秋祭り(完)

 伶奈と蓮が合流し、四方会が四人揃ったところで、高らかに穂香が宣言を下した。
「さて、本番だよ!」
 蓮の巫女舞が「本番」で買い食いは「余禄」の方じゃないんだろうか? なんて思うが、蓮自身、小さめのショルダーポーチから小さな小銭入れを出して辺りをきょろきょろ見回してる。そんな彼女なんだから、彼女自身、買い食いを楽しみにしているのは間違いなさそう。問題ないのだろう。
 何より……
「まあ、私も楽しみにしてたしね……」
 なのである。
 まずはアルトが欲しがってた綿菓子、次は鯛焼き……と思ってたが、今は秋の穏やかな日差しが頭のてっぺんで輝くお昼時。甘い物ばっかりって言うのもはばかられるなぁ……なんて思いながら、伶奈は頭の上にアルト、周りに友人三人を並べててくてくと屋台が並ぶ参道を歩き始めた。
「肉巻きおにぎりとか、伶奈チ、好きそうだよね?」
 穂香の言葉に伶奈の足が止まった。
「なに? その素敵な名前……名前だけで、美味しいって解る名前だね、それ」
「コメントがホンジャマカの石塚みたいになってるわよ……」
 頭の上から何か聞こえたようだがひとまず無視する。
 そして、その声を元々聞く事の出来ない穂香は苦笑い気味の笑みを浮かべると、説明を続けた。
「甘辛のタレで味付けした豚バラ肉を焼いて、それをおにぎりに巻いた物だよ。美味しいんだよ」
「……そんなの美味しいに決まってるじゃん。お肉とおにぎりなんて、絶対に合うに決まってるじゃん」
「口調が満天レストランの宮川大輔みたいになってるよ?」
 と、また、アルトが頭の上で言ったが、やっぱり、無視する。
「……都合の悪い事は聞こえないふりって、ひどいわよ、伶奈」
 って、また、アルトが不満げな声を上げているが、やっぱり無視……――
「ガキ」
「……」
「ジャリ」
「……」
「チビ」
「誰がチビだよ!?」
 ――出来なかった自分が悔しい。
 結局、大声を出しちゃった以上、アルトがしゃべってた事をいちいち他の面々に教えなきゃいけなくなるわけで、そうなると良夜が常々言ってる『都合の悪い事を自分で説明させられる』悲哀を存分に味わうしかない。
 結構、悔しい。
「まあ、お肉、嫌いな人は少ないし、肉巻きおにぎりは美味しいから……」
 そう言ってくれる美紅の心根が嬉しかった。
 と、話をしながらお祭りの屋台を見て回り始める。
 今日のお昼は四方会全員、屋台で適当に……って事になっていた。
 当初は屋台の食べ物で主食になりそうな物ってあるのだろうか? なんて不安に思っていた物だが、それは全くの杞憂だった。先ほど話にも出た肉巻きおにぎりの屋台もあるし、それ以外にも焼きそばやお好み焼きは定番商品だ。他には「はしまき」と言って割り箸にお好み焼きの生地を巻き付けてる物も美味しそう。クレープみたいなおしゃれな物まで屋台になってて、ちょっとびっくり。
 午前中は山から田んぼやため池の湖面の上を吹き抜ける風が肌寒かったが、この時間帯になると天頂から邪魔する物なく降り注ぐお日様がぽかぽかしてきて、吹く風の冷たさが逆に心地良いくらい。穂香も南風野家で借りたジージャンを腰に結んで涼しげな格好に変えていた。
 そんな心地よい気候の中、伶奈は肉巻きおにぎりに焼き鳥、それから綿菓子と鯛焼き。他の面々もそれぞれに思い思いの物を購入していく。
 そんな中、一軒の屋台の前で伶奈が足を止めた。
 凄く珍しい物があるわけでもなく、どちらかといえばありがちなくじ引きの屋台だ。一等は最新型の固定ゲーム機とか携帯ゲーム機等々、豪華賞品が燦然と並べられていた。
「どうしたの?」
 尋ねたのは頭の上でストローに巻き付けた綿菓子をかじっていたアルトだ。
「うん? うん、こー言うの、やった事ないなぁ……って……」
「じゃあ、やれば?」
「やるの?」
 アルトと穂香がほぼ同時に伶奈に尋ね、そして、別の子供、小学生くらいの女児の相手をしていたテキ屋のおっさんも尋ねた。
「やるかい?」
「えっ? あっ……」
「やれば良いじゃん」
 言いよどむ伶奈に美紅が不思議そうに言ってる間に、蓮が――
「一回」
 ――そう言って、百円玉三枚を目の前のテキ屋のおじさんに手渡していた。
 そして、彼女は沢山の小さなクジを一つ取りだし、ぴりっと破ったら中身を確認。「153」と中に書かれた数字をおじさんに伝える。するとおじさんが『150-200』と書かれた一画を指さすので、そこからひょいと蓮は大きめのスーパーボールを一つ拾い上げた。
(あれが300円……たこ判より高いのに……)
 正直、もったいないって気分で一杯。
「……伶奈、今、猛烈にせこい事考えてるわね?」
「……考えてないもん」
 頭の上の言葉を軽く流す。そして、オーバーオールの胸ポケットから小銭入れを取り出すと、そこから百円玉を三枚取り出した。
 後は蓮がさっきやってた事の真似。
 クジを一つつまんで、破って、中を見たら、「83」の文字。『50-100』の辺りに目を向けたら、トランプがあったのでそれを貰う。
 以上。
 トランプは二足歩行のビーグル犬が印刷されてる奴で、このキャラは実は大好きなので、伶奈的には元は取った気分。トランプで遊ぶ事はあまりないけど……
 って、思ってたのに……
「……コメントに困るわね……」
 そう言ったのはアルトだった。
「三百円かぁ……百均でも買えなくはないけど、三百円でも惜しくないって所かなぁ……? 消費税分得した?」
 手元を覗き込んでそう言ったのは美紅だった。
「え〜隣のミッキーがよかったよ〜」
 と、明らかに不服そうなのが穂香で、蓮はその隣でぽーん、ぽーんと大きなスーパーボールを宙へと投げては、それを両手で上手にキャッチして、遊んでいた。
 真っ青に晴れ上がった秋晴れの空に橙色のスーパーボールがよく映える。
「……皆、好き放題だね……」
 遠慮のない友人達に苦笑いを浮かべて、少女はトランプをオーバーオールの胸ポケットへと片付けた。
「まあ、良いじゃん、これから蓮チんチでお昼食べたら、トランプしよ、トランプ。伶奈チはアルトちゃん使っていかさまはなしだよ?」
 穂香に言われて、伶奈は少しだけ小首を傾げる。「イカサマ」の言葉にピンとこなかったのだ……が、さすがにすぐに彼女の言わんとしている言葉の意味を察する。
「いかさまって……ああ、覗かせたり? やんないよ!」
 高らかに少女はそう言うと、にこっと満面の笑みを浮かべて言うのだった。
「ばば抜きなら強いんだよ」
 と……
「……中学生にもなってばば抜きなのね……」
 と、呟いた妖精がキューッと捻られる事になったのは、ちょっと後のお話。

 で……
 畳六畳の部屋には大きな本棚が三つ、そのどれもに本が満載。それでも足りないから他の部屋に置いてあるって言うのだから、この部屋の主が結構な読書家だという事が見て取れた。まあ、漫画が七割方で残りもラノベに類する物ではあるが……それから、萌葱色の土壁には蓮が書いたのであろうスケッチが数点、画鋲で無造作に貼り付けられていた。
 そんな部屋のど真ん中、座卓と言うよりもちゃぶ台といった方がよさげな正方形のテーブル、その上に何枚ものトランプが散乱していた。
 その散乱するトランプの山に新しいカードが二枚、ハートのクィーンとスペードのクィーンが放り込まれた。
「おっわり名古屋は城で保つ〜♪」
 一抜けしたのは穂香だった。くじ運が良いタイプなのか、最初に配って貰った時点で五枚ほどにまで減っていたから後は早い。あっと言う間になくなってしまった。
「……いぇい」
 二番に抜けたのは蓮だ。穂香よりかは初期に持っていた枚数は多かった。しかし、人からカードを抜く度、コンスタントに手持ちカードを減らしていった。
「……なんとか抜けたぁ〜」
 最後のひと組、ぽいと投げ捨てたのがラス二位の美紅。初期カードも多かったし、引いてもなかなか減らせられず、苦戦ではあったがなんとかドベは免れた。
 そして、免れ得なかったのが……
「うっ……」
 西部伶奈、彼女だった。最初にカードは十枚近く残ってたし、最初の方こそなんとか減ったがそれも五枚になったところでぴたりと止まった挙げ句、中盤の頃に舞い込んだジョーカーが彼女の手の中から出ていく事なく、最後まで居座り続けた。
 ぽいっと最後に残ったジョーカーを一枚、テーブルの上へと投げ捨てる。
「……割と……顔に出るタイプよね……伶奈って……」
 手元で妖精がぼそっと言った。
 もちろん、彼女の力は借りちゃ居ない。借りてこの結果なら、もう、二度とトランプになんか触らない。
 その妖精を一瞥、くるりと他の面々の顔を見つめたら、少女は震える声で言った。
「……もっ、もう一回、しようか?」
「おっけぇ〜」
 軽い口調で穂香が応え、彼女はカードを取り上げた。そして、シャコシャコとシャッフルを始める。時々、親戚が遊びに来て、その時にトランプをして遊んでるという穂香はカードの扱いがやけに上手い。シャカシャカと普通に切ってたかと思うと、左右にカードを分けてそれを反り返ら、弾くようにかみ合わせながら一つにまとめていく……カジノのディーラーがやるようなシャッフル(リフルシャッフルと言うらしいと、後で聞いた)を器用に行っていた。
 数回、穂香の手の中でバリバリバリバリ……シャッシャッシャッシャー! と心地よい音が響いたかと思えば、ぴんぴんと彼女は自分を含めた四人の前にカードをはじき出すように配っていく。
「意外と負けず嫌いなのかな? 伶奈チって」
 カードを配りながら、穂香が言った。
「……べっ、別に……負けず嫌いって訳じゃない……と思うけど……」
 目の前に貯まっていくカードを見ながら、少女はぼそぼそ……と小声で呟く。
「良いじゃん、負け負け、終わり! であっさり流しちゃう人より、悔しがってくれる人の方が、遊んでて楽しいもん」
「……北原さん、ドベ二位なんだから、別に勝ってないからね……」
「……言うね? 伶奈ちゃん……ドベ二位とドベの間に日本海溝よりも深い溝があるんだよ?」
 にらみ合うドベとドベ二位。
 そして、一位が言った。
「そこの目くそと鼻くそ、カード配り終えたよ」
 穂香の声が響いた。
 瞬間、美紅の額に深い縦皺が刻まれるのを伶奈は見た。
 それと同時に、自身の額にもそれが刻まれているのであろうことも理解した。
 そして、少女は言う。
「……東雲さんを殺ろう……」
「……そうだね、まずは穂香ちゃんを沈めよう……」
 目くそと鼻くその間に後ろ暗い友情が生まれ、そして……
「いぇい……いちばーん」
 一位は南風野蓮だった。
「まっ、二連勝とは行かなかったかな?」
 二位は東雲穂香。
「……ドベ二位……そう、ドベとは違うよ……ドベとは……」
 死んだ目で呟いてるのは北原美紅。
「……目くそ鼻くそだもん……目くそと鼻くその間には友情があるもん……」
 やっぱり、死んだ目で呟いているのが西部伶奈。
 そして、伶奈の手元で未だに綿菓子を食べながらあくびをしているのが妖精さん。もちろん、今回もイカサマはしていない。
「……伶奈って、あれよね……ババを引いたらずーーーーーーーーーーーーーっとババを凝視してるから、バレバレなのよね……」
 と、妖精に言われて、はたと少女は気づいた。
 言われてみればそうかも知れない……と、少女は思う。
 そして、彼女は高らかに宣言をした。
「もう、負けない……」
「……まあ、良いけどさ、面白いから」
 そう言って、穂香が三度シャッフル。カードが配られていく。
(ババが来てももう見ない……)
 そう決めてゲームを開始する。
 黙々とばば抜きが進行するのは、若干、笑ってしまいそうになるが、そこはグッと我慢。
 アルトの残してる綿菓子をつまみながら、ばば抜きに興じる時間が五分ほど……ゲームはそろそろ中盤へとさしかかる頃、ふと、穂香が口を開いた。
「ところでさ、伶奈チ……アルトちゃんになんか言われた?」
「なっ、なんかって? わっ、私、ズルなんてしてないよ?! アルトはずっと私の手元にいるし!」
 慌てて伶奈がそう答えると、手元で退屈そうにしていたアルトが顔を上げた。
 その動きに気づかない穂香が少し苦笑い気味の笑みで言葉を続けた。
「……いや、そう言う意味じゃなくて……ババをずっと見てるの……アルトちゃんに言われたのかなぁ〜って思って……」
「うっ……うっ、うん……」
「……ババをガン見するのを辞めたのは良いけど、今度は、不自然に何回もチラ見し始めるから、結局、ババが入った事とババの位置が丸わかりなのは、一緒だよ?」
 言われて少女は辺りをきょろきょろ……残り二人の友人の顔を順に見渡した……ら、二人ともそっぽを向きやがった。
 それから、最後にアルトの方へと視線を下ろしたら、ストローがピッ! と少女の方を向いた。
 そして、アルトが言う。
「その通りよ。顔芸が間抜けで結構楽しかったわよ」
 その言葉に少女はむすっと口を噤む。
 周りの三人は何も言わなかった。
 そして、数秒……
 少女は前髪を留めていたヘアピンを二つ外した。
 久しぶりに世界がすだれの向こう側へと遠ざかる。
 そして、少女は高らかに宣言をした。
「さあ! 続けよう!」
(無駄だと思うな……)
 この時、アルトを含めた四人は、蓮を含めて一人の例外もなく、そう思っていたらしい……
 そして、結局、伶奈がドベだった。
 ドベ二位は美紅。
「ドベもドベ二位も違わないもん……」
「違います〜ドベ二位はドベよりも偉いんです〜」
「……目くそ鼻くそで仲良くしなよ……」
 伶奈と美紅、そして、穂香の間でくだらないやりとりが行われた事は言うまでもなかった。そして、その間抜けなやりとりを蓮がぼーんやりとしながらも、どこか楽しそうな笑みを浮かべて眺めていた。
 ちなみに美紅も顔に出るタイプだった……って事を、穂香と蓮は気づいていたらしい。
 伶奈は――
「……貴女、自分のカードしか見てないでしょ?」
 ――アルトが言うタイプの人間だったのだ。

 そんな感じでばば抜きだけではなくて、七並べだのポーカーだの大富豪だのといったトランプゲームで散々遊んで、時間は夕方。そろそろ帰らないと遅くなる時間。アルトを含めて四人は蓮の家族に挨拶をしたら、彼女の家を辞した。
 もちろん、アルトのご挨拶は蓮の親に届く事もないのだが……
 夕暮れ時、すでにお祭りもすっかり終わって、鎮守の杜へと続くたんぼ道には屋台の影は消えて、代わりに後片付けをしている大人達の姿だけが見えていた。
 その大人達の足下から伸びる長い掛けを見ながら、少女達は南風野家からバス停へと続く道をのんびりと歩く。
「伶奈チ、勝負事、弱いね」
 穂香が言うと、伶奈はため息をついて応える。
「……何が悪いんだろう……?」
 そして、その疑問に蓮が短くはっきり言った。
「顔」
「南風野さん!?」
 ぴしゃりと言われて、伶奈が大声を上げれば、蓮は伶奈の方へと顔を向け、もう一度、言い直した。
「可愛い顔」
「なんのフォローにもなってないし! もう! お面でも買っとけば良かったよ!!」
 そう言って伶奈はヘアピン二本で止め直した前髪とむき出しになった少し広めのおでこを撫でた。
 その伶奈の言葉に少女達と妖精が声を上げて笑えば、伶奈のふくれっ面はますますひどくなる一方。
 そして、一同はため池の土手の下にたどり着く。
 ここで蓮はお別れ。
「……上がったら、蓮は死ぬ」
 と、真顔で言うので、お見送りはここまで。
 それから三人と妖精とでバスに乗って、穂香とは英明学園最寄りバス停でお別れし、駅にまで行けば美紅ともお別れ……
 次第に減っていく友人と釣瓶落としに暮れていく空に一抹の寂しさを少女は感じた。
「お祭りが終わっちゃったねぇ〜」
 二人きり、車窓を流れる夕暮れ空を眺めて、少女は漏らした。
 そんな少女に頭の上で妖精は言った。
「何言ってるのよ……毎日お祭騒ぎみたいな生活してるくせに……」
 少しだけ視線を上へと投げかける。
 そして、ほんの少しだけ頬を緩めて、伶奈は応えた。
「それも……そっか……」
 

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