ〜今時、手紙とか葉書とか、ましてや、巻紙で飛脚とかないよねぇ〜」
「ごめんね、不動沢君、下世話な好奇心が止まらないの」
抵抗できない厳の正面にコンビニ従業員(幽霊)が迫り、その細い右手をズボンのポケットへと滑り込ませる。
一応、奴も物が動かせるらしい。幽霊の分際で。
「てめえ! 人に散々心配かけさせといて、その態度か!!!???」
悲鳴にも似た声を上げる厳に史絵は頬を緩めて応える。
「あはっ、ありがと。その節は非常にご心配をかけさせまして、そのかいあって……――」
そう言って一端言葉を句切った。
透けた女越しに見える夜景が奇麗。
普段よりも遠い所から汽笛の音が聞こえた。
そして、半透明な制服の胸元を指さし、彼女は言った。
「……――この体たらくです」
「あっ、ぐっ……」
思わず、青年の抵抗の力が弱まり、瞬間、スマホがするりと彼のポケットから引き抜かれた。
スマホの表面を弄りながら、史絵が言う。
「不動沢君、スクリーンロックはしようよ……システム工学科の学生ならさ……」
「見られて困る物は入ってないって思ってたの!!! てか、お前、幽霊が使えるって、すげーな! Googleとシャープ!!」
厳が叫ぶと、今度は背後で愛が嘯いた。
「……じゃあ、大丈夫じゃん」
「今は超困るんだよ!!! ふざけんな!!!!!!」
そして、二分後……
ラゲッジスペースの端っこで青年は体育座りをしていた。
車とフェンスの間には愛の姿。両手をフェンスについて、お尻を突き出したまま、夜景を眺めていた。白いお尻と背中が丸見えだ。
そのまま、愛はぽつりと呟いた。
「……なんか……ごめん……」
謝るくらいならやらないで欲しかった……てか、むしろ、謝られるとつらい。
そして、やっぱり、宙に浮かびながら、制服姿の背中を厳に向けてる史絵も呟く。
「……思ってた以上にひどい文面だったね……同情しちゃう……」
最後のひと言に、うつむいてた顔が跳ね上がり、厳はひときわ大きな声を上げた。
「死んだ人間に同情されたくねーぞ!? てか、堀田さん、そう言うキャラだっけ?! もっと、真面目な人だと思ってたけど!?」
厳の言葉にそっぽを向いていた史絵の顔がこちらへと向き直った。そして、はにかむような、困ったような、何とも言えない複雑な表情で笑って見せると、厳に向かって口を開いた。
「まあ、不動沢君がうちの何を知ってたんだ? ってのが結論だよね、知り合って半月くらいだし。うちだって、人見知りしてたんだよ、一応」
「……なんだよ、あの明るい死人……だいたい、みんな、心配してたんだぞ……」
「あはは、そうそう、それそれ、それがすっごく嬉しくて……今さ、こう言うのもなんだけど……うちの人生、生きる価値があったんだなぁ……って、初めて思えたんだよね」
頬を緩めながら、しみじみと語る史絵に厳は小さな言葉で呟いた。
「……虐められてたって奴?」
「えっ? お母さんに会ったんだ? お母さん、未だにそう信じてるんだね……違うのに……」
「どういうこと?」
「不登校は虐められてたからじゃないよ……」
そう言って史絵は初めて眉をひそめ、表情を暗くした。
「じゃあ、なんで?」
厳が尋ねると、彼女は軽くため息を吐いてから、語り始めた。
「うち、三年の春先に季節外れのインフルエンザで、一週間くらい寝込んだんだよ。それで、治って、学校に行ったら、普通に前日の話題を振られて……」
『あれ、史絵、昨日、居なかったっけ? 居たような気がしてた』
「――って、一番の親友のつもりだった子に言われてさ。クラス一番のいじめられっ子なんて一日休んだだけで『逃げた』って大騒ぎだったのに……私は『虐める価値すらない人間』に過ぎなかったんだなぁ……そう思ったら学校に行くのが馬鹿馬鹿しくなって、それで行くのを止めただけだよ。実際、三年で受験も近いし、教師すらすぐに放置し始めてやんの。ホント、無価値な人間って世の中いるんだね」
そう言って、史絵は自嘲的な、どこか捨て鉢さを感じさせる笑みを浮かべてそう言った。
その史絵の言葉に厳は思わず絶句した。
それは愛も同じ様子で、何とも言えない表情でチラリと厳の方を一瞥した。
そして、しばしの沈黙……
「どうしたの? 続き、しないの?」
パチクリと不思議そうに瞬きを繰り返しながら、史絵が言った。
そんな史絵を見やり、愛はため息交じりに応える。
「今夜はお開きね……幽霊に見られながらする気にもなんないし……私、女二人の3Pはヤなんだよ」
ラゲッジスペースに四つん這いになり、下着へと手を伸ばす愛が言えば、厳は放り捨てられていたブラジャーをひょいと愛の方へと投げ捨てながら、呟く。
「俺は男二人の方がイヤだよ」
そして、史絵が明るい口調で言った。
「うちはレイプ以外なら何でも良いよ」
投げたブラが愛の手をすり抜け、チェック柄のフロアーマットの上に落ちた。
「「………………」」
冷たい風が一陣吹いたら、史絵はバツが悪そうな笑みで言った。
「軽い冗談」
(重いよ……)
厳どころか、愛までもそう思っていたらしい。
そういう訳で、今夜はお開き。車を飛ばして、原付を止めてるコンビニへと戻る。
その帰り道、愛と厳との間の会話は少なめ。そういうのも、二人の間にニュッと史絵が首を突っ込んでいるからだ。しかも、上半身だけ……と言うか、肩口から上だけ。そこから下は分厚い遮光カーテンの向こう側、ラゲッジスペースでぶらぶらしている。
「ずっとこんな感じで憑いてきてたんだけど、不動沢君も浮気相手も――」
「浮気相手じゃないって! 山田愛よ、そちらは?」
「じゃあ、愛さんで。うちは堀田史絵……それで不動沢君も愛さんも気づかないんだもん」
ぼんやりと窓ガラスを覗き込めば、そこに移っているのはハンドルを握る愛の姿だけで、肩から上を遮光カーテンから突き出してる史絵の姿は映っていない。そういう所は幽霊らしいというかなんというか……
(そんな状況に驚いてない自分にびっくりだよ……)
ぼんやりと鏡のような窓ガラスに映った愛の独り芝居と、背後で聞こえる女性達の会話に意識を向けつつ、青年は大きなあくびを一つ、かみ殺した。
車がスクーターのあるコンビニの前に止まった。
すでに日付も変わってもやは深夜といった時間帯。窓の外から覗き込んだコンビニ店内に
そんな店内を見やり、背後霊よろしく厳の背後で漂っていた史絵がぽつりと呟いた。
「……もっと、バイトしたかったな……」
その言葉に聞こえてないふりで対応しながら、厳はスクーターのヘルメットボックスから黒いヘルメットを取りだした。そして、それを被ったら、スクーターにまたがる。
厳が走り出せば、路駐していた黒いハイエースがファン! と短くフォーンの音を鳴らした。開いた助手席の窓越しに愛が手を振っているのが見えた。
それに合わせるように厳もスクーターのフォーンを一発、プペッ! と短く鳴らし、応える。
後ろ、バックミラーを覗き込んでも史絵の姿は見えないが、背後に少し視線を巡らせば、ブンブンと手が千切れんばかりに振り回してる史絵の姿が見えた。
もう、何も驚かない……と、心に決めて、彼はスクーターを飛ばす。
そのまま、三十分ほど、夜のツーリングを楽しんだら、狭いながらも楽しい我が家。
鍵を開いて中に入ると、史絵が言った。
「なんだ……不動沢君ちって飯塚君ちの隣なんだね。探し回ったのに……」
「……まあ、入ってくるよな……」
フヨフヨと背後に漂いながら史絵が室内に入ってくると、厳は軽いめまいを覚えた。
ちなみにこの部屋に入った女性は彼女が初めてだ。
「てか、自分の家に帰ったら? 実家の方」
振り向き言えば、史絵は少しだけ眉をひそめて応えた。
「……一度は帰ったよ。でも、お父さんとお母さんと妹が『史絵は元気にやっている』って励まし合ってるところに、この体たらくでいるの、つらいよ……」
「あっ……」
しまった……とほぞをかんでも後の祭り。
その後悔をごまかすように靴を脱ぎ、厳は彼女に背を向ける。
そして、部屋へと上がる。
その背中に史絵が声をかけた。
「ところでさ……一つ、聞いて良いかな?」
「なに?」
かけられた声に首だけを振り向かせて返事をすると、そこには史絵が今日で一番の真顔を見せて立っていた。
そして、彼女は真剣な口調で尋ねる。
「……不動沢君ってさ……うちがレイプされて殺されたって……どうして知ってるの?」
その言葉にまずは「えっ?」と短く呟いた後、青年は思わず天井を仰ぎ見た。
仰ぎ見たまま、彼は己のうかつさに呆れかえる。
そして、彼は絞り出すような声で尋ねた。
「……軽い冗談じゃなかったんだ?」
「軽い冗談と確認を兼ねてって所かな? それ以前に、不動沢君、うちのこと『死んだ』って言ったじゃん。うち、一般的には『行方不明』扱いでしょ? まだ」
見事な推理にため息しか出てこない。ひとまず、青年は彼女を部屋に引き入れた。そして、ガラステーブルの前に腰を下ろすと、彼女に座るように促した。
それからお茶を二つ煎れたのは、自分が飲みたかったから。小ぶりの湯飲みとマグカップにインスタント緑茶を入れてポットからお湯を注ぎ込む。そして、マグカップは自分の手元に、湯飲みは史絵の前に置いた。
どう言う仕組みかはよく解らないが、大きなおっぱいがガラステーブルの上に乗ってる。さっきは遮光カーテンを通り抜けてたはずなのに……
それをぼんやり眺めていると、史絵がぽつりと言った。
「……だいたい、女って男が何処見てるか解るんだよね……」
「……ごめんなさい」
呆れ顔の史絵にぺこりと頭を下げて、そっぽを向く。
史絵は少し格好を崩し、ガラステーブルの上に伸してあった旨を横に向けながら、口を開いた。
「まあ……良いよ、それで……なんで、知ってたの? もしかして、共犯? だったら、祟るよ? 全力で」
「伝聞と成り行き……祟るなよ……」
その言葉から始まった話は、どこから話して良い物かを悩むところから始まり、どこまで話して良いかを悩み、結局、あっちゃこっちゃの無関係な話――例えば愛との逢瀬のこととかまでも聞かせてしまう体たらく。さらには、上手く説明できるほどの語彙があるわけでもなしで、話は行ったり来たりの繰り返し。
それでも厳の語る、厳の知ってる範囲内での事件のあらましを、史絵は真剣なまなざしで聞いていた。
その話をし終えるにはたっぷりの時間が必要だった。それは、史絵が手を付けなかった緑茶がすっかり冷え切ってしまうに十分過ぎるほど。
「……――で、そいつは餓鬼に丸ごと喰われて、この世から奇麗さっぱりいなくなっちゃったんだよ……」
話が終わると、史絵はぺこりと頭を下げた。
「……ありがとう」
「……成り行きだって」
ため息交じりで厳は応えた。
「それでも……敵討ってくれたのは嬉しいよ……」
嬉しい……と言うには沈んだ表情で彼女は言った。
史絵の言葉に厳は意識して頬を緩め、軽く肩をすくめて見せた。
「……殺したかったわけじゃないけどね」
史絵も顔を上げ、少しだけ頬を緩めた。
「そうだね……自滅だね……世界って意外と捨てた物じゃないのかも……?」
「そうかもね」
史絵の言葉に青年は軽く頷いた。
しばしの沈黙。
夜も遅いからか、外の国道を通る車の音も聞こえやしない。
外から聞こえるのは風が木立をゆらす音と時折厳がお茶をすする音だけ。
沈黙を最初に破ったのは史絵だった。
「家族に……私が死んだこと、教える術はないのかな……?」
その言葉に厳は思わず、うつむいた。
見えるのは空っぽになってるマグカップと、ガラステーブル越しに見える自身の足だけ。
その件について、すでに話し合いはもたれていた。
しかし、愛が――
「犯人や被害者が死んだだけならまだしも、その死体すら奇麗さっぱりなくなってるのに、厳や藤乃が下手なことを言ったら、速攻で犯人扱いか頭おかしい人扱いだよ? 可哀想だけど、殺されちゃった人には失踪者になって貰うのが、私たちには一番都合が良い」
――と、断言したし、その言葉に対する反論材料を厳も藤乃も一つも持っていなかった。
本心はどうだか分からないが、藤乃も「そうだね」と納得したみたいだし、厳も「納得せざるを得ない」というのが現実。
そう説明すれば、史絵はコクンと小さく頷き、呟いた。
「……私の死体もないんだよね……」
「多分……喰われたこと、覚えてたり……する?」
「私、自分が死んだときの記憶は無いんだよ。詳しくは話したくもないし、思い出したくもないんだけど、細い棒みたいなので頭を強くぶん殴られたのが最後の記憶。次は気がついたら、フヨフヨ宙に浮かんでた」
そう言って彼女は左手の指鉄砲で自身の右側頭部を指し示した。ちょうどこめかみの辺り。もちろん、彼女のそこに何かの傷が出来てるわけではない。
その指を下ろし、再び、胸の前で組んで大きな乳房を隠す。そして、彼女は顔をうつむけると、ぼそぼそ……と小さな声で囁いた。
「でも、もう一人の人がね……その……殺されるのを見たから……同じようにされたんだなって想像は付くよ」
「……ごめん」
「ううん……」
そして、数分の時が流れると、史絵は控えめな声でぽつりと言った。
「……一人にさせてくれないかな……それとも、うちが出ていった方が良い?」
「……良いよ」
軽く頷き、席を立つ。
その背後、史絵が両手で顔を多い、肩をふるわせ始めているのを、一瞬だけ、厳は視野の端に捕らえた。
振り向きもせずに、厳が向かうのは先ほど入ってきたばかりの玄関だ。そこに行くと、もはや、自身の温もりも残っていないスニーカーを草履履きに引っかけ、彼はドアを開いた。
冷たい風が厳の頬を撫でた。
「ごめんなさい、お母さん、ごめんなさい、お父さん……ごめん、花穂……ごめんなさい……」
背後で史絵が嗚咽する声が聞こえ始めた。
その声を置き去りに青年はドアの外へ……そして、ドアを後ろ手に静かに閉めれば、彼女の声も聞こえなくなった。
深夜の通路には誰も居なくて、ただただ、冷たい夜風が、厳の頬を撫で、体を抱擁するだけ。
(愛に煙草を貰えば良かった……)
愛との交わりの後、煙草を吸いたいと思ったのに、史絵の登場で有耶無耶……二−三本貰えば良かったと後悔しても始まらない。
ドアの前にしゃがみ込み、青年はぼんやりと薄暗い夜空を見上げた。天気が良いから星も見えるかと思ったのだが、通路を照らす常夜灯の明かりが星明かりをかき消しているらしい。見えているのは吸い込まれそうな暗闇だけ。
その暗闇を見上げるだけの時間が三十分ほど続いた。
「ありがと」
上から聞こえた言葉に視線をあげれば、頭をドアからニュッと付きだしている史絵の姿があった。
「泣いたら少しすっきりした……目、赤くなってない? 腫れてたりする?」
少し心配そうに尋ねてくるし絵に少しだけ頬を緩めて、厳は応える。
「いいや、奇麗なもんだよ」
「そっか。幽霊ってのは情緒がないもんなんだね。あんなに泣いたのに目も腫れないなんて」
寂しそうに笑う彼女を見やり、彼はドアを開けた。
開けた玄関の内側には、顔をドアの外に突き出した格好のままの史絵がいた。足を折り曲げ、フヨフヨと浮いてる姿。若干間抜けな格好だ。
「なんで、コンビニの制服なの?」
「最後に着てた服だからじゃないかな……? 着て帰って、洗おうと思ってたんだよね……」
「……まあ、良いけど……あと、こっちにお尻向けると……見えるよ? 下着」
「えっち」
クスッと笑うと、彼女は青年の背後へと回った。
頭の上にひんやりとした気配。どうも、彼女の体は冷たいようだ。しかも、女性らしい柔らかさとか体重とかは全く感じられない。たとえるのも難しいが……首の後ろに大きな氷を置いて冷気だけを漂わせているような感じ……とでも言えば良いだろうか? まあ、幽霊に取り憑かれてる感じとしか言いようがないのかも知れない。
取り憑かれたのはこれが初めてではあるが。
その何とも言えない感覚にちらちらと視線だけを後ろに向けようとしていたら、史絵が頭の上で明るい声を上げた。
「頭の後ろにおっぱい、押しつけてるんだけど、感じない?」
「……あのね……」
呆れ声の厳に史絵はなおも言葉を続ける。
「あはは、お葬式も上げて貰えないからさ、不動沢君、ロウソクくらい飾ってよ。ほら、スパンキング趣味なら赤いロウソクも持ってんじゃない?」
「持ってねーよ!」
「じゃあ、買おうよ。きっと喜ぶよ、あの人、ドMっぽいし」
「……はあ……さっさと成仏しろよ……」
「じゃあ、供養してね、不動沢君。それまで、やっかいになるから」
彼女は高らかにそう宣言した。
「あっ、後さ、不動沢君の部屋、男臭い」
「うるさいよ!」
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