プール(2)

 市民プールの最大の売りは一周百メートル以上の結構本格的な流水プールだ。幅が広いおかげで周りの人を気にすることなくゆったりと泳げるし、浮き輪を借りて浮かんで流されてるだけでも十分楽しい。
 一人だけ学校指定の水着にテンションが下がり放題に下がった伶奈であったが、そんなことも今や昔。レンタル浮き輪につかまって流水の中ぷかぷかと浮かんで流されているだけで、下がったテンションは元の位置を遙かに超えたところで高止まり。浮き輪のすぐ近くを背泳ぎで浮かんでいるアルトのお腹を突っついたり、握ってるストローを引っ張って曳航してやったりと楽しく遊んでいた。
 もちろん、他の面々もそれぞれに楽しそう。
 泳ぎに自信のある美紅はその流水に乗って気持ちよさそうに泳いだり、潜ったりしているし、穂香は穂香で伶奈同様に借りた浮き輪にお尻だけを突っ込んで器用に流れて行っていた。
 気持ちの良い流水プールを気持ちよく二周ほど回る。
 その辺りで一歩先を泳いでいた美紅が立ち止まった。
 それをきっかけに、後続もそこで一休み。プールサイドにつかまりながら、一息入れる。
 競泳用のゴーグルをおでこに持ち上げつつ、ふと、美紅が言った。
「……あれ? 蓮ちゃんは?」
 言われて伶奈も穂香も辺りをきょろきょろ……
「……随分前に勝手に上がってあっちに行ってたわよ? 気づいてなかったの?」
 答えたのは伶奈の浮き輪の上で一休みしていた妖精さんだ。その浮き輪の上からトーンと飛び上がると、伶奈の頭にひらりと着地。そして、髪の毛をギュッと引っ張ったら、端的に言う。
「ほら、あっち」
 その先に見えるのは子供用の浅いプールと……
「あっ……居た……」
 肩まで水に浸かってのんびりくつろぐ蓮の姿だった。
 ばっちゃばっちゃと水遊びをしている小学生、幼稚園児に混じって、一人、プールの端っこに座って明後日の方を眺めている栗毛の中学生。栗毛の頭の上に三つに折ったスポーツタオルを乗せてる辺り、まあ、そー言うつもりであそこに座っているのだろう。
 そんな蓮を唖然とした表情で伶奈及びその友人達が見つめること数秒……
 周りで遊んでいた子供の一人、小学低学年に見える女児が蓮の右隣にちょこんと腰を下ろした。
 にこにこと笑って蓮の顔を見上げれば、蓮も少女の方へと視線を落として、少しだけ頬を緩める。そんなやりとりがちょっと微笑ましい。
 それから、逆隣にももう一人、やっぱり小学低学年くらいの少女だ。蓮を挟んで最初の子と笑いあってるから、友達か姉妹なのかも知れない。
 と、伶奈達が呆然とというか唖然とというか、ともかく、言葉を失いつつ眺めていたら、蓮の周りに男女を問わぬ子供達が並んで座りはじめ、そして……
「……………………」
 蓮の口が小さく動いた。
 何を言ったのかは、残念ながら聞こえやしなかった。
 が、
「「「びばのんのん!」」」
 ずらりと並んだ少年少女の声だけはしっかりとこちらにまで届いた。
 そんな一団を見つつ、頭を抱える少女達四人と妖精さん。
「……回収しよう、子供達に良くない影響を与え始めてる」
 抱えていた頭を上げて美紅が言えば、穂香が大きく頷いて答える。
「うん……だいたい、ネタが古いよ……お父さん世代のネタじゃんか……」
「…………ねえ、どう言う意味? 知ってる? アルト」
「……なんで私に聞くのよ……まあ、知ってるけど…………」
 プールサイドへと上がる友人二人を尻目にアルトから「ドリフターズ」について詳しく教えて貰ってたら……――
「と言うわけで、子供達に混じって幼児プールで温泉ごっこをしていた蓮チとそれを回収しに行く私たちをほったらかしにして、妖精さんからドリフターズについてを『僕の可愛い美代ちゃん』から『いかりや長介葬儀の際に加藤茶が読んだ感動的な弔辞』までの説明を受けてた伶奈チに対して、四方会人民裁判を行います」
 四方会裁判の被告になっていた。

 さて、回収された蓮もひっくるめて再び、流水プールを泳ぐ……と言うか、流されるって感じか? 泳いでるのは運動の得意な美紅だけで他の三人は浮き輪で流されてるだけ。アルトにいたっては伶奈の浮き輪の上で寝っ転がって、まるで船遊びのよう。うつぶせに寝転がって、右手だの指先だけを流水につけている姿は、なかなか、優雅だ。
 それから、水を掛け合ったり、誰が一番長く潜っていられるか? って定番な事をして遊ぶ。もっとも、後者に関しては蓮は最初から不参加だったし、ぶっちぎりで運動神経の良い美紅が優勝するのは最初から解っていたことだが……
 そして、美紅が潜ってみんなの足を触って回るという余計な真似をしてたら、驚いた蓮が美紅の顔を蹴り上げてしまって、鼻血が出たってところで、午前の部は終了した。
「………………ごめん」
 いつもぼんやりしている蓮が珍しくぺこぺこ頭を下げれば、謝られてる方の美紅はバツが悪そうに頭をかいた。
「いや、ちょっと調子に乗ってた……」
 その言葉、ちょっと鼻声になっているのは右の鼻の穴にティッシュが詰め込まれているから。水の中だというのによっぽど強く蹴り上げたのだろう。胸元までまっ赤になっていたのは、さすがに伶奈も肝を冷やした。もっとも、その大半が鼻血ではなく、鼻血の混じった水でしかなかったのだが……
 医務室で軽く処置をして貰って、再びプールサイドへ……
「……北原さんが悪いんだから、南風野さんは謝らなくていいよ」
 真っ青な空と青く塗られたプールサイドの狭間、不機嫌そうに言ったのは伶奈だ。
 そういうのも、美紅が蓮の足を撫でる直前、伶奈の足も触っていったのだ。
 で、伶奈は「もしや痴漢!?」と心胆寒からしめられるわ、その直後、蓮も悲鳴を上げるわ、ごぼごぼ! とむせながら出てきた美紅は胸元まっ赤だわ、軽くパニックになりながら医務室に美紅を連れて行ったら、胸元を汚してるのは鼻血じゃなくて鼻血が混じったただの水だったわ……と、散々。
 いくら、「ちょっとした悪戯」と詫びられたところで、簡単に許せる物でもなかった。
「本当、ごめんって! ちょっとやってみたくなっただけだからさ〜伶奈ちゃんも許してよ〜」
「……別に、怒ってないもん」
「……明らかに怒って――痛い! 痛い! 痛い! ってば!」
 頭の上で嘯く妖精を電光石火の素早さでわしづかみ。じとぉ〜っと冷たい視線を送りながら、彼女の体を両手で締め上げる。苦悶の表情で痛がる姿を眺めていたら、ちょっとは溜飲が下がる……ほど、伶奈はすさんだ人間ではなく、余計に何とも言えないむしゃくしゃした物が溜まっていく気分。
「ほんと! 痛いって!! いい加減に!!」
 と、アルトの顔がまっ赤になる頃、不意にトン! と背中に押しつけられる柔らかく暖かい感触。
 直後、ギュッと首筋に回る細い腕。
「まあまあ、伶奈チもそんなに怒んないで。ほら、四方会鉄の掟『出来るだけ仲良くする』って……第何条だっけ?」
「知らない……」
 不機嫌そうにぼそりと呟き、握り込んでいたアルトの身体をぱっと解放する。
 広がった指先を蹴っ飛ばして妖精がぽーんと飛んでいく。あかんべーをしている顔がとても憎たらしい。
 って事、知るよしもなく穂香が言葉を続ける。
「こー言うとき、大人だったら、ランチ奢り! で許してあげるんだろうけど、そー言うこというと、多分、蓮チが怒るから――」
「おこるよー」
 伶奈の背中を抱いたままで穂香が言うと、打てば響く速度で蓮がお返事。
「――って事だから、ミクミクとミクミクの鼻を蹴っ飛ばした蓮チにはお昼の買い出しを任せちゃおうよ、ね? それでこの話はおしまい、終わり、四方会即決裁判、議長権限でしゅーりょーってことで、伶奈チもフェイスマッサージして、笑顔、笑顔。可愛い顔が台無しだよ?」
「…………議長じゃなくて、裁判長……まあ、そりゃ……北原さんがそう言うなら……うん……」
 不承不承……と言ったポーズを取りつつ、軽く頷く。
 そして、真面目にフェイスマッサージ。
 塩素たっぷりのプールのお水に突っ張ったお肌がほぐれていくのがなんか、ちょっと、気持ちいい。
 フェイスマッサージのお約束を守ってる横で、伶奈の背中から離れた穂香はくるんと回れ右。
「って、感じで、判決が下ったから、買い出しよろしく。あっ、私、クラブサンドイッチとホットドッグ、それから飲み物はコーラでよろしく〜玲奈チは?」
「じゃあ……えっと、あの、私、サンドイッチとアイスココア……なかったら――」
「アイスコーヒー! ブラックで!」
 いつの間にか頭の上に帰還していたアルトが速攻で大声を上げる。
 視線をちらっと頭上に向ける。
 見えたのはどこまでも高く伸びる入道雲と曇りなく透き通る真っ青な空。
「……アイスコーヒー、ミルクと砂糖マシマシで。それからあったら豚串、なければ牛串、最悪、焼き鳥……」
「ちょっと!?」
 大声を上げる妖精さんは軽くスルー。頭の上でじたばた暴れているのはちょっと鬱陶しいけど、なんだか、少し楽しくなってくるのが、伶奈本人にも不思議な感じがした。
「……うん」
「うん、りょーかい。それじゃ、ロッカーにお財布、取りに行く?」
 蓮が控えめな声で、それから、美紅が快活な声で頷けば、四人はいったん、ロッカールームへと足を向けた。
 そして、ロッカールームを出たところで東西組と南北組に別れ、南北組はプールサイド、隅っこの方にある売店へ……東西組はそこから少し離れたところ、ベンチやテーブルが置かれた一角へと足を向けた。
 フンワリと香る磯の香り。耳を澄ませば潮騒も聞こえた。
「アレ……ここ、もしかして、海の傍?」
 誰に尋ねると言ったわけでもない伶奈のつぶやき。
 パラソルがついた白いテーブル、四人が座るにちょうど良さそうなのを一つ、占領しながら穂香が答えた。
「あれ? 気づいてなかったの? 伶奈チ。ここ、海っぺりだよ」
 建物やら目隠しの塀やらがあったせいで気づいてなかったが、どうやらここはもう、海のすぐ傍。いわゆる『再開発地区』の外れ辺りになるらしい。この辺は外から引っ越してきてまだ半年足らずの伶奈にはイマイチピンとこない。
 潮風が伶奈の頬を撫でた。
 穂香の隣に腰を下ろす。
 他に十卓ほどテーブルが並んでいるが、その大部分はすでに家族連れや若者のグループで埋まっていて、伶奈達が座ったのが最後の一つと言っても良いくらい。
「ついてたわね?」
 頭の上からテーブルの上へと飛び降りて、アルトが言った。
「うん……」
 そのアルトの言葉に伶奈は少しだけ頬を緩めて頷く。
「どうしたの?」
 穂香が尋ねた。
「ううん……座れて良かったねって、アルトが言ったから」
「ああ、そうだね……伶奈チが膨れてくれたからかな? 伶奈チが膨れてくれたから、買い出し、ミクミクと蓮チに押しつけて、私たちが席取り出来たわけだし」
 そう言う穂香の背後、伶奈の正面を小学生くらいの子供を二人連れた四人の家族ずれが、きょろきょろしながら歩いて行く姿が見えた。
「そー言えば、この騒ぎで穂香だけはなんにもされてないのに、一番になって買い出しを美紅に押しつけてたわね?」
 そう言ったのはアルトだ。
 その言葉を穂香に伝えれば、穂香は、少し、自慢げに答えた。
「まっ、それは役得って奴かなぁ〜ほら、私、浮き輪の上に座ってたから、さすがにお尻を触るのは気が引けたんじゃないかな? ミクミクも。私のお尻は形がいいから!」
 その自慢そうなほほえみに格好を崩しつつ、伶奈が尋ねる。
「……形のいいお尻ってどんなの?」
「こう……ツルン! としてて、プルン! な感じで、ムチッ! て感じが素敵なお尻」
 身振り手振り、中に曲線をいくつも下記ながら答えるも……
「……全く解らないわね……」
「……――と、アルトも言ってるとおり、全く解らないよ」
 あきれかえってるアルトのつぶやきとそのつぶやきそのままにあきれかえった口調で伝える伶奈。
 それでも穂香は自慢げな格好を決して崩さずに言った。
「後で見せてあげるね」
「ちょーいらない」
「あっ、私、見たい」
 伶奈とアルトの答えはほぼ同時。
 バカなことを言うバカの顔をバカにした顔で一瞥……してる間にアルトの声が聞こえない穂香が口を開いた。
「結構、自慢なのになぁ〜」
 アルトの顔から穂香の顔へと視線を移して、伶奈は言う。
「お尻の形を自慢しないでよ……」
「あはは」
 快活に笑う少女、真っ青な空の下、乾き始めた黒髪が潮風に揺れる。
「……はあ……」
 そして、ため息を吐く少女……そのため息が真っ青な空の下に消える頃、大きな買い物袋を下げた少女二人が帰ってくるのが見えた。
「おっまたせ〜! 豚も牛もなかったから、鳥、買ってきたよ」
 そう言って美紅がテーブルに荷物を置き、それに習うように蓮も彼女が持っていた荷物を置いた。
 袋から出てくるのはサンドイッチやらハンバーガーやらホットドッグのつまったタッパー。それから……
「えっ? 何? これ」
「焼き鳥だよ?」
 出てきたのは伶奈のげんこつほどもありそうな巨大な肉塊、それが三つ、ぶっとい串に突き刺さった物体だった。たっぷりのこしょうがかけられ、じっくりと焼かれたそれは芳ばしい香りを放っていて、とても美味しそうなのだが……
「こんなの、食べきれないよ……」
「ああ、みんなで食べたら良いじゃん、ミクミクもそのつもりで買ってきたんでしょ?」
 唖然とする伶奈の横で穂香が簡単に言ってのければ、美紅も大きく首を上下に動かした。
「うん。それでこれ、レシートとおつり、鶏肉のお金は四等分だから、おつりはレシート分よりも多いよ」
 説明は右から左に聞き流し、おつりは渡されたレシートごとお財布の中へ……小さな小銭入れをテーブルの隅っこに置いたら、買ってきてくれた美紅と蓮に顔を向けて、頭を下げた。
「ありがとう」
「いえいえ。それじゃ、食べよう?」
「…………………………お腹、空いた」
 美紅と蓮、二人が腰を下ろすのを待っていただきます。
 それぞれにサンドイッチやホットドッグなんかを思い思いに食べ始める。
「それで、なんの話してたの? なんか、楽しそうだったけど」
「私のお尻は可愛いぞーってお話」
 穂香が胸を張って言えば、くいっと美紅の首が右に曲がって伶奈の方へと向いた。
 その何とも言えない、居心地悪い視線から目を逸らしつつ、伶奈は小さな声で言った。
「……北原さん、私をそんな目で見ないで…………」
「友達なら止めてあげようよ……お尻の話題は」
「だって……勝手に自慢し始めたんだもん……」
 視線を逸らしたままで言葉を交わしていれば、視界の外でがらっ! と椅子の動く音。
「なに?! ミクミクも私のお尻、見たい!?」
 顔を上げれば、立ち上がってなぜか、伶奈達にお尻を向けてるバカの姿。
「いらないから!」
 即座に鋭い美紅の突っ込みが飛ぶも、穂香はカラフルな柄物水着に包まれたお尻を右左。
「この辺りのラインが絶妙だと自画自賛してるんだよね」
 自身のお尻のラインを指さしながら自慢げなバカと――
「なるほど……確かに……」
 と、頷いてるのは手にサンドイッチの欠片を握りしめた妖精さん(と書いてバカと読みたい)
 その二人のバカの友達が
「恥ずかしいよ! 蓮ちゃんからもなんか言ってやってよ!!」
 助けを求めたのは、明後日の方向、ぼんやりと海を眺めつつ、サンドイッチをかじっていた蓮。
 呼ばれた蓮がゆーーーーーーーーーーーーっくりと時間をかけて首を動かす。
 レタスとトマトとチーズのベジタブルサンドイッチを胸元に持ったまま、小首を傾げる仕草が取っても可愛い……後、なにげに胸が大きいってことに、伶奈は気づいた。
「なんで、今、気づくのよ……」
 アルトがこちらを振り向きつつ言ってるけど、とりあえず、スルーしておく。
 って、アルトとのやりとりが終わる頃、結構な時間が過ぎて、やおら、彼女は言った。
「……鉄の掟……突っ込みの声は控えめに……」
 ぽそっと小さな声だった。
 ざばーんと遠くから潮騒の方がうるさいくらいだった。
 その潮騒よりも数倍うるさい声で、美紅が叫んだ。
「だから、私、狙い撃ちの掟は止めてって言ったじゃんか!!」
「まっ、とりあえず、尻の話題は止めようよ……公共の場で天下のJCが水着で尻の話とか、マジでない」
 そう言ってお尻を振っていた穂香が、急に真顔になって、椅子に座った。
 そしたら、美紅がまたもや大声を上げた。
「始めたのは穂香ちゃんでしょ!?」
「ないすつっこみ!」
「うるさいよ!! 喧嘩売ってるなら、買うよ!?」
 高々と親指突き上げてる穂香を一喝すれば、今度はそれまで黙っていた蓮がまたもやぼそぼそと小さな声で言った。
「………………ご飯、早く食べて、泳ご? 蓮、午前中、余り、泳げなかった…………」
「幼児プールで温泉ごっこしてたからでしょ! 幼児と一緒に!! そもそも、蓮ちゃん、泳げないじゃんか!!!」
「ないすつっこみ!」
「うるさいよ! こう言うときだけ反応良いんだから!」
 今度は蓮の親指が突き上げられ、突き上げる蓮を美紅が再び一喝。
「血管、切れるわよ……脳みその」
「……――ってアルトが言ってる」
「伶奈ちゃんまでそっち側かなの!!!???」
「あっ、アルトだし……」
「じゃあ、アルトちゃんもそっち側!?」
 さらに床と大声を上げたかと思えば、がっくりとテーブルの上に突っ伏して、「ふえぇ〜」と気の抜けた声で泣き始めた。
(打たれ弱いなぁ……)
 そう思ったのは伶奈だけではなく、他の面々、全員だったらしい。
 で、十数秒後……ぽんぽんと美紅の肩を二つ叩いて穂香が言った。
「まあまあ、美紅チ……――ミクミクも」
「……言い直すな……」
 ぽつり……
「言い直してないって、それより、ほら、三つしかないお肉、一つあげるから、顔、あげて」
 穂香がそう言って、鶏肉の一つを紙皿の上へと置いた。
 その匂いに釣られて美紅が顔を上げ、そして、ちょっと可愛い涙目を、穂香の手により取り分けられた大きなげんこつほどの鶏肉へと向けた。
「……みんなは?」
「私たちは残り二つを半分ずっこで食べるよ」
 答えたのは伶奈だった。
 その伶奈の顔と鶏肉とを見比べること、三回……美紅がぽつりという。
「…………二つを半分ずっこなら、一つ、余るよ……?」
 美紅の言葉に四方会残りメンバーが互いの顔を見つめ合って……
 そして、三人がほぼ同時に大きな声を上げた。

「じゃんけん!!」

 突き出される“四つ”の手、勝ったのは……
「ありがと〜♪」
 三つのうち、一つ半をゲットして、笑う少女、もちろん、言うまでもなく――
 北原美紅
 ――だった。

(((納得いかない……)))
 三名は内心そう思っていたものの、負けた負い目がそれを口にすることを許さなかったらしい。
 

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