今年の最後、今年の初め(3)

 帰宅した母に美月からの電話のことを伝えれば、母はあっさりと許可を下した。どーも、母は美月をはじめとするアルトの面々に対しては全幅の信頼を寄せているようだ。
 で……
「お母さんも来たら?」
 アルトも一緒の夕食時、伶奈がそう言うと母は食事の手を止めて言った。
「あら……珍しい……イブの夜は随分嫌がってたのに……」
「自分が誘うのは良いけど、誘ってないのに来られるのは嫌……ってところかしら? 反抗期的な奴かしら?」
 何気なく言った言葉に母だけではなく、その手元、自身のおかずを突っついてる下着姿の妖精にまで言われれば、少女の眉がへの字を描く。
「…………じゃあ、一人で留守番してりゃ良いじゃんか…………」
「冗談よ、ありがとう。それじゃ、せっかくだし、母さんもついて行かせて貰うわね」
「……行く年来る年でも見てれば良いんだよ……一人で」
 ぶっすーっと膨れつつ、明後日の方向を向いて、呟くも、それを母も妖精も聞こえないふり。少女もそれ以上は突っ込まず仕舞い。こうして、二年参りは伶奈だけはなく、由美子も付き合うことになった。

 待ち合わせ時間は十一時半ちょっと過ぎに、アパートの前、国道っぺりでって事になった。時間が十一時半『ちょっと過ぎ』なのは、アルトを十一時半に出て、伶奈達を迎えに……って流れになっているから。アルトからアパート前までにかかる時間が『ちょっと』に当たるわけだ。
 そこで問題になったのが、アルトの服だ。
 すでに彼女の服はゴミ箱に捨てた。さすがに腐った油を頭から被った服は異臭を放っていて、確かに洗ってでもそれを着ろというのは酷のような気がした。
 子供の頃からここに住んでれば捜せば人形用の服でもあろう物だが、あいにく、こちらに住み始めて未だ一年弱。中学生の娘もお人形遊びはすでに卒業済みで、こちらに来てから買った物はない。良夜の家には予備の服があるから、それをこちらに持って来て貰う手はずにはなっているが、それまで、下着だけというのはかなりきつい。その下着だって、結構、汚れてしまっているのだ。
 で、仕方ないから、少女は色々捜した結果、一つの提案を行った。
「これ」
 それは巾着だった。十センチ四方くらいの大きさ、着物の端切れで作られた赤い巾着袋だ。黒や白で染め抜かれた幾何学模様が愛らしい。母が小物入れとして愛用してる物を、中身を脱いで、借りることにした。
 これに薬箱の中に入ってあった脱脂綿をたっぷりと小さめの使い捨てカイロを放り込む。
 完成である……と、誇るように少女が目の高さに掲げてみたら、下着姿の妖精がテーブルの上から慌てて声を上げた。
「待ちなさい! まさか、その中に入ってろって言うの!?」
「絶対に暖かいと思うんだよね」
「……いや、まあ、確かに暖かいかも知れないけど……」
「じゃあ、その汚れた下着一丁でうろうろする気? 外、寒いよ?」
「…………うっ……ぐっ」
 少女に言われて、アルトはもぞもぞと巾着の中に潜り込む。ちなみにいくら洗っても汚れが落ちなかった下着は脱いだから、この下は真っ裸だ。
 裸の彼女が巾着袋の中から首だけを出したら、キュッと軽く出入り口のヒモを結ぶ。首が絞まってしまうのは可哀想だが、余り緩くしてるとせっかくの暖気が外に逃げちゃいそう……
 そして、出来上がった代物を少女は自身の目の高さにまで掲げてみた。
 赤い胴体に白い顔、金色の髪が生えた――
「だっ……だるま……」
 ――だった。
 吹き出さないのが精一杯。油断してしまえば、大爆笑してしまいそうで怖い。
「笑うな!! あと、あっつい!! カイロ、結構、熱いわよ!?」
「アルト……ごめん、すごまないで……わっ、笑っちゃう……」
 ぷっぷっぷっ……と閉じた唇の端っこから空気が漏れそうになるのを必死で我慢。そして、暑いと言われたカイロは撤去。それから首だけじゃなく、脇の辺りにヒモを通して、両手は巾着の外で自由にさせる。まあ、これでひとまずは安心といった所か? 油断したら胸元が見えちゃいそうではあるのだが……
「まあ、これなら……頑張ったら飛べそうかしら?」
 そう言ってぱたぱた……両腕と同時に自由になった羽を一生懸命動かせば、普段よりかは随分ととろくさいが、それでも浮くことは出来るらしい。
「……何か……シュールだね……」
「……うるさいわよ……あっ、でも、これ、結構、暖かいかも……」
「じゃあ、母さん、お風呂に入ってくるわね。出掛ける準備、しておきなさいよ」
 大騒ぎしている横で着替えを用意した母が浴室へと向かった。
 その母に「はーい」と軽い調子の返事を返しこそした物の、まあ、用意と言っても、特にやることはなし。母が出てきてから、彼女が服を着てる間にでもやれる程度だ。
 と、言うわけで、巾着を寝袋のようにして使ってるアルト共に紅白を見つつ、のんびりだらだら……最後の方に出てくる予定のアーティストを、伶奈が「知らない」って言えば、アルトが「あなたの親世代か、もっと古い世代よ」なんて、うんちく垂れたり……と、楽しいひととき。
 そして、由美子がお風呂から上がり、服を着替える。今夜はデニムパンツの上にトレーナー、その上からダウンのコートというしっかりとした防寒着。伶奈もそれに習うかのように、いつものオーバーオールの上にダッフルコートを引っかけた。
 紅白の方は、まだ、数名の歌手が出番を待っているようだが、最後まで見てればちょっと遅刻しちゃう。ちょっぴり後ろ髪を引かれる所ではあるが、素直にお出かけ。
 巾着袋の妖精さんをスマホと一緒にオーバーオールの胸元に押し込んで、少女は部屋を出た。
「おっ? こんな時間にお出かけか? 不良ジャリ」
「こんばんは。伶奈ちゃん」
 伶奈が部屋を出ると、そこには、ほぼ同じタイミングで出てきたお隣さん、ジェリドこと勝岡悠介とその友人真鍋俊一の姿があった。
「お母さんも一緒だから不良じゃないし! そもそも、二年参りくらい、不良じゃなくても行くし! むしろ、不良は二年参りなんて行かない!」
「……伶奈、いちいち、そうやって過剰に反応するから、からかわれるのよ……こんばんは、勝岡さん。いつもうちの子がお世話になって……」
「お世話になってないし!」
「あっ、こんばんは……もしかして、そちらもアルトの人達と?」
 噛みつく伶奈を軽くスルーして悠介が由美子に挨拶をした。声色からして、普段と違うのが猛烈に向かっ腹が立つ。
「ええ……」
「ああ……一緒になるなぁ……こりゃ……灯が親父さんに凪さんのお供を申しつけられてるみたいで……それで、まあ、せっかくだから、俺らも……って事になっちゃったんですよ」
 頷く母に言葉を返したのは黒いカーゴパンツに革ジャン、ブーツという姿の俊一だった。
 それを聞けば、黙っていられないお年頃なのが、伶奈だ。
「えぇ〜?? なんで、年越しをジェリドの顔を見ながらしなきゃいけないんだよ……」
 頬を膨らませ気味に少女が言えば、ジーンズに黒いコートという、着用者がジェリドでなければ格好いいのかも知れない姿で、ぼそっと言った。
「じゃあ、目、閉じてろ」
「ジェリドが頭から紙袋でも被ってれば良いんだよ!」
「言ったな……このクソジャリ……」
「べー!」
 苦々しそうにこちらを見る悠介に力一杯あかんべーをしてみせる。
 これでちょっとは溜飲が……
「伶奈! いい加減にしないと、お年玉、なしにするわよ?」
 下がるかと思ったら、母に怒鳴られて、そーでもない感じ。
「ちょっと! 伶奈のお年玉がなくなったら、私の新しい服はどうするのよ!?」
 さらにはアルトまで彼女のオーバーオールの胸ポケットの中で大声を上げる。
 もはや、負けた気分。
 ぶっすーっと膨れて、少女はそっぽを向く。
「まあまあ、後でジェリドは殺しておくから」
「……うん。あっ、灯せんせは? アルトの方?」
 軽い口調で声をかけてくれた俊一に小さく伶奈は頷いて見せ、傾いていた機嫌を少しだけ直す。そして、灯のことを尋ねると俊一が答えた。
「凪さん達を迎えにな、行ってんだよ。また、親父さんのでかい車を借りてきてるし」
「へぇ……あの車、大きいよね……」
 伶奈の呟きに俊一が軽く頷く。
 そして、一同は揃って階段を下り始めた。
「てめえ、一人だけ良い子になりやがったな……」
「俺は世界を敵に回しても、女の子の味方だよ?」
「世界の半分は女だぞ?」
「そこが問題」
 そんな悠介と俊一の会話を聞きつつ、階段を一つ……二つと下りていく。
 そして、階段を一番下まで下り、エントランスから駐車場を抜け、国道に出れば、三台の車がそこに止まっていた。
 ひときわ大きな3ナンバーの車は日産のフーガとか言う車らしく、灯の父の愛車だ。この間の忘年会にもこれを乗ってきて凪歩と翼を連れて帰っていた。なお、翼が車の中でグースカ寝ちゃったので、その日は凪歩の部屋に泊めたそうだ。それから、缶チューハイ片手に迫ったことは忘れちゃってるらしい。
 灯の運転するこちらの車からは凪歩と翼が降りてくるのが見えた。
 それからもう一台は見慣れた美月の軽自動車。こっちを運転しているのは当然美月……が一人きり。最後の一台は恐ろしく年季の入ったモスグリーンのジムニー、こっちから下りてくるのは良夜ともう一人、先日も見かけた良夜の姉――
「げっ!?」
 ――小夜子が下りてきたとき、伶奈の背後からひときわ大きな声が聞こえた。
「ん?」
 その声の思わず少女が振り向き見れば、悠介がその男のくせに大きな瞳を真ん丸に見開き、固まっていた。
「わぁ、勝岡くんだぁ〜久しぶり〜」
 緩い口調で言うのは、昨日、良夜と一緒に歩いていたポンチョの女性――浅間小夜子だった。
「さっ、サヨちゃん……なんでこんな所にいるんだ……?」
 彼女のニコニコした顔を見ながら、悠介が苦々しそうに吐き捨ていた。
 

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