お勉強会(1)

 お昼休み、食堂でご飯を食べたあとは教室に戻ってどーでもいい話をするのが四方会の行動パターンだ。
 この日も似たような感じ。
 教室の片隅、連の席に集まっては周りから借りてきた椅子に座って雑談に夢中。
 昨日のテレビ番組や新しく買った漫画の話なんかに花が咲いていた。
 そんな中、不意に穂香がすっくと立ち上がると、高らかに宣言をした。
「今回は本気出ーす!」
「なんの?」
 尋ねたのは四方会の突っ込み美紅。
「中間試験! 一学期の!」
「穂香……普段、本気じゃなかったの?」
 穂香の返事に伶奈が不思議そうな表情を見せて尋ねた。
「普段はテスト前二十四時間だけ本気出したけど、今度はテスト期間全域で本気出す」
「……いや、普段から勉強は本気でやろうよ……」
「だってね、聞いて、聞いて。今回、クラス順位で上十番、要するには真ん中から上ならスマホ買って貰えることになった!」
 その言葉に他の三人はそれぞれの顔を見やる。
 美紅はもちろん、いつもぼーっとしている連ですら考えてることは伶奈と同じだって事を、伶奈は察することが出来た。
 だから、互いに頷きあい、そして、声をそろえて言った。
「「「無理じゃん」」」
「四方解血の掟! 友達の心を折らない!!」
 真っ赤な顔で穂香は言うも、伶奈達にだって根拠はあった。
「……前回、ついにドベ二位って自慢してたじゃん……」
 美紅が呆れ顔で言う。
「……しかも、ドベはテスト直前にインフルエンザで十日休んだ山城さんだろうって噂だし……あれを別格にしたら実質ドベは穂香だよ? 判ってる?」
「だーかーら……うちの親が私の目の前ににんじんをぶら下げる作戦に出たっぽいんだよねぇ……多分、今回、上位十人に入ったら今度は上位十人で居続けないとスマホの料金を払わないって言い出すと思うんだぁ〜」
 なぜか胸を張ってる穂香が言うと、伶奈は頭の片隅で――
(あっ……賢い……)
 ――と思った。
「しのちゃんは勉強した方が良い……と、思う、よ」
 連の声は相変わらず小さく、控えめ。ぼんやりとした表情とも相まって、独り言のようだ。
「それは判ってんだけどねぇ〜でもさ、どうせうちの学校、よっぽど素行が悪くない限り、エスカレーターじゃん? だったら、高等部入って本気出せば良いかなぁ〜って」
 膨らみ始めた胸を精一杯にそり返して穂香は言い切る。
 そんな穂香を見ながら伶奈が思い出したのは、彼女が尊敬している吉田貴美の言葉だ。

「最初にたらたらすることを覚えたら一生たらたらなんよ!」

 すでに中学二年もひと月ちょっと……手遅れなのでは? とか、伶奈は思う。
 そして、それは穂香自身も理解していた。
「――で、今更私が毎日少しずつ勉強する! とか言っても誰も信じないでしょ?」
「「「うん」」」
 穂香が立ったままで力説すると全員が素直に頷いた。
「……自分で言ったことだけど素直にうなずかれるとへこむよ、ほんと。まあ、そういうわけなんでテスト期間が始まったら毎日うちで勉強会しようよ。部活もできなくなるからみくみっくーも一緒に勉強出来るでしょ?」
 確かにそれならば穂香も真面目に勉強をするかもしれない。
 実際、夏休みの宿題をみんなでやったときは多少は真面目に勉強もしていた。
 最終的には蓮が持ってきたライトノベルをみんなで一生懸命読んでたけど……
「じゃあ、早速来週から?」
 尋ねたのは伶奈。
 中間試験のテスト期間は来週の月曜日から始まり、その次の月曜日からが現実のテストとなる予定だ。
「そうだね〜私は今日からでも良いけど、みっくみっく〜はソフトボール部の練習もあるしね。あっ! お菓子とか用意しておくから。また、ココア作ってね」
 嬉しそうに計画を立ててる穂香の顔を見て、伶奈はそう言うのも楽しそうかな? と頭の片隅で考える。
 ただ……
「蓮も来るなら漫画とか読んでちゃダメだよ?」
「……うん、蓮も本気出して勉強する……」
 蓮がそう言うと伶奈の肩がぴくんっ! と過敏に跳ねた。
「どったの? 怜奈チ」
「……ううん、本気出すのは大事だなぁ……って思っただけだよ」
「あれだ、また負けちゃうなぁ〜って暗い気分になったんだ?」
 ごまかしの言葉は穂香には通じなかった模様。
 顔に出やすいのかな? なんて思いながら、伶奈は苦笑気味に言葉を返した。
「――判ってるなら聞かないでよ……まあ、やってない人に負けるよりかはやってる人に負ける方が気は楽だけどさ……」
「にしちゃんは努力家……良い子」
「……ありがとう」
 ニコニコと愛らしい笑顔の友人と言葉を交わして居ると、さらに穂香が言葉を続けた。
「――で、そう言うわけだから今週の日曜日はテスト期間直前最後の日曜日だからどっか遊びに行こうよ! ショッピングモールで映画とか! ゲームコーナーでプリクラとか! サーファソンでお茶とか!」
 穂香の提案は四方会の面々に受け入れられて……

 そして、月曜日がやってきた。
 その放課後……
「……やだぁ〜勉強したくなぁい……あっ! 月曜だから、ジャンプ出てるじゃん! ジャンプ! 買いに行って良いかな?」
 散々遊んだ翌日、月曜日。英明学園から徒歩二分、穂香の部屋。
 上座に座ってグチグチ文句を言っているのは、この部屋の主東雲穂香嬢だ。
「あのさ……昨日、散々――」

「明日から勉強するんだから、今日は思いっきり遊ぼうねっ!」

「――って言ってたの……誰?」
 美紅が呆れ顔で尋ねると、半泣き状態の穂香がぽつりとこぼした。
「……そんな昔の話は覚えてないよ」
「……どこのハードボイルド探偵よ……」
 呆れた声でぼやいたのはなぜかこの場に妖精アルトだ。
 学校が終わって穂香の部屋に来たらすでにそこに居た。
 しかも、ガラステーブルの上でグーグー昼寝の真っ最中。
 怒るよりも驚くよりも、まず呆れたって話は余談だ。
 どうやら、アルトの客を乗り物代わりにしてこっちに遠征してきたらしい。
(暇な妖精……)
「――はっ!? アルトちゃんにカンニングさせて貰えばっ!? せめてその答えが間違ってるか正しいかだけでも教えて貰えれば、私でも――痛っ!?」
 穂香の額に対面から飛んできた消しゴムが直撃。その持ち主が目力を込めて一文字言う。
「めっ!」
 消しゴムの持ち主は四方会のご意見番、南風野連だ。
「うっ……ごめんなさい」
 クシュン……と穂香がうなだれると、美紅はガラステーブルの上に転がった消しゴムを拾い上げて連に言う。
「……ご苦労様」
「……頑張った」
 美紅の言葉に連は真顔で首肯を一つ。
「私がそこそこ頭が良いって解ると、誰でも一度は言うのよねぇ……良夜も言ってたし……自走式光学迷彩付きカンペ」
「りょーやくんまでそんなことを言ってたの?」
「良夜は理数系は得意だけど外国語は余り得意じゃないのよ。その点、私は英字新聞くらいなら鼻歌交じりに全部読めるもの」
「……カウンターに置いてる英字新聞? 吉田さん以外が読んでるのを見たことないよ……」
「読めるって言うのと日常的に読んでるって言うのとは別問題よ」
「本当に読めるの? 信じられ――痛っ!?」
 コロン……と伶奈の前に消しゴムが落ちる。
 自分の広めのおでこにそれが当たって落ちんだってことを理解するのに伶奈は一瞬だけ時間を費やした。
「翻訳してよ、楽しそうに話してないで」
 ぶすっとした顔でそう言ったのは穂香だ。
 もちろん、他の二人も話の内容を聞きたそうな顔を伶奈の方に向けている。
 その三人にアルトとの会話を語って聞かせ、さらには――
「だから、私はその時に言ってやったのよ、『貴方はなんのために大学に行ってるの?』って」
 その言葉も三人に教える。
 すると穂香は満面の笑みでサクッと言った。
「怜奈チと連チとみくみっくーとその他クラスメイトに会うために決まってんじゃんかぁ〜」
「……言い切ったよ、この人」
「…………言い切っちゃったね、このダメ人間」
「………………筋金入りのダメ人間」
 穂香の言葉を受けて、伶奈、美紅、蓮の三人。
 そして、アルトはため息を吐いて言う。
「開き直ったってカンペにはならないし、本当のことを教えるとは限らないわよ」
 その言葉が伶奈の口から穂香へと伝えられると流石の穂香もがっくり、そのままガラステーブルの上へと突っ伏した。
 その突っ伏した頭の上にフワッとアルトが飛び乗る。
「これも貴女のためよ。内部進学からドロップアウト組に入るのは惨めだって……真雪も昔言ってたわよ」
「……――ってアルトが言ってる」
 アルトの言葉を伶奈が伝えれば、ぐったりと突っ伏していた穂香の顔が正面を向いた。
 頭の上へと上目遣いに視線を向けて、穂香が尋ねる。
「……黒雪姫が?」
 穂香の頭の上でアルトが寝っ転がる。そのまま、うつぶせ寝で身体を半分ほど乗り出したら、穂香の顔をのぞき込みながらアルトは言った。
「真雪も熱心に勉強するタイプじゃなかったけど、あれで周りの友達共々学年トップテンからこぼれ落ちたことがないそうよ。その実績があるから無茶をしても許されてたってところがあるの。あれに憧れるならせめて平均より上に行きなさい」
「……――だってさ」
「うう……おばあちゃんと同じ事言ってる……うがぁぁぁぁ!! 良し! やる! 本気出す!」
 むっくと起き上がり気を吐く穂香、周りから――
「おぉ〜」
 ――と歓声が上がった。
「はいはい、じゃあ、まずはこれね。穂香、数学がダメだから」
 そう言って伶奈がテーブルの上に置いたのは、今年の冬休みに灯から貰った『中一数学のまとめ』という問題集だ。
 伶奈には少々物足りない物だったが、一年の時のおさらいをするにはちょうど良い代物だと、灯には聞いた。
「二年なのに……」
 問題集を拾い上げた穂香は不満そう。
「一年の問題が解ってなかったら二年の問題は解らないよ」
 それはソフトボール部の先輩に言われて春休みの間に一年の復習をやった美紅だ。
「……うう……しょうがない、やるか……」
 さっきの気合いはどこに消えたのか……
 問題集を開くと真っ白い大学ノートの上にシャーペンを走らせ始めた。
 これで一安心。
 伶奈は英語の問題集を開いたし、他の二人もそれぞれに持参した問題集を開き、その問題を解き始めた。
 そして、妖精の大きなあくびの声とか身の上をペンが走るだけの時間が三十分ほど続いた時のことだった。
「……ねえ、怜奈チ……これ、解るかな?」
 ぽつりと穂香が呟いた。
「どれ?」
 言われてのぞき込む。
 どうやら方程式の解き方が解らないらしい。
「ここは両辺を二倍して……まずは分母をなくさないと……」
「……ああ、そっかぁ〜怜奈チ、賢いね」
「……授業でやったからね、それ……一年の頃に」
「そんな昔のことは覚えてないな」
「……二回目だね、それ」
「天丼、天丼」
 嬉しそうに笑ってる穂香にため息一つ。他の二人からもクスクスという小さな笑い声がこぼれ落ちれば、苦笑い気味ではあるが伶奈も頬を緩めた。
 そして、勉強を再開。
「んでさ……」
「……勉強しなよ……穂香ちゃん……」
 ノートにペンを走らせながらの穂香の言葉に美紅が応じる。
「……土日、勉強お泊まり会やんない? 勉強するんだ〜って言えば許されると思うんだよね……」
「今やれ」
 短い突っ込みは連の物。
 その突っ込みは聞こえているはずなのだが、穂香の行動を押しとどめるまでには行かなかったようだ。
 むしろ、シャーペンの動きが止まってる辺り、逆効果にしかなってないらしい。
「また、一緒にお風呂入ってさ、ご飯食べてさ〜今度はサンドイッチ大会とか良いと思うんだよね……サラダとかハムとかみんなで用意してさ、近所のコンビニで十枚切りのパン買ってぇ〜楽しいと思うんだよね」
「……凄いわね、勉強の“べ”の字も出てないわよ」
 アルトが呆れる一方で伶奈は思った。
(楽しそう……)
 そして、二人の少女も男も言っていた。
(楽しそう……)
 そして、無様に緩んだ顔を見ながら、妖精は言った。
「……あなたたち、その子の罠にはまってるわよ」
 ――と言う訳で次回の日曜日はお泊まり勉強会って事になった。
 

 
 

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