予定よりも一本早い電車でターミナル駅まで行って、そこの駅前でバスに乗り換え、一路、郊外にある大きなショッピングモールへ。
過去にもちょくちょく出てきているこのショッピングモールは、大きな生鮮食料品店を基幹に様々な専門店やら映画館やらのある複合商業施設って奴だ。ありがちなショッピングモールではあるが、ここは県下どころか近県ひっくるめて有数の規模。関東から越してきて、そういう施設にも見慣れているはずの伶奈すら――
「大きいね……」
目を丸めて見上げるくらいに大きい。
ゴールデンウィークの日曜日だけあって、モールの中はどこに行っても人、人、人。油断したらすぐにでもはぐれてしまいそう。
その人混みの中、四方会の面々は互いの手をつないだり、腕を組んだりしながらに歩く。
それが伶奈には心地よかった。
本日のお目当ては映画。ネズミーの新作だ。伶奈の担任教師である桑島瑠衣子も見に行って「良かった。感動した」と大絶賛だったアレだ。
電車を一本早めたおかげで、余裕のある到着。すでに並んでる人もいたが、それでも十分に良い席を選べる順番に滑り込むことが出来た。
ポップコーンと飲み物も買って、前から四つか五つ目の列、ほぼ中央。最良と言って良い席に四人並んで陣取れば、時が過ぎるのも忘れてすっかり映画にはまり込んでしまう。
気づけばあっという間にエンディングだ。
「面白かったね!」
「うん……ちょっと、泣いちゃった……」
「特に松たか子が親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは……」
「そんなシーン、ないって……そもそも、松たか子は中の人だから……」
穂香と伶奈が素直に褒めてる横で、蓮が明後日の方向を向いてつぶやき、それに美紅が半笑いで突っ込みを入れる。まあ、割といつもの風景。
「ところで、お昼、どうするの?」
尋ねたのは割と燃費の悪い美紅だ。運動能力がハイスペックな分、燃費が悪いらしい。
「ほら、アレ……」
頭の上でアルトがちょいちょいと髪を引っ張り促せば、伶奈は「あっ」と小さな声とともに顔を上げ、そして、言った。
「外で食べよう? サンドイッチかお弁当買って……」
伶奈が提案すれば、周りの恐ろしいまでの人混みと長蛇の列をなすレストラン街にうんざりしていた三人は一も二もなく食らい付いた。
「じゃあ、伶奈ち、ちょっと、スマホ貸して」
そう言って穂香が手を差し出すから伶奈は素直にオーバーオールの大きな胸ポケットからスマホを取り出し、彼女に手渡した。
「私のケータイ、ガラケーでしかもパケホないんだよね……世知辛いったら……」
そんなことを言いながらも慣れた手つきで彼女はスマホの画面をなでて、周辺の地図を呼び出した。
「その割に妙に慣れてるね?」
「お母さんもお父さんもスマホだから、暇が出来たらいじらせて貰ってるの……」
のぞき込む美紅に問われ、穂香が答え、そして、周辺の地図を引き延ばしたり、スクロールさせたり……――
「あっ、近くに神社あるよ、神社、ここで食べよう?」
パッと穂香が顔を明るくさせて、画面の一カ所、小さく卍のマークが入ってるところをタップする。すると、登録されている写真が数枚、スライドショーの要領で表示される。それを見る限り、境内も割と明るく小ぎれいな感じで、食事をするにはちょうど良さそうだ。
それを四人と伶奈の頭の上に乗ってるアルト含めて五人でのぞき込んでも、特に異論を述べる者はなし。全会一致で今日のお昼の場所が決定した。
「……じゃあ、パンが良い……」
「なんで?」
つぶやくように言った蓮の言葉に穂香が反応すれば、蓮はピースサインを二つ作って答えた。
「……神社でジンジャーエール……いぇい」
「……蓮ち、ホント、そういう親父ギャグ大好きだね……」
「大好き……」
あきれたようにうなだれる穂香の横、ピースサインをふらふら動かしてる蓮を見やり、伶奈も、そして、美紅も苦笑い。
「まあ、パンなら伶奈以外の誰かがコーヒーを買うでしょうから……パンが良いわね」
と、頭の上でアルトも言ってるので、伶奈もパンが良いと言えば、やっぱり、取り立てて異論が出ることもなかった。そういうわけで、お昼の買い物はショッピングモールの一角にある小さなパン屋さん。焼きたての香ばしい香が鼻腔をくすぐり、いやが上にも食欲を誘う。
で……
「何で、ココアとジンジャーエールと紅茶とコーラなのよ! しかもペプシ!」
(……ペプシもコカコーラも変らないじゃん……)
頭の上で暴れる妖精に伶奈はサンドイッチとアイスココアを胸に抱きながら、内心思った。
ショッピングモールから出ると、外は五月晴れのまぶしい日差し。周りにあるのは田んぼか麦畑。高い建物と言えば二階建てのアパートが一つ二つに、三階建ての……小中高いずれかは解らないが、ともかく校舎っぽい建物が見えるくらい。ずーーーーーっと遠く、かすんで見える山々から伶奈のほっぺまで、遮る物なく春風が吹いてきて、心地良い。
お目当ての神社まで、距離もそんなに遠くないようだし、食事前の散歩にはちょうど良いかも知れない。
「…………疲れた……きたちゃん……だっこ……」
「何で、私にねだるのよ!?」
「………………にしちゃんとしのちゃんは体力なさそうだから……」
もっとも、虚弱体質(の割に病気らしい病気はしたことがないらしい)の蓮は別だった様子。早速へばって、スポーツギャルの美紅にしがみつこうとしているというか、じゃれ始めるというか……そんな風景に伶奈は残る穂香と笑いあいながら、あまり広くない道をのんびりと歩く。
車線こそ別れてないが、乗用車二台が楽にすれ違えそうな道を歩いていると、右側に大きな石の鳥居があった。
その角を曲がって、鳥居をくぐればすぐ向こうに社が見える。
ここまでだいたい、モールから歩いて十分くらい掛かった。まあ、蓮と美紅のじゃれ合いがなければ半分か七割で着いたかも? と言ったくらいの距離。
さっきまで歩いてた道よりも少し狭い参道、その両側には相変わらずの田んぼと畑。十メートル少々も行けばどん詰まり。そこにちょっとした階段があって、その上にこぢんまりとした社が見えていた。
田んぼ二枚向こうには大きな道もあって、そこにはそこそこの交通量もあったはずなのだが、そこを走る車の音は不思議と聞こえない。参道は心地よい静寂に包まれていた。
「思ってたより小さいけど、静かで良いところだね」
「お弁当食べるには良いよね」
穂香と美紅が口々に言えば、蓮も伶奈も素直に首肯する。
そして、とんとんと四人は石の階段を上りきり、境内へ……辺りをきょろっと見渡すと――
「あそこ」
言ってアルトが伶奈の髪をちょいちょいと二回引っ張る。
その引っ張りに釣られて視線を動かせば、境内の隅っこ、社務所らしき建物と本殿の間に押し込まれるように一本の大木があった。どうやら、桜らしい。
その桜の下には古びた木製のベンチ……
「あれ……」
と、指さし、皆に声をかければ、あっという間にそこでの食事会が決定される。
当たり前だが、桜はとっくに散ってしまって、葉桜も良いところ。それでも、境内を吹く風に桜の葉っぱが揺れて、そのざわめきが耳に心地良い。
そのベンチに腰を下ろす。
今日の並びは東南西北。
「麻雀?」
ってアルトが聞くけど、伶奈はよく知らないので解らない。ふぅんとだけ聞き流して、手にしていた買い物袋を膝に起き、中から買ってきたものを取り出す。伶奈のは缶のココアとサンドイッチだ。サンドイッチはごくごく普通の三角形の奴。中身はハムレタスとツナマヨの二種類。小さくちぎったパンをアルトにこっそりと手渡しながら、それをかじる。
周りも似たような感じ。
思い思いにパンをかじったり、心地よい風に吹かれたり……昨日あったことを冗談めかした口調で話し合ったりと、お互いのパンを一口ずつ交換してみたりと、楽しい食事のひとときを過ごしていた。
最初に食事を食べ終えたのは、一番食べるのが早い穂香だ。お昼を一緒に食べてもたいてい四人の中で最初に食べ終えるし、ハマ屋でたこ判を食べるときもあんなに熱いものをよくぞ……と思うくらい早く食べてしまう。もっとも、その上に食べる量が小さなクロワッサンとカスタードクリーム入りメロンパンを一つずつだけって言うのも大きいだろうか? 四人の中で一番少ない。
「ごちそうさま……っと。美味しかったぁ〜」
そう言いながら、穂香は満足そうな笑みを浮かべていた……かと思ったら、彼女はすっくと立ち上がり、ベンチの正面、木漏れ日が風に揺らめく桜の木の下へと駆けだしていった。
そして、くるんと一回転。ピッと踵をそろえて、大きく右手を突き上げれば、高らかに宣言す。
「では、これより、第一回四方会人民裁判を行います!」
「ちょっ、もう! また、変なこと、言い出して! 人民裁判とか、怖いこと言わないでよ!」
大きめの声で突っ込みを入れたのは、手には食べかけのハンバーガー、膝の上には手も付けてないホットドッグを置いてる美紅だ。彼女は食べる量も多いし、食べるのも遅い。
「まあまあ、みくみくも、そんな顔色変えないで……」
「だから、みくみくって言わないで! 伶奈ちゃんが伶奈ちで、蓮ちゃんが蓮ちなのに、何で、私はみくみくなんだよ!!」
「みっくみくにしてやったんだよ〜」
「余計なお世話だよ!!」
と、二人が楽しそうに漫才してるのを伶奈は頬を緩めて、ほったらかし。ちょっと残ってるサンドイッチをアルトに分け与えながら、のんびりと残りの食事を進める。缶ココアは甘いばっかりで美味しくなかったけど、サンドイッチはなかなかのおいしさ。マスタードのピリ辛具合がちょうど良い。
伶奈の隣では蓮もぼんやりとした表情、我関せじと言った具合に食事中だ。
「……いつもこんな感じ?」
半ばあきれてるアルトにこくんと頷けば、妖精は呆れ顔で――
「……まあ、楽しそうね……」
と、ため息をついた。
「美紅ちで良いじゃんか!」
「いや、なんか、ほら……懸賞の応募要領みたいじゃん? 一口、二口、美紅ち! みたいな」
「じゃあ、蓮ちゃんの蓮ちはどうなんだよ!? レンチだよ、レンチ、スパナ? 工具!?」
「それはそれでありじゃないかと……」
「美紅ちと同じくらいだよ! ありにしてもなしにしても!」
と、楽しそうな漫才は見てて面白いけど、どこまで続くんだろう? と、若干不安になってくる。
も、
お隣で連の食事が終わった。
そして、蓮はおもむろに空っぽになったカレーパンの紙袋を取り出すと、フーーーーーーーーーーっと、息を吹き込み始めたので、伶奈と彼女の膝の上にいる妖精さんが素直におのおのの両耳に指を突っ込んだ。
待つこと数秒……
ぱん!!
「「ひゃっ!?」」
紙袋の破裂音が静かだった境内に響けば、大声を上げて漫才を演じていた北東コンビの言葉がぴたりと止まった。
そして、蓮が静かな口調で言った。
「……裁判長、裁判、始めよう?」
「はっ、始めるの? てか……もう、裁判は決定なんだ?」
美紅はどこか不服そうではあるが、蓮が今度は先ほどの紙袋よりも大きな、買い物袋の方に息を吹き込み始めれば、
「ああ……解った、解りました。もう、文句は言いません」
そう言って、彼女は浮かせていたお尻を古びたベンチの上に落ち着けた。
「後でゆっくり……言うと良いよ……聞いてるから」
蓮はそう言うけど、美紅はくしゅんと頷き力なく、首を振った。
「……良いよ、もう、言わないよ……みっくみくでいいです……」
そして、穂香が薄めの胸を反らして、宣言した。
「じゃあ、平和裏に話は解決したって事で、そろそろ、始めようか? 軍事法廷」
「……さっき、人民裁判って言ってたじゃんか……――」
「まあ、どっちでも良いじゃん?」
「はぁ……」
せっかくの突っ込みを穂香に軽く流され、美紅がかくんとうなだれる様はさすがに傍で見てて、気の毒な感じ。
そんな美紅をほったらかしに、穂香はとことことベンチの傍に帰ってくるとちょうど残る三人並びの真ん中、伶奈の前にちょこんとしゃがみ込んだ。
「まあ、たいした話じゃないんだけどさ、昨日ね、おばあちゃんが古い友達と喫茶店に行ったんだって。そしたら、可愛いウェイトレスさんがちょこまかちょこまか、楽しそうに働いてたんだって」
「えっ?」
伶奈がつぶやいたのは、昨日、アルトに珍しく二人組の老婦人が来店してたことを思い出したからだ。片方は顔見知りの常連客だが、もう片方は初めて会う女性……だと思う。さすがに吉田貴美のように一回来たことのある人は何となく顔を覚えてるなんて特技はないので、断言までは出来ない。
その老婦人二人組は、カウンター席に座って和明と話をしてたっけか……そー言えば、なんか、こちらのことをちらちら見てたというか、ふと、カウンターの方を見たとき、妙に視線が交わったような気がする。
「そのウェイトレスさん、中学一年生なんだって」
もちろん、伶奈も中学一年である。
「それでね、それでね、その子、注文を取ったりするだけじゃなくて、ココアを煎れてくれて、それが凄く美味しかったんだって〜」
伶奈もその老婦人二人にココアを煎れた。
まさか……の疑惑はどんどん高まり、伶奈の前、しゃがみ込んだ穂香が顔を左右に座る二人、美紅と連の顔を順番に見、そして、伶奈の顔を最後に見上げたら、にこっと屈託のない、可愛い笑みを浮かべて、言った。
「なんと名前は西部伶奈ちゃんって言うんだって!!」
「「えぇぇぇぇぇぇ!!!???」」
穂香がひときわ大きな声で言えば、残りの二人が、普段はほとんど大声を上げない蓮までもが腰を浮かせて大声を上げる。
そして、残る伶奈が「あぁ……」とため息一つ。
その膝の上では妖精さんが、
「教えてなかったの?」と顔を上げて尋ねた。
その妖精の顔をちらりと一瞥。
教えてないのは、教えたら三人が遊びに来そうで、遊びに来たら『ペンギンみたい』と評される仕事風景を見られてしまうから……ジェリドこと勝岡悠介に至っては「持てばペンギン、置けばチョロQ」とか……足下をちょろちょろ走り回ってる姿がゼンマイ式のミニカーみたいだから、らしい。うまいこと言いやがってと思いながら、アルトに刺して貰った。
そんな伶奈の思いをよそに、すっくと立ち上がった穂香はピッと人差し指で天を指し示し、再び、高らかに宣言した。
「と、言うわけで、被告は伶奈ちで、罪名は『喫茶店でウェイトレスしてるとか、教えてくれないなんて、ひどいよ!』罪!!」
瞬間、両脇でぱちぱちと拍手の音が響けば、伶奈の有罪はもはや確定したも同然だった。
まあ……ネタは挙がってるので――
「……むしゃくしゃしてやった、今は反省してるって言うと良いわよ」
ってアルトにアドバイスして貰ったので、素直にその通りに言った。
「まあ、別に責めようって話でもないんだけどね〜〜今度、遊びに行って良い?」
うれしそうに尋ねる穂香、
「あっ、私も行きたい!」
軽く腰を浮かして美紅が尻馬に乗り、
「……私も」
蓮が控えめな……と言うか、消えそうな声で言って、
「……ああ……」
と、伶奈が頭を抱えた。
そして、妖精は伶奈の残していたサンドイッチをかじっていた。
そういうわけで、喫茶アルトにみんなでお出かけ……と言うことになった。
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