年の初めに貰う物(完)

「……で、あんたら、何してんの?」
 ひょこっと顔を出したアマナツこと天城夏瑞が呆れた風な声を上げた。
 西部家と勝岡家の前の通路、そこで車座になってる集団が一つ。三馬鹿に西部伶奈を混ぜた四人組だ。彼らが囲む地面には分厚い教科書が一冊。タイトルは『コンピュータサイエンスとプログラミング』となっているが、まあ、それは別にどうって事はない。主題はその上に置かれたトランプひと組、未だ道半ばではあるが、綺麗に順番に並べられようとしていた。
「何って……七並べっす」
 答えたのは灯、その手にはスペードのクイーン、それをスペードのジャックの隣にぺっ! と置いた。
「伶奈ちゃん一人で暇をもてあましてんだけど、男所帯にJC一人を入れるのも問題があるし、JC一人の部屋に男三人が押しかけるのも更に問題だし……――あっ、うち、キングまで出てたら、エースから出せるってルールなんだけど……お前のところは? ジェリド」
 更に言葉を繋いだのはスペードのキングを場に並べた俊一。
「うちはキングかエースまで出たら、逆側だけからしか並べられなくなるルール……っと、まあ、それで俺らも暇だし、ここ、意外と風が当たらなくて暖かいから………」
 悠介がスペードのエースをピッと並べながらに言えば、伶奈――スペードの六をしっかりホールドしていた伶奈が顔色を変えて呟く。
「そっ、そんなルール……知らない……」
 そして、その手札を覗き込んだ夏瑞がひと言だけ漏らした。
「あぁ……」

 その後、夏瑞も参加して更に数回の七並べ。もちろん、会場は西部家と勝岡家の前の通路、その一角。伶奈は勝ったり負けたりを繰り返して、総論的な勝ち負けを言えば、負けが随分込んでるというところ。余り詳しい数は数えたくない、腹が立つから。
 それでも楽しく待ち時間を過ごすどころか、気づけば十二時ちょっと前。大学生と中学生が車座になって廊下でトランプを三時間弱もやってたって言うんだから、結構、笑える。
 それから伶奈はその一団と別れ、喫茶アルトに顔を出した。
 その手には結構厚い年賀状の束。
 から〜んといつものドアベルを鳴らして店内に入ったら――
「ふえっ!? 寝てません! 寝てませんよ! ちゃんと起きてますよ!?」
 カウンターに突っ伏していた美月が飛び起き、辺りをきょろきょろ……その口元には一筋の涎の跡。しかも、その手元には大きなクッション。『寝てない』を自称しているがどう見ても、寝る準備をした上で寝てたようにしか見えない。
「おはよう、美月お姉ちゃん」
「あっ、おはようございます〜伶奈ちゃん。お昼、食べました?」
 その美月が伶奈に気づいてぱたぱたと入り口、伶奈の方へと駆け出してきた。
「おはよう、美月お姉ちゃん。ううん、まだ。何か作って……お肉、今日はじゃあ、チキンで……」
「はいはい。それじゃ、すぐに何か作りますね」
 そう言って美月が屈託なく頬を緩めると、伶奈もそれに釣られて頬を緩める。そして、少女が窓際隅っこいつもの席へと足を向けようとすると、美月はその背中に声をかけた。
「あっ、今日はカウンターの方に座って貰えます?」
「えっ? うん」
 言われて伶奈は素直にカウンターへと足を向けた。
 そこには最近、置物かが激しい老店長の姿。ニコニコと柔らかい笑みを浮かべながら、お気に入りのパイプを真っ白いハンカチで丁寧に磨いていた。
「おはようござい――あっ、明けましておめでとうございます」
 母やお隣の三馬鹿、美月達には二年参りの時に挨拶したが、和明には年が変わって始めて会ったを思い出し、少女は慌てて頭を下げた。
「はい、明けましておめでとうございます」
 老紳士はニコッと笑って深々と頭を下げた。そして、自身の胸ポケットに手を入れたら、真っ白いポチ袋を一つ、少女の前にぺたっと置いた。
「どうぞ……」
「あっ、ありがとうございます」
 深々と頭を下げたら両手で恭しくカウンターの上からそれを持ち上げる。
 期待してなかった……と言えば嘘になるというか、思いっきりアテにした上でアルトに服を買ってやる約束をしていたわけだが、貰えるとやっぱり嬉しい。
「いえいえ、伶奈さんには人手不足を助けて貰ってますから」
「そっ、それは……私もバイトさせて貰ってるから、お小遣い、多くて助かってるし……」
 真っ赤にした顔をうつむけ、少女はぼそぼそ……と、申し訳なさそうに応える。そして、大事そうにそのポチ袋を胸ポケットに押し込んだ。
「おはよう、伶奈」
 聞こえた声に首を捻ればどこからともなく飛んできた妖精さんの姿が見えた。その小さな体は真っ赤な振り袖、右手には真っ白い小さなポーチ、そして、左手にはいつものストロー。お正月モードなアルトがカウンターの上、伶奈の目の前にちょこんと着地を決めた。
 その艶やかな姿に少女は思わず――
「わぁ……」
 思わず、歓声を上げた。
「和明はいくら出したの? 美月からは受け取った?」
「って……中身は変わらないんだね。せっかく振り袖なのに……」
 せっかくの感動を返して欲しい……そんな気分で軽くため息。
「良いでしょ? これ。去年、美月と良夜に買って貰ったの」
 そう言って彼女は両袖を軽くつまんで広げると、くるんと体を一周させた。
 真っ赤な地を埋め尽くすかと思うほどの花々が織り込まれた振り袖は美しく、艶やか。その花々も桜らしい物があったり、菊っぽいのがあったり、梅らしき物もがあったり、他にも良く知らない華もあったりで絢爛豪華。やっぱり花柄の帯の上、背中にはちゃんと羽用の穴が穿たれてるようで、薄く透けたトンボのような羽がぱたぱた動いてるのも不思議とマッチしていた。
 そして、右手には小さなポーチ、こちらは白地にシンプルに桜の花びら、ひらひら舞い落ちてるのも可愛い。足下にもちゃんと黒い下駄、桜貝のような足の爪が黒光りする下駄の表面に浮かび上がっているのはちょっぴりフェミニンだ。それから左手には忘れちゃいけないいつものストロー。
「ふぅん……良いなぁ……」
 中身は相変わらずの残念妖精ではあるが、可愛いことだけは疑いようがないのがちょっと悔しくて、正直、うらやましい。
「夏になったら浴衣でも買えば? 振り袖はまだ貴女には早いわよ」
「高いもんね……振り袖って……」
「まあ、これは人間用の振り袖よりかは安かったわよ。まあ、良夜は値段を見て若干ひいてたけど」
 クスッと笑って彼女は下駄を脱ぎ、伶奈の手元にちょこんと正座をした。脱いだのを手に取ってみると、まあ、この下駄もよく出来てる。ちゃんと土踏まずのところがアーチになってて、ヒールがあるのが生意気。それに黒も漆塗りなのだろうか……? 光沢が奇麗だ。
「よく出来てるでしょ? それでもまだ安い方らしいわよ。ドール沼は深いから」
「……アルトをドールに……そういうのもアリなんだね……」
「やるのは良いけど、誰にも見せられないわよ? 貴女と良夜だけの世界」
「美月お姉ちゃんがヤキモチ焼いちゃうね」
「私がどうしました?」
 アルトと話をしているとそこに美月がひょっこりと顔を出した。手には料理の載ったトレイ、トマトソースの香りが芳ばしい。今日のお昼は季節の野菜と鶏肉のトマトソースパスタのようだ。これは大好きなので嬉しい。それからシーザーサラダとオニオンスープ、飲み物は甘いココアに紅茶ゼリー。パーフェクトなお昼ご飯だ。
 それが目の前に置かれるのを見ながら、少女は美月の質問に答えた。
「アルトにドールの服を着せても私とりょーや君しか見えないから、美月お姉ちゃんがヤキモチ焼くね、って言ってたの」
「アルトでドールですか? 手作りのグッズは高いですよ〜? ぬいぐるみ集めだけでも結構厳しいんですから」
 クスッと軽く笑ってそう言うと、美月は控えめな胸元のポケットから、和明が出した物と同じポチ袋を取り出した。それは当然のように伶奈の目の前。ちょこんと置いたら、彼女はにこりとまた頬を緩めた。
「じゃあ、これは軍資金と言うことで……」
「えっ?!」
 思わず少女が声を上げたのは、てっきり、和明がくれたのが二人の分で、美月からは貰えないだろう……と思っていたから。
「良いの?」
 思わず、少女が尋ねた。
「いらないなら、私が貰――」
 正座してた妖精が四つん這いでカウンターの上のポチ袋に手を伸ばそうとする……よりも先に伶奈のデコピンが妖精の小さな額にクリティカルヒット! すくい上げるように真下からデコを突き上げた指先は、妖精の小さな上半身を起こさせるほど。
「何すんのよ!?」
 ほとんど膝立ちになった妖精が大声を上げた。
 その真っ赤になったおでこと涙目の瞳を睨み付けて少女も叫ぶ。
「こっちのセリフ!」
「あはは、まあ、これは伶奈ちゃんのですから……アルトにも服を買ってくれるそうで……その分、ちょっとだけ、多めに」
 そう言って美月は伶奈の方へとポチ袋を押し出した。
 そのポチ袋を大事そうに拾い上げ、少女は小さく頷き、小さな声で応える。
「うん……じゃあ、お正月が終わったら……買いに……」
 赤くなったおでこを押さえつつ、アルトはもう一度正座で座る。そして、伶奈の顔を見上げたら、単刀直入にひと言言った。
「で、いくら貰ったの?」
 そのセリフに少女はため息を吐いた。
「……アルトってさ、情緒って物、ないよね……」
「しょうがないのよ、貴女と出会うまでの三年ちょっとの間、情緒のない理系男子と付き合ってたから」
「……そうやってすぐに人のせいにする……だいたい、貰ったその場で確認なんて……ダメだよ……それに私、今から、お昼食べながら、年賀状見るし」
 母親から貰ったときは速攻で中身を確認した……って事はもちろん、覚えているが、外向きと内向きは違うよねぇ〜と心の中だけで言い訳。おくびにも出さずに、少女はパスタを口に運ぶ。トマトの酸味が良く利いたソースがパスタに良い具合に絡んでるし、チキンもほどよく煮込まれいて歯ごたえを残しつつも柔らかい。美月が良く出してくれるお昼のまかない。最高に美味しい。
「ちょっと!? 飛ばさないでよ! 一張羅なんだから!」
「……もう、アルト、鬱陶しい……」
 そして、フォカッチャも口に運んで……輪ゴムで止められた年賀状をほどき、捲っていく。
「今時、年賀状ねぇ……メールで終わらせるんじゃないの?」
「メールもしたけど、穂香が『お正月は年賀状!』って言いだして、それで結局、クラスみんなで出し合う感じに……」
「ふぅん……あの子は本当、いろんな事をするわねぇ……」
 鶏肉を皿の中から失敬しつつ、アルトが呆れ気味の声を上げると、伶奈も軽く肩をすくめてみせる。
「面白いこととか変なことを言い出すのはいつも穂香なんだよね……四方会のリーダーっぽいよ」
 チュルチュル……と、パスタをすすりつつ、年賀状を捲る。一番上にはその穂香の年賀状……それをぺらっと捲ったら……――
『あけおめ ことよろ!』
 真っ白い葉書の上に、ひねりもクソもない文字が太めの筆ペンでどーんと書かれていた。その横には穂香作であることを示す『頭を垂れる稲穂』のマークと彼女の住所と名前、こちらも当然筆ペン。それから、表には伶奈の住所、そして、宛名には伶奈はもちろん、アルトの名前までもが、筆ペンで書かれていた。
 しかも、これが結構、上手。後で聞いたら、子供の頃に習字を習っていたらしい。
「……一枚一枚、筆ペンで手書きしたのかしら……?」
 アルトが呆然とした口調、独り言のように呟く。
 そして、少女も呟く。
「クラス全部で二十人……本人除いて十九人、全部に筆ペンで手書き……」
 手間だったろうなぁ……と思うが、書いてる事はどう考えても手抜きな『あけおめ ことよろ!』だけ……コメントに困る……
 ジーーーーーーーっと数秒見たら、少女はパン! とカウンターの上に葉書を置いて断言した。
「とりあえず、次!」
 そう言ってぺらぺらとまた年賀状を捲っていく。クラスメイトの年賀状の大半は親が作ったのであろう印刷の年賀状に手書きでメッセージという定番の代物。伶奈も同じ感じの年賀状を出したんだから、まあ、とやかく言う資格はない。ただ、そのメッセージ、親しいつもりの友人は凝ってて、そーでもないかなぁ……って感じのクラスメイトのは当たり障りのないひと言だったりするのは、ちょっと面白い。
 それらと同系列の年賀状であったのが美紅だった。
 穂香と白くてふわふわの大きな犬とのツーショット。どうやら彼女の愛犬らしい。一時間のジョギングはこのワンちゃんと一緒にいつも行ってるそうだ……って事は次に美紅と会ったときに聞いた。
 その写真の上には『新年明けましておめでとうございます』から始まる定番のメッセージが印刷されていた。そして、その余白スペースには『二年になっても同じクラスになれると良いな なれなくても友達でいてね それと妖精さんにもよろしくと伝えて下さい』というメッセージが丁寧なペン文字で添えられていた。
「……――だって、アルト」
「美紅らしいって感じね」
 そして、最後に残ったのが蓮の物。実は伶奈は蓮の年賀状の図案を知っていた。正確に言うとクラスメイト全員が知ってる。具体的で細かいところまではさすがに解らないが、だいたいのアウトラインは解っていた。
 それは……
「凄いわねぇ……」
 アルトが思わず呟いた。
「本当……これ、授業中に書いてたんだよ 呆れるよね……」
 一本の鉛筆で奇麗に描かれた伶奈の似顔絵……その頭の上にはちょこんと小さな妖精さんが座っている物だ。ちゃんと締着材のスプレーまで吹き付けているらしく、手でこすっても消えたりかすれたりしないという代物。
 その片隅には『謹賀新年 今年もよろしく』のメッセージと小さな楕円六つを大きな円で囲った蓮根マークが書き記されていた。
「授業中、全員分、これを描いて、年賀状にしたらしいよ……」
 呆れるというか、嬉しいというか、自分の似顔絵は恥ずかしいというか……何とも言いがたい笑みを浮かべたまま、少女はそう言い、そして、そんな様子を見守っていた美月の方へと顔を上げて言った。
「年賀状……余ってる? アルト分、書かなきゃ」
 軽く肩をすくめて少女はそう言った。

 こうして、伶奈は退屈な元旦の一日を三枚の年賀状を書くことに費やした。
 その横で茶化しながら伶奈の様子を見ていた妖精は明るい口調で言うのだった。
「今年はいい年になるわね」
 そして、少女も頬を緩めて応える。
「そうだね……」
 と……

 追伸……
 美月と和明のお年玉は一万円ずつで、さすがに伶奈も驚き、『返す』『返さなくて良い』という話にまで発展した。
 ――ら、
「おとーさんとおかーさんと私から一万円ずつ貰っても、『おっ、いつも通り……』だけですませた誰かさんと大違いだねぇ〜」
 と、『いつも通り』だけですませた誰かさんが姉に言われて、そっぽを向いて冷や汗をかいていた……ってのは、完全に余談である。
 

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