お泊まり会(4)

 西の空に太陽が沈む頃、ソフトボール部の紅白戦は終りを告げる。結果は六対三で美紅が所属する白組の勝ち。美紅本人は……と言えば、慣れない上にサッカー部の妨害まで入ってくるセンターの守備に戸惑っていたようだが、エラーらしきエラーはなし。打撃の方も絶好調で五打数三安打、ソロホームラン一本を含む二打点の大活躍。友人の欲目込みかも知れないが、伶奈の判定だと今日のMVPだ。
 練習が終わったらソフトボール部員総出でグラウンド整備やら道具の片付けやら。ぼさーっと待ってるのも退屈なのでちょっとお手伝い。伶奈達四方会三人はバットやらボールやらを手分けして、部室へと運び込む。もっとも、虚弱体質で体を動かすことの嫌いな蓮とサイズ的に使い物にならないアルトは見てただけというか、伶奈と穂香の後を付いて歩いてただけ……って感じ。
 後片付けと着替えが終わったら、部室から出てきた制服に大きなボストンバッグ姿の美紅が合流して、ようやく四方会全員集合。いつものハイタッチでお出迎え。
 その頃、空は西の方にうっすらと残照が残る程度になっていた。
「え〜やっぱり、ケーキ二つは冗談だったの?」
 学校から穂香の家へと続く帰り道、一人だけ制服姿の美紅が恰好を崩して言えば、キュロットスカート姿の穂香が顔色を変えて声を上げた。
「当たり前じゃんか! ケーキだよ?! ケーキ、甘くて美味しいケーキ、私だけ抜きとかあり得ないじゃんか!?」
「お昼に食べたミニドーナッツ、まだ、残ってたよ?」
 こらえきれない笑みに頬を引きつらせながら、伶奈がそう言えば、やっぱり、穂香は顔色を変えて反論する。
「アルトのケーキと一山いくらの出来合ミニドーナッツを一緒にしたら、作ってる人が泣いちゃうよ!? ケーキはね、もっと、甘くて、美味しいんだよ!?」
 必死な穂香に他の面々が「はいはい」と投げやりに答える頃、一同は穂香の家へと帰り着いた。
 そこで一人だけ制服姿の美紅が私服――ジーンズにトレーナー姿にお着替え。それから、伶奈達三人も含め、それぞれが替えの下着やらタオルやらを入れたトートバッグなんかを用意したら、一路、近所の銭湯へ。
 穂香の家から銭湯までの距離は片道約十分ほど。英明前をちょっと通って、国道に出たら、駅とは逆方向に向かう。少し歩いたら県道に交わるのでそこへ入って五分ほどの所にあるらしい。
 国道から一歩入った県道は片側一車線で両側に家や店が並び、外灯も多い。すっかり夜と呼ぶにふさわしい時間になっても、中学生の一団がうろうろすることに危なっかしさを感じることはなかった。
 実際、伶奈達四方会以外にも部活帰りや塾に向かうのであろう中高生の姿がちらほらと見受けられた。
 そんな道をのんびり歩いて、少女達は目的の銭湯へと向かい、そして、着いた。
 スーパー銭湯って言うよりかは、割と昔ながらの銭湯って感じの建物。駐車場もなくて、道っぺりに『ゆ』とひらがなで書かれたのれんが揺れていた。その向こう側には自動ドアですらない引き戸。その引き戸をガラガラっと開いて入ったら、すぐに番台だ。
 男性客の相手をしていたおばあさんがこちらに気づいて声をかける。
「いらっしゃい。一人、四百円だよ」
 そして、伶奈の顔を見て、ひと言だけ付け加える。
「小学生は二百円だよ」
 その付け加えられたひと言に対して、少女は努めて平静な言葉で訂正する。
「ちゅ・がく・せい・です!」
 訂正すべき所は訂正して、いざ、お風呂。
 その前に脱衣所。外観は古かったし、壁も古そうな漆喰仕上げ、所々シミのような物が浮かんでるのが使い込まれた証と言えようか? それでも掃除は行き届いてるようで清潔感があるし、ロッカーもちゃんと鍵が掛かるタイプで一安心。四人、それぞれ、適当にロッカーに荷物を放り込んだら、その前で服を脱ぎ始めた。
「黙ってれば二百円得したのに」
 服を脱ぎながら穂香が笑みを堪えきれない声で言った。
 それに伶奈も服をオーバーオールのホックを外しながら答える。
「私のプライドは二百円じゃ売れないもん」
「五百円なら?」
 そう尋ねたのは、ジーパンを下ろしかけてた美紅。
 その言葉、伶奈は数秒を思考に費やした後、ぽつりと答えた。
「…………ダメだよ、ちゃんとお金払わないと」
 そして、アルトが突っ込んだ。
「…………即答しなさいよ……みみっちい」
「だいたい、南風野さんだって私と二センチしか違わないよ? なんで、私だけ小学生扱いなんだよ……」
 ほっぺたを膨らませて少女はそう言った。そして、改めて、すぐ近くにいた南風野蓮へと視線を向ける。身長は余り変わらないし、顔つきも可愛い感じで童顔タイプだと思――
 ――っていた、思考が止まった。
 そして、視線も止まる。
 見ていることに気づいたのだろう、服を脱いでた手を止めて、蓮は顔を上げる。そして、小首をかしげた。
「……なぁに?」
 すでにブラウスは脱いで、ロッカーの中。それから胸元まで持ち上げたインナーは起毛が暖かそう……って所はともかく、問題は、大きなブラに支えられた大きな乳房、だ。
 その胸元から自身の胸元へと視線を落としてみた。
 服の上からではちょっと解りづらかったので、トレーナーの襟元を引っ張って、中を覗いてみた。
 ごくごくありきたりなキャミソール、その下の胸は、見事な小学生でした。
「……そっか、ここか……」
 しみじみ……
「胸なんてそのうち育つよ」
 めざとい穂香に言われつつも、伶奈はするすると服を脱ぎながらさらっとした口調で答える。
「私、別に気にしてないもん。美月お姉ちゃんだってAカップだよ? でも、すごい奇麗じゃん」
 その言葉は常々『黒髪ですらっとしてて、あんな女性になりたい』と言ってる穂香には効果覿面だった模様。
「……説得力ある……」
 の一言だけを漏らして、後は絶句。
 ちょっぴり勝った気分。
 ――だったのは、ほんの数秒だけだった。
 穂香がトレーナーを脱いだら、その下はカップ付きのキャミソール。アルトの女性スタッフが着てたのと比べれば、お子様向けデザインも良いところだけど、カップが付いてそのカップにはパッドみたいなのまで入っているみたいで、先ほど見た自身のキャミソールと比べれば十分に大人で、負けた気分だ。
 そして、ここまで来ればもう一人の分も確かめてみたくなるのが人情だ。少女はそこからつーっと横に視線を動かした。
「なっ? 何? 私なんて、胸、まだまだ、ちっこいよ?」
 そう言って顔を赤くしているのは、最後の一人、北原美紅。すでにトレーナーもジーンズも脱ぎ去って下着姿。インナー代わりのTシャツを脱げば、出てくるのはスポーツブラではあるが、ブラはブラ。薄い青色、いや空色と言うべきだろう。ショーツとも同じ色で可愛いブラが、膨らみ始めた乳房を優しく包み込んでいた。
 そして、改めて少女は自身の胸元を覗き込んだ。
 見事な小学生でした。
「………………帰って良い? 今日、お風呂、入りたくない」
「いま、胸、小さくても良いって言ったじゃん……」
「胸は小さくて良いから、ブラを買っておくべきだった……と、後悔してるんだよ……」
 と、穂香と言葉を交わしていると、斜め後ろで蓮がぼそっとひと言だけ言った。
「……ずれるよ」
「南風野さん!?」
 伶奈が素っ頓狂な声を上げてる間に、蓮はペタペタ……一人先に湯船へと向かうのだった。

 さて、バカな話をしつつ、服を脱いだら伶奈達も浴室へ。
 壁は昔ながらのタイル張り。前に行ったスーパー銭湯に比べると何もかも随分と違う。スーパー銭湯にあった大きな窓もなくて、窓らしき物と言えるのは小さな蒸気抜きの窓くらい。上の方に着いてるから、外の様子はうかがい知ることも出来やしない。湯船もジャグジーや露天風呂、サウナの類いがあるわけでなく、大きな湯船が一つとあるだけで、他は洗い場しかない。本当に『昔からある銭湯』と言った趣きだ。
 長めの黒髪をシュシュでまとめ上げた穂香が、大きな湯船のど真ん中にどーんと腰を下ろした。足も伸ばして、背伸びして、リラックス百パーセントな感じで彼女は言った。
「どうせ、ここまで銭湯って感じなら、壁は富士山の壁画が良かったね、漫画みたいに」
「今時、そんな銭湯なんてあるの? まあ、ここも今時にしては古い銭湯だけど……」
 美紅が穂香の右隣に腰を下ろしながら、言った。部活直後で疲れているのか、彼女がぐーーーーーーっと体を大きく伸ばせば、パキパキと骨の鳴る音が伶奈の元にまで伝わるほど。
 伶奈も、穂香の左隣に腰を下ろしながら、ちょっとした感想を述べる。
「私、こう言うスーパー銭湯じゃない、普通の銭湯って初めて……」
 それから、蓮が伶奈の左隣にちょこんと、無言のうちに腰を下ろした。
 と、そんな感じでゆったりと四人並んで湯船に浸かり、そして、その前を妖精が……
「この間行った銭湯も昔はこんな感じだったのよ? 壁にもちゃんと富士山が書いてあったわよ……なんで富士山なのかしらね?」
 何もかも、全て丸出しの背泳ぎでぷかぷか。下品なので本当に辞めて欲しいが、いくら言っても無駄だし、それを周りに伝えるのも恥ずかしいのでノーコメント。
 他のお客さんは三十路前後の女性が一人に小学校に入ったか入らないかくらいの女児が一人、それから結構なおばあちゃんが一人。全員が一度に浸かっても十分に足が伸ばせるほど湯船は広くて、温度も熱すぎず、温くもなく、ちょうど良い感じ。
「しかし……蓮チ……まさか、ここまで大きいとは思わなかったね……」
 しみじみ……と穂香が言う。その彼女の目は蓮の胸元、一点、微動だにしない感じ。
 その穂香の視線に釣られるように伶奈も視線を動かした。
 確かに大きい。
 体育での着替えの時も思っていたが、いざ、全裸をまじまじと見てみると、本当に大きい。大きいだけじゃなくて、何より奇麗だと思う。柔らかそうな丸みを帯びた乳房にちょこんと乗った薄桃色と言うことすらはばかれるほどに色素の薄い乳首。同性でもドキドキしてしまうほどのそれは美月のそれとは比べる事すら失礼に思えるほどの逸品。小柄ではあるが立派な大人、といった感じ。もしかしたら、身長も少し伸びているかも知れない。春先に計ったときには二センチほどしか身長差はなかったのだが……
「秘訣なんだろうね……?」
 穂香がぼんやりとした口調で尋ねると、それまで湯船のぼんやりと銭湯の壁を見上げていた蓮が答えた。
「ぎゅーにゅー」
「…………毎日カフェオレを飲み続けて、十四年、全くスタイルが変わらなくて、諦めた人に謝りなさいよ……」
 伶奈の肩口、いつの間にかちょこんと腰を下ろしていた妖精が、ぼそっと小さな声で漏らした。
 その顔をちらっと横目で見る。
 その不機嫌そうな口調と強く噛んだ唇、潤んだ瞳。彼女の言ってる『人』が『人』でないことには察しが付いたが、確かめないであげないのが武士の情けだと思う。
「……なんとか言いなさいよ……」
 涙目の妖精がぼそっと小さな声で呟くと、少女も明後日の方向、タイル張りの壁へと視線を移して、ぼっそと答える。
「……気にしないで良いと思うよ……」
 と、そんなアルトと伶奈のやりとりは隣に座っていた穂香にも伝わっていない様子。伶奈の体越しに蓮の体を覗き込んでいた彼女は、少し肩をすくめるような仕草をして言った。
「肌も白くて奇麗だし……何か、悔しいね? やっぱり、牛乳? 牛乳は白いし」
「白い物を飲んで、肌が白くなれるなら、明日から白いペンキを飲むよ……毎朝」
 美紅も少しだけ肩をすくめ、そう言った。
 美紅だって地肌は決して黒いというわけでもないのだが、炎天下の中でたっぷりと練習しているせいだろうか? 腕は二の腕の真ん中辺りから、足も太ももの辺りから黒く日焼けしていた。だからと言って、それが彼女の見た目を損ねているとは伶奈は思わない。むしろ、健康的だと思う。それに胸こそまだまだ発展途上といった感じだが、全体的に引き締まっていて、適度に筋肉の付いた手足はすらっと細く、長く、そして、しなやか。日焼け跡もひっくるめて、健康的で機能的な美しさが、運動音痴で力も余り強くない伶奈には少々うらやましいと思えるほど。
 そんな日焼け跡の残る左腕にお湯をかけながら、美紅がもう一度口を開いた。
「部活してるからしょうがないんだけど、日焼け止めクリームを塗っても、あれだけ長くいるとやっぱり焼けちゃうねぇ……」
「日焼けは仕方ないよ。むしろ、引き締まって格好いいって感じじゃないかなぁ?」
「あはは、何か、穂香ちゃんが素直に褒めると居心地悪いよ」
「褒めるところは褒めるって。私なんてさ――」
 そう言って穂香は自身のお腹へと視線を落とす。
 釣られて伶奈と美紅も視線を落とし、蓮にいたってはわざわざ穂香の前にまで移動した上で、彼女のお腹へ……
 澄んだお湯が波打って、その向こう側に見える穂香のお腹が歪んで見えた。
「……なんでこんなにプニプニなんだろう……?」
 そう言って穂香は自身の脇腹を軽くつまんで見せた。確かに色白なお腹の辺りには指先でつかめる程度のお肉が付いていた。プニプニと言えば確かにプニプニ。でも、太りすぎ……と言うわけではなく、むしろ、痩せっぽちとよく言われる伶奈にしたら健康的にすら思える程度だ。それに胸元だって蓮ほどではないが、美紅よりかは大きくなっているみたいだし、全体としては女性らしいスタイルだと思う。
 が、穂香はやっぱり気にしているみたい。
 しきりにお腹をさすりつつ、
「……ダイエットかなぁ……」
 なんて言って苦笑い。
 が、それに対して、周りの空気は冷ややかだった。
 特にアルト。
「昼にミニドーナッツ食べて、帰ったらすき焼きの後にケーキとココアを食べる予定の人が何を言ってんのよ?」
「……――とアルトが言ってる」
 アルトの言葉を伶奈から聞くと、穂香は首を大きく左右に振って見せた。そして、胸を張って彼女は言う。
「待って、アルトちゃん、違うよ? それは違う。脂肪を憎んでケーキを憎まずだよ?」
「……訳解んないこと言わないで……」
「……――とアルトが言ってるし、私も訳がわかんない」
「簡単に言うと、ケーキを食べて、痩せられる方法はないかな? と言う話」
 穂香の言葉にパッと顔を明るくしたのは美紅。結構食べるくせにスレンダーな少女は弾む口調で言った。
「運動したら良いよ、運動! おいでよ、ソフトボール部へ!」
「正しくは、ケーキを食べて、運動もしないで、痩せたい」
 その言葉に少女達は一同絶句、ただ一人、穂香だけがニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
 遠くでかんころ〜ん……と洗面器が床に落ちる音が響いた。
 そして、妖精がきっぱりとひと言だけ言うのだった。
「死ねば?」
「……――ってアルト……ひどいよ、アルト」
 あまりの言葉に伶奈もひどい……と思いつつ眉をひそめて穂香に妖精の言葉を伝える。
 も、彼女はパッと表情を明るくし、楽しそうな口調で言った。
「伶奈チ、それが突っ込みなんだよ。私が伶奈チに求めているのはこれなんだよ、解る? とくにみっくみく〜♪ のいない時」
 ピッと人差し指を立てて少女はしたり顔、その顔をじーっと見ながら、伶奈はコホン……と一つ、咳払いをしたら、努めて冷静な口調で言う。
「死ねば?」
「ないす天丼」
 全裸で(お風呂だから当然だけど)親指立ててる友人が伶奈はとっても悲しかった……
 

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