野外学習(6)

 穂香と美紅が積み上げたレンガの上に網を敷いたら、その下に薪をくべて着火剤で火を付ける。
 これが結構難しいらしい。例年苦労する班がいくつも出て来るそうだ。
 アルトによると良夜達がやったときも薪ではなく木炭だったが、なかなか火が付かなくて大変だったみたい。
「まあ、直樹と良夜がどんくさいってのもあったんでしょうけどね」
 アルトがそんな事を言うから、伶奈もどうなる物かと戦々恐々としていた。
 しかし、なぜか穂香が妙に張り切ってくれたおかげで、伶奈達他の面々はやることなし。時間こそ多少掛かったが、見ているだけで煌々と真っ赤な炎が耐火レンガと網に囲まれた空間で燃え始めて出していた。
「思ったよりも楽しかった!」
 鼻の頭を煤で黒くした少女が胸を張ると、他の面々は苦笑い。楽しそうで何よりだ。
 ご飯は飯ごう炊飯。四合炊きの奴を各班が必要なだけ持って行く形が取られた。
 それを見て美紅がぽつりと漏らした。
「一つだと一人0.8合で少し足りなくない?」
 美紅によると美紅は普段から一合くらいペロッと食べる。それに今日は一日遊んでて普段よりもお腹が減ってる。しかも、メニューはカレーだ。絶対に普段よりもがっつりと食べるに決まっている。
 ゆえに、一人0.8合では絶対に足りない。
 女子中学生としては筋肉質だから基礎代謝も高い。それと同時に動かないとご飯が美味しくないというようなスポーツ馬鹿(自称)な美紅は良いとしても、他の面々は一合弱も食べたらお腹いっぱい。
 伶奈達四方会の三名は手芸部だし、愛生衣も名前だけは図書部ではあるが事実上の帰宅部だ。
「みんな! 動こうよ! 動いて食べるご飯は美味しいよ!!」
 美紅は力説するが割とスルー。がっかりしてる美紅を尻目にどうしようか? の話し合い。
 四人で丸くなって話し合ってる最中――
「足りないよりかは多い方が良いんじゃない?」
 ――とアルトが言った。
 その言葉を伶奈の言葉として伝えると、一も二もなく賛成する美紅に釣られて、他の面々もなんとなく賛成。
 教師から新しい飯盒とそこに入れるお米を貰って、合計八合のお米を炊くことにした。
 炊き上がったら美味しく煮えたカレーで頂きます。
 飯盒で炊いたご飯は炊飯器で炊いたご飯よりも少し硬くて、お焦げも出来ていた。だけどそれが妙に美味しい。西に沈む太陽が空を赤く焼き、西の空は鮮やかな青に染まっていて、シチュエーションも最高。
「…………にしちゃん、ぐっじょぶだよ……」
 サムアップして蓮が言えば、他の面々も一様に首を縦に振った。
 普段以上に美味しいご飯、進む食事……
 で、あったが……
「……まあ、余るわよね……」
 しみじみ……とアルトが伶奈の頭の上で呟いた。
 足りないよりかは多い方が良い……と言いだした張本人ではあるがさすがに四割近くも残ってると苦笑いを浮かべるしかない様子。
 まあ、半分以上食べてるわけだから、当初予定通りに四合だけしか炊いてなければ足りてない。だから、増やそうってのは正解だったわけだが……
「なんで、二つ目の飯盒いっぱいに炊いちゃったんだろう?」
 伶奈が尋ねてみても答えてくれる誰は居ない。
 誰も反対しなかったのは、誰も良く考えてなかったからなんだろう……と少女は思う。
一時いっときのテンションに身を任せちゃダメだねぇ〜」
 穂香が呟くとなんとなく他の面々も苦笑いで同意するしかなった。
 さて、どうするか?
 考えてみても他の班だって大なり小なり、ご飯は余り気味。誰も彼もが考えることは同じだったらしい。
 仕方ないから、クラス担任の御影文子に相談してみたら、彼女はひどくあっさりと言った。
「おにぎりにして夜食にすれば良いわよ……――夜に食べたら太る? あなた達……今夜、寝る気だったの? 最近の子は真面目ねぇ……」
 はっきりぶっちゃけてしまう辺り、“真面目”と称される彼女も英明学園の色に染まった女性だなぁ……と思わざるを得ない。
 まあ、教師のお墨付きを貰ったんなら、そりゃ、今夜は夜更かし一直線。そのための夜食も用意せねばなるまい。
「おにぎりはね、サランラップの中にご飯を入れて茶巾包みの要領で丸くしておいて、食べるときに剥がすと衛生的だし、簡単だよ……――なんで江川崎さんが作った奴はご飯がはみ出てるのかな?」
「さあ……?」
 怜奈の言葉に作った本人が首をかしげているが、不器用だから以外の理由はないだろう。
 なお、ご飯がはみ出てるのは衛生的に不安なのでその場で制作者の口に放り込まれることになった。
「おっ……おなか、苦しい……」
 苦しんでる愛生衣は放置されて、後片付けだ……とは言っても、食器の類いは全部紙皿紙コップの類いだから、捨てておしまい。
 それから使った燃やした薪の燃えかすは水に浸して灰捨て場へと持って行く。
 一通りの片付けが終わる頃には西の空は朱色に染まり、東の空は群青色。そして、少女達の顔は墨色に染まっていた。
「軍手したままペタペタ顔を触ってるのが悪いのよ」
 ――と、何にもしてないアルトが笑ってるのが、無性に腹が立つ。

 片付けが終わったらみんなでお風呂。
 一学年八十人あまりが一度に入るとさすがに狭いので、二つに分かれて入る事になっていた。
 普段なら片方は男湯として使うところを両方女湯にするという塩梅だ。
「どっちが普段男湯なんだろうね?」
「明日はうちらがあっちを使うから、どっちにしても一回は普段の男湯を使う事になるよ」
 美紅の疑問に穂香が答になってない答を返せば、なんとなくいやな気分になるのが年頃の女子という物。
 まあ、さすがに――
「……妊娠しないかな?」
 ――と言う心配をしているのは愛生衣ただ一人。
「するわけないじゃない……」
 アルトの冷静な突っ込みが聞こえたのは伶奈ただ一人。普段なら周りに居る人に伝えるところだが、今日はアルトの事を知らない人が沢山いるので軽くスルー。
 アルトもそれを理解しているようだ。彼女は返事を期待する事ない。
 小さな妖精さんは伶奈の頭の上から開いたロッカーの縁に、トンと着地。その中で着替えを始めた。
 目の高さで妖精さんのストリップ、嬉しい……訳はない。
「……もうちょっと恥じらいを持って脱いでよ……」
 控えめなボリュームで囁くも、アルトはそれを意に介さない。
「今更照れる物でもないでしょうに……」
 軽くひと言言ったら、彼女は無造作に背中のジッパーを下ろした。そして、するりとノースリーブの肩から腕を抜き、ワシャワシャとレースが何重にも重なったゴスロリドレスを脱ぎ捨てる。
 現れ出てくる下着姿。
 白いブラに白いショーツ、ガーターベルトまでも白、そして、肌も白くてまぶしいほど。
「……この距離で人の裸なんて見たくないよ……」
 そう言って視線を外し、少女も服を脱ぎ始める。
 ジャージの下は白いインナー、それから貴美と一緒に買いに行った勝負下着……と言ってもたんにブラとショーツが同じ柄でワンセットになってるってだけの奴。
 しかも、ジュニアブラ。
「勝負にならないわよ」
 なんてアルトは言ってるが気にしない。
 貴美と一緒に買いに行った、選んで貰ったってだけでも大事な下着だ。
 その大事な下着を大事に脱いだら、丁寧に畳んでビニール袋の中に入れる。
 人に裸を見られるのは余り好きではない。
 四方会の面々だと何回かお風呂に行ったりもしてるから良いのだけど、他のクラスメイトとはそう言う機会もないので気になってしまう。
「吉田さんみたいにスタイルが良かったり、美月お姉ちゃんみたいにスラッとしてたり、凪歩お姉ちゃんみたいに背が高かったりしたら気にならないのかも知れないけど……」
 もっともらしい理由以外にもう一つあるが……そちらは口に出す事は出来ない……が、アルトは気付いてるんだろうなぁ〜なんて思っていたら、下着も脱ぎ終え、嫉妬心を抱かせないスタイルを露わにしている妖精が尋ねた。
「……翼は?」
「えっ?」
「だから、スタイルが良いのが貴美、スレンダーなのが美月で、背が高いのが凪歩……翼は?」
「……えっと……えっと……んっと……」
「伶奈チ! なにしてんだよ〜?」
 言いよどむ伶奈に救いの声、穂香の物だ。
 伶奈はパッと表情を明るくするとすぐに振り向き、大きな声で答えた。
「すぐにいく!」
 それを合図に頭の上に妖精がとんと飛び乗り、そして、彼女は底意地の悪い顔を頭の上から覗かせて言った。
「最近は仲良くなってきてると思ったけど、そんな物なのね?」
「……翼さんは見た目じゃないの」
 言い訳の言葉をぽつりと漏らしたら、友人達の一団へと合流。
 今日は四方会に愛生衣、それから愛生衣の友達が参加している班の面々、全部ひっくるめて十人の大所帯。クラスメイトの半数が伶奈の周りに居る計算になる。
 伶奈が親しくしているのは愛生衣の友人、瑛里沙と八重子くらいまでだ。その二人と同じ班の三人とは同じクラスになってまだひと月少々でいまいちしっくりとこない。
「だから、今から仲良くするんじゃんか〜!」
 とは、人見知りしない女――穂香の言葉。
 湯船の中に座る一団、ど真ん中に一人ほのかが仁王立ち。膨らみ始めた胸元を大きくそらして言う姿は、人見知りなれ何はうらやましくもあり、恥ずかしくもあった。
 なお、もう一班三人のうち一人が八重子と同じ女子サッカー部部員だ。そのサッカー部部分と他の二人とが親しかったので、それならば……と野外学習の班を結成するに至ったらしい。
「伶奈チのお姉ちゃんがね、同じ釜のご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで寝たら家族なんだって!」
「教えたの?」
 湯船の水面にぷかぷか浮かんでアルトが尋ねると、伶奈は他の面々に気付かれないよう、小さく頷いて見せた。
 嬉しそうに穂香が言った言葉は、ずいぶん前に美月が伶奈に言った言葉だ。
 その言葉を穂香に教えたのは、もちろん、伶奈。
 穂香の家に初めて泊まった夜にそういう話をしたら、穂香を始め、他の二人も喜んでいたし、伶奈自身もそれを喜んでくれる友人が嬉しかった。
 もっとも――
「今回は飯盒は班ごとに別々だし、お布団だから同じベッドでは寝ないだろうけどね」
 愛生衣がそう言うと伶奈と蓮、それから美紅がチラリとアイコンタクトをした。
 そして、代表するかのように美紅が言った。
「多分、愛生衣ちゃんは明日の朝には穂香ちゃんと一緒に寝てると思うよ」
 それに伶奈も言葉を続ける。
「穂香、寝相が最悪だから……」
 そして、最後に蓮が言った。
「……エカちゃんは孫悟空……じゃなくて、人身御供……」
 四方会の総意で穂香は壁際、その横に愛生衣を置こうという取り決めがなされていた。
 ――愛生衣の居ないところで。
 てな説明をすれば途端に顔色を変えるのが愛生衣だ。
「待って? ちょっと待って? それ、おかしいよ? イジメだよ?」
「いやぁ……ごめんね? どーもね、ベッドで寝てるときは良いんだけど、布団で寝ると寝相が悪くなるみたいなんだよ」
 軽い調子で穂香が言うと一気に頭に血が上った愛生衣がザブンッ! と音を立てて立ち上がる。
 露わになる意外と奇麗な裸体、思ってたよりもバストサイズが合ったのはちょっとびっくり。
 その愛生衣が大きな声を上げる。
「開き直らないでよ!」
「そうは言っても、寝相だけは意識したからって治る物でもないし……」
「だったら、なんでベッドで寝てるときは大丈夫なのよ!?」
「……さあ?」
 切れる愛生衣に飄々と説明を続ける穂香、すっぽんぽんの少女二人が言い合ってる姿はなかなか見もの。
 思わず笑ってしまうのは伶奈一人ではないようだ。
 集まってる十人は当然として、少し離れたところで身体を洗ったり、湯船に浸かったりしてる少女達からもクスクスと笑い声が湧き上がって居るのが聞こえていた。
 そんな少女達をぷかぷか……背泳ぎの体勢で見上げていた妖精がぽつりと言った。
「……どうせ、今夜はおにぎりパーティで寝る気ないんでしょ? 寝なきゃ、寝相もクソもないわよ」
「あはは」
 全部まる見えなアルトの言葉に思わず伶奈が笑ってしまえば、隣にいた蓮が上せかけて赤くなった顔を伶奈へと向けた。
「……どうしたの?」
「ああ……うん、どうせ、今夜は寝ないんだから良いじゃん……ってね?」
 そう言って軽くアルトの頭を突いてみせれば、アルトの事は見えていないが妙なところで察しの良い蓮はそれに気づいたようだ。伶奈と同じ所にそっと指先を持って行くと、アルトにその指先を撫でられてくすぐったそうに頬を緩めた。
 そして、彼女は落ち着いた口調で言う。
「……そうだね」
 柔らかく笑う蓮につれて伶奈も頬を緩めると、穂香と愛生衣の口論に笑っていた美紅が声をかけた。
「どったの?」
「ああ……うん、どうせ、今夜は寝ないでおにぎりパーティだから寝相なんて関係ないよねって話……してたの」
 そう言ってやっぱりぷかぷか浮いてるアルトを指先でちょこん。
「ああ……なるほど」
 やっぱり美紅も誰が言ったのかを理解した模様。少しだけ頬を緩める友人二人の顔を見れば『秘密があった方が結束が固まる』との穂香の言葉が頭をよぎる。
 もっとも……
「気合いでどうにかしなよ!」
「なるわけないよ〜」
 未だに揉めてる愛生衣と穂香はそれどころではない。
 同時に他の面々も二人の漫才に声を上げて笑っているだけ。
「ふふ……言わないの?」
 アルトの言葉に伶奈は少し頬を緩めて答える。
「楽しそうだし、もうちょっと見てる……」
 とは言っても寝相の話でそんなに盛り上がるわけでもなく、一緒に盛り上がってた友人の一人が――
「まあ、今夜、寝ないで遊ぶ予定だけどね」
 ――と言いだしたところで揉めてた二人もはたと気付く。
「そっかぁ〜今夜、寝ないで遊ぶんだった!」
「おにぎりパーティだもんねっ!」
 穂香と愛生衣が肩を組んで笑い始めると一件落着……なのは良いけど、素っ裸の少女二人が肩を組んで胸を反らしてる姿はなんというか……馬鹿なのかな? としか思えない……
 と言うか――
「……ホント、そろそろ、三人グループにしようか?」
 ぽつりと美紅が呟いた。
「……三方会は変だよ……」
「あっ、私入る〜! 名前、東西南北じゃないけど!」
 八重子が大きな声で宣言したのを皮切りに他のみんなも大騒ぎ、口々に入る入ると大盛り上がり。
「むしろ、東雲さんと江川崎さんをハブろう!」
 そう言ったのは瑛里沙、それから彼女と同じサッカー部の子が「おーっ!」と同意の声を上げると、伶奈達四方会の面々もクスクスと声を上げて笑ってしまう。
 そして、未だに肩を組んでる少女二人、穂香と葵が叫ぶ。
「「ハブ禁止ッ!」」
 そして、笑い声が広い浴室に響き渡っていき……
「……盛り上がってるのは良いけど、そろそろ、出なさいよ。時間よ」
 担任文子が覗きに来たとき、ここに固まっていた連中ほぼ全員が未だに身体を洗っていない事を思い出して慌てた……ってのは、ちょっとした余談である。

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