悪酔い(1)

 良夜が実家から帰ってきたのは、五月六日金曜日の早朝だった。
 本来なら、五日のうちに帰ってくる予定だった。
 しかし、『娘を嫁にやりたくはないが、あのマイペース腹黒読書家娘と結婚したがる物好きは二度と現れないであろう事も理解している』父がやけ酒を初めた。
 んで、それに付き合ってるうちに良夜自身もべろんべろん。
 気がついたら夜が明けてて、『昼まで寝て最終で帰れる電車に乗ろう』と決めて、寝て、起きたら夕方。
 姉の――
「起きないとぶおー(猫)が降ってくるよ」
 攻撃にすら気づかずに寝てたって言うんだから、なかなかの物。
 仕方ないから、深夜バスに乗って帰ってきたのが早朝で、そこから服だけ着替えて出社するハメに。
 まあ、ゴールデンウィークの飛び石平日に大きな仕事があるわけではない。
 業務内容は雑用と言ったところ。
 午前中こそ、やりかけてる現場の状況確認や先輩の打ち合わせに付き合ったりはしていたが、お昼を食い終えた頃には仕事もなくなった。
「暇なら掃除でもしたら?」
 って、社長(細身ではあるが薄毛の中年)が言い出したので倉庫の掃除が最大の業務だって体たらく。
 その最大の業務が終わったら、後はインスタントコーヒーの品質チェックと麻雀牌の動作確認という大事なお仕事をやって、珍しく今日は定時上がり。
 自宅に帰って、シャワーを浴びて、服も作業着から私服に着替えて、携帯を確認するとメールが一通。
『今日 飲み会だよ』
 そんなタイトルから始まるメールは凪歩が出した物。詳しい内容は、缶チューハイとビールを買ってきてって感じの代物。もう、本当に彼女が吉田貴美の後輩というか、弟子だって言うことを嫌ってほど理解させてくれる。
 まあ……素直に買いに行く自分も自分だと、良夜自身で思う。
 領収書を貰ったら、金はアルトで出してくれる。
 その上、参加費もろくに取られたことない。
 有り体に言えば、買い出しをするだけでただ酒、ただ飯を貰えるわけだ。
 それに今回からハンドルキーパーは、下戸どころかアルコールアレルギーのお墨付きを医者から貰ってる灯が引き受けてくれる。毎回ハンドルキーパーを押し付けられていた良夜も、今夜はしっかりとお酒が飲めるって寸法だ。
 飲む相手も気心の知れたアルトの従業員、比較的良い事ずくめの飲み会だ。
 はっきり言ってラッキーとか、思ってる自分が、ちょっと可愛い。
 まあ、公休日だというのにただ酒、ただ飯に釣られて夕方からアルトに顔を出すという翼に比べたら、まだマシか?
 トコトコとスクーターに乗って、今さっき帰ってきた道を、逆方向に走る。
 すでに周りは真っ暗。夜風が薄着の肌を容赦なく切りつけ、コートを着てこなかったことを後悔させた。
 買い出しはいつものディスカウントストアー。注文されてた缶チューハイとビール、発泡酒、呑めない灯はウーロン茶がいいらしい。
 それから凪歩が自前で出すからと言ってたウィスキーを、余り高くない奴を二本を購入した。
 なお、この七百ミリリットルウィスキー丸ごと一本は、今夜、凪歩によって消費される予定。二本目が空になるかどうかは彼女の体調と気分次第だ。
(肝臓、大丈夫なのかな……?)
 なんて、妙な心配をしつつ、お会計を終わらせ、アルトへとスクーターを飛ばす。
 喫茶アルトの営業終了は夜の九時で、閉店作業や掃除なんかを終わらせると、だいたい、十時前には仕事が落ち着くことが多い。
 今回の伶奈は不参加って事になっていた。
 理由は、この日がアルトに泊まる日ではないって言うのもあったが、最大の理由がもう一つあった。
 それは『送別会ならともかく、ただの飲み会に中学生を出席させるのは……』と言う老店長の苦言だ。
 お題目は『灯の歓迎会』であるとは言え、それがただの口実であることは誰の目にも明らかだ。それに、灯を交えた食事会ならいつでも出来るだろう……って事で、不参加が決定した。
 迎えに来た母と共に帰ろうとした伶奈が、帰り際に――
「アルバイト増やして、大変だと思うけど、家庭教師は出来れば続けて欲しい……です」
 そう言って深々と頭を下げたのにはちょっぴりびっくり。
「じゃあ、来週から宿題、増やそうか? ちょっと難しい奴」
 灯が冗談めかした口調でそう言うと、伶奈は一瞬、その言葉の意味を把握しきることが出来なかったのだろうか? ぽかん……と魂が抜けたような表情で灯の顔を見上げた。
 しかし、すぐにその言葉の意味を把握すると、コクン……と小さく頷き、控えめな声で言った。
「うん……がんばる」
 その後に迎えに来ていた由美子が「これからも娘のことをよろしくお願いします」と、やっぱり、折目正しく深々とお辞儀。それから、はたと思い出したかのように、他のメンバにもぺこぺこと同じセリフと共に頭を上げて回る。
 そんな事をされれば、むしろ、薄給で店番を引き受けて貰ってて、ありがたいのはこちらとか、便所掃除もしてくれてありがとうとか、優秀な子だから勉強を教えるのも楽しいとか……社交辞令の行ったり来たり。
 最終的には――
「お母さん、みんなも、恥ずかしい!!」
 キレ気味に伶奈が叫んで、社交辞令というか、伶奈に対する美辞麗句の応酬もこれにて終了。
 そんな感じで、二人を送り出したら、楽しい大人の時間だ。
 大きめのテーブルに細々としたつまみになる物やら、腹持ちの良さそうなパスタやピザ、パンなんかがどっさり。その周りを美月と良夜、その対面に灯を中心に左右に翼と凪歩が座る形で席に着いた。
 もちろん、そのテーブルの片隅には、ちょこんと座る小さな妖精さん。
 一同が席に着いたら、美月がすっくと立ち上がった。
「では、新たなアルバイトを迎え入れてですね、これからもますます発展できたらいいなぁ〜って感じの喫茶アルトを、みなさんで盛り上げていって下さい。では、乾杯!」
 乾杯の音頭を夜のフロアに響けば、他の面々も口々に乾杯の声。
 すでに時間は遅め、空腹と喉の渇きを癒すために、それぞれが結構な勢いで、つまみを食べたり、飲み物を飲んだり。
 第一陣を胃袋に詰めて、空腹と乾きも一息吐く頃、ふと、良夜は一つのことに思い至った。
「そー言えば……俺、タカミーズ抜きで寺谷さんや時任さんと飲むのってこれが初めてじゃないか?」
 缶チューハイを片手にぼんやりと良夜が呟いたら、凪歩がやっぱりぼんやりとした口調で答えた。
「あぁ……そうかも……てか、吉田さん居ないと、静かだよねぇ……直樹君はいつも静かだけど」
「……吉田さん達、帰ってこないの?」
 小さめの声、缶チューハイ片手の翼は喫茶アルトの制服姿ではなく、ストライプの上着にスリムなズボン姿。無表情気味の顔と合わせて格好いい感じに仕上がっていた。
 その翼の言葉に凪歩はショットグラスから琥珀色のウィスキーを一息に煽って、答えた。
「吉田さん、ほら、車のディーラーだから、連休中は休みが取れないんだって、特に一年目だし。だから、夏休みの平日にでも休みを取って遊びに行くってさ。直樹君の方もメンテだから、代休取って、平日に休んでデートしてるみたいだよ」
「良く知ってるね」
 なんとなく、良夜が尋ねると、凪歩は新しいウィスキーをショットグラスに注ぎ込みながら、クスッと笑って見せた。そして、注いだお酒の半分ほどを喉の奥へと流し込んだら、酒の香りがする吐息と共に言葉を続けた。
「結構LINEしてんだよ。愚痴も聞いて貰ってるしねぇ〜上司が頼りない、とか」
「ふえっ!?」
 凪歩の言葉に甘めのワインをちびちび飲んでいた美月は、それこそ、ギャグ漫画のようにルビー色のワインを吹き出し、その白いブラウスにまだらの斑点を生み出した。
 そんな美月に凪歩は頬を緩めて見せると、軽く首を振って、また、言葉を続けた。
「うそうそ。今日、ミスった〜とか、そっちの様子はどう? とか……むしろ、吉田さんの愚痴聞いてる方が多い位。ほら、吉田さん、高三の頃には前のバイト先でボス面してたって言ってたじゃない? それが今は社会人一年生のペーペー扱いが辛いってさ」
 笑い声混じりの言葉に美月も一安心したかのように頬を緩めた。
 そして、ペーパーナプキンに手を伸ばすと、それでワインで汚れた胸元を拭きながら、しんみりと答える。
「アルトに入ったときも、当初からガンガン責められましたからねぇ〜もう、どっちが経営者だか! って感じで……でも、喫茶アルト“ほぼ”店長なんて呼ばれられるのも吉田さんのおかげですからねぇ……」
「……誰にも厳しい人だったから……」
 食事をしながら、ぼんやりとした口調……独り言のように翼が答えた。
 まだまだ飲み足りないのか、翼ちゃんは降臨なさってない。しかし、それでもふらふらと左右に揺れ始めているので、そろそろ、要注意な状態だ。
「そんな人だったら、伶奈ちゃんが尊敬する人は吉田貴美さん……って言うのも解らなくはないなぁ……いくらあの人が破天荒でもさすがに腐女子趣味を中学生相手に公言するほど破天荒じゃないだろうし……」
 そう言ったのは一人ウーロン茶の時任灯。
 少し苦笑い気味なのは、彼と彼の友人二人、いわゆる『いつも眠そうにしてる二四研の三馬鹿』をモデルにした生もの同人誌を出されたことがあるから。
 名前は適当な変名だが、設定、キャラデザ共々、知ってる人が見れば確実にこの三人だと解る代物。
 なお、三馬鹿がたまり場にしている部屋のお隣が『空き家』という設定になってた辺りが、最後の理性だと、直樹から回ってきたその同人誌を読んだ良夜も思った……が、『空き家なので大声で喘いでも大丈夫』と作中の灯(らしき人)が言ってるのを読んで、それが本当に理性だったのかどうなのか、解らなくなった。
 そんな事を缶チューハイ片手に、良夜が思い出していると、先ほどのショットグラスを干し、また、新しいのを注ぎ込んでる凪歩が笑って言った。
「ああ、そうそう、言ってたよ。伶奈ちゃんを見てたら『自分の中学時代がどれだけ危なっかしかったが理解出来た』ってさ。十八禁エロ同人誌は中二から読んでたし、直樹君とつきあい始めてからは毎日下着を意識して選んでたとか言うし。押し倒されたら抵抗はするけど、下着は見られて恥ずかしくない物にしようって、やっぱ、あの人おかしいよ」
「あはは、だから、余計に伶奈ちゃんには厳しくするところは厳しくして、優しくするところは優しくしてたんでしょうねぇ〜」
 赤い頬、控えめな胸元を赤い水玉模様で飾り付けた美月が、赤ワインを傾けながら、少し懐かしそうに、そして、寂しそうな口調で言えば、それまで黙っていたアルトが口を開いた。
 傍らにはショットグラス、パタパタとひらひらが多いスカートをめくって顔を扇ぐ妖精さん。彼女はじろっと良夜の顔を見上げると、つんっ! と澄ました顔で言い放った。
「死んだ人の思い出話みたいになってるわよ? いい加減になさい、辛気くさい」
「……――だってさ……まあ、夏休みにひょっこり帰ってくるなら、また、そのうち会えるだろうよ……むしろ、このメンツの中で、一番会えないのは、俺だろう? 平日、休みなんて取れないぞ」
 苦笑い気味に笑って見せたら、良夜はグビグビと缶チューハイを缶のままで一気飲み。
 それに一同が声を立てて笑うと、吉田貴美の話題はひとまず終了。
 後はその他雑多な話題。
 良夜と灯が大学教授の悪口で盛り上がったとか、美月、翼、凪歩の三人は仕事の愚痴を言い合ったりとか……後はアルトがそれらの会話にいちいち茶々を入れてきた挙げ句に、服を脱ぎ始めたとか……
 喫茶アルト飲み会はいつも通りの飲み会って感じで終始していた。
 そんな中、良夜は隣に座る恋人の様子にちょっとした違和感を抱きながら、飲んでいた。
(何かが違うような気がする……)
 上機嫌なのか、コロコロと楽しそうに笑ってる顔はすでに真っ赤っか。それなのに、赤ワインをカポカポと結構な勢いで飲んでるのは、割と普段通りの美月だ。
 それなのに、妙な違和感……
「ふえ? どうしました?」
 視線に気づいた美月がこちらを見て、軽く小首をかしげた。
「あっ……いや……なんでも」
「変な良夜さんですねぇ〜」
 笑う美月に良夜も笑い返して、ぐいっと発泡酒を喉へと流し込む。
 良夜自身も結構な酒を飲んでたから、頭はずいぶんと回らなくなってきてるようで、いくら考えてもその違和感の正体はつかめずじまい。
 ワイン染みの浮かぶ胸元って、ちょっと色っぽいなぁ〜と思うくらいだ。
 さて、良夜がそんな疑問にさいなまれながらも、結構な空き缶を量産し終えた頃、一人の天使が喫茶アルトに舞い降りた。
「えへへへへ……翼ちゃんは〜〜〜〜お酒が美味しくてしゃーわせなのれすよ〜〜〜〜〜」
 翼ちゃんだ。
 ほっぺたを押さえてふらふら左右に揺れる様はフラワーロックかメトロノーム。いつもの鉄仮面が嘘のように朗らかに笑って、ご飯を食べて、そして、酒をかっ食らう。
「……はぁ……目安が来たな……そろそろ、帰ろぜ……凪姉」
 一人、素面の灯がそう言って立ち上がった。
「ああ……そうですねぇ〜ふぃ……じゃあ……ああ……食器だけ下ろしたら、お開きにしましょうか?」
 美月はそう答えた。
 しかし、翼ちゃんと化した翼といくら飲んでも酔わない“枠”の凪歩は若干不満げ。
「つばさちゃんはぁ〜もっとのみたいのれふぅ〜〜〜〜」
「まだ、十二時にもなってないじゃん……灯は真面目すぎ」
 二人ともこの調子で若干不満げ。
「俺だけ先に帰るよ」
 しかし、この脅しが功を奏したらしく、凪歩も立ち上がり、美月が下ろそうとしていた食器の一部を受け取り、下ろし始めた。
 そして、翼も一応やり始めようとしたのだが……
「あれ? 翼ちゃん、立てない?」
 きょとん……とした顔で右見たり左見たりしてる翼、もとい、翼ちゃんはちょっと可愛い。普段からこんな顔だったら良いのになぁ〜とか思っていたのは、美月には秘密。
「……貴女、飲み過ぎよ」
 その翼ちゃんの頭の上ではアルトがペチペチと彼女の頭を叩いて、苦言を呈していた。
 もっとも、そのアルト自身がすでに下着姿なんだから、その説得力にいかほどの物があるのかは謎だ。
 翼を除く四人で食器をキッチンに放り込んだら、未だ、ぐだぐだの翼ちゃん状態になってる翼を灯と凪歩が両側から抱えるような格好で、喫茶アルトのフロアを後にした。
「ああ……なんだ……えっと……アレだ……その人、時々、リバースするから……気をつけて」
「ああ……知ってます……うちで時々飲んでるんで……」
 良夜の忠告に翼を後部座席に放り込んでた灯が答える。
 そして、走り去る灯の軽四。
 赤いテールランプが国道を走り去るのを見送ったら、隣に立つ美月がニコッと満面の笑みを浮かべて言った。
「暑いですぅ〜〜〜!」
 そして、いきなり彼女はブラウスのボタンを上から三つ外した。
 本日は“そんな予定”がなかったから、ベージュのシンプルなブラ。小ぶりの膨らみが二つ、良夜の目の前に露わになった。
 相変わらず小ぶりだなぁ……と思ったのは、多分、墓の下まで持っていく。
 そして、静かに時が流れる。
 遠くでフクロウが鳴く声が聞こえた。
 パタパタ……開いた胸元を手のひらで扇ぎながら、彼女は言う。
「ホント、暑いですね、今夜」
 そして、良夜はようやく叫んだ。
「ちょっと待て!? なんで、あんた、今になって脱ぐんだ!!??」
 その言葉に彼女は朗らかに宣言する。
「灯くんがいたから、我慢してました〜〜〜」
 そして、良夜は美月を裏口からキッチンに引っ張り込みながら、うすらぼんやりと考えるのだった……
(直樹は良かったんだろうか?)
 なお、その頃、アルトはすでにテーブルの上で寝てた。

 さて、これで終わり……と言うわけではなかった。
 半裸の美月をほったらかしにして帰るわけにはいかない。
 良夜は暑い暑いと騒ぐ美月をフロアにまで連れ込んだら、彼女を窓際隅っこ、いつもの席に座らせた。
 自分も結構酔ってたはずなのだが、不思議と、美月の「暑いです〜〜〜〜」を聞いた辺りで酔いが吹っ飛んだらしい。まあ、美月と飲むときは出来るだけセーブしようという意識が動いていることは否定出来ないところだが……
 結局、ブラウスのボタン、その大半を外しちゃった美月の前にお冷やの入ったグラスをトンと青年は置いた。
 そして、彼も美月の正面に腰を下ろす。
 大きな窓ガラスを背にして座る美月、その頭の上にはぽっかりと大きな月が一つ。
 グビグビとお冷やを美月は一気飲み。
「ぷっはぁ〜〜〜」
 薄くリップを引いた唇から、色っぽい吐息が一つ。
 氷だけを残したら、コトン……とそのグラスをテーブルに戻した。
 そして、薄くリップが塗られた唇が彼氏に向けて言葉を紡ぐ。
「おね〜さんのかれし、ど〜でしたぁ〜?」
「あっ? ああ……ふつー……ふつーのリーマンって感じ……いや、優秀なサラリーマンだよなぁ……」
 入社一年目でいきなり海外赴任、下っ端から初めて、工場管理のイロハをしっかりとたたき込まれ、現在では新しい工場の立ち上げにも絡んでいるとか……貧乏暇なしだとは言ってたが、割と給料も良さそう……だと思う。
「そうですかぁ〜」
 良夜の少しぶっきらぼうとも言える答えに美月は相槌を打つと、良夜の目の前に置かれていたもう一つのグラスを手に取った。
 そして、再びお冷やを一気飲み。
「ぷっはぁ〜〜〜」
「……それ、俺の……」
 って言うけど、美月は気にすることはなし。ニコニコと朗らかな笑みを見せながら、彼に言った。
「えへへ……良いじゃないですか〜それでですね、まあ、どんな人は、割と、どーでも良いんですがぁ〜」
「……どーでも良いなら、聞くなよ」
「えへへ……で、面倒くさいおねーさんを押し付けられた〜〜〜って思ってるなら、私はこのまま、部屋に帰って寝ますよ〜?」
 真っ赤なほっぺを両手で包んで笑っている我が恋人……
 ジーッと見つめていると、彼女はニコッと笑って、また、言った。
「えへへ……面倒臭いおねーさんは押し付けられましたかぁ? そーじゃないですかぁ?」
 また、同じ質問をしてくる恋人にため息一つ……叶わないなぁ……なんて思いながら、良夜は席を立った。
 そして、未だ残っていた缶チューハイやビール、それから食べ残しのおつまみ、さらには冷蔵庫に眠っていたチーズみたいな物までも総ざらい。かき集められるだけかき集めたら、それをテーブルの上にずらりと並べる。
「……潰れたら、介抱してよ?」
「は〜〜〜い」
 良い調子で返事をした美月は、灯が残してあった二リットルのウーロン茶ペットボトルから褐色の液体をグラスに注ぎ込む。
 そして、彼女は言った。
「えへへ……やけ酒はおとーさんじゃなくて、りょーやさんでしょぉ?」
 そう言って笑う美月からプイッとそっぽを向いて、グビグビ……と発泡酒を一気飲み。
 沈黙を守ろうとするも、その横顔に突き刺さる美月の視線が結構痛い。
 その痛みに耐えきれず、彼はぽつり……
「……あのねーちゃんが男の横でニコニコ笑う日が来るとか……全く、思ってなかった……」
 そう言って、良夜は凪歩が置いて帰ったウィスキーを空っぽのままで置かれていたグラスに注ぎ込んだ。
「えへへ……裸踊りになってもしりませ〜んよ〜?」
 ウーロン茶のグラスを置いて、代わりにウィスキーのグラスを、美月は持ち上げて微笑む。
 それを横目で捉えながら、彼は美月が置いたウーロン茶のグラスを回収。グビグビと一息に飲んだら、今度はそこにウィスキーを注ぎ込む。
 そして、彼はぶっきらぼうに言った。
「……良いよ、別に……誰も居ないし」
「はーい、じゃあ、はめをはずしますね〜」
「……いや、あんた、割と最初っから、外してた」
「そんなことないですよ! で、取られたって思ってます?」
「のーこめんと!」
「おもってるくせに〜〜」
「のーこめんとだって……」
「はいはい、おもってるんですねぇ〜しすこんさんですから〜」
 言葉と酒を重ねて、気づけば美月は上半身裸だし、良夜もなぜか、ネルシャツのボタンを半分ほど開いた状態。
 もはや、何を話したのかは良く覚えてない。ただ、美月は「寂しいんでしょ?」って繰り返してた気がするし、良夜はそれに「ノーコメント」を繰り返していたが、最終的には「そうだよ!」と吐き捨てるように言った気がする。
 確かめてはないし、確かめたくもない。
 そして、更に気づくと周りは明るくて……
 土曜日のアルバイトのため、出勤してきた伶奈がフロアに姿を現したとき、良夜と美月はほぼ半裸でテーブルの上に突っ伏していた。
 もちろん、起きてるわきゃない。
 そして、顔を真っ赤にして少女が叫んだ。
「見損なった! 二人とも大っ嫌い!」

「おじーさん!! お祖父さんが起こしてくれないから!!」
 そして、美月は良夜と自分に毛布を一枚ずつ掛けて、居なくなってた祖父に八つ当たりを始めた。
 それを良夜@二日酔いはぼんやりと死んだ目で見ていた……
(もしかして、あの人は意外と酒に強いんだろうか……?)
 それから……
(伶奈ちゃんになんて言おう? 『誤解だ』……はおかしいよなぁ……)
 

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