初詣・初集合(完)

 四方会の四人が一堂に会したのは三が日も終わった四日のことだった。伶奈の母はカレンダー無関係の仕事をしている看護師だし、付き合いのある親戚なんて喫茶アルトの三島家くらいの物で、新年の挨拶回りもろくに行いはしなかった。正月三が日なんて本当に毎日『一時間潰すのに何時間必要なんだろう?』とか『暇すぎるから勉強するしかない』と言うような状態だった。
 しかし、他の三人は話が別。穂香も美紅も親戚がそこそこ居るから、そっちに顔を出したり、逆に訪問されたりで、遊びに行く余裕もろくにない。蓮に至っては、実家が一応本家扱いだそうで、二日の夜には親戚一同が集まって大騒ぎ。蓮も配膳の手伝いをさせられたり、久しぶりに会うおじさん(酔っ払い)に説教されたりで――
『蓮は死ぬかも知れない』
 新年早々、そんなメールを送ってくるほど。
 そんなドタバタも三が日が終われば一段落が付く。だから、みんなで会って遊ぼうよってな事になったわけだ。
 本日の主目的は初詣。
『一応、家族は行ったけど、四方会の初詣もしなきゃ!』
 そんなメールを元旦の夜に、最近は『四方会のリーダー』というか『言い出しっぺ役』と自他共に思われ始めてる穂香が送ってきた。
 伶奈も二年参りには行ったし、他の面々も行くには行ったらしいが、こう言うのは穂香曰く『縁起物』なので何回行っても良いらしい。『初詣』の『初』の文字の立場を考えて上げて欲しいところが、まあ、楽しいから別に良い。
 目的地は蓮の家の最寄り神社。去年の秋に蓮が奉納舞をやったところだ。蓮によるとここは毎年五日くらいまでは屋台が出てるので、四日の今日でも屋台が期待できる。
 そんなわけで、学校前で集まった蓮を除く三人は、南風野家最寄りバス停までの道を、お正月のガラガラなバスに揺られていた。
 外は今日も寒晴れの良いお天気。風は若干寒かったけど、日差しはぽかぽか。窓越しのお日様を眺めていると、今日がお正月とは思えないほど。
「こっちは……いつも暖かいの?」
 そう言った伶奈の格好はデニムのオーバーオールにジージャン。去年のこの時期は粉雪が舞い散る中分厚いダッフルコートを着てたような気がする。それに比べれば今年は随分と軽装だ……って、まあ、去年の事なんて余り思い出したくもないか……
「こっちは余り雪の降らないところだけど、今年は極端に暖かいよ」
 その伶奈の質問に答えたのは片足をカットオフしちゃったジーパンに薄手のパーカーを着ている穂香だ。カットオフのジーパンは例の一件で穂香が手芸部の活動として改造した奴。剥き出しの足をオーバー二−のソックス、太ももの『絶対領域』とか言うところが格好良くてちょっとセクシー。足下を飾る赤いスニーカーもおしゃれだ。
「でも、蓮チの家の方は山だからちょっと寒いかもねぇ〜秋祭りの時もちょっと肌寒かったし……」
 ぼんやりと応えたのは、秋祭りに短めのキュロットスカートでやってきて、太ももを鳥肌でぼこぼこにしていた穂香だ。今日はロングだけど相変わらずのキュロットスカートにトレーナー、その上から黒の革ジャン。格好いいと可愛いの絶妙なバランス。
「去年……じゃなくて、一昨年のクリスマスには雪が降ったのにねぇ……」
 伶奈の頭の上で妖精が呟く。彼女は十年一日の黒ゴス姿。マフラー付き。寒くなるとこれを顔にグルグルに巻いて忍者みたいな格好をし始めるのだが、今日の所はまだ首に軽く巻いただけ。この辺りを見て、良夜は「ああ、今日は寒くならないんだな」と判断するらしい。
「暖かい方が過ごしやすくて良いよね」
 伶奈がそう言えば、他の面々も軽く頷く。そんな感じでお話しつつ、バスに揺られて小一時間。南風野家最寄りのバス停に、バスは到着した。
 そのため池の土手に作られたバス停でバスから降りる。
 そして、彼女たち四人は一斉に言った。
「「「「さっ、さむっ!!??」」」」
 周りにあるのはため池の水面と丸坊主になった田んぼだけ。その遮る物のない田舎の空を山から下りてきた風が一息に駆け抜け、少女達の体を容赦なく抱きしめる。その冷たい抱擁に、伶奈は猫背になってポケットに手を突っ込んだし、穂香は開きっぱなしにしていた革ジャンのボタンを閉め、美紅はむき出しの絶対領域に出来た鳥肌を寒そうにこする。
 そして、アルトは忍者になって、伶奈の胸元に逃げ込んだ。
「伶奈チ、寒い! 抱っこ〜」
「それは連の芸風だよ!」
 抱きつこうとする穂香から抱きつかれそうになってる伶奈が土手の下に向けて逃げ出して、それを見ていた美紅が――
「体を動かしたら暖かくなるよね」
 ――と、脳筋のうきん一直線なセリフを吐いて、その後を追うように走り出した。そして、追い抜き、「遅いよ!」とか言いだしたら、もう、伶奈も穂香もやる気を失って、走るのを止める。
「……体温もるまで走り回ってたら、死ぬよね……」
「……そうだよね」
 穂香が呟き、それに伶奈が応える。そして、美紅が言った。
「それは蓮ちゃんの芸風……」
 盛り上がらない友人に美紅はがっかり、立ち止まり、うなだれる。そんな友人の元に追いついたら、その彼女の背中をぽーんと二人の少女が左右から叩く。
 そして、伶奈の胸元、ジージャンの隙間からひょこっと、忍者みたいになってる顔を出して、ひと言言った。
「……今年も賑やかね……この子達」

 さて、土手の下まで下りたら、そこには分厚いロングコート姿の蓮がマフラーを顔にグルグル巻きにして待っていた。土手の上まで上がると息が切れて辛いらしい。
「みんな……いぇーい」
 そう言って蓮が両手をバンザイすれば、伶奈の右手が蓮の左手を叩き、美紅の左手が蓮の右手を叩き、一拍の後に穂香の両手がハイタッチの要領で美紅の両手を叩く。
 ちなみに本日は蓮の両手は焦げ茶色の牛皮で作られたミトンの中。思いっきり叩いたのだが、ポフッというなんとも気の抜けた音だけ。
「四方会鉄の掟、ハイタッチの時には手袋を外す!」
 穂香がぴっ! と右手を挙げて宣言すると、この期に及んで蓮が手袋をずぼっと抜いた。
 牛革のミトンはよっぽど暖かったのか、細くて華奢な蓮の両手はほんのりと汗をかいていた。白い肌が汗にしっとり濡れて、それが冬の日差しにてらてら光ってどこかなまめかしい。
 そして、蓮は再び、両手を挙げ、言った。
「…………はい」
「って、次からで良いよ!」
 蓮と穂香のやりとりに声を上げて笑いつつ、伶奈は友人達と共に二度目になる神社へと足を向けた。
 そもそも、街中に比べてコンクリートの建物や舗装道が少なく、代わりに田んぼの多いこの辺りでは気温その物も若干低めだ。しかし、原因はそれだけではない。寒さの原因はともかく強い風だ。こっちは元々風が強いらしい。その強い風が、少女達の体温を容赦なく奪っていた。
「油断してた……」
 伶奈は思わず呟くが、後の祭り。
「こうなったら、暖かい物を食べるしかないわね」
 ひょこっと忍者みたいになってる顔を胸元から出した妖精がそう言えば、少女もコクンと軽く頷き、その言葉を他の友人達へと伝える。もちろん、妖精の意見に対して反対意見を述べる者など皆無だ。
 いくら屋台が出てるからとはいっても四日目となれば随分と参拝客の入りは少なめ。閑古鳥が鳴いてると言うほどでもないが、参道を行く人はまばらだし、屋台も待つことなく買い物が出来る程度。まあ、人混みに揉まれるよりかは参拝するにはちょうど良い環境と言えるだろう。
 そんな屋台を冷やかしながら、妖精さんの提案通り、少女達は『暖かい』食べ物の屋台を冷やかす。鯛焼きに石焼き芋、焼きそば……ってのは暖かいうちに入るのだろうか? それから――
「お屠蘇!」
 ――って、穂香が言ったので、とりあえず、三人、全員で彼女の頭をはっ倒しておく。
「イジメだよ? これは、イジメだよ?」
 なんて、頭を押さえて半泣きの少女が言ってるけど、どうせ、嘘泣きだからスルーしちゃえば良い。その証拠に天津甘栗の屋台を見つけた途端、復活しやがった。
 いくつかの屋台で買い物した後、少女達は参道を本殿へと向かった。
 その道すがら、天津甘栗をかじっていた穂香が言った。
「寒いよ〜帰ろうよ〜蓮チんチで伶奈チにココア入れて貰って、だらだらだしようよ〜」
 それに焼き芋の皮を剥いてた美紅が静かに応える。
「黙れ、言い出しっぺ」
「そんなの、集まって屋台で買い食いする方便だよ〜寒いよ〜」
「……すがすがしいまでのダメ人間……」
 駄駄を捏ねる穂香には、伶奈の胸から忍者の顔をひょこっと出してるだけのアルトも呆れ声を上げるしかない。
 まあ、寒がってるのは穂香一人の話ではなく、伶奈も寒いし、片方半ズボンの美紅はもっと寒い。唯一の例外は可愛い革のミトンに分厚いロングコート、その下にはフレアの付いたワンピース、更にその下にはヒートテックって言う重装備の蓮だ。彼女だけは寒いとは口にしない。
 もっとも、代わりに――
「疲れた……コートが……重い。にしちゃん、抱っこ……」
 そう言って伶奈の背後にしがみついてくる始末。
「コートの重さに負けないでよ!!」
 逃げ出そうとしてももはや遅い。蓮の細い腕は背後から伶奈の首にするりと巻き付き、その身は伶奈の背中、お気に入りのデニムのナップザック越しにぴたりと密着。全体重をかけられた首が絞まるほど。
「蓮! ちょっと!?」
「にしちゃん……蓮のこと、見捨てないで……」
 伶奈が目を剥いて声を上げても、背中に張り付いた蓮は下りる様子もなくて、ますます、強く張り付いてくるくらい。どう考えても、普通に歩く方が楽だろう……と思うのだが、彼女は全く下りやしない。
「あはは、手伝う、手伝う」
「てか、重いんなら、そのダッフルコートと私の革ジャンと交換してよ!」
 そう言って美紅が蓮の片手を引っ張り、穂香は苦笑いで一人、後ろからのんびりと付いて歩く。
 まあ、いつもの風景。
 そして、少女達は参拝客にちらほら見える本殿前へとやって来た。
「遠かったわねぇ〜」
 と、忍者になってるアルトが言えば、その顔をちらりと見下ろし、少女はぼそっと呟く。
「……蓮がだらけたのと、穂香があっちゃこっちゃの屋台を覗こうとするから……」
 美紅との間に蓮がぶら下がり、それを引き摺ってきた少女はすでに疲労困憊。もっとも、左手に豚串塩味の袋をぶら下げてる少女に穂香のことをとやかく言う資格はない……と、本人も解っちゃ居るが……
「塩豚串だって! 良い匂いだよ!!」
 なんて、屋台の前で大声を出した穂香が悪いということにしておく。
(あんな事言われたら、買わずにいられないじゃんか……)
 そして、本殿前の賽銭箱にぽーんと小銭を放り込んだら、二礼二拍一礼。
 それが終わったら、おみくじをひくために社務所の方へと移動を始める。
 その道すがら、話題になるのは当然『何をお祈りしたか?』である。
「美味しいコーヒーが飲めますように……って、去年はココア率が高かったのよ! ココアだけじゃなくて、コーヒーの煎れ方も学びなさい!」
 とか、言ってるアルトはともかく、端っこに置いておくとして、伶奈と美紅は割とストレートなお願い事。
「みんな一緒のクラスになれますように」
 だった。
 それから蓮は、
「みんな仲良く、健康に」
 そして、穂香が――
「彼氏欲しい!!」
 ――だった。
 にっこにこ笑顔で穂香が言えば、一同の足が止まり、冷たい視線が穂香の顔を射貫く。
 冷たい視線の集中砲火に穂香の笑顔も凍り付く。
 そして、彼女は凍り付いた笑みのまま、一気にまくし立てた。
「みんな、良く聞いて。クラスが一緒になれなくても四方会は永遠不滅だし、四方会鉄の掟『会を脱することを許さず』と、『出来るだけ仲良くする』は揺るがないから神様に祈らなくても良いけど、私に彼氏が出来るなんて、神様にお願いしなきゃ無理だよ?!」
 その言葉に他の少女達は互いの顔を見合わせた。
 しばしの沈黙……目で語り合うひととき……
 冷たい風がまた一陣吹いた。されど、アイコンタクトに一生懸命な少女達は気づくこともない。ただ、妖精さんだけがもそもそと伶奈の懐の中へと引っ込んで行った。
 そして、数秒……の時が経ち、代表するかのように蓮が言った。
「…………そうだね……」
 その言葉に美紅がひと言付け加える。
「……特に後半」
 更に伶奈が言う。
「……むしろ、後半」
「ちょっと!? そんなことないって言ってよ!! 後半に関しては!!」
 穂香が顔を真っ赤にして抗議をしたら、三人は「あはは」と声を上げて笑い合う。
 そして、社務所に到着。学校の購買部のように胸元くらいの高さの窓が開いて、その中では去年の秋祭りで奉納舞を舞っていた女子高生が、今日もまた巫女様姿でおみくじやらお守りやらの販売を行っていた。
 彼女は蓮の従姉妹に当たる人らしく、同時にこの神社の神主さんからも親戚筋に当たるそうで、何かあると安いバイト代だけで引っ張り出されるらしい。
 彼女の前には各種お守りとお札、それにもちろん、おみくじ。その中でもお守りは色とりどり、種類も豊富。学業成就に家内安全、恋愛成就、安産、子孫繁栄などなど。
 お守りも欲しいかなぁ……と思いつつも、ここで買うのはおみくじ五つ。
「五つ?」
 四人で五つに女子高生巫女は不思議そうに小首をかしげて見せた。しかし、少女四人が――特に穂香が「良いから、良いから」と笑顔で押し切れば、相手も商売だ、特に問題なく、五つのおみくじが少女達に手渡された。
 そして、それぞれ一つずつ広げてみせる。
「いぇい、大吉……」
 なのが蓮。大きく両手で広げて見せてるのが、とても誇らしげ。何もかもが順風満帆な一年を神様が紙の上で保証していた。
「……中吉って、一番面白みがないよね……」
 って言ったのが、伶奈だ。書いてる内容も、全体的に良い事ばっかりで、安心ではあるが、面白みに欠ける感じ。でも、願望ねがいごとの欄に『望みは叶う 己を信ずるべし』って書かれてたのは嬉しいところ。『己を信ずるべし』の言葉が、神様が後押ししてくれるみたいで凄く嬉しい。
「うーん……まあまあかなぁ……小吉」
「小吉ねぇ……」
 そう言った二人は穂香とアルトだ。それでも穂香は学問の欄に『努力は報われる』とあったのは嬉しそうだし、アルトは願望に『焦らなければいつかは敵う』だったのを救いにするらしい。
 そして……
「……だっ、大凶って……入ってるんだ……」
 愕然と言葉を失ってるのが穂香ちゃん。しかもその文面、
 願望『苦労が絶えない』だとか、『待ち人来ず』だとか、『井戸を掘って水なき如し』だとか、もうひどいったらありゃしない文面。何よりひどいのが
「縁談……騙される。乗らぬがよい……って、知り合う前からこれなの!?」
 少女の悲痛な叫びと、楽しそうな笑い声が冬のからっと晴れた空に響き渡った。

 こうして、少女達の新しい一年が無事始まった。

 なお、穂香はこの場で家内安全と恋愛成就、学問成就のお守りを買って帰ることにした……

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