お勉強会(4)

 穂香の家に帰ったらサンドイッチ大会の準備に入った。
 まずは意外と料理が出来ることが判明した連にスクランブルエッグを作って貰う。
 多めの卵を柔らかく解いたらバターを溶かした中火のフライパンに投入し、半熟になるまでさっと炒めるだけの簡単な料理だ。
 それを連に任せたら伶奈がカプレーゼの制作に入る。
 スライスしたトマトとモッツァレラチーズ、バジルを交互に重ねてオリーブオイルと塩こしょうで味を付けるシンプルなサラダだ。
 穂香の母親が作ってくれた野菜たっぷりのスープは、四人分を別のお鍋に取り分けて、穂香の部屋で器に入れることにした。
 唐揚げも同様に取り分けるが、大人組の主食なので子供組の量は控えめだ。
 そして、最後に忘れちゃ行けないのがローストビーフのカットだ。
 今回ローストビーフは二パック購入した。
 一つは子供達の分、これは会場になる東雲家以外の三家で分割して購入。
 それからもう一つは両親祖母三人が食べる分。こちらはもちろん東雲家だけで購入した。
 どちらも賞味期限ギリギリの商品だったのでちょっと割引して貰えて安上がりにすんだ。
「開けたら今日中、遅くても翌日の朝には食べてって……ニイニ――兄が言ってた――言ってました」
 ――と説明したのは持参した連だ。
 それを子供達の分は美紅が、東雲家のは穂香が切り分ける事になった。
「厚めに切った方が絶対に美味しいよ」
 軽い調子で穂香が言い、そして、実際に厚くざっくりと切り分ける。
 それはもう、噛み切れるのだろうか? と心配になるほど。おかずの一品にするからこれでいいらしい。
 それをお皿の上に適当に並べたら、居間でお弁当を並べて待っている両親と祖母の元へと届ける。
 そして、お駄賃とばかりにパクリと一枚口に放り込む。
「全く……お前は本当にただじゃ動かないな……」
「私も厚切り、食べたかったんだよ」
 父親と楽しそうに言葉を交わして穂香がキッチン、シンクの周りに貯まってる少女たちの元へと帰陣。
「美味しかった!」
「意地汚い子ねぇ〜」
 伶奈の頭上でアルトがため息と共に言葉をこぼす。
 それに伶奈も軽く苦笑いを浮かべ、答えた。
「雑な子だから仕方ないよ」
「いやぁ〜照れる」
 頭を掻いてる穂香を無視して食器をお盆の上に重ねる。そして伶奈は視線も合わせずに一言言った。
「褒めてないよ」
「ナイス突っ込み」
 おなじみの言葉に伶奈がチラリと穂香を一瞥、突っ立てた親指がマジでむかつく。
 その親指からぷいっとそっぽを向いて、伶奈は一言だけ言い切る。
「そのパターン、飽きた」
「……伶奈チ……冷たい」
 がっくりうなだれる穂香はスルーで他の三人――アルトを含めて四人は穂香の部屋へと向かい始める。
「わっ!? 置いてかないでよ!」
 その後ろを穂香が慌てて追いかければ、東雲家の余り大きくない戸建ての家に少女達の笑い声が響き渡った。

 さて、部屋に戻ったら早速サンドイッチ大会の開始だ。
 ガラステーブルの上に持ってきた食材とかをどっさりと置いたら、家主の穂香から順番に東西南北の順に腰を下ろす。
 そして、買ってきたパンの袋を開けていると、頭の上からアルトが声をかけた。
「なんでわざわざ耳付きのパンを買ってきたの? 耳の付いてない奴も売ってたでしょ?」
 その言葉を伶奈が通訳すると答えたのはその食パンを選んだ穂香だ。
「えっ? パンの耳って美味しくない? 好きなんだけど。それに少し安かったしね」
 答えつつ、十枚切りの薄いパンにツナ缶とスクランブルエッグの混ぜたものをパンの上に置き、二つ折り。真ん中の柔らかいところにカプリッ! 穂香が大胆にかじりつく。
 すると、伶奈自作のカプレーゼをマーガリンたっぷりのパンの上に載せていた連がぽつりとこぼした。
「……顎が痛い」
「冗談だよね? 蓮ちゃん……」
「……半分だけ」
「……虚弱体質にもほどがあるよ、蓮」
 穂香と美紅の会話に伶奈も苦笑い。
 そして、伶奈は早速本日のメインディッシュ、ローストビーフへと箸を延ばした。
 マーガリンはたっぷり、レタスも多め、ローストビーフを載せたら――
「マスタードは?」
「少しだけ」
 頭の上から尋ねてきたアルトに小さめの声で応えて、瓶詰めのマスタードをヘラでほんの少しだけパンの上に載せた。
 出来上がったパンを半分に折って、穂香を真似るように真ん中、一番柔らかいところをカプッ! と大胆にかじりつく。
 シャキシャキとしたレタスと柔らかいパンの食感、そして少し堅めのお肉の味が口いっぱい。そして、最後にはちょっと固まってたマスタードの風味がツーンと鼻に抜けていく。
 それをよーく咀嚼し、ゴクン……と飲み込んだら伶奈は言った。
「……これ、美味しい、ちょー、美味しい」
 本気で美味しい。普段食べてたローストビーフよりもジューシーって言うか、肉々しさが残ってるのに、それでいてローストされた香ばしさが口に広がるのがたまらない感じというか……
 一言で言えば――
「……もっと食べたい」
「……伶奈チ、言語中枢が退化してるよ?」
 真顔で言う伶奈に卵とツナのサンドイッチを食べてる穂香が苦笑い気味で言った。
「だって、本当に美味しいんだもん」
 急に恥ずかしくなって顔はすでに真っ赤、誤魔化すように告げた言葉は妙に早口。
「美味しいのは解るけど、一番最初に一番美味しい物を食べると後が寂しくならない?」
 そう言ったのはマーガリンたっぷりの食パンにカプレーゼのトマトとモッツァレラチーズを乗っけてかじってる美紅だ。こちらも美味しそう。
「ホットドッグもあるから大丈夫だよ。ローストビーフサンドの方が美味しそうだけど」
「唐揚げもあるしねっと。まっ、まだまだ、これからだよ。ローストビーフもサンドイッチ大会も」
 そう言って穂香は一際大きく口を開いてスクランブルエッグとツナのミックスサンドをがぶりと思いっきり噛みついた。
 気持ちの良い食べっぷりに伶奈の頬も思わず緩む。
 そして、今日の飲み物はココアではなく冷たいコーラ。ココアでも良かったのだが、やっぱりがぶ飲みするとなると一杯一杯作っていくのは億劫だ。
「夕飯にジュースあるとテンション上がるよね!」
 明るい笑顔で美紅が言うと、少女たち全員が首を縦に振った。
「……ビールか、せめて発泡酒が……」
 ――とか言ってるのは妖精さん。
 当然、そんな物はない。
 コーラじゃ盛り上がれない……とぶつぶつ言ってる妖精をほったらかして、伶奈はグビグビとコーラを喉に流し込む。炭酸系はお腹が張って食べられなくなるのでちょっと気をつけないと……
 それぞれにサンドイッチを作って、コーラを飲み干す。
 もちろん、おしゃべりもたくさん。
「ソフトボール部の副主将はどんな感じ?」
 穂香が最後に残った耳をかじりながら尋ねると、カプレーゼを挟んだ二枚の食パンにがぶっ! と大胆にかじりついた美紅が答えた。
「あむあむ……んぐっ……ちょい待って……飲み込む――ふぅ〜大変だよぉ〜一年は無駄に反抗的だし、三年の先輩は何でもかんでも私を通すし。中間管理職になった気分」
 うんざりと言った表情で一息に言い終えると美紅はカプリとまたサンドイッチにかじりつく。
 その美紅に穂香が百パーセント他人事の口調で言った。
「たいへんだねぇ〜みくみっく〜」
「大変だよ〜」
 美紅はリトルで長くやっていた実績を買われて一年の時からセンター七番でレギュラー入り。二年になってからはセンターのまま一番、主力の一人に数えられるようになっていた。その結果が副主将と言う地位、大きな問題がなければ来年は主将就任が確定してる。
 もっとも、打順一番は――
「前に誰も居ない気楽な時が一番打率が良いからなんだけどね。足も遅くないし」
 ――って言うのが最大の理由。
「褒められてるのか、けなされてるのか解らない理由ね……」
 手元でモッツァレラチーズをストローに刺したままかじっていたアルトが言った。
 その言葉を伶奈は友人達には通訳せず、少しだけ肩をすくめてみせるだけにとどまった。
「その点、私なんて手芸部でちまちまパズルやってるか、伶奈チや蓮チの作業をたまに手伝ったり、邪魔したりしてるだけだしねぇ〜後輩もほったらかしで気楽な物だよ」
 そう言うと、穂香は切れ目を入れたコッペパンにトースターで軽く焼いたウィンナーを挟んでパクり! こぼれんばかりの満面の笑みを浮かべて、彼女はアムアムと咀嚼していく。
「うらやましいよ、お姉ちゃんは素直で良い子みたいだし」
「ああ……そうでもないよ。思い込んだら頑固なんだよ。一度失敗してみるまで言う事聞かないもん」
「あはは、居る居る。そう言う子。まあ、手芸部だと大怪我しないから良いけど、運動部は大怪我するからねぇ〜」
 美紅の言葉に伶奈が苦笑い気味に首を振ったら、美紅もちょっぴり苦笑い。
 そして、お互いに手の中に残っていたサンドイッチを食べたら、コーラを一息に飲み干した。
「ぷっはぁ〜」
 どちらからともなく大きな息を吐いて見せたら、他の二人と妖精がクスクスと声を上げて笑った。
 そんな楽しい時間。
 母との夕食も楽しいけど、友人達とたわいのない話をしながら撮る食も楽しい。
 四人と妖精で食事を取っていると、やっぱり美味しいローストビーフと唐揚げはあっという間に売り切れ。他のスクランブルエッグやらコッペパンとウィンナーは残っているから食べ物は沢山あるのだが、やっぱり、メインがないと寂しい。
「あっ! 私、貰ってくる! どうせ、下のは残ってるのが余ってるだろうし!」
 上座――ベッドを背もたれ代わりに出来る座卓とベッドの間の席から飛び出し、彼女はばたばたと階段を駆け下りる。
「あの子……自分の欲望には忠実なのね……」
「まあ……雑に生きてるからね……仕方ないよ」
 最後のひとかけらをストローに刺したままキープしてる妖精と、その飼い主ではないが面倒を見ている少女が言葉を交わし、それを二人の友人に伝えた。
「まあ、穂香ちゃんは雑に生きてるのが持ち味だし」
「……それで、連は……救われた」
「あはは、鼻血の一件? あれ、汚してたら大変だもんね」
「……うん」
 穂香と蓮がカプレーゼをつまみにしながらコカコーラのグラスをか傾けると、同様に恋奈のグラスからコーラを飲んでいたアルトが言った。
「それを考えたらあの雑な生き方も役に立つ事もあるのかしらねぇ〜?」
 そのアルトの呟きが伶奈の口を通じて他の二人へと伝えられるよりも先にドアの向こうでドタバタとうるさい音が聞こえた。
「……駆け上がってきてる」
 ぽつりと美紅が呟いた瞬間!
 ばたんっ!
「おっまたせ! お父さんから貰ってきた!」
 そう言って彼女はテーブルのど真ん中にドンッ! と直径三十センチほどのお皿を置いた。もちろん、その上にはローストビーフ様がてんこ盛り。穂香が切った分厚い奴だ。
「……たくさん取ってきた……」
 蓮がぽつり。
「取ってきたんじゃなくて、ちゃんと貰ったの! お父さんがくれた〜」
「余りお父さんをないがしろにしちゃダメだよ」
「大丈夫大丈夫。お返しするから! 何十年か後に!」
「……先の話しすぎる」
「一人っ子だしねぇ〜老後、老後」
 楽しそうに話してる穂香と美紅から伶奈は窓の方へと視線を向けた。
 雨はかなり強く降っているようでひさしのない窓には大粒の雨が叩きつけられていた。
 耳を澄ませば雨音も聞こえる。
「伶奈チ、食べよう」
「……うん」
 呟くように答えて、伶奈は新しく入手されたローストビーフをパンに挟んで口に運んだ。
 分厚く切られたローストビーフは普通に食べるなら食べ応えがあって良いのだろうが、パンに挟むと噛み切れない。
「厚く切りすぎだよ……引っ張ったら中身が出てきちゃうよ」
「あはは、そうだったね」
 屈託のない笑顔の穂香に苦笑いだけを返し、伶奈は三分の一ほどに減ったパンにカプレーゼのトマトとチーズ、それとバジルの葉っぱを挟んだ。
 それをカプッとかじり、少女は言う。
「……雑だよね、穂香って……」
「まぁね〜おかげで友達少なくて……捨てないでね?」
 冗談めかしてパチン♪ とウィンク。悪気の全くなさそうな笑顔に毒気を抜かれた気分。
「……良く言うよ」
 その言葉だけを返して、少女はカプッと残ってたサンドイッチを大きめに噛みついた。
 トマトの酸味とチーズやバジル、オーリブオイルの香りがよくあって今日もカプレーゼは上手に作れている。
 美味しい物を食べればどんなに落ち込んでても元気になれる……って、美月が前に言ってた事を少女は思い出した。
 そして、カプレーゼのサンドイッチを少なめの咀嚼でゴクンと飲み込んだら、少女は一番の友人の顔を見てはっきりと言った。
「優しいお父さんでうらやましい」
 そう言った伶奈の顔を今度は穂香がじーっと見つめる番。
 数秒、雨音だけが部屋に響く中で穂香が答えた。
「ありがと、魔神ブウだけどね」
 ニコッと頬を緩めて彼女は笑った。
 多分、これが一番の正解だったのだろうと伶奈は思う……と言うか、こう答えて欲しいって言葉と態度をまるごとスポッと与えられた感じ。
 だから、伶奈は軽く肩をすくめてこう言うしかなかった。
「……素でやってる?」
「黙ってた間は考えてたけど、結局、面倒くさくなって考えるの止めた」
「そんな所だろうと思ったよ。食べようか?」
「うん! ――って、怜奈チ、いきなりバンバンローストビーフをパンの上に載せないでよ!」
 ニコニコ笑顔の穂香になんか無性に腹が立ってきたので、やけ食いとばかりにローストビーフを摘まんではパンの上、妻ではパンの上へとを繰り返す。
 あっという間にパンの上にローストビーフがてんこ盛り。
 さらにカプレーゼのトマトとチーズまでをその上にトッピング。
 大量の具材で二つ折りで食べるのはもはや無理っぽいくらい。
 そこでマスタードとマヨネーズをたっぷりかけ、もう一枚のパンでそれを挟む。
 ――と勢いよく作ってたら、他の面々も黙ってはいられない。
「ちょっ! 伶奈ちゃん、取り過ぎだよ!」
「……蓮も……」
「私の分も残しなさいよ!」
 最初に反応した穂香はもちろん、それに引き続き、美紅、蓮、さらにはアルトまでもがローストビーフに群がる。
 さっきまでも結構食べてるはずなのだが、奪い合いになったら盛り上がる物。
 気付けばテーブルの上は空っぽだ。
 少女達はアルトを含めて全員ノックアウト。
 テンションに任せて購入したパンは全部胃袋の中に突っ込んだあげくに、当然、父親のお金で買ったスイーツも別腹のつもりで食った。
 結果、全員が全員、腹を抱えて床の上でゴロゴロ。
「食べ過ぎたぁ……死ぬぅ〜〜〜」
 結局、この夜はお風呂はパスされ、翌日、前回も行った銭湯に朝っぱらから行っちゃおうって案が採択された。
 結局、食べ過ぎて苦しくてやる気にもなんないしで、今夜はゴロゴロして早めに寝ちゃおうって事になった。

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