成長、そして、後輩(2)

 新学期三日目、今年最初の部活の日。
「良い? 西部さん、新入生で少しでもドールに興味のありそうな人が来たら、私が席を立って、私の席に座らせるから、西部さんは早急に椅子を二つ持って、こっち側に待ってね。私と西部さんでそこに座って、包囲網を完成させるの、解った?」
 そんな事を力説しているのは、手芸部ドール組の先輩乾野かんの和夏子わかこだ。
 その和夏子の言葉に、和夏子の右隣から声を上げる者が居た。
「ああ、西部さん、そいつの言うことは話半分で聞いておけば良いからね……包囲網とか作らなくて良いから……西部さんだって、来た途端、囲まれて、怖かったでしょ?」
 力説してる友人に冷たい言葉を投げかけてるのは、やっぱり、手芸部ドール組の先輩三角みすみ希花ののかだ。
 二人とも今年から高等部。
 着ている制服も中等部のそれとはずいぶん違う。
 中等部はダブルのジャケットだったのが、高等部はシングル。スカートはシンプルなダークブルー一色でプリーツのヒダも少し少なめ。シンプルなシルエットだ。襟元を飾るのもスカーフからネクタイに替わったこともあわせて、全体として大人なイメージの作りをしていた。
 そんな“大人”な格好をした上級生二人が今年度も早々から醜い言い争いをおっぱじめた。
「怖いのはあんたの顔でしょ!? 希花!」
「……私、童顔とは言われたことあるけど、怖いって言われたことないよ?」
「いいや、あんたはその性格が怖い! 性格が怖いからドール達みんなが話しかけてくれないの!」
「なっ!? 性格を言うなら、あんたの方が!!」
 そんな二人と、彼女らと同じ並びで苦笑いをしている中学三年生の相馬そうま凉帆すずほを眺めながら、伶奈が思っていた。
(翼さんの無言の圧力とか、すごんでる吉田さんに比べるとどっちもそんなに怖くないけど……)
 もちろん、それは口には出さない。ただただ、苦笑いを浮かべながら、先輩達の楽しげな口論を眺めるだけ。
「だいたい、今年、ドール組に中等部の新入生が来なきゃ、来年、西部さんは一人だよ!? そんなの可哀相でしょ!?」
「……別に同じ所で高等部わたしらも居るし、四方会の二人も……――」
 和夏子の大きめの声に希花が応えるも、それは途中で止まった。
 そして、彼女は辺りをきょろきょろと数回見渡し、そして、小さめの声で尋ねた。
「――……あれ? 南風野さんだっけ? あの子は?」
「蓮チならプラモ組の方でなんか、話をしてるみたいです……って、話をしてるというか、聞いてるって感じ」
 答えたのは伶奈の隣に座っている穂香だ。ちなみに今日の彼女は新しいパズルを用意してないし、パズル組は特に話し合いをする訳でもなしで、今日は伶奈と一緒にドール組の雑談に参加していた。
「ああ……プラモ組、今年は一年かけて大作ジオラマを作るとか、作らないとか言ってて、その打ち合わせじゃない?」
 凉帆が答えた。彼女はまだ中等部の三年生、見慣れたダブルのブレザーに青いスカーフ姿だ。
「へぇ……そー言えば、プラモ組の富島とみしま先輩、今年はなんかやってやる! って気を吐いてたね……」
「まあ、盛大にがんばってくれれば、私たちも得するって物だよ」
 先ほどまで言い合ってた和夏子と希花は、そのことを忘れたかのように言葉を重ね、仲良く、首を縦に数回振り合う。
 そして、その言葉が理解出来ないのが、気圧されっぱなしで会話に参加することの出来なかった西部伶奈だ。
 しばしの逡巡……されど、聞くべき時には聞け……ってのが喫茶アルトの教育方針。
 意を決して少女は口を開いた。
「あの……私たちも得する……って?」
 そのちょっと低めの清水の舞台から飛び降りる感じで発した言葉を、希花がふっくらとした童顔を緩めて答えた。
「西部さんはまだリカちゃんしか弄ってない――」
「ジュニアちゃんでしょ? なんで、ジュニアなのかは知らないけど……」
「――いいじゃん、どーでも」
 気分良く答えようとしていた言葉を和夏子に遮られたからか、若干、太めの眉が中央に寄り、浅めではあるがしっかりとした縦皺を刻んだ。
 そして、希花は言葉を続けた。
「カスタムドールのお化粧直しに使う道具や塗料はプラモ組が使ってるのと同じ物だから、あっちが実績を上げてそう言う道具を部費で買えば、当然、私たちも使えるって事だよ。部費の使い道への発言力は実績と人数に比例するけど、あくまでも『手芸部』の所有物だからね」
 一息に言い終えるとホッと一息、彼女は吐息を漏らした。
 そして、彼女は視線をプラモ組の居る、窓際最後尾の席へと移した。
 釣られて伶奈も視線を動かす。
 シンナーや有機溶剤を多用する彼らは、換気扇の真下という絶好のポジションが与えられていた。と言うか、そこに隔離されている。接着剤ぐらいならともかく、塗料を扱うときはあそこで作業をするのがルールだ。蓮も時々はあっちに行って作業をしている。
 そのスペースには中高等部の女子が十人ほど集まり、わいわいと何か話をしていた。
 プラモデルなんて男の子の趣味だと思っていたが、『手芸部』という名前が男子には少々ハードルが高いようだ。プラモ組にも高等部男子の姿は見えない。
 その中には蓮の姿も見える。
 会話に参加しているのか、してないのか……うすらぼんやりした横顔で少女達の会話に時折、頷いて見せていた。
 それをぼんやり眺めていると、視野の外から声が聞こえた。
「ちなみに、服飾組からは型紙を借りてるし、付いたあだ名が手芸部の蝙蝠、もしくは、蜂」
 頬杖を突いてる和夏子だ。
 その和夏子の言葉に、希花は軽く肩をすくめて言った。
「そこは蝶って言って欲しいよねぇ……」
 そして、最後に凉帆が言った。
「でも、仲間は多いに越したことがないよね」
 と……

 ……で。
 あの日から二週間ほどが過ぎ、四月も下旬。そろそろ、新入生達による部活訪問も始まる時期。手芸部にも中等部の新入生はもちろん、外部から入学してきた高等部の生徒もなんにかは見学に来ていた。
 新入部員達を迎え入れ、家庭科実習室の雰囲気は明るい。
 されど、ドール組の雰囲気は暗い。+
「…………やっぱり、来ないねぇ……」
「服飾組かプラモ組に流れて行っちゃったよね……」
 いつも通り、四方会三人と他の三人が別れて座る大きなテーブル。真ん中に座る和夏子とその右隣に座っている希花が一言ずつ呟き、ため息を吐いた。
 そのため息を受けて、左端の凉帆も呟く。
「文化部はどこも人が少ないから……」
 どこの学校も同じかも知れないが、部活と言えば運動部で文化部に行く生徒は少なめだ。特に英明の中等部は『中高六年間で成果を出す』という英明運動部の方針に惹かれて入学してくる生徒も珍しくない。
 そういう訳で文化部は人が少なめ。
 それでも中等部から三名、高等部から二名来てくれたのは僥倖とも言って良いくらいだ。
 だが、高等部からきた二人は仲良く服飾組の方に行って、今は刺繍をしている高三の先輩からあやれこれと説明を受けてる。中等部から来た三人組もプラモ組の方へと行ってしまった。
「……ドールよりもプラモの方が人気ってのが凄いよね……」
 伶奈がぼんやりとした口調で呟くと、隣に座っていた蓮が静かめの声で答えた。
「……楽しいよ……」
 そう言った彼女の手には小さな車輪状の部品がいくつか。同じ物をチマチマといくつも作っている。どう言う部品を作っているのかはよく解らないが、片隅に置かれたパッケージを見る限り、戦車らしい。
「まあ、しょうがないよ。マニアックな上に、お金も掛かるからね、カスタムドールは。西部さんみたいにリカちゃん人形だけやってれば安上がりなんだけど……っと、それで、西部さん、今期は何を作る?」
 凉帆がそう言うと伶奈はうーん……と小さなうなり声を上げて、首を捻った。
 春物はどう考えても間に合わない。夏物が間に合うだろうか? 安全策を取るならば秋物……通気性のいい生地で長袖のワンピース――
「夏物にしようよ!」
 いきなり元気になったのは、それまで真っ青なパズルのピースを死んだ顔でより分けていた穂香だ。パッケージ絵を見るとどうやら何処かの海の写真らしい。透明度の高い海、浅いところに見えてる珊瑚礁、目を見張るほどに美しい光景だ。
 が、ピースの全てが青系統の色。色分けの時点で買ってきたことを後悔してたらしい。
 そんなさっきまでの様子が嘘みたいに輝く笑顔で、彼女は一息に言葉を紡いだ。
「ノースリワンピ! ミニスカ! ガーターベルトも着けて!! エロ可愛い奴!」
「間に合うかなぁ……今度はもうちょっとデザインに凝りたいし……」
「前のノースリのワンピースが実質二ヶ月だったことを考えれば、もうちょっとデザインに凝っても、夏休みまでにいけるんじゃないかな?」
 伶奈が小さめの声で呟くと、斜め前の希花が顔を上げて口を開いた。そして、テーブルの上に放置されていたファイルホルダーを開く。取り出されるのは、数枚の型紙と写真。もちろん、モデルは人形ではなく人間様。これを人形サイズに計算しながら利用する。
 その一枚を手に取り和夏子が言った。
「これがジュニアちゃんには似合いそうだけど……」
「……あのさ、リカちゃん人形だよ? 所詮は工業製品だよ? 顔もスタイルも一緒だから」
「違います! 一人一人、違うんです! 希花の心が腐ってるから、全部同じにしか見えないんです!!」
 手にしたジュニアに視線を落とす。
 どこにでも売ってるリカちゃん人形が妙に引きつり一部ほつれも見えてるジーパンと、無地のTシャツという結構きわどい服を着ていた。もちろん、ズボンもシャツも伶奈が作った物。
 そして、視線を動かすと和夏子が連れてきてるリカちゃん人形『シャルロット』が小さな木製の丸椅子にちょこんと座っている姿が見えた。彼女はその名前の通り、お姫様のような豪奢ドレスを身に纏っている。
 その二体の人形を数回見比べ、伶奈は思う。
(私にも同じにしか見えない……)
 これが違って見えるようになることがあるのだろうか? なんて思っていたところに、和夏子が伶奈に声をかけた。
「ゴスロリが好きなジュニアちゃんには、逆にこっちのシンプルなのをベースにその上からレースを重ねていく方が良いと思うなぁ〜ね? 西部さんもそう思わない?」
 問われて伶奈はとっさに答える。
「えっ? あっ? うっ、うん、あっ、はい。確かに、そっちの方が良いかも……しれないです」
 もちろん、頭の中に思い浮かべていたのは妖精アルトであって、手の中でぐったりとしているマネキン代わりのリカちゃん人形じゃない。
 されど、和夏子は胸を張る。
「ほら見ろ」
「あっ……」
 しまった……と口元を押さえてももはや遅い。
「……ちっ。しょうがない。夢見る二人組はほっといて、私たちは現実を見ようね、凉帆」
「あはは……」
 右端と左端でそんな事を言い合う中、真ん中の和夏子は未だに大きめの胸を反り返していた。
 そして、この時、穂香は思っていたらしい……
(伶奈チがドンドン深みにハマっていってる……)
 新人を迎え入れられずに盛り下がっていた手芸部ドール組ではあったが、やっぱり、デザインを決めてるときは盛り上がる。
 この時ばかりは、口を出すのは大好きな穂香はドンドン口出ししてくるし、絵を描くのが得意な蓮はイメージを聞きながらそれを大学ノートにスケッチするという役割を率先して買って出ていてくれていた。もっとも、こそっと背中に羽を書くのは、事情を知らない先輩達が不思議そーに首を傾げるので、止めて欲しい。
「やっぱ、ノースリは正義だよ! 脇こそ正義なんだよ!!」
 力説してる穂香にさすがの和夏子もどん引き。控えめな口調ながらも、はっきりと、彼女は言った。
「……西部さん、なんで、この子と友達してるの?」
「……さあ?」
「伶奈チ! 四方会血の掟、出来るだけ仲良くする! を忘れちゃダメだよ!?」
 ぴしっ! 立ち上がり、指さす穂香の顔を見やり、伶奈もやっぱり、苦笑い。
 そんな中、少女達の耳を揺さぶる一つの声が聞こえた。
「あの……カスタムドールもしてるって……本当ですか?」
 その控えめ、消え入るような声に少女達の顔がくるんっ!! と一斉に動いた。
 そして、固まる。
 そこに居たのは……
「でっ、でかい……」
 誰かが――もしかしたら、全員が呟く。
 襟元には白いスカーフ、ダブルのジャケットを着た、猫背の女性がそこに立っていた。
「……一年二組、本浦もとうら詩羽うたはです……」
 毛先が軽く内跳ねになってるショートヘア……ごくごく普通に可愛い少女……ではあるが、その少女の身長は百六十五センチ、あった。
 伶奈に出来た初めての後輩は、伶奈よりも十五センチ以上も背が高かった。
 

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