自分の部屋(完)

 今日のお昼ご飯はリクエスト通りに牛肉のコトレッタと具だくさんな野菜のコンソメスープ、それに温野菜のサラダとフォカッチャ。ちょっと食べ過ぎたかなぁ……なんて思うけど、肉以上に野菜も沢山食べてるから問題なしってことにしておく。
 食事が終わったらちょっぴり食休み。
 窓際隅っこの席は、従業員に存在を忘れられる危ない席ではあるが、窓から見える景色は店内一番。大きな窓を独り占めできる絶好のスペース。その大きな窓から見える対岸の山は、まだまだ、紅葉の時期には早いようだが、真っ青に晴れ上がった秋空と深い緑を抱えた山のコントラストは目に心地良い。
 店内に空調は入っていないようだが、窓から差し込むお日様の光はちょうど良い程度に暖かくて、居心地は抜群だ。
 お腹も満ちたことだし、眠くなってしまいそう……
 頬杖をついて少女は外をぼんやりと眺める。
「ふわぁ……」
 大きなあくびが一発、こぼれた。
「昼からどうするの?」
 手元でテーブルの上に足を投げ出して座る妖精が尋ねた。彼女もどこか眠たそうで先ほどから何回もあくびをかみ殺している姿が見受けられていた。
 その妖精に視線を向ける。
「もちろん、掃除、するよ……レコードの奴、ほったらかしだし……」
 あくびをかみ殺しながら少女はそう言った。
 す〜っとまぶたが落ちる。
 まぶた越しに見上げる太陽の光が暖かくて、とても、良い気持ち。
 このまま、寝ちゃったら、どんなに気持ちいいんだろう……と、少女は思った。
「伶奈ちゃん、伶奈ちゃん……おやつ、食べませんか?」
 そんな声がやけに遠くから聞こえた。
 テーブルの上に突っ伏していた少女は顔を上げ、そして、目を開いた。
 霞む視界の向こう側には美月がいて、少女は無意識のうちに
「ふわぁ……」
 と、あくびをしていた。
 あくびの後はぐーーーーーーーーっと大きく背伸び。辺りをきょろきょろと見渡して、少女は呟く。
「おやつ?」
「はい、三時のおやつにしましょうか……と」
 少女の問いかけに美月は律儀に、そして、満面の笑みで答えた。
 その回答に少女はもう一度尋ねる。
「……三時、の?」
 声が震えていた。
「はい、三時の」
 やっぱり、美月は満面の笑みだった。
 さーっと血の引く音を少女は聞いた。
 もちろん、自分の。
 そして、少女は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「いらない!」
 そのひと言だけを投げ捨てて、少女は一目散に二階、自室へと走る。
 取り残されるのはきょと〜んとした表情で少女を見送る美月ただ一人。
「……ダイエットですかね……?」
 脳天気に美月が呟いた。
 その呟きを背後に聞きながら、少女はダッシュ!
 は、階段の手前で急ブレーキ。くるんと回れ右したら、再び、ダッシュ。目指すは先ほどまで彼女自身が惰眠をむさぼっていた窓際隅っこ、いつもの席。
 そこに戻ると、未だ美月がきょと〜んとした表情で突っ立っていた。
「あら?」
 なんて呟きが聞こえた。
 でも、それは半ば無視して、少女は机にとりつく。
 その隅っこ、日だまりの中では妖精がすーすーと気持ちよさそうに寝ていた。くるんと丸まっている寝姿はとても愛らしい物ではあったが、それは少女の理不尽(自覚あり)な怒りを納めるどころか、油を注ぐ物でしかなかった。
「なんでアルトまで寝てるんだよ!」
 大声で叫んだら、彼女の小さな体をぐいっと掴んで、またもやダッシュ、一路、自室へと駆け戻る。
 その背後では……
「アルト……連れて行ってなんの役に経つんでしょうねぇ……」
 なんて言う美月の言葉が聞こえていたが、それに対する明確な答えを少女自身、持ち合わせてはいなかった。

 さて、二階、伶奈の自室。
 そこは昨日よりも確実に――
 ――荒れてた。
 昨日というのは正しくはない。正確に言うと四時間前と比べても、荒れてる。
 せっかく梱包していた段ボール箱は三つか四つが空けられて、中に入っていたステレオの部品? とでも言えば良いのか? 良くは解らないが、ともかく、中身が一緒に入ってた埃と共に散乱してる。それに、先ほど床にばらまいたレコード盤も、当然のようにそのまんま。
「……しかも、時間だけはもう三時過ぎ……」
 荒れ放題の部屋を見やり、少女はため息をついた。
 ひょいとアルトが頭の上から顔を覗かせた。
 美しい金髪が窓から差し込む秋の日に照らされ、きらきらと光る。
「ため息ついてても、荒れた部屋は奇麗にならないわよ。美月みたいにやって貰える人にやって貰えば?」
「……なんか、ヤなんだよね、自分の部屋を触られるの……」
 まくし立てる妖精に少女は少しだけ肩をすくめて答えた。
「自分の部屋……ねぇ……」
「……自分の部屋だよ……良いじゃん」
 アルトの言葉に少女は眉をひそめる。
 そんな伶奈にアルトはクスッと少しだけ頬を緩めて言った。
「もちろん、良いわよ。さあ、自分のお部屋、がんばって片付けなさいな」
 ふわっとアルトの髪が宙を舞った。金色の髪が窓から差し込む秋の日差しに照らされ、きらきらと輝く。そして、アルトの顔が視野の中から消えた。
 消えたアルトの顔を追うように視線を動かすけど、やっぱり、頭の上に座ってる妖精の顔は見えない。その見えない顔を思い起こしながら、少女は言った。
「……解ってるよ……ステレオ、どうにかしなきゃ……」
「……そこから始めるのね……」
 頭の上から聞こえた呆れ声、それは聞こえないふりをすることにした。
 出しっ放しだったステレオの部品を引っ張り出す。その表面をうっすらと覆う埃はハンディモップで拭き取る。なんだかよく解らないつまみやらスイッチ、それに左右に振れる針で作られたメーターも何を示すための物か、さっぱり解らない。
「そう言えば、あなた、音楽はどうやって聞いてたの?」
「スマホ、ダウンロード販売の奴とか……あと、レンタルで借りた奴をパソコンで入れて貰ったり……」
「最近の子ねぇ……」
 話をしながら、とりあえず、ステレオを並べてみる。
 スピーカーは両側、それから真ん中にアンプ……と言うらしいスイッチやつまみがゴチャッとついてる物を置いて、その上にレコードプレイヤーを置くのが正しいそうだ。これは今は亡き真雪がこのステレオを設置した時にアルトも見てたので、間違いはないはず。
 五十センチくらいのスピーカー、アンプとレコードプレーヤーも余り高くないから、全体的にこぢんまりとした感じ。床に直接置いておくとひどくみすぼらしく見えた。
「確か、真雪は下に棚みたいなのを作って、そこにレコード盤を入れてたわよ」
「へぇ……そうした方が良いかもね……で……アルト、ここから続きは?」
「多分、コードか何かで繋ぐんでしょうね……」
「……どこにあるの? 箱にはなかったよ?」
「……見事に全部開いて、放り出したわね……」
 そう呟きアルトが頭の上で体の向きを変えるのを感じる……も、少女はそちらにはあえて視線を向けず、見た目だけは立派なステレオにだけ意識を向けた。
「……アルト、見ちゃダメだよ、呪われるから」
「……見なくても呪われてるわよ」
 アルトが視線を向けた方には、大量の段ボール箱とその中身が散乱しているはずだ。だいたい、中身は古着とか古新聞とかアルバムとか古本とか。それが概ね七箱分ほど。一緒につまっていた埃と共に、伶奈へ呪いの波動を送っていた。
「だって、レコードプレーヤーがどこに入ってるか、解んなかったんだもん……」
「まさか、古着の下に押し込まれてるとは思わなかったわよねぇ……」
 一度、箱の蓋を開いて中身を見て回ったのだが、どうしてもレコードプレーヤーだけが見つからなかった。でも、きっとここにあるのは間違いないと思うので、試しに……と中身を全部ぶちまけてみたら、最後に開いた古着の下、底の所にひっそりと押し込まれていたという笑い話。確かに呪われてるとしか言いようのない事態だ。
 で、それらひっくり返した箱達の中に、コードらしき物は全く入っていなかった。
「とりあえず、そのオーバーオールのポケットに入ってる便利な板っ切れで、『ステレオの繋ぎ方』って感じで検索してみたら? ないなら、買いに行かなきゃいけないわけだし」
 アルトにそう言われて、伶奈は素直に胸の大きなポケットに入っていたスマホを取り出した。
 それで調べてみると、確かにステレオの繋ぎ方を解説してくれてるページがある。伶奈にはよく解らなかったが、アルトが解説してくれたおかげで、今の伶奈に必要なのはピンケーブルとスピーカーケーブルという物らしいって事だけは解った。
 なんのこっちゃか、全然、解らない。
「……解らないんなら、もう、諦めたら?」
「ここまで来たらやらないと負けじゃん……こう言うのってどこに売ってるの?」
「ホームセンターじゃないかしら? ネット通販も出来ると思うけど……」
「ネット通販はお母さんに頼まないといけないし、お母さんに頼むんなら、ホームセンターに連れて行って貰った方が早い……と思う」
「まあ、それも正論ね……じゃあ、ひとまず、それは諦めて、あそこの呪いをお祓いしたら?」
「埃ごと?」
「……上手くないわよ」
「ふんっ!」
 プイッとそっぽを向いて、渋々少女はあふれ出してる荷物を段ボール箱へと片付けていく。古本はともかく、古着はなんか、黄ばんでたり、シミがついてたり、しかも割と下着に近い部分まで入ってたりで、段ボールの中に入れていくのがとてもいや。臭そう。割り箸を使おう。
 後は……
「ねえ、アルト、なんで、こう……腕を振り上げただけで人が何人も飛んでいくの?」
「……読んでないで片付けなさいよ。後、それは様式美なんだから、いちいち気にしてたら、その人の漫画は読めないわよ」
「ふぅん……」
 と、若き日の拓也がせっせとため込んだ漫画はよく解らない。暇なときにまた確認しよう……と思いつつ、段ボール箱の中へと封印。しばらく開くことはあるまい。後で和明に聞いたら「古本屋に売って小遣いにしちゃって下さい」とか言われたのだが、それをやれるほどの度胸を少女は持ち合わせいなかったので、とりあえず、部屋の隅に積み上げておくことになった。
 それから、掃除機もかけて、アルトには壁掛けエアコンの上をぞうきんで拭いて貰って……ようやく、伶奈の長いお掃除は終わりを迎えた。
 その頃には窓の外はもはや真っ暗。
「やっと、終わったよぉ……お腹すいたぁ……」
「今日、由美子は?」
「お母さん、今日は九時くらい……かな? 帰って来るの待つのが辛いよ……」
「何か、美月に作って貰いなさいよ」
「……そうしようかな……」
 トントンと階段を下りて、フロアへ。中に入ると、客はまばらに数人いるくらい。その中に一人に
「やあ、伶奈ちゃん。お掃除、今まで掛かってたの?」
 国道側の席でパスタを突っついてる灯が居た。
「あっ……灯センセ……じぇり――他の二人は?」
「シュンはバイト。ジェリドは寝てるよ」
 そう言って灯は手を止めていた食事を再開した。今夜の夕飯はトマトソースのパスタらしい。茄子とキノコのトマトソースパスタ。彼が一口食べる度にかぐわしい香りが伶奈の鼻腔を無情にも刺激する。
(……お腹、空いた……)
「それで、掃除は終わった?」
「うん……なんとか……まだ、おじさんの漫画の本が段ボール箱二つに入って積み上がってるけど……捨てるわけにも行かなくて……」
「そりゃそうだね……あっ、座ったら?」
「……うん」
 軽く頷き、少女は灯の前に腰を下ろした。普段とは少し違う国道側の席、それに二人の間に教科書や参考書もなく、代わりに良い香りを放つパスタやサラダが並んでいるのが、なんだか、不思議な感じがした。
「お腹すいてるなら、伶奈ちゃんも何か頼んだら?」
「えっ?」
 青年の声に顔を上げると、彼は少し困ったような笑みを浮かべて、パスタを食べる手を止めていた。
「…………ずーーーーーっと、灯の手元を見てたわよ、貴女……」
 頭の上からアルトが言った。
 その声には隠すまでもなく、嘲笑というか、侮蔑というか、呆れているというか……その辺の余りよろしくない感情が雑多に込められているような気がした。
「……被害妄想よ」
 そんなアルトの声は無視して、顔を出しに来た美月を捕まえて、灯と同じ物を注文。
 この秋の特別限定メニュー。試作品は何回も食べさせられたが、製品版はこれが初めて。塩を少し増やしたとか、減らしたとか、出汁を変えてみたとか、いろいろ試行錯誤をしていたのは良いのだが、その度に、大して味の変わらないパスタを食べさせられたのには、辟易してた……ってのが感想だけど、やっぱり、美味しい物は美味しい。
 そして、話題と言えばやっぱり今日の大掃除のこと。もちろん、美月のテストの話はトップシークレット。墓場まで持っていく覚悟。
 代わりに……と言うわけでもないが、自室で発掘した物の話をしていた。
 そして、灯のパスタがあらかた亡くなり、伶奈のパスタが三割ほど減った頃、話題は段ボール箱から発掘したレコードプレーヤーの話に移行した。
「ああ、今、流行ってんだよ? レコードで音楽聴くの」
 苦そうなブラックコーヒーに口を付けながら、灯が言うと、伶奈は食事の手を止め、顔を上げた。
「そうなの?」
「CDやハイレゾなんかとは違う味があるとか……ないとか……」
 少しあやふやな感じの口調になるのは、灯自身、レコードで音楽なんて聞いたことがないからだ。もちろん、伶奈も聞いたことはない。小学校の音楽教室にレコードプレーヤーがあるのは見たことがあるが、動いてるところは一回も見たこがない。
 そんな『最近の子』ではない妖精さんは伶奈の手元。ストロー一本で器用にパスタを食べてた手を止め、顔を上げて言った。
「本当かしらね? レコードなんて雑音が入ってるし、CDの方が音が奇麗よ。真雪なんて初めてCDを聞いたときに音の奇麗さに泣いてたほどよ。一回だけ聞きに行ったコンサートを思い出した〜って」
「……――ってアルトは言ってる」
「まあ、生まれたときからCDで音楽を聴いてる人とレコードしかなかった人は違うんじゃないのかなぁ……?」
 そう言って灯は残っていたコーヒーを一息に飲み干した。そして、その華奢なカップをソーサーの上に戻す。
 チンッ……と澄んだ音が響く。
「繋ぎ方、解らないなら、繋いであげるよ。レコードプレーヤーは繋いだことないけど、CDコンポならやったことがあるし。コードもピンケーブルやスピーカーケーブルならエイケンが余らせてるだろうし」
 灯がそう言うと伶奈はパチクリと瞬きを数回……そして、視線を手元に落としたら、唇が小さめの声で言葉にならない言葉を紡ぐ。
「えっと……あの……その……」
 ごにょごにょ……ぶつぶつ……
「……部屋に入れたくないなら、部屋に入れたくないってはっきり言いなさいよ……」
「あっ、バカ!」
「ん? どうしたの?」
「ううん! 何でも無いよ……なんでも……えっと……繋ぐ方は自分でどうにか……出来る、と思う。コードの類いだけ……」
「あっ……そっか。うん、それじゃ、コードは明日の家庭教師の時にでも……女の子だもんね」
 青年がクスッと整った顔を緩める。その一秒後、少女は顔をカッと赤くして視線をさらに下へ、自分のお腹の方へと落としてしまう。耳に心臓が出来たかのように熱くてうるさい。
「べっ、別に灯センセが嫌って……訳じゃなくて……あの……恥ずかしいから……殺風景だし……部屋」
 ごにょごにょと言い訳にもなっていない事が自分でも解るようなセリフを並べ立てて、少女はますます顔を赤くする。食べてるパスタのトマトソースよりも顔が赤くて熱い……ような気がした。
「解ってるよ。それじゃ、俺はそろそろ帰るから……この後、バイトで余りゆっくり出来なくて、ごめんね。ケーブルは明日、勉強の時に。またね」
 そう言って、青年が席を立つのを、少女は赤い顔のままで見送った。
 その手元で、アルトが
「言われる前に気づくのは良夜よりかはマシって所かしらねぇ〜? 良夜なら、相手が遠慮してるとしか思わないわよ」
 と、嘯く。
 その妖精のすまし顔を見ながら、少女も呟くのだった。
「……気づかないまま、『良いよ、良いよ』って言ってくれたら、そのまま、繋いで貰ったかも……」
 実際、本当に繋げるかどうか……物凄く不安。電線の皮をペンチで剥くなんて事、今まで、一回もやった事なんてないし、そもそも、彼女は手芸部に居ながら不器用という致命的な弱点を持っている。それを考えれば……――
「……なんで、手伝うって言ってくれないんだろう……?」
 とか思ってしまうのも、まあ、しょうがないことだろう……と、本人は思った。
 そして、その呟きを耳にした妖精も言うのだった。
「……面倒くさい女……」

 で、翌日……家庭教師の後に繋ごうと思ったら時間が足りずにお流れ。さらに翌日、いくらやってもちゃんと音が出ない。繋ぎ方は間違えていないはずだし、レコードプレーヤーはしっかり回っているのに、音が出ない。夕方から夜までずーーっとやっても音が全然出ない。仕方ないから、美月に相談したら、その日のうちに良夜が呼び出された。
「ごっ、ごめんなさい……」
「良いんですよ〜気にしないで」
 謝る伶奈に対して、なぜか、美月がそう答え、その隣で良夜が苦笑いをしていたのが印象的。
 もちろん、良夜も『最近の子』でレコードなんて聞いたことはなかったのだが、そこは『最近の子』である上に趣味の欄に『パソコン』と書く程度にネットに通じている青年だ。あれやこれやとネット調べてみた結果、ちゃんと原因を突き止めることが出来た。
 その驚くべき理由とは?
「……これ、レコード針がついてないね……」
 だった……
 その言葉に、膝から崩れ落ちた伶奈であったが、結局、通信販売でレコード針を取り寄せて貰って(結構高かった)、レコードが聴けるようになったのは、掃除を始めてから二週間後のことだった。

 レコードプレーヤーが直った次の日曜日。伶奈は母に頼んでホームセンターにまで連れて行って貰った。そこで買ったのは、小さめの本棚と奥行きはあるが背の低いカラーボックス、それから座布団やラグにテーブルクロス。全部、自腹は厳しいので一部は母にも出して貰う。
 低めのカラーボックスはステレオの下、大量のレコードを段ボールから出して綺麗に並べておく。どんなレコードがあるのかは、今後調べていくつもり。それから本棚の方には、例のなぜだかは解らないが、手を振り上げただけで人が飛んでいく不思議な漫画を並べる。もちろん、自分が買った漫画や小説、参考書なんかも一緒に。あっと言う間に一杯。次はもうちょっと大きい奴を買おうと決める。
 それから、座布団は古びた木製の椅子、部屋の真ん中にはラグ、テーブルクロスはちゃぶ台の上に引いてみた。
 そんな感じで飾ってみたら、借宿はすっかり自分の部屋。
 未だに「良いのかな……」なんて思うけど、頭の上からアルトの金色の髪と小憎たらしい顔が降ってきて、いつも言う。
「私が良いって言ってるから、良いのよ」
 アルトの許可にどれだけの説得力があるのかは知らないけど、気が楽になったのは事実だ。
 少女はアルトがいつも歌ってる曲をレコードでかけ、そして、ごろんと買ったばかりのラグの上に寝っ転がった。
 起毛生地が心地よくて、これからの寒くなる時期にはちょうどよさそう。
 じりじり……じじぃ……ぷつっ……独特なノイズと共にスタンダードジャズの名曲が静かに流れる。
 アルトがいつも歌ってるからてっきり女性ボーカルかと思ってたら、男性の声でちょっぴりびっくり。だけど、これはこれでいいのかも知れない。
 窓の外は抜けるように高い空、まぶしい秋の太陽、暖かな日差しが窓から差し込み、伶奈の小さな体を包み込む。
 頭の上では、男性ボーカルの声に合わせて歌う妖精さん、見事なユニゾン……
「ずっと……こうだと良いな……」
 寝転がった頭の上、おでこの上で四つん這いになって、妖精が少女の顔を覗き込んだ。そして、彼女は言った。
「ずっとねぇ〜どうかしら? 貴女もいつかは何処かに巣立ちたくなるときが来るかも知れないわよ。でも、その時が来るまではここが貴女の部屋。貴女のお城。悪いことも少しくらいは目をつぶってあげるわよ」
「悪い事って?」
「飲酒と喫煙」
「……やんない」
「拓也は高校の時にはやってたわよ」
 そう言うと、アルトは伶奈の少し広めのおでこの上でぐーーーーーーーーっと大きく背伸びをした。
 それに合わせて、少女もぐーーーーーーーーーーっと大きく背伸びをした。
 そして、少女は体を起こした。
 頭の上からコロン……と、小さな妖精の体が転がり落ちた。
「何するのよ! 起きるなら起きるって言いなさい!」
 膝の上でアルトが大声で怒鳴っている。
 それに少女は「ごめんごめん」と笑顔で返し、そして、改めて『自分のお部屋』の中を見渡した。
 元々ここにあった物、自分で買った物、直した物……いろんな物が彼女の部屋を埋めていた。
 そして、窓の外……ずーーーっと遠くて、ずーーーっと高いところを鳶が一羽、気持ちよさそうに舞っているのが見えた。
「私も……巣立つのかなぁ……?」
「巣立っても……帰ってくれば良いのよ。また、物置になってるかも知れないけど、その時は、また、掃除、しなさいね」
 少女の独り言のような言葉に、膝の上、足を投げ出して座る妖精が答えた。
 その答えに少女は少しだけ頬を緩めて、言った。
「もう、ヤだ」
 聞いてた曲はいつの間にか終わっていて、また、最初から流れ始めていた。
 

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