みんなでお出かけ(1)
 五月頭、ゴールデンウィーク後半四連休の二日目、日曜日。伶奈は友達と出かける約束をしていた。過去にもちょくちょく出てきた郊外のショッピングモールに映画を見に行く予定。映画が終わったら、モールの中をうろうろしたり、食事をしたりって予定だ。
 四方会<しほうかい>四人、全員が集まってのお出かけはこれが初めてだったりする。
 そんな話を土曜の夜、営業終了後のお茶会で話したら、即座にアルトが――
「私も行くわ」
 と、言い出した。
 若干、面倒くさいなぁ……って思ったけど、アルトは行きたがってるし、何より、母が夜勤だから今夜はアルトにお泊まり。着替えも持参で、明朝はここから直接出掛けることになってる。
 ってことは、無視して出掛けるって訳にもいかない。
「……変な事したら、置いて帰るよ?」
「大丈夫よ、あのモールからなら、電車とバスを乗り継いで帰れるもの」
 勝ち誇る妖精の顔をジト目で見下ろすこと、数秒……
 ひときわ低い声で彼女は言った。
「……変な事したら、ねじるよ?」
「…………ねじるのは止めて」
 さすがのアルトも顔色を変えていた。

 さて、そういうわけで翌日、日曜日。
 集合場所は四方会の面々が定期を持ってたり、歩いて三分の所に住んでたりで、便利の良い学校正門前と言うことになっていた。
「ずいぶん、早く出るのね……眠いわ」
「寝てて良いのに……」
 頭の上で大きなあくびをする妖精にため息一つ。
 白い長袖のカットソーの上からお気に入りのオーバーオール、頭の上にはあくびをいくつもかみ殺しているアルトを装備して、伶奈はガタゴトと揺れる電車に乗っていた。
 ゴールデンウィーク中の日曜日、朝もまだ早めと言うこともあってか、電車の中は見事にガラガラ。二両編成の前側に乗った伶奈の周りには、学生風の男性が一人と初老の男性が一人しか居ない。
「待ち合わせ、八時半でしょ? もう一つ遅くても良かったんじゃないの?」
「……もう一つ遅いと、駅に着くのが八時三十五分だよ……」
「五分くらい、どうってことないわよ……てか、最初から八時四十分くらいにして貰いなさい? そー言うときは」
「……遅刻は嫌いだもの……それに、電車の時刻表に気づいたの、待ち合わせの時間が決まった後だったし……」
「なるほど。変なところで抜けてるわね?」
「うるさい……後でねじってやる」
「口で負けて暴力に訴えるなんて、情けないわよ」
「ふんっ!」
 鼻を鳴らして、少女はそっぽを向いた。もっとも、元々頭の上に座ってるアルトの顔は見えてなかったのだが、気分だけ。気分だけでもそっぽを向いたつもりで、視線を窓の外へと向けた。
 真っ青な空には白く大きな雲が一つ二つ、その間を気持ちよさそうに泳ぐ鯉のぼり。その下には田園風景、そろそろ色づき始めた小麦たちが風に揺られて気持ちよさそう。
「映画より……外も良かったかな……」
 ぽつりと伶奈がつぶやく。
「映画を見た後に外ってのもありね? モールのパン屋でサンドイッチでも良いし、お総菜売り場でお弁当でも良いから、買ってどこかで食べれば良いのよ。公園とか」
「……ああ、そっか……そうだね」
 少し視線をあげれば、頭の上からうれしそうにのぞき込んでくる妖精の顔。屈託なく笑うと、彼女は言葉をつないだ。
「飲み物はコーヒーね、ブルマンが良いわ」
「……パンならココア、お弁当ならお茶」
「相変わらず、コーヒーが苦手なのね……」
「苦いもん……ココアは煎れるの上手になったよ? 灯センセも美味しいって言ってた」
「全く、味覚がお子ちゃまなんだから……」
「ふんっ! 好みだもん!」
 それで会話を打ち切るように、伶奈は視線を風景が流れる車窓へと、再び、動かした。
 カタコトと電車が走る。
 車窓から見える風景はのどかな田園風景からごみごみとした住宅地へ……その風景が伶奈にそろそろ下りる時間であることを教えてくれる。
 程なくして、電車が伶奈の降りるべき駅へと滑り込んだ。
 単線区間の交換駅なおかげで、上り列車が駅に入るときには下り電車がいることも多い。
 そして、その下り列車には……
「おっはよ〜ん! 伶奈ちゃん!」
 半袖のセーラー服風の上着にキュロットスカート、それからハイソックスとスニーカー、黒っぽい色で統一された中、赤いネクタイがアクセントになっててちょっとかっこいい少女、北原美紅が乗っていた。ソフトボール部の朝練がないときなんか、朝が一緒になることも多い。
「おはよう、北原さん……」
「やっぱり、伶奈ちゃん、それに乗ってたんだ? 私、次の五分遅れに乗ろうかと思ったんだよね、一瞬」
「遅刻……しちゃうよ?」
「うん、だから、これにしたんだよ。伶奈ちゃんならこっちだろうって思って」
 コンクリート製のプラットフォームの上、二人は並んでそれぞれが下りた車両の車掌に定期券を見せた。
 短く鋭い笛の音、圧縮空気の音がして、ドアが閉まる。
 それぞれの終着駅へと向けて駅から離れる列車を見送り、伶奈と美紅は線路を渡った。
 美紅の横顔、短く切りそろえた髪が少し湿気を帯びてて、ほんのりシャンプーの香……
「今日も走ってきたの?」
「あったりまえ〜朝練のない朝は一時間は走らないと、朝ご飯が美味しく食べられないもん」
「…………若干、あきれる……」
「慣れると気持ち良いのになぁ〜」
 伶奈と美紅は話をしながら、駅前の通りを歩く。片側二車線、国道ではないが主要幹線道という奴。その通りには本屋にコンビニ、百円ショップ、ディスカウントストアー等々。一軒一軒は小ぶりだけど、店の種類と数はそれなり。日常生活に必要なものは、一通りはそろえられそうだ。
 と、その通りを少し行ったところにバス停が一つ。どうせなら、駅の前に作れば良いのに……って思うけど、このバスと電車は運営会社が違うらしいから、そういう配慮がないのも仕方がない。
 そのバス停の前と言うか、少し向こう側にやたらとのんびり歩く少女の姿があった。
 白いフリル付きのスカートに萌葱色のカーディガン、ふんわりと広がった明るい茶髪、お人形さんのような後ろ姿には見覚えあり。
「蓮ちゃーん! おっはよ〜ん!」
 最初に声をかけたのは美紅だった。
 声をかけたかと思えば、たったったった〜っとスニーカーの軽やかな靴音を立てて、彼女は駆け出し、蓮らしき少女の肩をぽーんと叩いた。
 人違いだったらどうするんだろう? って思ったけど、振り向いた顔はふっくらとしたほっぺたにトロンとした大きな瞳、後ろ姿もお人形さんのようだが、正面から見るともっとお人形さんみたいな美少女、南風野連だった。
 それを確認してから、やおら、伶奈が声をかける。
「おはよ、南風野さん」
「………………おは、よ、きたちゃん、にしちゃん」
 普段からのんびりというか、間延びしたというか、ものすごくよく考えてから話してるというか……そういう話し方をしている蓮だが、今日は特別のんびり……とは言っても、特別のんびりなのは毎朝のこと。血圧が低い上に体力もないから、自宅から最寄りバス停(坂の上らしい)まで歩くだけで疲れ果ててしまうらしい。
「相変わらず、朝は顔が死んでるよね……ちょっとは運動しようよ?」
 四方会一のスポーツマンが蓮の肩に腕を回せば、蓮はイヤそうに身じろぎだけはするものの、押し返すことまではせず、代わりに一言だけを美紅に返した。
「………………死ぬ」
「人間、スポーツしただけで死んじゃうようには出来てないんだよ? むしろ、運動しないと、早死にしちゃうから」
「うちのお祖父ちゃんでも毎日一時間以上歩いてるよ?」
「……うっ……」
 美紅だけではなく、伶奈にまでそう言われるとさすがに蓮も言葉に詰まる。
 も、それと同時にひょこっと頭の上からアルトが顔を覗かせ、伶奈に言った。
「たばこだけ吸って帰ってくるときもあるわよ」
「えっ? ホント?」
「何? どうしたの? 伶奈ちゃん」
 思わず応えてしまえば、美紅が不思議そうな顔で尋ね、その美紅に首を抱かれるような感じになってる蓮も伶奈の顔を大きな瞳でまじまじと見つめた。
「ああ……ううん、なんでもないよ、なんでも……」
 慌てて首を左右に振って否定すれば、美紅も蓮も一応は納得した様子。
 そして、アルトがぺろっと舌を出して頭の上へと帰って行く。
(後でねじろう……)
 心に決める横で、美紅が蓮に声をかけた。
「まあ、いいけどさ。それより、蓮ちゃんも早かったね? バスの便?」
「…………うん。次は二十七分で……待ち合わせまで三分だと……たどり着けないかも……」
「……たどり着けるよ……どんだけ艱難辛苦を乗り越えて、バス停から校門前まで行くのよ」
「…………きたちゃん……だっこ……」
 首に腕を巻き付けられていた蓮の方が美紅の腕にしがみつくと、蓮の体が美紅の二の腕にぶら下がるような感じ。
「重いよ! てか、それだけ元気なら普通に歩けるし!」
「……………………だっこぉ……」
 なんだかんだ言いながらも、蓮を引きずって歩く美紅の後ろ、少しだけ頬を緩めて伶奈はついて行く。
「面白い友達ね?」
 頭の上からふわりとアルトの小さな頭と綺麗な金髪が降ってくる。その金色の瞳に軽くほほえみかけて、伶奈は応えた。
「うん……面白いよ」
 そして、数歩前を行く美紅が振り返り、大きな声を上げた。
「遅いよ! 早くいこ?!」
「うん……いく」
 軽い駆け足で伶奈は美紅たちに追いつき、彼女らの隣に並んで、歩き始める。
「まだ、十五分くらい時間があるね?」
 伶奈がそう言うと答えたのは、未だに蓮を右の二の腕にぶら下げている美紅だった。
「そうだねぇ〜話でもしてればすぐだよ〜」
 と、一分とかからず信号の角を曲がれば、すぐに校門、そして、その前には……――
「おっはよ〜!」
 黒いジーパンの上に大きめのネルシャツをワンピースのように着こなした穂香が、正門の前でぶんぶんとちぎれんばかりの勢いで手を振っている姿がそこにあった。
「絶対にこの時間に来ると思ってたんだ!」
 恥ずかしいほどの大きな声で穂香が言えば、やっぱり、大きな声で美紅が尋る。
「なんで?!」
 そして、蓮がぶら下がっていた美紅の腕から離れたのを合図に、ちょっぴり小走り程度で三人は穂香のいる校門へと走る。それに合わせて、穂香ももちろん、三人の方へと駆け寄れば、あっという間に三人と一人は合流した。
「後で、電車とバスの時刻表調べたら、なんか、ものすごい、中途半端な時間だったから」
「……だったら、連絡してくれれば良かったのに……」
 穂香の言葉に苦笑いで応えたのは、伶奈だった。
 その伶奈の言葉に穂香は屈託のない笑みで答える。
「良いじゃん、早く会えた方が楽しいもん」
 そう言って、また、屈託なく笑う穂香にほかの三人と、アルトも頭の上で「はは」と小さな笑い声を上げたのが聞こえた。
 そして、彼女はまたひょっこりと頭を伶奈の前にぶら下げ、言った。
「面白い友達ね?」
「うん……面白いよ。それに凄く、良い友達だよ」
 小さめの声で答えても、肩と肩がぶつかり合うほどにひっついてれば、ほかの三人にも聞こえたみたい。
「なに? どうしたの? 伶奈ち」
「………………にしちゃん、へん」
「……いや、蓮ちゃんには言われたくないと思うよ、伶奈ちゃんも」
 三人に注目されて、ポッと顔が赤くなるのを感じながらも、伶奈は精一杯に笑みを浮かべて答える。
「えっと……せっかくだから……電車、一つ、早いのに、乗ろう??」
 伶奈がそういえば、三人は口々にまだ早いとか、隠してるとか、変だとか、好き放題の言葉を並べ立て、そして、じゃれ合う子犬たちのようにひとかたまりになって、道を歩く。

 それを妖精は伶奈の頭――友人にじゃれつき、友人からじゃれつかれる伶奈の頭から振り落とされないように捕まりながら、見下ろしていた。
 その頭上にはどこまでも高い五月晴れの空が広がっていた。
 

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