四方会(完)
 さて、四方会設立翌日。
 伶奈たちは何となく蓮の机の周りに集まっていた。
 蓮の席は伶奈の後ろ、穂香の斜め後ろという好位置。後は美紅が帰った誰かの席から椅子を持ってくれば、四人の座る場所が確保されて、都合が良い。
 三々五々に帰って行ったり、もしくは四方会同様グループを作って雑談に興じ始めたり……放課後の教室は賑やか。そんな賑やかな空間の中、伶奈たち四方会ものんびりと放課後のひとときを楽しんでいた。
「ところで、みんな、部活はどうするの?」
 尋ねたのは穂香だった。
「どこか……入らなきゃいけないんだよね?」
 伶奈が尋ね返すと穂香がこくんと小さく頷き、先ほど、担任の瑠依子が配ったプリント用紙を蓮の机の上に取り出した。運動部および文化部の部活一覧だ。
「あっ、私、決まってる!」
 その紙が出るやいなや、早速手を上げたのが美紅だ。
「私、ソフトボール部に入るんだ〜」
「へぇ……」
 どこか誇らしげな美紅の顔を見やる。良く焼けた健康的な肌に短く刈り込んだボーイッシュな髪型、体つきもしなやかで筋肉質。かわいいとか美人って言うよりも、かっこいいと評したい少女。確かにスポーツをしているって感じだ。
「前からしてたの?」
 穂香が問いかけると、美紅は大きく首を縦に振って答える。
「スポーツ少年団だけどね。一応、レギュラーだったんだぁ〜ねえ、みんなもおいでよ〜」
 美紅が楽しそうにそう言うと、伶奈もそれも良いかなぁ……なんて頭の片隅で考える。
 も、
「……ヤだよ、英明の運動部、ガチだもん……」
 げんなりとした表情で穂香が首を左右に振ってみせる。
 そういうのも、英明は中高一貫教育だ。せっかく中高一貫なんだから、『六年で天下を取ろう』というかけ声の下、中学三年間は成績を収めることよりも基礎力をつけることに主力を置いた、きつい練習を課せられるのが習わしになっている、そうだ。ちなみに言い出したのは、大昔、ここで生徒会長をやってた黒沢真雪女史……ということは後で聞いた。
「うち、ここから歩いて三分って所だからさ……もう、毎日のようにぐるぐる走り回ってる英明のお姉さん方を見て知ってるんだよ。あんなきつい練習、私には無理だって」
 穂香はそう言ってうんざりとばかりに肩をすくめてみせた。
 その様子に美紅も脈がないと解ったのか、すっとその隣、自身の席、後ろ向きにした椅子に座っている伶奈へと視線を向けて――
「無理」
 問われる前に伶奈は答えた。
「って、早いよ」
「……スポーツ、嫌いじゃないけど……上手じゃないし……体力、ないもん……」
 体育の成績は常に上中下の三段階の中の下。なんでも小器用にこなす伶奈の成績表、その中で『下』の印はただ一つ、体育の項目の上だけで燦然と輝いていたのだ。
「後、美術が中……」
「ほかは全部、上とか言いだしたら、友達辞めるよ? なってまだ二日目だけど……」
「……じゃあ、残りは言わない」
「……言ったも同然じゃない……」
「言わないから、友達……」
「はいはい……じゃあ、残りは……――」
「手芸部……」
 蓮の答えは早かった……というか、ここまで会話に参加せず、彼女はずーっと部活の名前が列挙されたプリントを眺めていたらしい。
「……もう、決めたの?」
 尋ねたのは伶奈の隣、美紅の正面に座っている穂香だった。
 尋ねられた蓮は穂香の方へ、その愛らしくもぼんやりとした顔を向けて、こくりと頷き、答える。
「うん……手芸部。蓮も運動は苦手だからぁ……」
 ぼんやりとした口調で彼女は言った。
「ふぅん……手芸かぁ……」
 つぶやき、穂香がプリント用紙を手に取った。それを横からのぞき込むように、伶奈も目をやる。もちろん、見る先は手芸部の活動内容の所。
「…………刺繍、ドールハウス、パッチワーク、レース編み……は良いとして……パズルとかプラモデルとか混じってるね……」
 穂香が読み上げたところは伶奈も読んでいたところ。もちろん、彼女が引っかかった部分も伶奈が引っかかった部分。思わずその一文を見れば、伶奈はつぶやかざるを得なかった。
「なんか……工作部みたいだね?」
 その伶奈のつぶやきに、ぼんやりと頬杖をついていた蓮が即座に顔を上げてぽつり。
「工作員」
「れんちってこういうときだけ反応早いよね……」
「レンチで工作…………いぇい」
「……ホント、そういうくだらない冗談、大好きだよね?」
「大好き」
 ぼんやりとしながらもどこかうれしそうな顔で、蓮は二つのピースサインを作ってそれを左右に振り降り……一方の穂香はあきれているというか、苦笑いというか……微妙な表情でそれを見やる。
 そんな二人から視線を外し、伶奈は改めて視線をプリントに落とした。
 やっぱり、そこには「手芸部:主な活動、刺繍、パッチワーク、レース編み、編み物、ドールハウス、プラモデル、パズル、レゴ、ディアゴスティーニ全般など」と、すばらしい内容が並んでいた。
 でも……と、改めて考えてみると、
「手芸部……おもしろそう……」
 ではある。
 どれもろくにしたことはないが、してみたいとは思う。特に前半。
「私は後半」
「蓮は全部」
 迷うことなく言い切る友人二人に、ちょっぴりあこがれる。
 そして、残る一人が――
「何で、みんな、手芸部!? 一人くらい、ソフトボールに来てよ!」
 と、気色ばむ……も、やっぱり、ほかの面々は
「……体力ないから……」
 伶奈が視線を落とし、申し訳なさ一杯で答える。
「あんなきつい練習はヤだ」
 穂香はとりつく島もなくきっぱりと言い放った。
「スポーツ、嫌い」
 そして、蓮はぽつりと漏らした。
 三者三様の言葉ではあるが、はっきりと拒否していることだけは一様な発言に、美紅は机の上にのの字を書き始めた。
「……ひどいよ、みんな……『出来るだけ仲良くする』って、私たちの掟じゃんか……一人ぐらい、こっちに来てよ……」
 と、泣いてせがまれても、友情だけで毎日走り回る運動部に入れるほど伶奈たちはスポーツマンではない。てか、基本、三人ともスポーツは苦手のようだ。伶奈もひどいが蓮に至っては、『持久走の翌日は必ず筋肉痛。それも起き上がれないほどにひどい』というお人。
「じゃあ、もう、いいよ! 私も手芸部に行くよ! 手芸部に入って、プラモデルをつく――」
 ぺちん!
 美紅の言葉を遮り、心地よい音が伶奈の隣で響く。
 一瞬、何が起こったのか把握できなかったのは、伶奈だけではなく、頭を叩かれた張本人の美紅、そして、それを真正面で見ていた穂香も同様。
 解っていたのは、下手人であるところの蓮ただ一人。
 いつの間にか立ち上がっていた蓮の右手が、美紅の短めに切り込んだ頭を平手で叩いていた。
「なっ!?」
 座ったまま、目を丸くしている美紅を、蓮が見下ろすような形。頭に手を置いたまま、蓮はじーっと美紅の顔を見下ろす。その瞳は普段のぼーっとした視線とは違って、にらんでいるというわけでもないのだが、はっきりとした意思の力を感じさせる視線だった。
 そして、彼女は短く言う。
「良いの?」
「あっ、いや、その……」
 その強い視線に美紅はしどろもどろ……
「い・い・の?」
 まるで念を押すかのように、一文字ずつ、はっきりとした口調でもう一度言えば、美紅は観念したかのように視線をそらして、答えた。
「……良くない……ソフト、したい……」
「……うん。良い子」
 ぽんともう一度、今度は優しく、美紅の頭を一つ叩いたかと思ったら、蓮は先ほどまで座っていた椅子の上にぺたんと腰を下ろした。
「……見開いたから、目が乾いた……」
「瞬き位してよ」
 ぼけてるのか、本気なのか、いまいちはっきりしない蓮に一応の突っ込みを与えて、伶奈は美紅の方へと顔を向ける。
 そして、伶奈はすだれの前髪越しに美紅を見ながら、言った。
「ソフトボール部の練習が終わるの、待ってるからね……」
「そだね。みんなで待ってるから、練習が終わったら、四人で一緒に帰ろうよ」
 伶奈と美紅に言われれば、ふくれっ面は未だ収まらないものの、彼女はこくんと小さく頷いた。
 そして、美紅は不安そうな表情で言う。
「ぜーーーーーったい、待っててよ?」

「「「うん!」」」

 美紅の言葉に三人同時に大きな声で返事をした。

 翌日……
 早速、伶奈たち手芸部組は手芸部が活動している家庭科教室で――
「あら、一人足りないね?」
 と、笑う我らが担任教師、桑島瑠依子女子と出会ってびっくりしたり、その桑島瑠衣子に向かって東雲穂香がはっきりと
「キャラじゃないよね……手芸とか……」
 とか言っちゃって、瑠衣子に「よし、東雲さん、英語の単位、取れないと思え」と目が笑ってない笑顔で言われたり、まあ、細々とした事件を発生させた。
 そして……
「つっ……疲れた……死ぬ……みんな、来なくて正解……私も夏休みまで生きてないかも……」
 夕暮れ時のグラウンドの隅、三々五々に帰って行く運動部部員たちに混じって引き上げてくる美紅を、約束通りに出迎えた。
「おっつかれさ〜ん♪」
 奇妙なイントネーションで三人を代表して穂香が言えば、疲れ切ってはいるものの、はち切れんばかりの笑みで美紅は答える。
「疲れた〜お腹すいた〜」
「じゃあ、近所にたこ判、売ってるお店があるから、食べて帰ろうか?」
 美紅に肩を貸しながら、穂香が答えると、明後日の方向をぼんやり見つめたまま、蓮がぽつり……
「太る……」
「れんち! 突っ込みの時だけ早いって!」
 その蓮のつぶやきに穂香が大声で答えれば、伶奈は美紅と声を合わせて「あはは」と笑う。
 その笑い声が、真っ赤な夕焼けの空へと消えていく……
 その真っ赤な夕焼け空の下、四人は肩を並べて、ゆっくりと歩く。
 連れ立って歩く女子中学生たちの上を椋鳥の群れが一団、山へと向かって、飛んでいった……

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