さて、その日の夜、伶奈はアルトの面々が借りていたコテージではなく、昨日まで西部家で借りていたコテージで眠ることになった。酔って寝ちゃった悠介と俊一が起きなかったのだ。で、しょうがないから男どもはこっちで寝かせて、女達は最小限の荷物を持って向こうに移動した方が手っ取り早いだろうというのは、誰が見ても明白だった。
小さな街灯と隣のコテージからこぼれ出る光だけの薄暗い夜道、遠くから聞こえるのは潮騒の音だけ。
「んで、俺がボディガード兼酔っ払い運びかよ……」
呑んでないくせに赤い顔なのは、ボディーガード代わりに着いてきてる時任灯。その背後……と言うか、背中には、たらふく酒を飲んで潰れちゃった寺谷翼の姿があった。
「スー……スー……」
キャラ崩壊もいいところに騒ぎ倒していた翼だったが、それも今や昔。ぐったりと灯の背中に倒れ込んで心地よさそうな寝息を立てている。とても幸せそう。
「男二人を背負って行くよりかはマシでしょ?」
「凪姉……昔はもうちょっと俺に対して優しかった気がするけど……?」
「立ってる者は親でも使えって言うでしょ? 親を使っていいなら卑属はもっとこき使えばいいって……吉田さんが言ってたんだよ……まあ、吉田さんの場合、彼氏だけど……」
「……彼氏は卑属じゃない……」
賑やかしく言葉を交わす姉弟の背後、伶奈は数歩後ろ、少し遅れて歩いていた。
「一生懸命、前髪弄っても、デコが狭くなったりはしないわよ」
「……別に弄ってないもん」
「そう?」
「そうだよ」
と、前髪を弄っていた手をポケットの中にねじ込みながら、伶奈は頭の上から降ってくる妖精の言葉に応える。
「前髪じゃなくて、頭のてっぺんを触ってただけ、だもん……」
「へりくつよ」
呆れ声は無視して、少女は天を仰ぎ見た。
今夜も空は満天の星空。明日もきっと良い天気。
「夕立とかにわか雨はあるかもって、天気予報で言ってたわよ」
「ふぅん……振らなきゃ良いけど……」
足を止めてぽつりと呟く。ただでさえ、雨は嫌いなのにこんな所にまで来て雨に祟られるとか、最悪すぎる。
そんなことを考えながら、空を見上げていたら、数歩前を歩いていた灯が大きな声をあげた。
「伶奈ちゃん!」
「あっ、ごめんなさい」
少し駆け出せば、あっと言う間に追いつく距離。
その距離にちょっぴり足せば、目的地。
灯が持ってた鍵で玄関のドアを開いて電気を点けて……そしたら、昨日まで伶奈が寝起きしていた寝室へと一直線。どさっと少々乱暴に翼の体をベッドの上に放り出し、ぐ〜〜〜〜っと背伸びをしている弟に姉が言った。
「着きましたっと……灯、送ってくれてありがとさん。やっぱ、自慢の弟だよ」
「どう致しましてって……それじゃ、俺、戻るわ」
「あいよ。玄関まで送る」
出て行く凪歩と灯の姉弟を見送り、伶奈はシングルベッドの片方に腰を下ろした。昨日は母が寝ていた方のベッドだ。
「ここで寝たら良いのかな? それともあっちかな?」
「さあ? どっちでもいいんじゃないの? ベッドは四つあって、人間は三人なんだから」
「それもそうだね……」
アルトと言葉を交わしていると、ギシッと小さくベッドのきしむ音がした。
「……ここで、寝たら……良い」
ベッドの音と小さな声に釣られて首をひねれば、そこではベッドの上で体を起こす翼の姿。しきりに頭を撫でてる当たり、早くも二日酔が始まっていることを伶奈に伝えていた。
「あっ、起きたの? 大丈夫?」
「……翼ちゃんは、大丈夫……」
「……一人称が翼ちゃんのままだよ……」
軽くため息を吐いて伶奈はキッチンへと踵を返して、キッチンへ……そこにはちょうど灯を追い返した凪歩が、大きなあくびをしながら、帰ってくるところだった。
「ふわぁ〜っと……どうしたの? お手洗い?」
「ううん……翼さんにお水……」
「なるほど、じゃあ、先に部屋に行ってるね」
二言三言と言葉を交わして、キッチン、水回りへ……戸棚から少し大ぶりのタンブラーを取り出したら、それに無造作に水を注ぐ。
「アルトはまたこの辺りで裸で寝るの?」
「どうしようかしらねぇ……」
頭の上、ついてきてるアルトに尋ねるとアルトがぼんやりとした口調で応えた。
「裸で寝てると寝冷えするよ?」
「風邪を引いたことも寝冷えになったこともないわよ」
「……寝起きに真っ裸のアルトを見ると結構びっくりするんだよね……パジャマくらい着れば良いのに」
「寝苦しいのよねぇ……服を着てると」
「……どんな体質だよ……」
アルトと話をしながら、寝室へ……ドアを開いて入ると、先ほど同様、ベッドの上で枕とベッドパネルを背もたれにした翼……それから、なぜか、無人のベッドを動かしてる凪歩の姿があった。
「これ、お水……翼さん、大丈夫? それから、凪歩お姉ちゃんは何してるの?」
「ありがと……翼ちゃん、感激……」
呟くように礼を言って翼は水を受け取った。その彼女には苦笑いを与えて、視線を凪歩の方へ……両手をベッドの縁に押し当てて、ぐいぐいと動かしていた凪歩が顔を上げて答える。
「うん、ひっつけたら三人で眠れるじゃん? ここで」
言われて視線をベッドに向ける。
すでに凪歩の作業はすでに終盤、伶奈が視線を動かした当たりで、ちょうど移動は終了。少し広めのシングルベッド二つがぴったりひっついて、間にほんの少しの隙間こそあるが、ダブルベッドよりも少し大きそうだ。これなら三人が寝転がっても大丈夫のように見えた。
「ちょっと、修学旅行っぽいよね」
そう言って、凪歩はベッドの片隅に腰を下ろし、伶奈の顔を見上げた。
「あら、楽しそう。じゃあ、私もこの辺りで寝ようかしら?」
とんとアルトが頭尾上から飛び上がった。そして、ベッドパネルの片隅に着陸を決める。
「そこで寝るなら、せめて下着は着ててよ……全裸は止めてよね……――あっ、アルトもここで寝るって。うん、私も……じゃあ、一緒に……」
「うんうん、今夜はゆっくり夜更かししよ?」
「……なぎぽんだけ、やれ……翼ちゃんは、もう……寝る」
楽しそうに破顔する凪歩に翼が冷たく言う。
その二人に伶奈は「あはは」と屈託なく笑った。
それだけで確かに修学旅行の夜のようで少し高揚して、眠れないかも……なんて思いながら、伶奈は部屋の隅へと移動し、服の着替えを始めた。
少し小さな袋は水着が入っていたもの。今はこれにパジャマが押し込まれている。愛用の薄桃色のパジャマだ。オーバーオールやトレーナーを脱いだら、下着姿になって、その上から、パジャマを着て……と、これで寝る準備は終わり。
そして、振り向いたら……
「……何?」
ベッドの上に座ったまま、タンクトップの隙間からブラだけを器用に引き抜いている翼と目が合った。器用に抜いてるのは良いのだが、割と大きめのおっぱいとその頂点で燦然と輝くうすピンクのぽっちりが丸見えで、見てる方が恥ずかしくなる。
「……パジャマ、似合ってる……」
ぽつりと翼が呟いた。
「あっ、ありがとう……ございます」
「んっ……」
そして、翼はぽいとそのブラを床の上へと放り出したら、ポテッとベッドに寝転がった。
もちろん、タンクトップ姿のままで。
「って翼さん……パジャマは?」
「……誰か……持ってきてくれたの?」
ベッドの上、薄手の肌布団にくるまれながら、翼が尋ねると、萌葱色のパジャマに着替えながら、凪歩が「ああ……」と軽く膝を叩いた。
「誰も、翼さんの荷物、持ってきてないよねぇ……翼さん、寝ちゃってたし……」
「気にしないで良い……翼ちゃんは……全然、気にしない……それに、眠い……」
「タンク一枚の翼さんとは当然として、私もパジャマで取りに行くのも面倒くさいし、伶奈ちゃんを行かせるわけにもいかないし、今夜はその格好で寝たら?」
翼と凪歩がそう言い合って、凪歩の方もパジャマのボタンを留め終わったら、ベッドの中へと潜り込む。
ベッドの脇でボー然としているのは伶奈ただ一人。
「……気にしすぎよ、伶奈は……」
「だっ、だってぇ……」
アルトの言葉に伶奈は口ごもるも、かといって、この格好で取りに行くのは恥ずかしいし、取りにいけとは間違っても言えない。仕方ないから、おずおずと遠慮気味にベッドの端に寝転がる。
「そこじゃなくて、ここ」
凪歩が伶奈の手をつかんで、凪歩と翼の間へと引っ張り込む。
「わっ、私が真ん中?」
「そうそう、特等席。つべこべ言わずに……ね? ほら、電気、消すよ?」
言って、凪歩がベッドサイドに置かれたリモコンを操作すると、頭上の蛍光灯が消えて、代わりに常夜灯の小さな豆電球一つがポワッと暖かな色味で輝き始める。
その薄暗がりの中、凪歩はニマッと屈託のない笑顔を見せて尋ねた。
「でさでさ、英明ってどーなん? あそこの中等部も高等部も、公立よりも楽しいって話はちょくちょく聞いたんだけどさ」
「あっ、イヤ……普通、だと思う……」
「……なぎぽん、うるさい……もう、寝たい……」
「わっ、ごめんなさい……」
「うるさいのは、なぎぽん……」
「良いじゃんか、どーせ、明日は皆、起きるの遅いよ。シュン君は百パー、二日酔だろうし」
「つーか、三人ともうるさいわよ」
「……――ってアルトが言ってる……」
ベッド上、川の字で眠る三人にアルトを合わせた四人は、結局、どーでもいい話をしながら、日付が変わっても、それからずいぶんの時間が経っても、眠りに落ちることはなかった。
伶奈にはそれが少し新鮮で、とても居心地が良かった。
そして、翌朝……
「ふわっ!?」
翌日、目を覚ますと、伶奈はなぜか……――
「んっ……ふぅ……そこは……駄目……」
眠る翼のおっぱいとタンクトップの間に顔を突っ込んでいた。
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