お勉強会(3)

 さて、夕方まで勉強したらいよいよお買い物だ。
 予定通り、車の運転は穂香の父親こと魔神ブウ。
 もちろん、本人に言うと怒られるので言わない。
 穂香の父親が乗ってるのは余り大きくない五人乗りの車だ。車種は伶奈にはよく解らないがイストとか言う奴らしい。おととし買ったばかりの新車だと穂香は言っていた。
 その車に乗り込んで出発。
 徒歩十分足らずのところに車で行くんだから、掛かる時間は大差なし。
 むしろ、左折でも信号待ちをしなきゃいけない事を考えると車の方が時間が掛かるかも? って位だ。
 フロントガラスを濡らす雨は粒が小さく霧のよう、しとしとという擬音がぴったり。
 その霧のような雨をワイパーが規則正しい動きで拭い去っていく。
 車を運転しながら穂香の父親が言った。
「みんなの事は良く聞いてるよ、四方会だっけ? 穂香はそう言うのを考えるのが得意だからなぁ〜雑な生き方しか出来ない娘だけど、仲良くしてやってくれよな」
 そんな感じの言葉に穂香を覗く三人がそれぞれに肯定の言葉を述べる。
「まあ、雑な生き方はどうにかさせた方が良いと思うけど……そのうち、大怪我するわよ」
 アルトだけが伶奈の頭の上で苦言を呈する。
 もっともそれは誰にも通訳されずじまい。
 もちろん、アルトの方も特に通訳を期待はしてなさそうなので問題なし。
 そんな会話をしているうちに車は目的地へと到着した。
 大きな食品系ディスカウントストアを中心に百円ショップとか本屋さんとかファーストフード店が同じ敷地の中に建っている複合施設だ。
 広い駐車場、食料品を売ってる建物のすぐ前に車を止める。そこから降りると五人は傘も差さずにばたばたと建物の方へと走った。
 店の入り口横自販機の置かれたスペースに飛び込む。軒のおかげで直接雨に濡れる事もなくて一安心。
「じゃあ、俺は本屋の方にいるから終わったら電話しなさい。後――」
 そう言って穂香の父親は穂香に千円札を一枚握らせた。
「食費は母さんに貰ったんだろう? じゃあ、これで何か甘い物でも買えば良いよ」
「五千円札にする優しさ――痛っ!」
 ぺちん!
「しのちゃん、めっ!」
 怒ったのは四方会のご意見番、南風野連。
 プーッと膨らんだほっぺと鋭い眼光がちょっと怖い。
「冗談、冗談」
「来月の小遣いから減らして良いなら五千円でも一万でも出してあげるよ」
「来月のお小遣いなくなるじゃんか! 私のお小遣い五千円なのに!」
 父の言葉に切れる穂香の頭を伶奈と美紅も一発ずつペチン!
 そして、伶奈と美紅は改めて魔神ブウ――じゃなくて、穂香の父に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「穂香ちゃんは後で締めとくんで」
「あはは、うちの娘のしつけまでして貰って申し訳ないね。それじゃ、穂香。みんなの言う事を良く聞くんだぞ」
 そう言って彼は一人、少し離れた本屋へと足を向けた。
 それを見送ったら少女達も食品のお店へと足を向ける。
 ディスカウントストアーはスーパーともデパートとも違っていて、独特な雰囲気。
 店内は食品で一杯なんだけどなんだか陳列も無造作というか、適当というか……足下から顔の高さまで同じ商品が積み上げられていたり、聞いた事もないメーカーの食品が大量に並べられていたり、表示が外国語だったり……
「……こんなお菓子見た事ないよ……」
 適当なビスケットの箱を掴んで伶奈は思わず呟いた。
 その隣では穂香がちょっぴり不機嫌そう。
「……だって、四人で千円だよ? 一人二百五十円じゃ大したお菓子も買えないじゃん……」
 店内、周りには結構な人がそれぞれに買い物を楽しんでいるというのに、穂香は遠慮なく大声出口の連呼。
「――ったく……よく親にそう言う態度取れるね、怒られないの?」
 その愚痴に美紅は呆れるばかり。
「まあ、お父さんはなんだかんだ言って甘いからねぇ〜ちょろいもん」
「しのちゃん!」
「わっ! 解った! だから、すごまないで! 蓮チにすごまれると怖いんだよ……」
 大きめの声を上げる連に穂香はタジタジ。
 カートを押す伶奈の背後に隠れるも、伶奈よりも穂香の方が身長が高くて隠れる意味は皆無だ。
 そして、伶奈は少しだけ苦笑い気味に言った。
「……良いお父さんなんだから……仲良くしなきゃだめだよ」
 その言葉に空気が凍り付く。
「あっ……」
 流石の穂香もしまったと思ったのか、小さな声を上げた。
「えっ……えっと……」
 そして、穂香が言葉を選んでいる隙に伶奈はパシンッ! 少し強めに彼女の背中を平手を叩き込んだ。
「……穂香が気を遣うと気持ち悪いから止めて……それに……私のお母さんとお父さんが離婚したからって、穂香にまでお父さんと仲悪くなって欲しくなんかないよ」
 伶奈がそう言うと頭を押さえていた穂香は少し大きめの声で応えた。
「……はーい、仲良くする、あんま、我が侭も言わな〜い」
「はい、良い子、良い子」
 ペチペチ、手首のスナップだけで穂香の頭を叩いて話は終了。
「――って撫でるならともかく、叩かないでよ! 何回も!」
 頭を叩く伶奈の手を穂香が振り払う。
 されど素直に振り払われるほど伶奈も甘くはない。
「ほんとうはちょっとムッとしたもん」
 そう言ってさらに穂香の頭を狙う。
「なんの!」
 叩こうとする伶奈の手を振りほどこうとする穂香。
「負けない!」
 その穂香の手をかいくぐり穂香の頭を叩こうとする伶奈。
 そして、始まるしょうもないじゃれ合い。手を出したり引っ込めたり、上げたり下げたりを繰り返し牽制を繰り返す少女二人。
「……伶奈ちゃんまでボケ始めると際限がなくなるから止めて」
「……西ちゃんは突っ込み……ボケちゃだめ」
 なぜか伶奈が美紅と連の二人に責められる。
 訂正――
「そうだよ、怜奈チ。怜奈チは四方会の突っ込みなんだからちゃんとしないと!」
 穂香にまで責められた。
 その穂香の顔をじーっと見つめる。
 ニコニコと笑ってるのは突っ込み待ちだと思う。
 だから、伶奈は突っ込んで“貰う”ことにした。
「……|殺《や》れ、アルト」
「はいはい。これも渡世の義理よ」
 そして、少女の穂香の頭にストローが刺さった。
「待って! 待って! アルトちゃんの突っ込みは――いったぁぁぁぁぁぁ!!」

 非常に迷惑なじゃれ合いをディスカウントストアーの出入り口付近でやっちゃった後はようやく買い物だ。
「あっ! うちのお母さんが野菜スープと唐揚げ作ってくれるってさ」
 穂香がそう言うと残り三名どころかアルトまでひっくるめて「お〜」っと歓声が上がった。
「穂香の家族は夕飯、何食べるの?」
「唐揚げと野菜スープ、それとデパートで買ってきたパン。自分達でサンドイッチ作って食べるほど童心に戻る余裕はないけどパンが食べたくなったんだって」
 伶奈の問いかけに穂香が答える。
 すると頭の上でアルトが言った。
「あら、そっちの方が美味しそうじゃない?」
「……――ってアルトが言ってるけど、サンドイッチ大会の方が楽しいよ」
「デパートのパンも美味しいんだけどねぇ……明日の朝ご飯分、買ってきて貰えるようにメールしとこ」
 そう言って穂香はキュロットスカートのポケットから二つ折りの携帯電話を取り出した。開いた携帯電話の上を穂香の細い指が走る。
「……お金……」
 呟くように言って連が肩からぶら下げていたかばんから大きなお財布を取り出した。レザー製の薄桃色、シンプルだが可愛らしいお財布だ。
「ああ、良いよ、良いよ。そんなの気にしないで」
「……穂香ちゃんが払うわけでもないのに何を断ってるんだよ。穂香ちゃんちは集まりやすいんだから、居心地が悪くなるような事はしないでって、いつも言ってるじゃんか……」
 勝手に断る穂香にその穂香に眉をひそめる美紅、それにアルトが呆れ気味に言葉を返す。
「人の家を勝手にたまり場設定にしてる貴女も貴女よ」
「……――ってアルトが言ってるよ」
 軽く笑って伶奈がアルトの言葉を通訳、それに美紅は肩をすくめて答えた。
「だって、穂香ちゃんチならみんな定期券があって集まりやすいんだもん。伶奈ちゃんチと連ちゃんチは遠くてお金掛かるし」
 美紅がそう言うとあるとが伶奈の頭の上で尋ねた。
「あなたの家は? 遠いの?」
「えっ? うちは……あれだよ、親、留守がちだからね。お客さんは呼べないよ」
 そう言った美紅の言葉は少し寂しげ……そして、それ以上を聞く雰囲気ではなかった。
 結局、穂香が『一人五百円の予算で朝食のパンを買ってきて』とメールして、それに穂香の母親がほんのちょっぴりだけ色を付けた金額のパンを買ってきた……ってのは、ちょっとした余談。
「明日の朝ご飯より今夜の夕飯!」
 穂香の宣言で伶奈達は夕飯の買い出しを始めた。
 マーガリンやマヨネーズ、マスタードは穂香の家にあるので使用して良いらしい。
 後はハムやチーズ、レタスは蓮が持ってきてくれてるので不必要。
 食パンは普通のサンドイッチ用のパンよりも耳のついた普通の食パンの方が安かったので十枚切りを二斤。
 それからホットドッグ用のコッペパンがあったので――
「ウィンナー買ってホットドッグ!」
 雑に生きてる穂香がそう言って駆け出すと、他の面々は追いかけるのが精一杯。
 蓮が持参したローストビーフもあるし、今日の所はこれくらいで良いだろう。
 後は穂香の父親がくれた千円札で何を買うか? って事だけだ。
 一人頭二百五十円ではあるが、まあ、こういうお店で買えば二百五十円もバカに出来ない。
 伶奈が焼きプリンを買ったのを筆頭に美紅は果物がごっそり入ったゼリーで、蓮が小さめのショートケーキ、穂香はレアチーズケーキを購入した。
 外に出れば夕焼けをすっ飛ばして空は真っ暗。霧のように小さかった雨粒は立派に成長し、大きな音を立てて地面に叩きつけられていた。
「本降りだね……」
 携帯電話で父親を呼び出そうとしている穂香の隣で伶奈が呟く。
「傘を差してお風呂って言うのはこれで消えたわね、どうするの?」
 アルトが伶奈の頭の上で尋ねた。
「どうしよう……?」
 その伶奈の呟きが聞こえたのだろう、美紅がこちらに顔を向けた。
「どったの?」
「うん、お風呂、どうしよう? ってアルトと」
「ああ……この雨だとね……」
 叩きつけるように降り注ぐ雨粒を見上げて美紅がため息を一つ……
 他の用事ならともかく、お風呂上がりにこの雨の中を歩いて帰ってくるのはしんどい。
 ぽや〜んとした表情からその内心をうかがい知るのは難しいが、蓮も真っ暗な空を見上げている。
「うん、それじゃ、待ってるね」
 そう言って穂香が携帯電話の通話を切った。
「お父さん、今、レジに並んでるからちょっと待ってくれってさ」
 どうやら週刊ジャンプに連載してるはずなのに連載してない漫画の最新刊を購入するらしい。
 その父親を待ってる間の話題は当然雨とお風呂の事。
「荷物、家に放り込んだらそのままお風呂屋さんに連れて行ってもらって、帰ったらご飯で良いじゃん。時間的にも良い具合になるよ」
「じゃあ、ちょっと荷物の段取りがあるから穂香ちゃんのおじさんには車の中で待ってて貰おうか?」
「……おばさん達は? 入ったりしないの?」
 穂香が提案すると美紅が答え、そして、伶奈が控えめな声で尋ねる。
 そして、それに穂香が応えた。
「どうなんだろう? 誘ってみる? 前の時は歩いて行くのが面倒くさそうだったけど……」
 誘わない理由はないし、誘わない事の方が失礼な気がしたんで穂香の提案通りにお誘いしてみる事に決定。
 そんな結論が出たところで穂香の父親が少女達と合流。その手には小さなビニール袋が一つ握られている。
 例のコミックのようだ。
「……――って訳でお母さん達を誘ってお風呂行こうよ」
 車に乗った途端、予定通りの提案を穂香がした。
 そして、彼女が一言、予定外の言葉を付け加える。
「せっかくだから前に行った露天風呂の大きな奴があるところ」
 そう言った瞬間、全員の視線が窓の外へと向いた。
 雨である。
 それも割と本降り、傘なしで歩く気になれない程度には降っていた。
「土砂降りの中で露天風呂か?」
 まるで代表するかのように運転席の父親が尋ねると、その隣に居た穂香は即答する。
「ちょっと冷ためのシャワーだと思えばどうって事ないよ」
「……風邪引いて寝込んで、せっかくのテスト勉強が無駄になっても知らないからな」
「大丈夫、大丈夫、バカは風邪を引かないから」
 ケラケラと無責任に笑う穂香に伶奈を含め、その場に居た全員は思う。
(バカはクラス十位には入れない)

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