英明学園手芸部、その活動の内容は多岐に及んでいた。刺繍、パッチワーク、服飾は言うに及ばず。パズル、プラモデル、高等部になると紙粘土やパテなんかを多用してフィギュアの原型を作っている人までいるくらい。多少暴力的な物言いになってしまうが『他の部活がカバーしない創作活動全般』が手芸部の守備範囲になっていた。
なお、一緒にやってる穂香はずーっとパズルを作ってるし、蓮はガ○ダムのプラモデルを作っていた。
「……今は、バル○リーだよ? その前はスコープドッ○だよ。ガン○ムはしばらく作ってないよ……」
訂正、今はバ○キリーとやらを作っているらしい。
そして、伶奈は一二学期の間はずっと刺繍をしていた。主に二足歩行のビーグル犬の奴。なお、出来映えに関しては『成長の跡は見える』と言うのがもっぱらの評判。
年明け三学期も似たようなことをしようと思っていたのだが、ちょっぴり事情が変わった。
それは新学期入って間もない平日の放課後、久しぶりにみんな集まってハマ屋でたこ判。ちょっぴり寒いけど出来たてのたこ判と自販機で買ったホットココアがあれば全然問題なし。寒晴れの空の下でたこ判を突っつき突っつきしながら、少女達は愚にも付かない話題に華を咲かせていた。
そして「次の日曜日、どうしようか?」が話題になったとき、伶奈がちょっとぴり遠慮気味に言った。
「私、アルトに服を買ってあげる約束してるから……」
すると自称四方会リーダー、他称四方会言い出しっぺ役の穂香がシュピッ! と手を上げ、提案した。
「じゃあ、ショッピングモール行こうよ、ショッピングモール! オモチャ屋さんでアルトちゃんの服を探して、その後、フードコートかサンファソンでお茶!」
との提案に異論を挟む物は皆無。あれよあれよという間に、日曜日は学校の前に集合、みんなでバスに乗ってショッピングセンターというスケジュールが決まった。
そして、ショッピングモールに入ってるオモチャ屋さんで着せ替え人形の服を探す。
日曜日とあってオモチャ売り場は結構な人出。プラモデルを見てる男の子やぬいぐるみを見ている女の子、パズルなんかは大人も楽しそうに物色しているし、ゲームソフトの売り場なんかでは大人も子供も区別なく盛り上がっているようだった。
そんなおもちゃ屋に入ると、少女達はまっすぐに着せ替え人形の売り場へと急いだ。
着せ替え売り場にいるのは下は幼稚園くらいから上は小学校くらいまで、それとその親というのがメインの客層。中学生となるとやっぱりグッと減る。
「……小さい子ばっかりだね」
辺りを見渡し伶奈が呟く。
「……一つか二つくらいしか変わらない子も多いわよ」
「二つ違えば大きいもん」
頭の上のアルトと話をしつつ、リカちゃん人形の服を手に取る。
基本的にはアルトの服はリカちゃん人形の服と互換性がある。ただ、アルトの方が若干手足が長く、胴が短い。頭身もアルトの方が高いようだ。全体的にアルトの方がリカちゃん人形に比べて大人っぽい感じがすると思う。
(でも、リカちゃんは成長途上でアルトは成長しきってるって意味だよね……大人っぽいって言うの……)
って、思うけど、言ったら、きっとキレるので言わない。
「これなんてどう?」
最初に商品を持って来たのは、こう言うとき、なんでも一番に動く穂香だった。彼女が持って来たのは――
ウェディングドレス
――だった。真っ白いノースリーブのロングドレスに真っ白いブーケ、手には長手袋、完璧なるお嫁さん。そもそも、商品名が『ホワイトウェディング』となってんだから、間違いない。
「……穂香、なんでこれにしようと思ったの?」
それを手にして、伶奈は思わず尋ねざるを得なかった。
そしたら、彼女はあっさりと答えた。
「面白いかと思って!」
成長途上の胸元を大きく反り返らせてる穂香の顔を見やり、伶奈は軽くため息を吐いた。そして、少女は小さめの声で呟いた。
「…………まあ、面白いって言えば面白かったけど……買わないよ?」
そんなやりとりの横、伶奈の手からウェディングドレスのパッケージを受け取り、蓮はまじまじとそれを見つめる。そして、ゆっくりと顔を上げたかと思ったら、穂香の袖を軽くつまんで、彼女は言った。
「……しのちゃん、これはオチだよ……つかみに持って来たら、後の人が困るから……」
「ああ、そうだったね、ごめん」
頭をかきながら屈託のない笑みを穂香が浮かべれば、伶奈の頭の上で妖精さんがじたばたと暴れながら、大きな声を上げた。
「オチとかいらないわよ! だいたい、こんなの日常的に着てたら、馬鹿じゃないの!!」
「……――って、アルトが言ってる……怒ってる」
「面白いじゃん」
「見て笑うのは伶奈と良夜だけじゃない!」
「見れないのが残念だよねぇ……」
平気な顔で笑ってる穂香と怒ってるアルトの間に立たざるを得ない伶奈は苦笑いのしっぱなし。アルトの言葉を穂香や他の面々に伝えながら、ちょっぴり声を出して洗ってしまう。
そんな中、一つのパッケージを手に取り、美紅が言った。
「えっ……えっと……オチとかないけど……これで良いんじゃないかな?」
持って来たのはトレンチコートにタートルネック、チェックのスカート、それからタイツまで含まれてるセット。確かにおしゃれだし、可愛い。
でも……――
「……面白くない」
穂香が言った。
「…………きたちゃんらしい……冒険心のないチョイス……」
蓮が呟くように言った。
「あっ、あの……わっ、私は……良いと思うなぁ……」
あまりにもあんまりな二人のセリフに可哀想になってきた伶奈がフォローするかのように言えば、美紅はがっしっ! と伶奈の肩を掴んで言った。
「伶奈ちゃん! もう、四方会なんて止めて私と二人で
なお、若干引き気味の伶奈の頭上、顔を覗かせ、手元を覗き込んでるアルトが――
「私、こー言うの余り好きじゃないのよねぇ……」
――と嘯いてるのは穂香には秘密にしておこうと思った。
結局、本日、買ったのは美紅が持って来たトレンチコートとスカートのセット。なんでも、何処かのファッション誌とのコラボ商品らしく、売り場に並んでいた物の中では、一番、品が良さそうに見えた。どうしても、女児にはプラスティック製の宝石っぽい物が着いてたり、ウェディングドレス的な奴が受けるのだろう。そちら方面の品揃えは良いのだが、リアルな服となるとやっぱり少なめだ。
それのお金をレジで支払う。
(三千二百四十円……税込み……高い……)
伶奈がこの間買ったトレーナーよりも高い。
「どったの? 伶奈チ」
レシートを見つめ固まる伶奈に、背後から穂香が声をかけた。
「えっ? ううん……思ってたより高いなぁ……って思って……ちょっとびっくりしてた」
穂香への言葉に顔色を変えたのは、物を選んだ美紅だった。
「あっ、ごめん……値段、気にしてなかったかも……」
慌てる美紅にブンブンと首がちぎれるほどに振ってみせると、伶奈は頬を緩めて答えた。
「ああ、ううん、それは良いんだよ。私も余り気にしてなかったし……安いのは安っぽいし……」
「そう言えば、今日のアルトちゃん、どんな服?」
穂香に言われ、伶奈は頭の上に居たアルトの羽をひょいと摘まんだ。そして、目の前へと下ろす。
「今日は……黒ゴス?」
「ゴスロリじゃないって、私、何回も言ってるでしょ?」
そう言ってアルトは膨れて見せた。
しかし、レースの飾りが幾重にも付いたミニスカワンピース、肩のところが大きめに開いて、首にはやっぱりレースのチョーカー。どう見ても、黒いゴスロリファッション……だと思う。
「そういうのばっかりなんだっけ?」
尋ねたのは美紅。
それに伶奈は軽く頷き、答える。
「黒かったり白かったりはするけど……基本、こんなのばっかりだよ。もう、暑っ苦しくて……」
「……いくら?」
「確か、下着やストッキングは別売りで……六千円くらいだったかしらねぇ……出したの、美月だけど」
蓮の問いかけにアルトが答える。
「……――だって。結構、するんだね……人形の服なのに」
「こっちのは作り自体は人間の服と一緒よ。私は動くから、作りの悪い人形の服だと脱げたり、縫製がほどけたりするのよ」
アルトに言われて、少女は「ああ……」と小さな声で相づちを打ったら、その言葉を周りの友人に伝えた。
「じゃあ、今日の服も?」
また、美紅が尋ね、それにアルトが答える。
「スカートのウェストはどうにかしないとずれちゃんじゃないのかしらね……私の方がリカよりもスレンダーだし」
「……胸もね」
そして、伶奈がぼそっとひと言言えば、頭の上でアルトがすごむ。
「……刺すわよ」
そんな話をしつつ、場所をフードコートへ……やっぱり、日曜日のお昼時とあって人は山ほど。どこを見ても親子連れやカップル、友達グループなんかで一杯だ。席の空きを探すのも一苦労。それでもどうにか四人がけのテーブルを一つキープした。
「……蓮、もう、歩きたくない……」
ぐったりとテーブルの上に突っ伏する連を留守番に、残りの三人と妖精さんは食事の注文へと向かう。
概ね、みんな、サンドイッチとかハンバーガーの類いに飲み物。それに舌鼓を打ちながら、先ほどのお話の続きに華を咲かせる。
「てか、高いんなら作っちゃえば?」
そう言ったのは一人ソフトボール部の美紅。彼女の前には一人だけがっつりとラーメンが鎮座しているから侮れない。そのラーメンをすする手と口を止め、彼女は言葉を続けた。
「伶奈ちゃん、手芸部なんだし」
「えっ?!」
サンドイッチをかじっていた伶奈の顔がぽん! と跳ね上がる。
そして、同時にハンバーガーを食べていた穂香が、その手を止めて、口を開く。
「ああ、そー言えば、手芸部にドール専門でやってる人達がいるよ。小物とかも作ってるの。この間、小さなテーブルとその上にかけるテーブルクロスを手編みしてて、びっくりしちゃった」
にやにや……と底意地悪い笑みを浮かべてアルトが言う。
「伶奈がねぇ〜まあ、可愛いのが出来たら、もちろん、喜んで貰うわよ、可愛いのが出来たらね」
そんな風に言うアルトの顔をちらりと一瞥。むかっとする気持ちをグッと飲み込みながら、少女は言った。
「……余り自信ないんだけどなぁ……ほら、私『好きと得意は違う』って奴だし」
「………………『好きこそ物の上手なれ』とも、言う」
自信なさげに伶奈は言うも、それまで黙って、黙々とサンドイッチを食べていた蓮が控えめな声で言えば、それ以上の反論はちょっぴり難しい。
「……まあ、どっちにしろ、何か作らなきゃいけないんだし……アルトの服って言うのもアリかなぁ……」
「本当に作るなら、美月に材料費、少しくらい出させるわよ」
「……――ってアルトも言ってるし……ちょっと、明日、聞いてみようかな……」
サンドイッチを手にしたまま、少女はぼんやりとフードコートの天井を見上げ、呟いた。
(私が作った服をアルトが着るのかぁ……オーバーオール、作ろうかなぁ……ゴスロリより格好いいよね……)
なんて事を少女は考えていた……――
訳だが……
そして、翌日、月曜日の放課後……喫茶アルト、窓際隅っこ、いつもの席。
「はぁ……」
そろそろ、外は夜と言っても良い感じの時間帯。薄暗くなり始めた空を窓の外に見ながら少女は大きなため息を吐いていた。
「……まあ、バカだバカだとは思ってたけど……本当、バカよねぇ……」
そう言ったアルトは昨日、伶奈が買ったミニ気味のスカートにセーター、それからタイツという重装備。さすがにダッフルコートは着てないらしいが、暖房の効いてる室内だからしょうがない。
そのアルトの顔を見下ろしながら、少女は応える。
「……しょうがないじゃんか……」
ため息と共につぶやいた少女の前には新品の――
リカちゃん人形
――が鎮座していた。
それを見つめて少女は静かに呟いた……
「なんで、こうなったんだろう……?」
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