家族(完)

 卒業式が終わったのは、お昼少し前くらいの時間帯だった。
 大講堂に全卒業生を集めての結構盛大な式も終わり、多くの卒業生や列席者やらが講堂からぞろぞろと流れ出していた。
 講堂の外は、まるで卒業生達を祝うかのように晴れ上がった空、真綿のような雲が一つ二つだけ。その雲の下、タカミーズの二人と良夜は正門へと流れゆく人の波から少し離れたところに立っていた。
 良夜の母、和泉は『大学の卒業式なんて親が出る物じゃない』とか言って、こっちに来ているくせに不参加。それに、タカミーズの両親も仕事があるとかで祝いの電話一本で終わり。しかし、辺りを見てみれば、決して少なくない人数の保護者が子供達の晴れ舞台をその目に焼き付けていた。
 もっとも、式自体は退屈な物だ。偉い人が祝辞や訓示を垂れ流すのを寝ないで聞いてるのが本日最大のお仕事。就職先の兼ね合いで式に参列できない卒業生には、卒業証書を始めとした書類一式を郵送することも可能だとか言う。良夜もそうして貰えば良かった、のかも……なんて、不埒なことを考えるほどだった。
 そんな中、知り合って四年目、最後の最後になって意外だったのが――
「ひっく……ひっく……ふぇ……」
 良夜の斜め後方では、女性としては比較的大きな図体を、男性としては比較的小さな恋人の身体に押し付け、スンスンメソメソと泣いてる女がいた。
「こっち見んなっつってんじゃんかぁ……りょーやんのアホー……」
 艶やかな振り袖姿の吉田貴美嬢だ。『自分で着られない服は着ない主義』で成人式の時もずいぶんとごねていた彼女であったが、この二年でいつの間にか着付けが出来るようになっていたらしい。教えたのは装道そうどうもやってる二条陽とその恋人川東綾音の二人。
 あっと言う間に覚えたって話を聞いて、良夜は貴美の万能さ加減に戦慄した。
 その彼女が顔を押し付けているのは黒いフォーマルスーツを着た恋人、高見直樹。
 その彼の困り顔を見やり、良夜は言った。
「打たれ弱いよな? この人」
「打たれ弱いから、打たれる前に打つんですよ、起き上がってこれないくらいに徹底的に」
「タチ悪いなぁ……」
 そんな言葉を交わしていると、がばっ! と直樹の背中に押し付けられていた貴美の顔が跳ね上がった。
「うっさい! 誰のせいで泣いてると思ってんよ!? もう、りょーやんとか美月さんとか、その辺の連中に会えないんだ〜って思ったら、自然と涙が出てきたんよ!? ちょっとはいたわろうかって思わんのね!?」
 涙声で一息にまくし立てる貴美を見やり、良夜はぽつりと言った。
「……パンクロッカーみたいな顔になってんぞ……」
 マスカラだかアイシャドーだかは知らないが、目の周りに塗ってあったお化粧が涙で溶け出しグシャグシャ。流れ出したそれがファンデーションと渾然一体になって、なんだかよく解らない感じの顔になっていた。
 貴美が一瞬、ぽかん……とした表情になった。
 そして、その言葉の意味を小さな化粧ポーチから取りだした小さな手鏡で確認すると、涙に濡れた瞳をきっ! と良夜の方へと向けて言った。
「うっさい! りょーやんのあほ! 美月さんにない事ない事、言いつけてやっかんねっ!?」
 そう言って貴美はクルンと回れ右。直樹の右手をぐいっ! とつかんだら、着物だというのに無茶な大股で歩き始めた。
 大きく艶やかな帯が美しい背中に向けて、良夜は声をかけた。
「ない事ない事は止めろ、って、どこに行くんだ?」
「顔! 洗ってくる!」
「俺、おかんがアルトで待ってっから、先に行くぞ?」
 振り向きもせずに答えた背中に、また、良夜が声をかければ、貴美はやっぱり大きな声で応えた。
「勝手にしっ! 行くよ! なお!」
「はいはい。それじゃ、後で」
 もうしなさげに頭を下げる直樹に、苦笑いで軽く手を振り、良夜は人波の中へと戻った。
 そして、彼は四年の間通い続けていた学内をゆっくりと歩く。
 何度もリテイクを喰らった精密機械のレポート……落とすことも覚悟を決めた英語やドイツ語……そう言えば、アルトに試験対策をして貰ったっけか……何日もかけて作ったプログラム、提出した途端に教官にバグを見つけられて愕然としたこと……それから毎年学祭の時には配達の手伝いをしてたっけか……講堂と言えば、あのラッフィンググールが毎年演劇をしてて、そこに食事を運んでいたのも良い思い出だ。
「楽しかったなぁ……」
 人波に流されるままに歩いて行ってるうち、気づけば大学正門の傍。銀杏いちょうの並木道の端っこから良夜はキャンパスとその向こうにある見慣れた学舎を見上げていた。
(吉田さんじゃないけど……泣くのもしょうがねーなー……)
 さすがに貴美ほど号泣している物は少数派ではあるが、それでも矢絣やがすりの女子大生達を中心に目元を押さえている者が結構な割合でいた。もちろん、男子にも周りの目をはばからず号泣している奴も居る。
 ただ、良夜の場合、就職してもここから歩いて行けるところで暮らすわけだし、その辺は若干、他の連中とは受け止め方が違うのかもしれない。
 しばしの間、キャンパスを眺めていると、良夜は一人、喫茶アルトへと向かう道を歩み始めた。
 結構きつい坂道だ。好天に恵まれたおかげで、気温はこの時期としてはちょっと高め。歩くにはちょっと不向きだろうか?
 ダークブルーのジャケットを脱いで小脇に抱えて、良夜は坂を登る。
 同じ方向へと向いて歩く卒業生達の群。
 聞いた話によると、卒業式の日、アルトは地味にかき入れ時らしい。最後だからコーヒーでも飲んで……って奴らや、この後にあるゼミの謝恩会までの時間をアルトで潰そうって連中で店内はごった返すのだそうだ。
 その予想通り、喫茶アルトの店内は結構な人混み。ランチタイムよりも入っているようだ。店の出入り口にまで艶やかな姿の女子大生やピッとスースを決めた男子大学生、それから付き添いの父兄達の姿までもが見えていた。
 その中にはもちろん、良夜の顔見知りも……
「タカミーズは?」
 声をかけたのは二四研のメンバーの一人、黒いスーツを着た男だ。良夜同様にこっちで就職を決めたらしいが、住むところは街中のもうちょっと便利の良いところにしたらしい。
 その青年に良夜が応える。
「吉田さんが泣いて、化粧が崩れたから直しに行ったよ、講堂の便所」
「吉田さんが? 鬼の目にも涙ってか?」
「ああ、それそれ」
「宮武!」
 話をしていると向こうでひときわでかい図体の男が声を上げた。その声に話し相手の青年が応える。
「今、行く! ――じゃあ、また、どっかでな」
「ああ、どっかで……」
 その言葉を背に受け、駆け出す青年を見送り、良夜は喫茶アルトの店内へと入った。
「ご卒業おめでとうございます。申し訳ありませんが――あっ……りょーや君……おばさん、いつもの席にいるよ」
 そう言って出迎えてくれたのは、もう、春休みに入ってる西部伶奈だ。今日は忙しくなるのでこの時間帯だけではあるが、手伝いに入っているらしい。
 なお、主な仕事は卒業生らしい格好をしている人に『ご卒業おめでとうございます』と言うだけの簡単なお仕事。
 そんなお仕事に一生懸命な少女、その頭の上でだらっとくつろいでた妖精アルトが、ニマッと意地の悪そうな顔と口調で良夜に言葉を投げかけた。
「卒業おめでと……って、世間の荒波にこぎ出すのがめでたいのかどうなのかは難しい所よね?」
「うるせえぞ、アルト。じゃあ……席の方、いい?」
「うん……料理は遅くなるかも……だけど」
「りょーかい。慌てなくていいよ」
 軽く手を振り、良夜は席を埋め尽くす客達と彼らが奏でる楽しげな会話に満たされた店内を、窓際隅っこ、いつもの席へと向かう。
 その少しの区間、埋め尽くされた席の間で凪歩がパタパタと走り回っている姿が見えた。
 そして、良夜が見えれば凪歩も見えるってのが道理だ。良夜の姿に気づいた凪歩はパタパタとパンプスの音を響かせ、青年の元へと駆け寄った。
「浅間君、卒業おめでと、注文、あるなら聞いておこうか?」
 良夜の姿を見つけた凪歩がそう言うと、良夜は特に考えることもなく、答えた。
「それじゃ、日替わり、アイスブレンド」
 答えて良夜は窓際隅っこ、いつもの席へと再び足を向けた。
 その背後に凪歩の軽い声が投げかけられた。
「りょーかい」
 そして、目的の場所。
 暖かな日差しに満たされたその席は、不思議と静か。フロアを満たす喧噪から物理的な距離よりもずっと遠くに離れているかのように思えた。
 そのテーブルの上にはアイスコーヒーのグラスが一つ。ほとんど飲みきられ、底の方に微かに残ったコーヒーの上に、溶けた氷が作り出した澄んだ水、混じり合うことなく、奇麗な二層構造を作っていた。
 それとピザが乗ってたであろう皿が一つ。
 それらの持ち主はもちろん、良夜の母親、和泉だ。
 がらっと椅子を引くと、頬杖をついてぼんやりと窓の外を眺めていた和泉が顔を上げた。
「お帰り、式はどうだった?」
 窓際の椅子、窓に背を向け良夜は座ると、母の顔を見やり、良夜は答える。
「退屈だったよ」
「式典なんてそんな物よ」
 良夜の言葉に母が目元を緩めた。
 その母の顔を見やり、良夜は思った。
(老けたな……)
 母と会うのは二年ぶりくらいだろうか? ネットでのやりとりはしてたから、そんなに長く会っていないという気はしないのだが、それでも、目元口元から感じる年齢に月日の流れを感じざるをえなかった。
「…………」
 と、良夜が母の顔をまじまじと見ていると、その母が良夜の顔を見返し、尋ねた。
「どうしたの?」
「えっ……ああ……」
 プイッと母の顔から視線を外す。そして、青年はぽつりぽつりと言葉を続けた。
「…………ああ、まあ、なんだ……二十二年、ありがとな……」
 ぼそぼそ……と控えめな声。改まって言えば、気恥ずかしさ以外の何も感じない。
 そんな良夜に母はやっぱり目元を更に緩めて、言った。
「……変な物でも食べたの? ああ……あの豚バラとキャベツのオイスターソース炒めはどうかと思うわよ」
「……うるさいな……大学まで出して貰ったから、礼を言っただけだろう?」
「ふふ……ありがたいって思ってるなら、さっさとあのと結婚して、孫の一人でも作りなさいよ。下手な礼の言葉よりもそっちの方がうれしいわよ」
「……俺にも人生設計って物があるんだよ」
 ぶっきらぼうな口調で青年が言えば、母はチラリと周辺を見渡した。
 改めて意識をフロアに向けてみると、店内のざわめきが良夜の意識にも届いてきた。先ほどよりも店内は賑やかになっているようだ。確認はしてないが店の前で立ち話をしている卒業生も増えている。
「この店、流行ってるわね。ここの“ほぼ”店長さんよりも稼ぐのは大変よ」
「……話した? 美月さんと」
「これ、持って来たの彼女よ。最初は緊張してたみたいだけど、慣れると冗舌になる子ね」
 そう言って、母は指先でコーヒーグラスの飲み口をつーっと軽く撫でて見せた。
「母さん、コーヒーは苦手じゃなかったっけ?」
「最近は多少ね。海外だと緑茶はないし……ここのは美味しかったわよ」
「……また、海外に行くのか?」
「お父さんはまた、海外。今度はEUの方じゃないかしらね……母さんはこっちに残るわよ、小夜子の式が終わって引っ越しが終わるくらいまでは。その後はまだ考えてないわ」
「ふぅん……」
 ぼんやりと良夜は考える。
 父親が海外、母が実家に残って、その実家から姉が結婚して出て行き、良夜自身はこっちに残る……と……――
「見事に、ばらばらだな、浅間家……」
 青年が思いつくままに呟くと、母は少し視線を他へと逸らした。そして、小さめな声で、まるで独り言のような口調で言った。
「同じ所に住んでるから家族って訳でもないし、血が繋がってるから家族って訳でもないし、もちろん、戸籍に書いてあるからなんてバカな話はしたくないし……」
「じゃあ、家族ってなんだよ?」
 青年の言葉に母は彼の方へと視線を戻し、そして、笑い皺を浮かべて、頬を緩める。
「自分で作ったときに考えてみなさいな」
 そう言って、母は一端言葉を切った。
 良夜も口を噤む。
 そして、数分の時が静かに流れた。
「お待たせしました。それと、卒業、おめでとうございます」
 顔を出したのは三島美月嬢だ。
 本来、美月の仕事はキッチンを取り仕切ることで、フロアは凪歩の領分だ。実際、今日の凪歩は伶奈を従え、忙しそうにばたばたしている。
 ――って訳だが、一応、良夜の顔を見て、ひと言祝いを言いに来たらしい。
「ありがと、わざわざ」
「いえいえ……」
 良夜の言葉に美月は首を左右に振って答えた。
 そして、美月は和泉が空にした皿を下げ、代わりに良夜の皿をテーブルの上へと並べていく。
 今日のランチは温野菜のサラダにトマトスープ、それからトマトとチーズがどっさり入ったホットサンドとアイスコーヒー。
 美味しそうなチーズとトマトにパンチの効いた黒胡椒の香りがアクセントを付けて、いやが上にも食欲を誘う。
「お母さんも……何か?」
「そうね……アイスブレンドのお代わり」
「はい、かしこまりました……――それじゃ、良夜さん、また、後で。お母さんもごゆっくり」
 軽く手を振り、美月はその場を辞した。
 その美月に軽く手を振り返し、彼女の背中がキッチンへと消えていくのを眺めたら、良夜は目の前に置かれたホットサンドに手を伸ばした。
 一口二口……溶け出したチーズとトマトがこぼれないように気を使いながら、サンドイッチをかじっていると、不意に母が口を開いた。
「家族なんて、気づけば増えてたり、減ってたりするのよねぇ……」
「気づいたら?」
 手を止め尋ね返せば、母はコクンと小さく頷いて見せた。
「そう……もちろん、亡くなったり、生まれたりは別でね。家族だと思ってた人がいつの間にかただの親戚になってたり、赤の他人が家族になったり……」
「……」
「親は、まあ、死ぬまで家族だけど……兄弟姉妹とはいつまでも家族でも居られない物よ……結婚すればその相手も居る事だしね。だから、仲良くね。アレもブラコンだから」
「……嫌なブラコンだな……」
 そう言って、良夜は食事を再開した。
 そして、最後に母が言った。
「卒業、おめでとう。大きな病気もしないで、グレもしないで、大学も卒業して、挙げ句には立派な彼氏彼女を捕まえてくれて、本当……手の掛からない良い子達だったわよ」
 うつむいたまま、顔も上げず、青年はサンドイッチをかじりながら、母の言葉を聞き、そして、小さめの声でひと言だけ答えた。
「……そう?」
「…………まあ、育ててる最中は逆さづりにしてやろうかと思ったことが片手では足りない程度にあったけど、まあ、それも良い思い出よ」
「……さいでっか……」
「彼女、泣かしちゃダメよ?」
「……ああ……」
 そして、美月が再び顔を出し、母の前にアイスコーヒーのグラスを置いた。
「お待たせしました。アイスコーヒーです……」
 コルクのコースターの上に背の高いタンブラーが置かれた。それを満たす褐色の液体にミルクとガムシロップをたっぷり注ぎ込みながら、母が口を開いた。
「ありがとう……それと――」
 その言葉がいったん途切れれば、美月は空っぽになったトレイを胸元において小首を傾げる。
「はい?」
「うちのバカ息子、よろしくお願いするわね。大金稼ぐほどの甲斐性は無いけど、浮気する甲斐性も無いと思うから、チャラってことで」
「……おい」
 短く突っ込みは入れるも、母軽くスルーするし、美月は良夜の言葉が聞こえてないのか、目を白黒させながら、母の言葉に答える。
「えっ? あっ、はい、こっ、こちらこそ……」
 美月がそう答えると、母はクスッと頬を緩め、美月に笑いかけた。

 さて、何をしに来たのか最後までよく解らない母を駅にまで送り届けたら、その日はゼミの謝恩会。離ればなれになる友人や恩師達と酒を酌み交わし、部屋に帰ったのは夜の八時頃。
 そして、その日の夜、タカミーズの二人は良夜の部屋に泊まり、翌日、帰省することになっていた。
 追い出し会はして貰ったし、これ以上しんみりするのは嫌だという貴美の意見が採用されて、今夜は控えめ。酒が飲めると思ってのこのこ付いてきたアルトは不満たらたらだったようだが、その意見は却下された。
 その夜は日付が変わる少し前に就寝。一つしかないベッドは貴美が占領し、良夜と直樹は堅い床の上。アルトはシンクの上。最近、溶けた保冷ジェルを並べるとまさにウォーターベッドって事に気づいたらしく、保冷ジェルのベッドの上で気持ちよさそうに眠っていた。
 そして、日が明けた。
 お別れはシンプルに良夜のアパートの駐輪場。
 見送るのも良夜とその頭の上を占領しているアルトだけ。
 仕事がある美月はもちろん、同じアパートに住んでる伶奈すらこの場に来させなかったのは、直樹曰く――
「また、泣くからですよ」
 ――とのこと。
 そして、余計なことを言った直樹が貴美に力一杯しばかれたのはいつものこと。
「それじゃ……行くやね」
「長らくお世話になりました」
 ジーンズにブーツ、薄手の革ジャン……おそろいというわけでもないが、バイクを乗るのにふさわしい格好と言えばこの辺りに落ち着くらしい。そんな格好の貴美と直樹が一言ずつ、挨拶をした。
「じゃあね、もう、来なくて良いわよ。私も待たないから」
「……――だってさ、アルトが。まあ、連絡はよこせよ」
 アルトの言葉を二人に伝え、そして、ひと言付け加えると、貴美と直樹も頬を緩めた。
 二人はヘルメットを被り、荷物満載の愛車にまたがり、エンジンをかける。
 四百ccのエンジンが目覚め、咆哮が辺り響く。
「よーしーだーさーん、なーおーきーくーん、まーたーねー!!!!」
 大きな声が頭の上から降ってくる。
 その声に振り向き、そして、見上げれば、そこには、アパートのベランダから身を乗り出し、ちぎれんばかりに手を振ってる少女の姿。
 その少女に向かって貴美が大きな声を上げた。
「……見送りなんていらないって言ったっしょ!!?? 次に会ったら、床の上に正座させっかんね!!!!!」
「たのしみにしてるーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
「もう……」
 楽しそうな伶奈の声に貴美はひと言だけ漏らし、そして、愛車シルバーウィングのアクセルをふかした。
 珍しく制限速度よりも速い速度で銀色の車体が走り去り、その後を慌てて真っ黒い車体が追いかける。
 取り残されるのは一人の青年とその頭の上の妖精さん。
 それから、真っ青な空と真っ白い雲……

 そして、青年と妖精さんよりもその空と雲に近いところに一人の少女……
 彼女は少しだけ痛む胸にそっと手を当て、呟いた。
「……行っちゃった……」

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