さて、伶奈が大掃除をしようと決めた十二月三十一日……の、前日、三十日。良夜はこの日を大掃除の日と決めた。今年はちょっとしっかり気味にやる予定にしていた。
そういうのももうすぐ良夜は引っ越すことが“ほぼ”決まっているからだ。
少し前、誕生日を祝って貰った日の夜、美月に「引っ越さないで欲しい」と言われていたし、引っ越しもただでは出来ない。良夜の気持ちはこのまま、ここから職場に通うという方向に傾いていた。
しかし、彼にはそれを許さない事情という物もあった。
良夜は最近流行のミニマリストを気取っているわけではないが、良夜の父が一人暮らしを始める前に与えてくれた言葉『四年したら引っ越さなきゃいけないって事を考えて、物を買えよ』を忠実に守っていたせいで、比較的、物は少ない。しかし、それでも最低限の荷物は増えてくる。物を買わない良夜に業を煮やした美月が買い与えた物っての物もある。ケトルとかコーヒードリッパーとか。
何よりも技術書や参考書、プログラム言語のリファレンスや解説書、入門書の類いは面白いように増えていく。技術職を目指している以上、これはいかんともしがたいし、技術職をやるなら、増えても減ることはないだろう。現状、カラーボックスやクローゼットの中に押し込んだりして、どうにか片付けきっているが、これが飽和してしまうのも時間の問題に思えた。
特にクローゼットの中には、使ってないパソコンの部品やら、姉が送りつけてきた布団一式なんかも入っている。本来入るべき服はほとんど入ってないのに……
そういう訳で、出来れば、もうちょっと広いところに引っ越したいが、喫茶アルトから……と言うか、美月の家から遠くなるのもちょっともイヤだ。引っ越すなら美月を背負って歩いて行ける範囲が良い。その範囲で今よりも広くて、家賃も安いところがあれば、引っ越したい。
そんな良夜のわがままな悩みに助け船を出してくれた友人がいた。
それは良夜の同じ学部の友人、
彼は今、伶奈と同じアパートの二階に住んでいる。
今の良夜の部屋よりも広い1LDK。家賃は良夜の今のアパートと同じ。築年数はちょっと古いけど、普通に住むくらいなら何ら問題ないという素敵な物件だ。収納スペースも多く、居住者も半分は学生だが、残り半分は社会人ってのも生活がしやすそう。
こう言う素敵なアパートに住んでいるが、柊自身は県外(東北の方らしい)での就職が決まって、卒業したら引き払う予定。
「だったら、浅間が住めば良い。時々、泊めてくれるなら、早めに越してきても良いぞ」
渡りに船な申し出はありがたく受け入れさせていただくことにした。
もっとも、不動産屋との話し合いはまだまだ詰めてないし、それと同時進行で卒論の締め切りもいい加減見えてきていて、追い込みもある。引っ越しの話はまだちょっと考える余裕はない。
が、ここで大掃除をしっかりしてれば、引っ越すときに楽が出来るはずだ。いらない物は今のうちに処分して、必要な物でも使わない物は縛ってまとめる。近所のスーパーで大量の段ボールも貰ってきた。いらない物はこれに押し込んで、部屋の隅に積み上げよう……そんな皮算用を良夜はしていた。
歳を取ったせいか、寝てばかりで食欲も減り気味なハムスターの
そのピンポ〜ンという安っぽい電子音に呼ばれて、ドアを開けば、そこには一人の女性の姿。大きなキャリーケースを両手にぶら下げた、最後に会ったときよりも茶髪成分が強くなった髪に緩やかなウェーブを当てた眼鏡の女性、良夜の実姉、浅間小夜子さんだ。
大きなメガネの向こう側にある大きな瞳をかすかに潤ませ、そして、彼女は小さな声で言った。
「……来ちゃった……」
「来ちゃった……じゃ、ねぇ!」
思わず青年は大声を上げていた。
その言葉を無視するかのように彼女は部屋の中に入ってくる。そして、トン、ドン! と大きなキャリーケースを二つ、玄関の土間の上に置いた。片方は服だろうが、片方は本だろう、恐ろしく重たい音がした。
そして、彼女はわざわざドアに手を伸ばしたかと思うと、ガチャリと大きな音を立てて、鍵をかけた。
「……あんたな……」
青年が思わず呟いた。
「だって……」
彼女が小さな声で呟いた。
メガネの向こう側から大きな瞳が良夜を見上げる。そのまなじりには大粒の涙、今にもこぼれ落ちそうだ。
そして、彼女は茶色の髪を振り乱し、オーバーアクションで叫んだ。
「だって、ねーちゃんだって、年に一回くらいはりょーや君に会いたいもん!」
「じゃあ、今、会ったろう!? さっさとけーれ!!」
「けーれなんてひどいよ! ねーちゃん、りょーや君にお礼も言って貰ってないのに!!」
「礼ってなんだよ!!??」
意味不明な言葉に良夜が更に大きな声を上げれば、未だ通路にいた小夜子はきょとんとした表情を良夜に見せた。さっきは潤んでるように見えた瞳も奇麗な物。
そして、彼女は問い返す。
「美月ちゃんにあげたアレ、使わなかったの? もしかして、まだ、童貞?! 温泉で二泊したのに?」
言われて良夜は思い出した。美月との初体験の時、彼女が持っていた避妊具。六個入りパッケージで五つしか入ってなくて、処女のくせに何持ってんの!? この人!? と思ったけど、その場で聞く余裕もなかった例のアレ……後で聞いたけど。
「なんちゅーもんを人の彼女に渡してんだよ!?」
「だって、りょーや君のことだから、用意どころか『そういう事になる』事すら想定してないで旅行に行くんだろうなぁ〜最初なのに危ない橋を渡らせるなんて、可哀想だなぁ〜って、将来の義姉は思ってェ〜」
甘ったるい甘えたような口調、その芝居がかった言い方が余計に腹が立つ……と言うか、もう、挑発してるんだって事は十分に理性は理解していた。
が、彼の感情はそんなに我慢強くなかった。
「思ってェ〜、じゃ、ねえ! だいたい、なんで、使いかけなんだよ!?」
「そりゃ、学校の性教育で使ったからだよ? 試験管を使って、使い方を教えたのぉ〜りょーや君も使い方解った? りょーや君の学校、性教育なかったでしょ? ねーちゃん知ってんだぁ〜」
「学校の備品を持って帰ってくなよ! てか、あの学校、女性教師にそー言うの教えさせんのかよ!? あと、余計なことを知ってんじゃねーよ!!」
先ほどよりもいっそう強い口調でキレまくれば、小夜子はコホン……と小さく咳払いを一つして見せた。そして、今までにない真面目な口調で良夜に呼びかける。
「……りょーや君?」
思わず、居住まいを正す。
「なんだよ……」
そして、姉が答える。
「……そこに食いつかれるとねーちゃん、引く」
「……ごっ、ごめん……」
「ともかく、泊めてくれなきゃ、人生最後のお年玉、持って帰るよ?」
「……どうぞ、ごゆっくりしていって下さい、お姉様」
人生最後のお年玉は大きかった。
「……――と言う感じでこの人は攻めてきたわけだよ……」
もちろん、『例のアレ』云々はオミットされ、伶奈達には教えられなかったが、ともかく、小夜子来襲の経緯が喫茶アルト関係者の面々に伝えられた。
話をしているここは、国道から一本入ったところにあるちょっとしたお寺。結構な歴史がある古刹らしいのだが、寺の人が住んでるであろう母屋の方はごく普通の民家だし、寺務所の方も立派なコンクリート製。しかし、山門の木目は折り重なった歴史が風合いとして漂うかのような美しい光沢が浮かんでいたし、遠くに見える本堂もなかなか立派。石灯籠の明かりでぼんやりと柔らかく照らされた境内も良く手入れされているようだ。そう言う新しさと古さが静かに共存していて、伶奈には親しみが持てた。
そんな古刹の駐車場、三台並べて車を止めると、伶奈達喫茶アルト関係者一同がぞろぞろと車から降りてきた。総勢、十人、プラス妖精。結構な人数だ。
彼らは良夜が苦笑い気味でいきさつを話すのを聞きながら、のんびりと石灯籠と屋台の提灯が照らす参道を歩いていた。
「……ジャリのねーちゃんの彼氏の名前が『浅間』だって言うから、イヤな予感はしてたんだよ……どんな偶然だよ……」
この話題が始まって以来ずーっとため息を吐いてた青年――勝岡悠介が更に深いため息と共に感想を漏らした。
「偶然も何も勝岡くんが三年四月の進路面談で『県外で工学部、情報科があって合格できそうなところならどこでも』って言うから、さよちゃんが弟くんをからかうついでに企画したキャンパス見学に勝岡くんも誘ってあげただけだよ? だから、りょーや君が東京にいたら東京の大学に連れて行ったし、北海道だったら北海道に連れて行ったんだおー? だから、勝岡くんがりょーや君の後輩になるのはさよちゃんの受け持ちになった時からの運命だったんだおー! だおー! だおー♪」
ポンチョの端っこを持って大きくバンザイしながら『だおー』の連呼。踊ってるみたいで可愛いと言えば可愛いのだが、これでもう四捨五入したら三十って言うから、恐ろしい。
そんな小夜子の様子を見ながら、二人の男がぽつりと呟く。
「「うっぜぇ……」」
吐き捨てるように呟いた元教え子と弟、二人の男の顔がパッと跳ね上がって、互いの顔を見つめ合う。そして、がっしっ! と握りしめ合う二つの手。
どうやら、友情が芽生えたらしい。
「……小芝居してないで……さっさと行かないと、もう、除夜の鐘、終わるよ?」
凪歩に促され、止めていた足を再び動かし始める……っと、その前に、良夜が「あっ」と小さな声を上げて、また、足を止めた。
そして、彼はコートのポケットから小さな紙袋を取り出した。
「これ、アルトの服」
伶奈はその紙袋を受け取ると、ほぼ、反射的に紙袋の口を開いていた。中には黒いゴスロリのドレスとストッキング。マフラーらしき物も中には見えていた。
その中に胸から下が巾着袋に収まったアルトがもそもそと潜り込んでいく。なんか……羽の生えた芋虫みたいで物凄く格好悪い。
「アルト、お前、ジャージ、どこに置いたんだ?」
青年が尋ねると、ひょこっと首だけを紙袋から出したアルトが答えた。
「あんなの、とっくに捨てたわよ。下水の中、アレで這い回ったの、忘れたの?」
「それでも取って置いてるかと思ってた」
「さすがに置いてないわよ」
言葉を交わして妖精は紙袋の中へ……それを見送ると、伶奈はくるくると入り口を三回ほど折りたたみ、そこをギュッと握った後、良夜に顔を向けた。
そして、彼女は尋ねる。
「ジャージって?」
「……伶奈ちゃん、最近、しっかりしてきたね?」
「ちょっと!? 上を閉じて何聞いてんの!?」
伶奈の質問に良夜が苦笑いを浮かべて、紙袋の中のアルトは大慌てで尋ねる。
がさごそと紙袋の壁面が波打ってる辺り、中に居るアルトの暴れっぷりがよく見えた。
そのアルトの様子をちらりと一瞥、そして、青年は少しだけ含み笑いを浮かべながら、答えた。
「アルト、一度、太って、手持ちの服が着られなくなったことがあるんだよ。その時に来てたのがジャージ」
「良夜! 何言ってんのよ!?」
「あはは! 可愛い、見てみたかったなぁ〜」
そんな話をしていれば、首を突っ込んでくるのが伶奈の姉貴分で良夜の恋人の美月さん。ひょこっと二人の間に(物理的に)首を突っ込んだら、にこりと嬉しそうな笑顔で彼女は言った。
「なんの話ですか?」
「例のジャージアルト事件。覚えてる?」
「ああ……覚えてます、覚えてます」
そうやって美月と良夜が話し始めれば、翼や凪歩まで首を突っ込んでくるし、灯達三馬鹿も話の輪の中。あーだのこーだのと楽しい昔話に華が咲く。
そして――
「紙袋は破れるのよ!!!」
着替え終わった妖精が紙袋をストローで切り裂き飛び出してきたときには……
「吉田さんの適当な嘘に騙されて、ケーキを毎晩一つ、食べたんですよ〜手のひらサイズのアルトが! そりゃ、もう、カロリー過多も良いところですよ〜ぶっくぶく一直線ですよ〜」
と、美月が身振り手振りを交えて、一同の前で大演説中。隠しておきたかった秘密が晒された妖精さんの驚きと傷心と言えば、その手に握りしめてたストローまでもぽとりと落とすほど。
「……最悪な……終わり方だったね、今年……綿菓子、買ってあげるから、元気出して?」
思わず、少女は呟いた。
「………………リンゴ飴も……」
そう答えたアルトは半泣きだった。
いつまでも参道で立ち話って訳には行かない。とりあえず、アルトに約束したとおり、綿菓子とリンゴ飴を買ったら、少女達は参道から少し離れたところにある鐘撞き堂へと向かった。
小さな池のそばにある少し大きな鐘撞き堂では、すでにお坊さんが鐘を叩いては合掌して一礼、そして、また、鐘を叩いて、合掌、一礼を繰り返していた。
ゴーン……ゴーン……厳かな鐘の音が境内を、そして、街へと響き渡る。
鯉の泳ぐ池の周りには大勢の人だかり。一杯と言うほどでもないが、池間際の最前列はそれでも結構な人が並んでいて、全員が最前列というのは無理そう。
その池の周りには年末も後数分というところまで押し迫った緊張感と、それでいてどこか浮き足立ってるような不思議な空気で包まれていた。
「前、空いてるよ」
そう言って俊一が隙間を見つけると、小柄な伶奈にその場を譲った。
「あっ、ありがとう……」
ぺこりと頭を下げて、素直に譲って貰う。
そして、お坊さんが恭しく鐘を突いてる姿を少女は見上げた。
(こう言うの、見るの初めて……)
除夜の鐘自体は聞いたことがあるのだが、打ってる姿を見るのはこれが初めてだ。こんなにも丁寧に鐘を打つのかと思うと、ちょっと感慨深い物すら感じてしまう。
「なんだかんだで時間を食っちまったからな……そろそろ、年が変わるぞ」
灯がごついダイバーズウォッチに視線を落として呟いた。
「そー言えば、今年の年越しは最初のひと言って言うの余り気にしてませんでしたし、その前は悪夜ちゃんに逃げられてひどい目に遭いましたし……今年は意識したいですねぇ……」
ぼんやりとした口調で美月が呟いた。どうやら恋人の良夜にそのひと言を話しかけたいらしい。
(私は誰が良いかな……お母さん……かなぁ……美月お姉ちゃんでも良いけど……)
ぼんやりと考える伶奈の背後で灯が言葉を発する。
「後……一分………………三十秒…………二十……」
「カウントダウンなんていらないのに……」
伶奈の右手にちょこんと腰を下ろして、リンゴ飴をなめてたアルトが嘯く。
「そう? 年越しって感じがして好きだな……」
そのアルトの言葉に伶奈が笑みで答える。
どうやら聞いているのは伶奈とその連れだけではなく、周りにいる見知らぬ参拝客達も同じようだ。
「十……九、八、七、六」
カウントが減っていくごとに、声にこそ出さないが緊張感と期待感が高まっていくのを肌で感じる。
(お母さんに開けおめかなぁ……)
少女が心に決める。
「五、四、三――」
トン……
と、背中に当たる何か。
振り向けば真後ろにいたジェリドこと悠介が別の誰かにぶつかられて、バランスを崩している姿が見えた。当たったのはその彼の右手、倒れないように掴んだ物が伶奈の肩だったようだ。
「二」
「あっ、悪い」
「一」
「ううん……別に――」
「ゼロ」
「――良いよ」
少女と青年がジッと顔を見つめ合う。
そして、周りで広がる「明けましておめでとうございます」の声。
その盛り上がる空気の中、少女が叫んだ。
「本当にジェリドの顔を見ながら、年越しちゃったじゃんか!!!???」
悲痛な声に母がぼそっと言う。
「……厄払いだと思ってなさい……それと明けましておめでとう」
その由美子の冷たい言葉に悠介は思わず呟く。
「……ひでーな、このお隣さん……」
「おっ、俺も厄払いさせてもらおう」
「俺も、俺も」
その苦笑いしている悠介の顔を両手に挟んで、灯が自身の顔の方へと向けて覗き込めば、そこに顔を突っ込み俊一もそのご相伴に預かる。
そして、なぜか、小夜子は人生最後のお年玉を良夜にこの場で手渡してる模様。
「なんでだよ?!」
「そりゃ、帰りに女の子に奢るなら、ここで渡した方が良いと思うんだよぉ〜」
「えっ? 奢ってくれるんですか!? ベビーカステラが良いです!」
美月が嬉しそうな口調でそう言った。ちなみにこれが彼女の今年第一声。
「ビールあったからビールね!」
嬉しそうな表情で凪歩も尻馬に乗った。
「…………たこ焼き、一択……」
そして、最後に呟いたのが翼。
ちなみに翼と凪歩もこれが今年第一声だ。
そして……
「……結局、今年もこんな感じの一年なのねぇ……」
そして、満天の星空を見上げて、妖精が、伶奈の頭の上で呟いた。
さて……良夜が貰った最後のお年玉で女性全員(アルト及び伶奈は含むも、由美子は含まず)に屋台で食べ物を奢るという楽しいイベントやら、危うく忘れて帰りそうになった本堂へのお参りなんかを終わらせたら、そろそろ、お開きの時間だ。
来たとき同様に、美月のアルトには伶奈と由美子の母娘、良夜のジムニーには姉の小夜子が乗り込み、灯が運転する高級車には凪歩と翼、それから灯りと共に三馬鹿と称されてる二人の友人――俊一と悠介が乗り込むことになった。
その車に乗り込むときのこと……灯の車の助手席へと回った悠介を小夜子が呼び止めようとしている姿が、伶奈の目に映った。
もちろん、立ち聞きなんてするつもりはなかった……のだが、灯の車の隣に美月の車が止まっていたんだからしょうがない。
「相変わらず、親とは折り合いをつけられてないんだねぇ〜?」
そう言う小夜子の言葉遣いは、教師から教え子へと向けられる物……にしては軽くて、からかってるというか、挑発しているかのようなニュアンスが含まれていた。まるで先輩から後輩……もしくは姉から弟へとかけられる言葉のようだった。
その小夜子の言葉に悠介は「ちっ」と小さく舌打ちを一つ。そして、伶奈の顔を一瞥すると、ことさらぶっきらぼうに言い捨てた。
「……立ち聞きは趣味がわりーぞ、ジャリ……」
その言葉に少女の顔がカット赤くなり、そして、少女はとっさに叫んでいた。
「別に聞いてないし! 興味ないし! あけおめ! おやすみ! って言い忘れてたから言いに来ただけだし!!!」
それだけ一気にまくし立てると、少女はぱたぱたと駆け出し、美月の車の中に逃げ込むように潜り込んだ。
とくとく……と鼓動が妙に早い。
「……気になるの?」
「ならないし!」
頭の上から降ってきた言葉に少女はとっさにそう答えた……ものの、まあ、その嘘がアルトに通じているとは少女自身、一ミリも思ってはいなかった。
そして、この気がかりが解消されるのはずーーーーーーーーーーーーーーーーっと先のお話……になるのは、今の少女には知るよしもなかった。
ご意見ご感想、お待ちしてます。