お泊まり会―春の陣―(6)

 お泊まり会の一日も、お風呂から上がって部屋に帰れば、ほぼ、終わったも同然。少女達は思い思いのパジャマを着て、布団の上に転がっていた。
 伶奈の部屋にはダブルのベッドがある。
 元々は美月の両親、清華と拓也が夫婦で使っていた物だから、大人二人が寝ても楽に寝られるサイズだ。
 しかし、さすがに少女四人となるとしんどい。
 試してみたが、まあ――
「死体なら四つ並べられるわね」
 ――と言ったところ。ちなみに、そう評したのは口の悪い妖精さん。
 客観的に見て寝返りを打てば、落ちるか、壁に当たるか、友人を押しつぶすことになるかの、三つに一つ。
 仕方ないから、床の上にお布団三組。なお、三島家所有の物は二つで、残り一つは良夜の部屋から美月がメール一本で借りだした物だ。仕事が終わった後に良夜が持って来てくれたらしい。
 その布団の上に右から、メリヤス生地のズボンに、大きめのTシャツなのは良いけどそれになぜか『野球道』と達筆な毛筆で書かれた代物をパジャマ代わりにしている美紅。真ん中が猫耳フード付きのパジャマを着た穂香で、左端が裾の長い無地のTシャツに短パン姿の蓮、お風呂上がりでコンタクトは外したし、メガネも伶奈の机の上に待避の裸眼状態。若干、普段よりも目つきが悪い。
 一方、伶奈はベッドの上で薄桃色のパジャマを着て、ちょこんと正座していた。
 じぃ〜っと少女は五−六十センチほどの高みから、床の上に寝転がっている友人達を見下ろす。
 古いとは言えスプリングの効いたベッドの上の方が、堅い床の上に薄いマットレスと敷き布団を敷いただけの寝床よりも寝心地は良いはずだ。
 その寝心地の良くない寝床の上には……
「……穂香ちゃんって、割と寝相悪かったよね?」
「ベッドだと下手に寝返り打つと落ちるって意識してるんだけど、布団だとなんかさ、安心するんだよねぇ……」
「…………前の時、しのちゃんに蹴られた……」
「私は殴られた……」
「いやぁ〜ごめんね? 今日も暴れたら!」
 等と楽しそうに話をしている友人達。
 ちなみに伶奈は前回、一番奥、穂香とは蓮を挟んで寝てたので直接の被害は被っていない。
 少しだけ遠くに見える光景に何とも言えない物を感じながらも、いったん、ベッドから下りた。
 心の中だけで「布団は三つだから……」と言い聞かせるように二回ほど呟いて……
 そして、壁際、照明のスイッチがあるところにまで足を進めると、少女は勤めて明るい口調で言った。
「電気消すよ〜」
 その言葉に、穂香が布団の上から言葉を返す。
「伶奈チも下で寝なよ! てか、一人だけベッドは四方会の和を乱す物として、四方会裁判だよ〜」
「……蓮としのちゃんの間で……」
「わっ!? ずっこい! 私と穂香ちゃんの間にしてよ! 裏拳はもうヤだよ!」
 穂香に続いて蓮も美紅も、楽しげな声を少女に投げかける。
 そして、ヘッドレストの上、凍っていない氷枕にタオルを引いて『ウォーターベッド』としてる素っ裸の妖精が言った。
「下で寝たら? 布団からこぼれて寝てても風邪を引いたりしないわよ、この時期だもの」
 その妖精の、貧相な真っ裸を見やり、少女は数秒……沈黙を守る。
 そして、少女は少しだけ格好を崩して言った。
「じゃあ、そーする!」
 そう言って少女はパチン! と照明のスイッチを切った。
 天井に張り付けられていたシーリングライトから明かりが消える。
 もっとも、部屋の中は国道を照らす外灯やら太めの三日月やらのおかげで真っ暗って事はない。目をこらせば、伶奈を手招きで呼ぶ友人達の姿がはっきりと見える。
「穂香は端っこに寝かせようよ」
「嫌だよ〜私は真ん中! 伶奈チが隣で、反対側は蓮チとみっくみっくで決めてよ!」
 伶奈の言葉に穂香が冗談めかした口調でそう応えた。
 それと同時に自身と美紅との間に一人分のスペースを作る。
 そして、伶奈は空けてくれたスペースに素直に身を横たえた。
 もちろん、割を食うことになる蓮も嫌な顔一つしないで、身体を端っこへと寄せていた。もっとも、端っこに寄るのはともかく、穂香の隣はいやらしい。
「……にしちゃんは、こっち……」
 と、穂香の左肩に左手を置き、右腕を伶奈の方へと伸ばす。
 されど、それを許すほど美紅も甘くない。
「伶奈ちゃんはこっちだって! 殴られたくないもん!」
 そう言って、伶奈の腕をムギュッ! と抱き締める。
「痛いってば……」
「てか、私を挟んで引っ張り合いしないで」
 左右から両手を引っ張られる伶奈とその伶奈の伶奈に身体を押し付けられてる穂香が声を上げれば、引っ張ってた蓮と美紅も手を離して、クスクスと楽しそうに声を上げて笑い合う。
 引っ張り合いはひとまず終わり。
 そして、夜が静かに更けて――
 ――行かない。
「ここ、布団と布団の間だよ……痛いよ」
「あっ、ごめん……もうちょい、こっちに来る?」
「……しのちゃん、蓮、潰れる……」
「つーか、早く寝ようよ……私、もう、眠いって……」
「みくみっく、一人で一人分の布団、取ってない?」
「まあ、一般的に一人で一人分の布団をとって寝る物だからね、布団は」
「こっちにくるべきだよ! みんなで身体を温め会おうよ!」
「いや……今夜、そんなに寒くない」
「……せっ、狭い……」
「あっ、ちょっと、私のお腹、摘ままないでよ!?」
「あっ、ごめん……なんか……触り心地良かった……」
「ひどっ!? 伶奈チ、そんな子だとは思わなかった!!」
「お休み〜」
「だから、美紅チは一人でゆっくり休むな!」
「あっ、今、確実に美紅チって言ったよね? 絶対に美紅チだったよね?」
「寝とぼけるなおー、ミクミク〜」
「最近、思うんだけど、穂香ちゃん、割と、わざとやってない?」
「やってないも〜ん」
「ちょっと……押さないで……私、また、布団と布団の間に落ちちゃう……」
「あっ、ごめん、なんか、蓮チに押されて……」
「……だって、ちょっと、狭い……」
 薄暗闇の中、揉め始める少女達。
 そして、キレるのは妖精さん。
 ぱちん! と言う小さな音が聞こえたかと思うと、途端にまぶしい白光が伶奈達少女の網膜をやいた。
「「「「あっ!」」」」
 四つの声がほぼ同時に上がる。
 そして、身体を起こせば照明のスイッチの所で全裸の妖精が、怒髪天な感じでフヨフヨと仁王立ちでホバーリングしていた。
 その妖精が腹の底から大声を上げた。
「あんた達、うるさい!!! さっさと寝なさい!!! 狭いんなら、誰か一人、上で寝なさいよ!!」
「……――ってアルトが言ってる……」
 バツが悪そうに伶奈がアルトの言葉を通訳すると、一同は口をつぐんだ。
 そして、沈黙のひととき。
 最初に破ったのは、穂香だった。
「……じゃあ、私が上に上がるよ……」
 真ん中の布団とその左側、蓮の布団に身体を三割ほど侵入させてた穂香が、そう言って立ち上がろうとした。
 瞬間、当然のように伶奈は講義の声を上げた。
「なんでだよ!?」
 その声に腰を浮かせかけていた穂香が、ぺたん……と布団の上に女の子座りになった。そして、ちょっぴりバツが悪そうに頭をかきながら、応える。
「だって、ほら、私、寝相、悪いし」
 そんな穂香の様子に、一人分の布団を一人で占領していた美紅も身体を起こした。上半身をこちらに向けて、肘で身体を支える格好。その恰好で、座り込んでる穂香の顔を見上げながら、言葉を紡ぐ。
「つーか、和を乱したら四方会裁判じゃないの?」
「……仕方ない、甘んじて罰は受けるよ……」
 そう言った穂香の表情はなぜか苦渋の表情、そして、絞り出すようなシリアスな声……になってる理由を伶奈は理解することが出来なかった。
 そして、伶奈は眉をひそめて、控えめな声で言う。
「じゃあ、私が罰を受けるから、ベッドで寝るよ」
「いや、ほら、伶奈チはみんなと一緒に寝たいかなぁ〜って」
「みんなと一緒に寝たいけど、穂香だけ広いところで寝るのはヤだよ!」
 穂香と伶奈が揉めてるところに美紅の声。
「大人しくみんなで下で寝れば良いじゃんか……ふわぁ……ホント、眠いんだって……私」
 言葉の最後の方はあくび混じり。アルトを含めて五人の中で、今朝、一番早く起きてるからしょうがない。
「つーか、みくみっく、一番、広いところを占領してたじゃんか!」
「うんうん、今度は美紅が真ん中に寝てよ……」
「嫌だよ……端っこがいいよ……私、今朝も早かったんだしさ」
 そんな感じで揉めていたら、ベッドの上から声が聞こえた。
「……お休み」
「「「なんで、蓮(チ)(ちゃん)がそこで寝てるの!?」」」
 そして、ついにカチャリとドアが開いた。
 入ってきたのは、薄桃色のパジャマを着た三島美月さん。本来ならばお隣の部屋で寝てるはずの女性だ。  そう言った美月の表情は穏やかではあったが、黒髪は猫の尻尾のように膨らみ、目は絶対に笑っていない感じだった……と、四方会、全員が証言している。
「今すぐ寝ます、静かに寝ます、ごめんなさい」
 全員揃って、土下座の平謝り。
「……静かに寝てくださいね……?」
 そう言って、美月は伶奈の部屋を後にした。
 なお、この時、アルトは出て行く美月の髪にぶら下がって、とっとと部屋から脱出し、フロアの片隅、堅いテーブルの上でグースカ寝たそうだ。
 そして……
「……伶奈チが悪いんだよ? 下で寝たいとか言うから……」
「……誘ったの、穂香じゃん……」
「……てか、蓮ちゃんがいつの間にかベッドの上に居たのが一番悪い……」
「……早い者勝ち……」
 結局、少女達はベッドの上でひとかたまりになって寝ることにした。
 ――で、翌日起きたら、穂香が伶奈によって蹴り落とされていて、蹴り落とされてた穂香が美紅のズボンをパンツごと引き下ろして、美紅の可愛いお尻が丸見え。穂香を蹴り落とした伶奈は伶奈で蓮の下敷き、豊かなおっぱいで窒息寸前だ。そして、蓮は美紅の手により顔を壁に押しつけられていた。
 と……少女達の身体は複雑な知恵の輪状態。
 そして、少女達は一様に言うのだった。
「……全然、寝れなかった……」

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