友達たち(完)

 ただのそうめんから進化したそうめん入り味噌汁をたっぷりいただき、お腹いっぱい。されど、目の前にはコンビニスイーツが山盛りというきわめて危険できわめて幸せな風景の中、きらきらと顔を輝かせて穂香が言った。
「で、その妖精さんって何が出来るの?」
 その言葉を聞き、伶奈は自信の手元へと視線を向けた。うっすら汗を掻いたグラスにはなみなみと注がれたココア。そのグラスのヘリにはちょこんと腰を下ろした妖精さん。黒いゴスロリドレスを優雅に着こなし、ストローでチューチューとココアを吸ってる姿は、『口さえ開かなければ』とても可愛らしい……とは伶奈同様にアルトを見ることが出来る浅間良夜のお言葉。おおむね、伶奈も正しいと思う。
 その妖精さんも伶奈の方へと視線を向けていたので、ちょうどうまい具合に視線が交わった。
 交わったまま、時が静かに流れる。
 カラン……と、グラスの中で氷が崩れた。
 ペーパーコースターへ汗がしたたり落ち、レース模様の上に小さなシミを作った。
 そして、彼女は少し視線を逸らすと、やおら言った。
「そうね、貴女たちのおでこにバッテンくらいは作れるわよ」
 その言葉をゆっくりと咀嚼し、理解し終えたら、友人達に伝わりやすいよう簡潔な言葉に代えて教える。
「何も出来ないって」
「ちょっと!!」
 その言葉の余韻が消えるよりも早く、顔を真っ赤にして妖精は立ち上がった。そして、ピッと伶奈の方へストローの切っ先を向ければ、彼女は立て板に水の勢いでしゃべり始める。
「何言ってるのよ! だいたい、貴女が日給五千円のアルバイトが出来てるのは私が頭の上で注文を覚えてあげてるからでしょ! 最初から覚える気がなくて、注文、全部、聞き流してるくせに!」
「わっ、私は子供だから仕方ないもん!」
「覚えられないならメモくらい取りなさいよ! スマホ使うとか!! それから、また、自分のこと、子供扱いして逃げてる! そのくせ、子供扱いされたらすぐにほっぺた膨らませて拗ねるくせに! そういうのが一番子供なのよ! ジャリ!」
「じゃっ、ジャリって言った!?」
「ジャリにジャリって言って何が悪いのよ、この糞ジャリ!」
「じゃあ、アルトはチビじゃない! チビ! ドチビ! マイクロチビ! マキシマムミニマムドチビ!!」
「言ったわねっ!?」
「言ったわよ!!」
「刺してやる!!」
「ひねってやる!!」
 と、激高する二人の言葉を遮るように響く心地よい音。
 ぱん!
 いつの間にか、お尻は浮かび上がり、手のひらは座卓の上にたたきつけられていた。そして、真っ赤になった顔の反対側、後頭部がじーんと痛めば、伶奈はきょとんとした表情になって後ろを向いた。
「……メッ!」
 そこには目を一杯に見開いた蓮が仁王立ちになっていた。
「あっ……あの……ゴメン」
 はたかれた頭を押さえてぺこりと下げたら、蓮はこくんと頷き、座っていた席へと戻り、腰を下ろす。
「お疲れ様です」
 座卓に手をつき穂香が頭を下げれば、蓮は大仰しく頷いてみせる。まるでヤクザ映画のワンシーンのよう……って、伶奈はあまりみたことないけど。
「蓮ちの『メッ』は相変わらずは迫力があるよねぇ〜」
 穂香が座卓についた手をあげ笑みを浮かべれば、蓮は顔の横に二つのピースサインを作って一言答える。
「……いぇい」
「それで、なに、しゃべってたの?」
 蓮と穂香のやりとりをぼんやり眺める。その意識の外からとんでくる言葉、それに伶奈はぴくん! と身体を震わせた。
 その声の方へと視線と意識を向ければ、そこではボーイッシュな友人がにこにこと楽しそうに笑っていた。
「えっ……えっとぉ……」
 なんて答えよう……と言う事よりも、大きな声を出しちゃったことを急に思い出し、伶奈はカッと顔が熱くなるのを感じた。自然とうつむく顔、答えられず、「えっと……あの……」の言葉だけがいくつも生まれ消えていく。
「そー言えば、伶奈ちがあんなに大きな声を出すの、私、初めて見たかも……」
「…………仲間だと思ってたのに……」
「……声の小さい仲間とか、求めなくて良いからね、蓮ちゃん」
 そのうつむいた頭の上、穂香、蓮、美紅の言葉が行き交い、そして――
「……ちゃんと答えなさいよ」
 下からアルトの言葉が伶奈を容赦なくさいなむ。
「うっ……」
 なんて言おう……なんて考える間もなく、穂香が言う。
「ねえねえ、なにしゃべってたの? 教えてよ」
 楽しげな声で言われれば、嘘をつくのも隠すのもなんだか悪い気がして……でも、素直に教えることは出来なくて……
「えっと……あの……その……だから……それで……………………注文は、覚えられるよぉ……って、言った……」
 ぼそぼそと小さな声で言った言葉、その言葉だけですべてを理解して貰える……なんてわけはない。
 結局、伶奈は自分がアルバイトの時にアルトを頭に乗せていること、そのアルトに注文を全部覚えて貰っていることを懇切丁寧に教えざるを得なかった……と言うか、無理に隠そうした物だからしどろもどろになった挙げ句に、全部教えるという最悪なパターンであった。
「本人的には『中学生で働いてるあの子、格好いい……って思われてるかも』的に思ってたのに、それが実はカンニングだったって事を自供する羽目になって、何とも言えない気分になってるのね…………自業自得よ」
 と、アルトに的確に今の気分を代弁される。むっ……と、するが、それ以上反応すれば先ほどの二の舞。帰ったらひねろうとの思いだけを糧にぐっと我慢と辛抱。
「へぇ……なんか……ずっこい」
 案の定な穂香の台詞に「うぐっ……」と言葉が詰まるも、同時に
「でも、運ぶのは凄く手際が良かったんじゃない?」
 と、美紅がフォローしてくれたおかげで何とかすくわれた気分。
「……蓮が持ってきたの、自分のお箸とグラスだけ……」
「まあ、確かにね。おかげで楽が出来たよ、ありがとう。それとずっこい言ってごめんね?」
 すぐに蓮も同じようにフォローをし、そして、穂香も前言撤回。ぺこりと頭を下げる姿に、変なところで大人だと思う。
「良かったわね、株は思ったよりも下がらなかったわよ? 貴女よりも大人よ、きっと」
「……そう言ってくれるのはうれしいけど…………アルト、帰ったら、ひねるからね……」
 友人の温かな言葉は素直に受け取り、アルトの小生意気な表情の元から発せられた言葉には控えめな音量ながらも、剣呑な一言を発しておく。
「んで……特に特殊能力的な物がない妖精三等兵なのは良いとして……――」
「……二十一世紀が何年も過ぎてから中学一年生がロボット三等兵ネタとか……どこで知ったのか、そっちが驚きよ……」
 穂香の言葉にアルトがため息交じりに言葉を返すも、伶奈にはいまいち理解不能。とりあえず、アルトが馬鹿にされてるんだろうなと言うことは解ったが、アルトはなぜか呆れてるだけのようだし、穂香の話も続いてるようだし、ひとまずスルー。
 ぱくりと三口目のカップケーキを口に含んで、穂香の言葉に耳を傾ける。
「……――それで、見えるからって良いこととかあったりするの? 世界の平和を守る! とか……変身出来る! とか……」
 そしたら、その話は思っていた以上に馬鹿馬鹿しい話。伶奈は「はぁ……」とひときわ大きなため息をついたら、自身が作ったココアのグラスへと手を伸ばした。ひんやりと冷えたグラスの表面にはたっぷりの水滴。両手で押さえて口元に運んで、一口、喉の奥へと流し込む。
 そして、グラスをペーパーコースターに戻し、改めて彼女は言った。
「何にもないよ……昔は見えてたって言うおじいちゃんは今も昔も喫茶店の経営をしてるだけだし……りょう――浅間さんってもう一人の見えてる人も普通の大学生だし……あっ、美月お姉ちゃんの彼氏だよ、あまり会ったことないけど……」
「後、他の見えてた連中も今は普通のサラリーマンだったり、普通の主婦だったりよ」
「……――と、アルトも言ってる」
「何だ……ちょっとがっかり……」
「ファンタジーっぽくないね」
「…………現実って、そんな物」
 伶奈とアルトの説明に、穂香と美紅は残念そうな表情で、そして、最後に蓮がぼんやりとした表情で言った。
 もっとも、穂香の表情が暗くなったのはほんの一瞬、すぐにパッと表情を明るくし、彼女は再び口を開いた。
「まっ、普通の友達って所だね。とりあえず、友達の友達は皆友達だー的なノリで、よろしくね、アルトちゃん」
 とびっきりに明るい笑顔と口調で彼女は言い切り、すっと手を差し出す。されど、その手が差し出されたのは座卓の真ん中辺り。残念ながらアルトが座る伶奈のカップは、そこから少々離れたところにあった。
「仕方ないわね……」
 つぶやきアルトはトンとグラスの縁から飛び降りて、とことこ……数歩の散歩を楽しむと穂香の指にちょこんと腰を下ろす。
 その腰を下ろした指先にチョン! とストローの切っ先が軽く押しつけられれば――
「わっ!? 結構、びっくりするね……」
 身体を震わせ目を丸くする穂香に伶奈はクスッと軽く笑う。
「うん……凪歩お姉ちゃんは今でもびっくりしてるって。美月お姉ちゃんの方は付き合いが長いから、あまり、びっくりはしないみたい」
「気づかないときもあるけどね」
「……――だって」
 伶奈の説明に他の三人が頬をほころばせ、そして、穂香に続いて蓮と美紅もその穂香の手の辺りへと自らの指を差し出す。
 ちょん……ちょん……
 一回ずつ、計二回、アルトのストローが二人の指先を軽く突っつく。
 パッと少女二人の表情が華やげば、それを見てる伶奈も自然と頬が緩んだ。
「でさでさ、どんな感じの子なの? 髪は何色? 顔はどんなの? 服は? もしかして裸?」
「髪は金色、綺麗なストレートで顔は……しゃべらなきゃ可愛い。服は黒いドレス……ゴスロリ? って浅間さんは言ってたよ。後、背中に二枚、トンボみたいな羽があるの」
 穂香に問われれば伶奈も精一杯にアルトの姿を友人達に伝える。
「へぇ……なんかぴんとこない…………ので、ちょっと待ってね、あっ、アルトちゃんもちょっと下りて」
 穂香がそう言うと指先に座ったままだったアルトがトンと座卓の上に着地。とことこと帰ってきたかと思うと、再び、グラスの縁へと飛び乗った。それを目で追いかけているうちに、穂香は四つん這いで学習机にとりついていた。
 がさごそ……がさごそ……
 大きな引き出しを開けて中身を漁る。
「昨日……この辺に突っ込んだつもりだったんだけど……」
 つぶやきながら何かを探すこと数十秒……
「あった!」
 大きな声で言ったかと思うと、彼女は中から一冊のノートと古びた布製のペンケースを取り出した。ノートの方は小学生が使ういわゆる『学習帳』って奴だ。それから布のペンケース。良く使い込まれているようだし、学校で見かける穂香のペンケースとは違うから、おそらくは小学校の頃に使ってた物だろう。
「お待たせ〜」
 またもや四つん這いのままで帰ってきたかと思うと、彼女はその学習ノートと古い布製のペンケースを座卓の上、蓮の前へと置く。そして、彼女はニマッと良い笑顔で蓮の顔を覗き込んで、言った。
「似顔絵、書いてみようよ」
「…………………………そう言うの、得意じゃないけど……」
「大丈夫、大丈夫、蓮ち、絵、上手だもん」
 気楽な感じで布のペンケースから少し短めの鉛筆を一本取り出すと、中程まで使用済みのノートと共に蓮に押しつける。
 押しつけられた蓮の方は珍しくその細めの眉をへの字にし、額には深めの縦皺を刻みつけていた。。
「………………………………」
 不承不承といった感じでノートを受け取ると、開かれたノートを前に、ぼんやり……視線は惚けたように宙をさまよい、鉛筆は開いたままのノートの上に留まったまま……
 そのまま、三分ほど固まっているのを見ると、魂でも抜けてるのかとちょっと心配になる。
 で……
 かりかりとやおら鉛筆を動かし始める。
「……あっ、魂、入ってたんだ……」
 美紅が思わずつぶやき、アルトを含めて三人が頷く。
 一度動き出せば蓮の手は早い。
 少し大きめの升が書かれたノートの上にさらさらと鉛筆が走る。
 時折、伶奈に対して
「顔……丸いの? 細いの?」
 とか
「目……大きい? 口は? 鼻、高いの?」
 なんて、尋ねる。その口調はちょっと早口で、いつものふんわりとしたそれとは少し違っていて、新鮮だ。
 その質問に答えてるうちに、学習帳の上には愛らしい少女が生まれ始める。最初は顔の輪郭、少し細め。そこに大きな目を入れて、鼻は少し低め、それから長くてさらさらの金髪……
 蓮の絵はありがちなデフォルメされた『イラスト』とは違って、写実的な『スケッチ』に近い。特に陰影の入れ方が上手だと思う。頬の膨らみなんか、紙に書いた絵だとは思えないほどの質感。触ったら柔らかさが伝わってきそう。
 アウトラインができあがり、細部に書き込みが入れられていき、胸から上の絵ができあがると、最後に蓮根マークを入れてスケッチ完成。くるんと百八十度回転させると、ノートを伶奈の方へと突き出し、彼女は言った。
「…………こんなの?」
 ノートを受け取り、視線を落とす。その周りには穂香と美紅も居て、アルトまでもがグラスの縁からぽーんと飛び上がり、伶奈の頭の上からノートを覗き込んだ。
 顔が少し右を向き、横目でこちらを見ているバストアップ。すまし顔はとても可愛らしいけど、こちらを見ている目元や口角が少しだけ上がった口元は生意気そうで、伶奈の言った『黙ってれば可愛い』が的確に伝わっているようだ。
「凄いわね……話には聞いてたけど……」
 アルトも素直に褒めるとおり、凄く上手。
 でも……
「絵の方が可愛いよ」
「私の方が可愛いわ」
 伶奈とアルトの言葉が同時に響く。
 そして、上から覗き込んでるアルトの視線と上を見上げた伶奈の視線が交わった。
「……どこが?」
 と、伶奈が尋ねれば、アルトが答える。
「そうね、目はもっと大きいし、こんなに嫌味な目つきはしないし、鼻はもっと高いし、それから耳の形はもっと可愛いわよ」
「これ以上目を大きく書いたらアニメのキャラみたいになるし、嫌味な視線はしょっちゅうしてるし、鼻はこんな物だし、それから、耳の形ってなに? どんなのでもたいして変らないよ」
「私の耳はもっと気品があるもの」
「気品ある耳って……どんな耳の形だよ……」
 と、夢中になって話していれば、当然のように三人の視線が伶奈に集中。ぽっ……と赤くなって顔をうつむけると、伶奈はぼそぼそっと小さな声でアルトの言った台詞を三人に伝えた。
「まあ、似顔絵って、自分で見ると似てないように思う物じゃないの? ほら『私って写真写り悪い』みたいな」
「あはは、私も写真写り悪いんだよね。試合の写真とか、ひどい顔だもん」
 穂香がカッププリンを一口パクリ、スプーンをくわえたままで言えば、美紅も手元に置かれたチョコレートクリームたっぷりのロールケーキを舌鼓を打ちながら答えた。
「違うわよ! 似てないの! 私はもっと可愛いの! ほら、伶奈! 伝えて!!」
 その言葉にアルトがキッと目を剥き言えば、伶奈はため息交じりに彼女の言葉を三人に伝えた。
「……――って、言い張ってる……けど、よく似てると思うよ、南風野さん」
 伶奈がそう言うとティラミスを突いていた蓮が顔を上げた。
「………………………………」
 じーっと蓮の大きな瞳が伶奈の方を見つめる。視点があってるのかどうなのか……ぼんやりとしたままの表情、無言のまま、時が流れて約三秒……
 そして、蓮はぽつりと言った。
「……ありがとう」
「って、それだけ?」
「……」
 伶奈が問えば、蓮はこくんと頷き、再び、ティラミスを食べ始める。
「独特なタイミングで生きてるわね……」
 呆れるアルトに伶奈も微苦笑。
 そして、穂香が伶奈の手からひょいとノートを取り上げ、言った。
「ねえ、これ、もらって良い?」
「………………元々、しのちゃんの、それ」
「……まあ、確かにそうなんだけど……それじゃ、貰うね?」
 もう一度問いかけ、蓮が頷けば、穂香は四つん這いでまた机にとりつき、がさごそと中を漁り始める。
 そして、また、少々の時間……
「あった、あったっと……」
 取り出したのは無地のクリアファイル。百均で売ってそうな透明のクリアファイルを取り出すと、その中に破ったノートを突っ込み、そして、彼女はピッと画鋲で壁に貼り付ける。
「……ゲームのポスターの横に張られると、いっそう恥ずかしさが増すわね……」
「……――って、アルトが苦笑いしてる」
「………………一番恥ずかしいのは、蓮……」
 珍しく顔を赤らめうなだれる蓮をほったらかしにして、壁に向かっていた穂香が三度学習机へ……そして、今度は引き出しではなく、机の片隅、ほっぽり出してたノートや教科書の中に放置されていた二つ折りの携帯電話を手にする。
 開いて机の上にセットしたら、その液晶画面を覗きながら……
「ちょーっとこたつの真ん中辺りに溜まって? もうちょい真ん中の方……」
「なに? 記念撮影?」
「そそ。スケッチの横に張っちゃおうかなぁ〜ってね。うちに皆集まった記念」
 美紅の問いに答えながら、穂香は携帯電話のボタンを押す。
 ピッピッ……ピッピッ……
 電子音がカウントダウンを始め、穂香が集まる三人の傍へと駆け寄る……
「くだらないこと……考えるよね?」
「まぁねぇ〜って、ほら、伶奈ちもこっち見てないで、あっち見てよ」
 穂香に促され、伶奈が机の方へと向いた、その瞬間――
 ぱしゃっ!
 小気味いい電子の音を立て、シャッターが切られた。

 そして、数週後……再び伶奈が穂香の部屋を訪ねたとき、蓮のスケッチの横には少し大きめに引き延ばされた四方会四人の写真が飾られてあった。

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