ひと月(完)

 さて、ゴールデンウィーク、初日、四月二十九日は金曜日で昭和の日。
 四月一日から働き始めて、日曜出勤が一回、土曜日はむしろ休みが一回だけ。残業はほぼ毎日二時間弱くらい。もしかして、いわゆる『ブラック企業』ってところでは? と若干不安に思ってたら、二十五日に貰った給料明細によると、ちゃんと残業手当はついてたようで一安心。
「勤め先がブラック企業だったら、いつでも、辞めて、アルトを手伝ってくれていいんですよ」
 とか、恋人の美月は晴れ晴れとした顔で言ってたけど……
(あそこだって、拘束時間十二時間がデフォルトだよな……)
 なんて事に思い至って、やっぱり、日本人は働き過ぎなんだと改めて自覚した。
 そんなゴールデンウィーク初日、良夜は十一時を少しすぎたくらいに目を覚ました。
 窓から差し込む光はまぶしくて、確認するまでもなく快晴のようだ。
 その明るい日差しを浴びながら、青年はトンとベッドの上から飛び降りた。
 そして、ぐーーーーーーーーーーーっと大きく背伸び。パキパキと身体が心地よい音を鳴らした。
 床の上には脱ぎ飛ばした作業着一式。モスグリーンというか、社内では『ザクの明るいところの色』と言われている色の作業着だ。こいつを洗いに行くのはまだ先でもいいだろう。どうせ、明日も明後日も休みだ。
 久しぶりに綿パンにチェックのネルシャツ、工学系男子らしい姿も働き始めてからはめっきりとその頻度も減った。
 スニーカーを引っかけて外に出てみれば、予想通りどころか、それ以上の好天。どこまでも高い空、気持ちよく晴れ上がってはいるが、五月晴れと言うには少々早い。『約五月晴れ』もしくは『フライング五月晴れ』と呼ぶことを提唱する。
 その空を見上げて、青年は目を細める。
 今年も暑くなりそうな予感しか感じられない。
 外での仕事も多いから、暑い寒いは穏やかな方が良い。
 トントント〜ンと階段を駆け下りて、駐輪場へ。そこに止めてあるスクーターにまたがったら、トコトコと良夜はアルトへの国道をのんびりと走った。
 歩いてるときは暖かめだった風も、スクーターで風を切って走れば少し肌寒い。
 世の中すっかり春ではあるが、夏にはまだまだ遠い感じ。
 そんな春風を存分に楽しむ暇もなく、喫茶アルト駐車場。赤土むき出しの駐車場にバイクを止めたら、鼻唄交りに青年はアルトのドアベルをいつもの調子で鳴らした。
 から〜ん
「いらっしゃいませ」
 聞こえてきた声にぬぐい去れぬ違和感。想定よりも遙に野太くちょっと格好いい声。
「えっ?」
 と小さく呟いたのは一瞬だけ。すぐに気を取り直して、良夜は口を開いた。
「ああ……美月さんに押し切られたんだって?」
 少し苦笑い気味の表情で良夜がそう言うと、喫茶アルト新人ウェイター――時任灯も少しだけ肩をすくめて応えた。
「押し切ったのは三人、全員ですけどね……“あの”吉田さんの代わりなんてできっこないのに……」
「“あの”吉田さんの代わりは誰にも出来ないと思うけどさ、あの人はバイトの上に家事もやってたわけだし……」
「家事はやらないけど……その代わり、俺、コンビニのバイトもあるんですけどね……ここが終わった後に」
 アルトのラストオーダー後にコンビニで深夜までアルバイト……と聞くと青年に同情せざるを得ない。良夜自身も、やれ学祭だから配達しろとか、クリスマスだから手伝えだとか、色々、引っ張られることは多々あったが、本業(?)のスーパーでのアルバイトは休ませて貰っていた。
 そんな事すらずいぶんと昔に感じながら、若き社会人は苦笑い気味に言った。
「お疲れさん……身体、壊さないようにね。それから、美月さんのわがままは聞き流してくれてていいから……」
 その言葉にウェイターの卵も苦笑い気味。
「うちの姉貴のわがままも大概――いてっ!?」
 カシャン……と軽い音を立てて落ちたのは黒いキャップが閉められたボールペン。どこにでも売ってるような安物のボールペンが灯の後頭部か背中当たりに当たって落ちた。
 落ちたボールペンは床の上をくるくると数回回り、良夜のつま先にコツンと当たって止まる。
「灯、余計なこと、言ってたら、もっとひどい物が飛んでくるよ?」
 聞こえた声に良夜が顔を向けると、事務仕事の手を止めている凪歩の姿が、レジの横に見受けられた。
「……――って感じな物です」
「あはは」
 苦笑いの青年に、ボールペンを拾い上げた良夜も少し苦めの笑みを浮かべてみせる。
 そして、投げたペンを元の持ち主に返しながら、良夜は尋ねた。
「足、大丈夫? それと、美月さんは?」
「足はだいぶん良くなったよ、ありがと。美月さんはキッチン、新メニューの開発……と称して食材で遊んでる。浅間君、ゴールデンウィークは?」
「暇なんだなぁ、あの人も……――前半三日、後半三日のカレンダー通りだけど、後半三日は実家に帰るよ」
 凪歩の質問に良夜が答えると、彼女はあからさまにほほを膨らませて言う。
「えっ? えぇ〜〜〜〜?? 久しぶりに美月さんや翼さん交えて飲もうって思ってたのに……浅間君居ないと、美月さん、誘いづらいじゃん」
「誘っていいよ?」
「灯がいるよ? 灯の前で美月さんが裸踊り始めていいの?」
 良夜の言葉に凪歩がどこまで本気か解らない言葉で返事をすれば、目を丸くしたのは隣で他人事のような顔をしていた灯くん。
「ふわっ!?」
 素っ頓狂な声を上げる青年に苦笑い。軽く肩をすくめて見せたら、青年は相変わらず、レジの中でにやにやとこちらを見て笑ってる女性に言葉を返した。
「変な脅し方すんな。じゃあ、来週金曜の夜でどうよ? 出社はするけど、たいした用事はないはずだし……土曜は多分、休めると思うんだよ」
「OKOK、じゃあ、段取りは付けとくよ。あっ、灯、飲み会の理由は灯くん歓迎会だから、必ず出席ね」
「……凪姉、それ、歓迎される人間が下戸……」
 ため息交じりの弟が発した言葉ににっこり笑って、姉は言う。
「良かったね、浅間君、運転手、ゲットだよ」
「…………あんた“あの”吉田さんの弟子だよ、時任さん……――って、褒めてないからね」
 良夜の言葉になぜか喜んでる凪歩に、苦笑いだけを返して、良夜はフロアへと足を踏み入れた。
 四年ちょっとの常連客生活のおかげで、フロアもすっかり勝手知ったる自分の居場所。ランチタイムには少々早くて、未だ空き家の多いフロアを端っこにまで行き、自身の指定席を覗き込むと……――
「あっ……りょーや君、おはよう……」
 ――伶奈が居た。
 テーブルの上には教科書やら問題集、それから筆記用具の入ってるペンケース、二足歩行のビーグル犬が可愛い奴。
 それからペーパーコースターの上では、伶奈の入れたココアのグラス。
 甘い香りを放つココアで満たされたグラスには、うっすらとした汗。それが窓から差し込む春日はるびに照らされ、きらきらと光っているのが、涼やかだ。
 暖かな日差しと合わせると、ここだけちょっとした夏のよう。
 その日差しの中でこちらをきょとんとした表情で見ている少女に向けて、青年は頬を緩めて声を掛けた。
「あっ……おはよう……勉強?」
 その言葉に、大きな窓ガラスを背にして座っていた少女は少しだけ恥ずかしそうに頬を緩めると、コクンと小さく頷いた。
「うん……今日、暇だから……多めに勉強したくて……ここなら灯センセも居るし……」
(暇ならゲームでもしてれば良いのに……)
 なんて事を思うような人生を歩んできたから、地方の中小IT企業に入っちゃったんだろうな……とか、頭の片隅で考える。
「そっか。勉強、がんばってね」
「……うん、ありがと……」
 良夜の言葉に応えて少女はコクンと小さく首肯。それを見たら、良夜は素直にきびすを返した。
「はぁい、良夜、もはや、この店には、貴方の指定席なんて物はないのよ」
 どこからともなく飛んできたかと思ったら、頭の上に止まる小さな妖精。
 偉そうな言葉に軽く眉をひそめたら、彼はカウンター席に腰を下ろす。
 そして、青年は言った。
「お前の指定席もあっちの頭の上に変わったんじゃないのか?」
「私は器が大きいから、伶奈の頭一つじゃ納まりきらないの。だから、両方、私の指定席よ」
「太ったのか? また、ジャージ着る羽目になっても知らねーぞ?」
「……禿げたいの?」
 くいくいと頭頂部の髪を引っ張る妖精さんにため息一つ。
「……器、おちょこ並みだな……」
 ふわっと怒ってくる金色の髪と小さな頭、天地逆さまになってぶら下がる。
 くりくりお目々が良夜の二重の瞳をまっすぐに見つめて、そして、一息に言った。
「貴方の器はおちょこの高台こうだいくらいね。土台のところ、支えの事よ。知ってた? 知らなかったでしょ? ありがたく覚えておきなさい、人生のテストに出るわよ」
 一息にまくし立てる妖精さんをじろっと一瞥。そのぶら下がった得意げな顔を手のひらで払いのけながら、彼は答える。
「知ってたよ」
「うそばっかり」
 頭の上から聞こえてくる、勝ち誇った声は聞こえないふり。負けた気分満載でカウンター席に腰を下ろすと、老店主が柔らかい笑みで青年を迎えた。
「おはようございます。お仕事の方はどうですか?」
「思ってたよりも外の仕事が多くて……ちょっと疲れてます」
 クスッと軽く笑って老店主に返事をすると、彼はやっぱり柔らかい笑みで答えた。
「何か飲みます?」
「それじゃ、ブレンド。ホットで。濃いめで苦め、それから、凄く熱めにしてくれると嬉しいです」
 良夜の注文に老店主はいつも通りに皺だらけの顔に更なる皺を刻んで答える。
「はい。では、新しいブレンドを試してみます?」
「傲りじゃないわよ」
 頭の上で妖精が大きめの声にはひと言だけ、小さめの声で言葉を返す。
「解ってるって……」
 アルトに返事をしたら、良夜は老店主の方へと視線を向け、軽く首肯。
 すると、老人は早速コーヒーを入れる段取りを始めた。
 水の入ったケトルが小さくも火力の強いバーナーの上に置かれる。
 そのお湯が沸くまでの間にがりがりと手動のミルでコーヒー豆がひかれる。
 豆を引いてるだけだというのに芳しい香りが良夜の鼻腔をくすぐる。
 流れるような手つき、よどまない動きは見ていて気持ちが良い。
 時がゆっくりと流れて居るみたい。
 仕事中とは全然違う。
 そんな時間の流れにぼんやりと身と心を浸していると、頭の上から声が聞こえた。
「疲れてるの?」
「ぼちぼちなぁ……? 身体はともかく、生活リズムも人間関係もなんもかんも今までとは全然違うし……疲れることばっかりだよ」
 そんなぼやきを呟くと、アルトはトン♪ と軽やかに良夜の頭の上から飛び降りて、カウンターの上にちょこんと着地を決めた。
 そして、ピッと良夜の顔をストローで指し示すと、白ゴス姿の妖精はきっぱりと言った。
「まっ、死なない程度にがんばんなさい。後、灯が来たから、一年か一年半くらいは貴方の席、アルトにはないわよ。あら、常連としての指定席も、いざという時のための保険も、両方奇麗さっぱりなくなったわね?」
 ニマッと底意地悪くアルトの顔を一瞥。軽く肩をすくめて、青年は言った。
「……別に席が欲しいわけでもないけど、ないって言われると少し辛いな」
「なんの話です?」
 良夜の言葉に反応したろう店主が問いかければ、良夜は素直にアルトとの会話を彼に教える。
 すると彼は自身が立っている真下を指さし、にこやかに言った。
「ここの席が空きますよ、そのうち」
「死ぬの?」
 打てば響くタイミングでアルトが尋ねる。

 真顔だった。
 そのおでこを軽くちょこんと突っついたら、良夜は、ネルに挽いた豆を詰め、そこにお湯を注ぎ込んでいる老人に顔を向けた。
 そして、軽く肩をすくめて、彼は言う。
「そこの席の方が大変そうですから、ずっとお任せしますよ」
「意外と、慣れると楽が出来ますよ? ここ」
「慣れるまでに胃に穴が開きますよ、絶対」
「ああ、それは否定できませんねぇ〜」
「……ああ、しないんだ……否定」
 相変わらずにこやかな老人に対して、青年はがっくりとうなだれる。
 その良夜の鼻腔をコーヒーのさわやかな香りが優しくくすぐる。濃いめ……と言ったからだろうか? それとも普段とは違うブレンドの豆を使っているからか? 普段よりも、ずいぶんと濃厚な香りだ。
 吊られるように顔を上げ、青年は香に目を細めた。
 ゆっくりとサーバーの中に漆黒の液体が滴り落ちる。
 そして、待つこと数分……目の前に一つのカップがコトン……と置かれた。真っ白い地に深い青で絵付けがされたカップ、中身はもちろん、漆黒の芳しい液体。
「どうぞ」
「いただきます」
 くいっとブラックのままで一口煽る。
 芳ばしい香りと後味を残さないさわやかな苦み、そして、微かに感じる甘みと渋み……なんとなく、癒されるって感じ。
「ふぅ……ひと月、がんばった甲斐があったよなぁ……」
「よく言うわよ」
 青年が漏らせば、妖精はクスッと小さく笑った。そして、彼女はぽーんと飛び上がる。
 トンッと着地を決めるのは、コーヒーカップの縁。その縁にちょこんと腰を下ろして、彼女は座った。
「Fly me to the moon〜♪」
 そして、機嫌良さそうに鼻歌を歌い、足をぷらぷら……その度に、カチンカチン……鼻歌に合いの手を入れるかのように、木靴の踵がカップを叩き、澄んだ音色を立てる。
 気持ちよさそうに歌う妖精を青年は頬杖を付いて、のんびりと見やる。
 穏やかに流れるひととき……ひと月に一回くらいはこう言う時間が取りたいなぁ……なんて、思ったりもする。
 そして、静かに時が流れる。
 老紳士は使ったネルを片付けてるし、アルトは相変わらずお気に入りの一曲を気持ちよさそうに口ずさんでいる。
 歌う妖精さんのお尻の下で、コーヒーはゆっくりと冷えていく。
「どーぞ」
「ん?」
 良夜が顔を上げると、カウンターの向こう側に経つ美月の姿。その手が少し深めのお皿をずいっと良夜の目の前へと滑り込ませる。
 そのお皿と美月の顔とを比べてみれば、彼女はクスッと愛嬌のある笑みを浮かべて、答えた。
「試作品なんで、お代は食レポ一回と言うことで」
 言われて青年はカウンターの上へと、改めて視線を落とす。
 チーズの香りが豊かな……――
「雑炊」
「……リゾット……解って言ってますよね?」
 良夜のひと言に美月は苦笑い。
 なんでも、お米を煎ってから煮込むのがリゾットで、そのまま煮込むのがお粥。ちなみにおじやと雑炊は炊いたご飯を煮込む料理……だ、そうだ。
 なお、若干、地域によって違いがあるので、違ってても、気にしてはいけない。
 ひとまず、一口食べてみる。
 具は茸の類い色々とチーズ、お米は普通の白米以外に押し麦も入れて、ヘルシー志向にも応えてみる意欲作。まあ、押し麦の方はよく解らないが、チーズと茸の風味はなかなかの物。結構、好きな味だ。
「……ところで、良夜さん、今日はどこか行かないんですか?」
 試作品リゾットに舌鼓を打っていると、ふと、美月が不思議そうに尋ねた。
「……どこか……」
 思わず呟けば、美月もおうむがえしに呟き返す。
「はい、どこか……」
 ちょっと真顔になってるのが可愛い。
「………………」
 スプーンを口に咥えたまま、数秒の沈黙……
 正直、今日はどこにも行く気はない。色々理由はあるが、最大の理由は明日の土曜日、美月と出掛けるし、今年のゴールデンウィークは帰省もするんだから、その前に無駄金を使うのは辛いってのが最大の理由だ。
 が、青年はコホン……と偉そうに咳払いをしたら、指を真下に向けて尋ねた。
「ここは?」
「うち、もしくは喫茶アルトですね」
「俺んちは?」
 尋ねれば、美月は細くも荒れた、働く人の指先を国道の方へと向けて、答える。
「そこのアパートですね」
「……だから、うちから出掛けて、ここに来てるの、解る?」
「………………???????」
 心底きょとーんとした表情で、美月は何度も小首を傾げる。
 そんな美月をほっといて、青年はパクパクとスプーンでリゾットをすくっては、口に運ぶ。
 チーズの風味が満天で凄く美味しい……のだが、なんか、肉系な具材が欲しい……と思うのは、まだまだ、彼が若い男だからだろう。
 パクパクとリゾットを食べてる良夜を見上げて、眉をひそめたアルトが言う。
「……バカをからかってんじゃないわよ」
「面白いな……この人」
 クスッと含み笑いを浮かべてみせれば、コーヒーの上前をはねてる妖精さんも軽く肩をすくめて、頬を緩める。
「ここで美月きみの顔を見に来たって言えない辺りが、貴方の限界よ」
「二週間前にもあったし、明日も会うよ」
 苦笑いで答えながら、リゾットを食べたり、コーヒーを飲んだり……
 から〜んと遠くでドアベルが乾いた音でなれば、教え子の勉強を覗きに行ってた新人ウェイターが慌てて入り口に駆け戻る姿が見えたり……祝日朝の喫茶アルトは平穏その物。
 そんな時間が続いていたかと思っていたら、今の今までに考え込んでいた美月がぽん! と手を叩き、そして、弾む口調で言った。
「ああ! 明日、デートだから、余計なお金を使いたくないんですね! あと、帰省もしますし!」
 満面の笑みで言い切る恋人に対して、青年が言える言葉たった一種類しかなかった。
「…………………………あっ、うん」
「貴方の負けよ」
 手元でぷっ! と吹き出してる妖精に言われれば、負けた気分はいっそう高まる。
 だけど……
「ところで、明日、どこに行きます?」
 嬉しそうにそう尋ねてくる恋人を見やり、青年は思う。
(まあ……社会人二ヶ月目をやる元気の半分は貰えたかな……?)
 もちろん、残り半分は明日貰おう。

 で、その翌々日、日曜日。伶奈は休みの母と一緒にショッピングモールにお買い物。必然的にここ――窓際隅っこの席には座っていない。だから、久しぶりに指定席に座っているのは良夜だ。
 それは良いのだが……その彼はぐったりとテーブルに突っ伏していた。
「何してたの? ナニしてた……とか言ったら、目ん玉、えぐるわよ?」
 アルトの剣呑なセリフが良夜の頭の上で響けば、テーブルの上に突っ伏したまま、青年は顔も上げずに応える。
「……いつも通り、食べ歩きだよ……しばらくやってなかったから、あの人、めっさ、力入れてきやがった……」
「ああ……」
 良夜の答えにアルトは天を仰ぎ見る。
 彼女の金色の目には一日フライングの五月晴れが広がっていた。
 五軒の店を回って、五人前以上の食事を一日でやった彼に、来月働く気力は養えたかも知れないが、その体力は……――
「とりあえず、残りは寝ゴールデンにしよう……」
 ――残りの休みをグースカ寝て整えることにした。

 なお、ナニもしてきた……って事は妖精さんには秘密である。

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