お泊まり会(完)

 食事も終わって、食後のデザートも食べ終えて、テレビをつけての食休み。テレビの内容にあーだのこーだのと突っ込みや茶々を入れながら見ていると、普段はどーでも良いなぁ〜って思ってるような番組でも、結構、面白く感じてしまうのがちょっと不思議。
 楽しい夜が瞬く間に更けていく。
「まあ、あなたはその間、『名字にさん付け』で呼ぶたびに、訂正されるって言う嫌がらせを受け続けてたけどね?」
 手元で、なぜか楽しそうな妖精の顔をチラ見。そして、少しだけ頬を緩めたら、伶奈は一つだけ訂正した。
「穂香は普通に返事をした上で、しまった! って顔、してたけどね?」
 前回の『呼び捨て』宣言の後、一番面白がって、一番強硬に呼び捨てで呼ぶことを強要し、その挙げ句に「呼び捨てじゃなきゃ返事をしない」宣言まで下した穂香であったが、ふたを開けてみれば、展開は意外な物だった。
 一つのドラマのエンディング曲が終わって、CMへ。
「あっ、東雲さん。私、スポーツニュース、見たい。野球の結果だけで良いから」
「良いよ〜みんなも良いよね?」
 チャンネル権は家主の穂香にアリ……見たい物があれば穂香に言って変えて貰うって言うのが四方会で穂香の家に集まってるときのルールみたいな物。たいがいの場合、異論の類いは出てこない。
 穂香がリモコンを操作し、番組表を呼び出す。その中で野球の結果を教えてくれそうな物を選ぶ。
 伶奈が見たいのはベイスターズの野球結果。本当は試合内容も見たいが、中継なんてやってないからしょうがない。ちなみに勝ってたらスマホで詳しい試合内容を確認するが、負けてたら見ないことにしている。
 今日の結果にドキドキしながら、チャンネルが変わるのを待つ……も、残念ながら番組はまだニュース。今日のトップニュースが終わって、世界情勢をやって、スポーツコーナーはその後。まだまだ、先だ。
 テレビに視線を投げていた伶奈に美紅の声。
「ベイスターズファンだっけ?」
「北原さん、野球は見るの?」
「プロ野球のファンはないかなぁ〜? お父さんが巨人ファンを自称してたけど、単に中継がこっちでもやってるってだけのファンで、最近は中継もやんないから存在を忘れちゃってる感じだし。後、私の事は『北原さん』じゃなくて『美紅』でよろしく」
「もう……急には無理だよ……」
 楽しそうな美紅に、伶奈が苦笑いで応えていれば、
「あああ!!!」
 聞こえてくる素っ頓狂な声。
 その大きな声に釣られて顔を隣へと向ける。そこには……
「ああ! もう! なんで、さっき、返事しちゃったんだろ!?」
 机を叩いて悔しがってる穂香の姿があった。
 なお、蓮ですら、
「……蓮は、蓮、だよ?」
 なんて、ちゃんと訂正しているのに、この後も数回、
「東雲さん」
「なに?」
 このやりとりを普通に繰り返し、その度に机を叩いて悔しがる始末。
「……何か、それ見てたら……呼び捨てで呼んであげないのが悪いことのような気がしてきて……」
 後々、アルトはこの時の伶奈の表情を『菩薩のような顔』と評した。

 さて、話の種は尽きずとも、時間は至極簡単に尽きてしまう。
 平たく言えば、眠くなる。
 特に毎朝早起きして、体を動かしてる北原美紅にとって、時間は人よりも朝に多く、夜に少ない。
 そして、終わりは唐突に訪れる。
 いよいよ始まったスポーツニュースの野球コーナー。まずは上位陣Aクラスチームの試合結果とハイライト。ちなみにベイスターズは中日との三連戦、最下位攻防戦だから、最後の方……どころか、試合経過すら出されず、最終的な得点だけが知らされるって感じ。
 案の定、負け試合の結果がペロッと一瞬放送されて、それで終わり。プロ野球チームなのか? と不安になるくらいに軽い扱い。ため息交じりの声を少女はあげた。
「今年は行けると思ったときが私にも一瞬だけあったんだよね……ペナント取るとか、さすがに望みすぎだけど、それでもCSくらいは出られるかな……って思ってたんだよね」
「ふぅん……」
 自身のケータイ電話でゲームをしている穂香が呟いた。
「へぇ〜」
 そのケータイ電話を覗き込んでる妖精も呟いた。
 蓮にいたっては窓際にまで行って、そこから窓越しに空を眺めて、
「……星……奇麗」
 とか言ってる始末。
 そんな友人達と定位置へとひた走る贔屓球団の体たらくに涙を拭いながら、少女は呟く。
「……みんな、興味ないのは解るけど、私たち、友達だよね……? 相づちくらい打ってくれる優しさは捨てずに取っておこうよ……」
 伶奈がスポーツニュースを見つつ、目に浮かんだ涙を拭っていると――
 ごっ!
 ――と、鈍い音がした。
 その音に釣られて、視線を動かせば、そこにはテーブルの上に上半身を投げ出してる友人、北原美紅の姿が、そこにあった。
 さっきまでは頬杖をついてテレビを眺めつつ、あくびをかみ殺していたはずだ。おそらくは、その頬杖から落ちたおでこがガラステーブルに叩き付けられた音……なのだと思う。結構大きな音がしたはずなのだが、それでも起きるような様子は見えず、美紅の口元からはすーすーと気持ちよさそうな寝息が聞こえた。
「……見事な寝落ちだね……まるで電池が切れたみたい」
 ケータイから顔を上げて穂香が言った。
「どうするの? 起こす?」
「……――ってアルトが言ってるよ」
 そして、同じくケータイから顔を上げたアルトの言葉を、伶奈が伝えると、穂香はそのケータイをテーブルの上に戻しながら、軽く頷いて見せた。
「とりあえず、叩いてみよ」
 ぽこぽこ……と二発、穂香の小さめの拳が美紅の後頭部へとたたき落とされた。
 が、起きない。
「う……んっ……」
 小さなうめき声を一つあげたかと思うと、両腕を枕にし直し、さらに熟睡の世界へと彼女は堕ちていく。
「美紅? 起きてよ……」
 伶奈が頭を中心に軽く揺すってみてもまるで無駄。
「…………きたちゃん……起きなきゃ、メッだよ?」
 蓮が弱い力で揺すったところで、それは起こすどころか、心地よいゆりかごのような物でしかない。
「起きないね……」
 穂香がため息を吐いた。
 その時のことだった。
「せーの!」
 そんなかけ声を耳にしたのは三人の少女の中で伶奈ただ一人だった。
「わっ!?」
 悲鳴のような声を上げても、もう、遅い。
 片足を振り上げるほどに大きく反り返った妖精は、少女の悲鳴を合図にし、その身に蓄えた力を一気に解放する。そして、両手でしっかりと持ったストローが少女の、少女にしては少し大きな手の甲へと一気に振り下ろされた!
 ざくっ……と言う小気味いい音を聞いたのは伶奈だけだったらしい。
 瞬間、跳ね起きる少女!
「ぎゃーーーーーーーーーーーーー!!」
 そして、無意識のうちに跳ね上げられた右手が妖精を力一杯払いのける。
 妖精の小さな体はガラステーブルの上からベッドの方へと一直線。マットレスの角には鉄製の骨組み、薄い布地越しにそこへと頭を叩き付けられた妖精は、悶絶して果てた。
「なに!? ねっ!? なにがあったの!? 猛烈に手が痛いんだけど!?」
「……いや、私が聞きたい……」
「……夢?」
 寝惚け眼も吹っ飛んで、右手を振り回しながら、辺りをきょろきょろしている美紅に、穂香と蓮はきょとんとした表情を見せるだけ。そして、何があったかを知った上で、頭を抱えて悶絶している妖精を横目に捉えている伶奈も、こめかみに冷や汗、苦笑い気味の笑みを浮かべながら、言うのだった。
「………………何が、あったんだろうね?」
 目出たく美紅も起きてくれたことだし、もう一度、彼女が寝落ちする前に、もう一度、彼女が妖精に手を刺される前に、そして、妖精が再び吹っ飛ばされる前に、パジャマに着替えてお隣の部屋へと向かうことにした。
 隣の部屋は来客用に使われる和室のようで、布団が四組敷かれればそれで一杯。家財道具はテレビすらも置いていない。まるで安宿のよう……って、まあ、安宿なんてテレビの中でしか見たことないけど。
「用意して貰って悪いよね」
 部屋に入ったとき、美紅が言った。
「つーても、干した布団を取り込んだときにそのまま敷いただけだし、取り込む頃にはみくみっく〜はまだ部活してたからね〜? 一応、干すときは私も手伝ったよ」
 話をしながら二人が服を脱ぎ始める。
 それを横目で見ながら、少女は意識を頭上へと向ける。
「アルトはどうするの?」
 向けた頭上には悶絶から回復していた妖精さん、声を掛けると彼女はひょいと顔を覗かせ、少女に答えた。
「そうねぇ……下手なところで寝てると踏まれそうだし、窓の木枠の所で寝るわ」
 そう言って彼女は伶奈の頭から飛び上がると、そのまま、トンッと腰窓の枠に着地を決めた。その腰窓には幅十五センチほどの木枠がはめられていた。ベッドとしてには少々堅そうだが、普段からシンクの上に寝てるような妖精なので、そこは問題ないのだろう。幅にいたっては妖精の寸法から考えれば、広すぎるほどだ。
 そこに使ってない乾いたタオルを敷いてやれば、即席ベッドの出来上がり。
「なにしてるの?」
 背後から賭けられた声に振り向いてみると、そこには穂香の姿。すでに服は全部脱ぎ捨てて、ショーツ一丁のあられもない姿で突っ立っていた。
 そのお姿に軽く頭を抱えつつ、少女は言った。
「……パジャマ、着ようよ……穂香……」
「今から着るの。それで、何してんの?」
 それからアルトの寝床を作っていたことを説明すれば、穂香は「ああ」と首肯して見せた。
 裸、おっぱい、丸出しで。
「恥ずかしくないの?」
「ベリー気にしない」
 とは言いつつ、ピンク地にしろ玉ドットのパジャマを着始めたので、一安心。ただ、猫耳付きフードが着いてるパジャマはどうかと思う。
 それから、仕事を選ばないともっぱらの評判な白猫さんがでかでかとプリントされた半袖シャツに、膝丈のメリヤス生地のズボンを合わせた恰好が美紅。そして、蓮は裾の長いTシャツに短パン姿、短いズボンから伸びた細い足がちょっぴりセクシー。すでに眠いのか、二人ともしきりに目をこすっているのが印象的だった。
 そして、一同、まとめて布団の中へ……高級そうな羽布団は軽くて、普段は綿の布団を使ってる伶奈にはちょっと頼りないくらい。だけど、ふかふかで暖かいことだけは疑いの余地は全くの皆無。その暖かな布団の中に潜り込み、やっぱり柔らかい羽根枕に頭を埋める。
 そして、電気が消された。
 穂香は寝るとき、真っ暗にはしない質らしい。真っ暗にすると寝付けないそうだ。だから、常夜灯の小さな豆球が一つ、ぽつんとつけられていた。まあ、一番奥、アルトが居る窓の下で寝ている伶奈にしてみれば、夜中にトイレに行くとき、友人達を踏まずにすむからちょうど良いと言えば、ちょうど良い。
「私さ〜友達とこー言うのをやったら、寝る前に絶対に言いたい事ってあったんだよねぇ〜」
 二つ向こうに寝転がった穂香が楽しそうな声を上げた。
「なに? 私、もう、眠いよ……」
 すぐ隣から美紅の本当に眠そうな声が聞こえた。
 その声に穂香が駄駄を捏ねる子供のような声で言った。
「良いじゃんか〜言わせてよ」
「……じゃあ、早く、言ってよ……」
 やっぱり美紅が眠そうな声をあげれば、穂香は「はーい」と元気の良い返事をした後に、ひときわ大きな声で言った。
「明日、何しよっか?!」
 少女の子供っぽい言葉に、伶奈はぷっと小さな声で吹き出す。それと同時に、今日のこと、特に美紅が合流した後のことはあれこれとやることを考えてたけど、明日、することなんて何にも考えていなかったことを思い出す。
 何が良いだろうか……天気が良いから、何処かに出掛けても……なんて思うけど……
 考えを巡らす少女の脳みそに滑り込む一つの声。
「寝る……」
 呟いたのは一番端っこ、入り口傍に寝ていた蓮。
「それは、今だよね!? 今、したいことだよね!? 私は明日のことを聞いてるの!!」
 って、穂香は大声を上げるけど、蓮からの返事は皆無。
 代わりに声を上げたのは美紅の方。
「ああ……もう、私も限界……寝る。明日は明日考える……」
 そして、せっかくだから、伶奈も言った。
「……お休み」
 そう言って暖かな羽布団の中、少女は寝返りを打つ。
 見上げた先にはちょこんと伶奈が作ったベッドの片隅に腰を下ろしてる妖精の姿。薄暗い豆球の光の中、金色の髪と真っ白い裸体がぼんやりと浮かび上がっていた。
 その妖精が控えめな声で言った。
「お休み。また、明日ね」
「うん、お休み。また、明日ね」
 その声に少女も答える。
 そして、背後でひときわ大きな声が聞こえた。
「もう! 良いよ!! お休み! また、明日!!」
 穂香の大声が薄明かりの中に溶けていく頃、ポソッと……と小さな声が聞こえた。
「………………蓮は、のんびりしたい……」
「蓮チ、割といつものんびりじゃん……?」
 答えたのは穂香。それに伶奈もぼーんやりと考えてたことを口にする。
「……ゲーム、しようかぁ……?」
「止めときなさいよ、どうせ、貴女は負けるんだから」
「……――ってアルトが言ってる……負けないもん」
「伶奈チ、意外と負けず嫌いだよね……」
 お休み……なんて言った後も少女達の夜の時間はしばらく続いた……もっとも、美紅だけはグースカと一人、先に寝ちゃっていたようだが……

 そして、そのツケが翌日になって現れた。
 いつも通りの時間に目覚めた美紅が他の面々をたたき起こしたのが、朝の六時半。彼女曰く――
「これでも三十分は布団の中でごろごろしてたんだよ!?」
 らしい。
 知ったことじゃない。
 それから、他の面々をほったらかしにしてジョギングに行くわ、それを見かけた穂香(朝は起きて五分で身支度、朝食はいつも食べない)の母親が「なんて、よく出来た子!」と感動するわ、おかげで二度寝も出来ないわで、もう、散々。
「で、今日、何しようか?」
 一時間のジョギング。それが終わったら、朝から食パン二枚、スクランブルエッグに生野菜のサラダ、インスタントではあるがコーンポタージュなんて豪勢な食事を取って、元気いっぱいの美紅が尋ねれば、だらだらと遅くまでおしゃべりしていた少女達の返事は決まっていた。
「「「「寝る」」」」
 見事な唱和と共に少女達は昼まで、穂香の部屋、ラグの上でグースカ寝ることになった。
「もう! みんな、不健康だよ!!??」
 なんて、美紅の声は当然のように却下された。
 そして、昼からもなんだかんだでだらだらやって、結局……
「面白いくらいに何にもしてない」
 と、穂香が言うくらいになんにもやらずに一日が終わった。
 でも……
「冬休みにでもまた、お泊まり会しようか?」
 誰ともなく、そんなことを言い出す程度には楽しいお泊まり会であったことだけは、疑う余地がなかった。
 

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