受験と風邪と女と友(完)
 二月の頭、第一土曜日が喫茶アルト最寄り大学の一般入試日だった。午前中に学科二教科、午後から面接という流れだ。
 その日は朝からどんよりとした曇り空で、今にも雨か雪が降ってきそうな雰囲気。キャンパスを歩く学生や制服姿の受験生達も猫背で誰も彼もが早足で通り過ぎていた。
 そんな中、おそろいの背広を着た二人組がいた。
「寒いなぁ……」
 ため息交じりに呟くのっぽな童顔青年は、前回のお話で見事に風邪を引き、センター試験で大爆死をしちゃった時任灯君だ。彼が少し頭が痛いなぁ〜と思いながらもセンター入試に行ったら、一発目の歴史のテストが終わる頃には頭がグラングラン、二つ目の国語では目がかすみ初めて、三つ目の英語は受けた記憶がない……が、一応、問題用紙は持ち帰っていたので、たぶん、受けたのだろう。しかし、問題用紙に回答を書き込まずに帰ってきてしまっているので、もはや、自己採点も出来ないという有様。翌日、二日目はもう心身ともに受ける力がなくなったので、受けてない。
「……――って訳で、ここを落ちると、来年度は彩りのない浪人生なんだよ」
 と、言う話を灯が語って聞かせているのは、リトルリーグ時代からの友人真鍋俊一だ。同じ高校の野球部でキャプテンまで務めていた彼は、灯と同じく野球での推薦ではなく、一般入試での大学進学を目指していた。野球部でキャプテン、しかもそこそこの大学を狙える程度に頭も良い上に、日本人としては彫りが深くて日焼けした顔が結構格好いいともっぱらの評判で、まあ、おおむね、イケメン……と、三拍子揃った男なのだが……
「あはは、そりゃ、おまえ、ご褒美じゃん」
「何が?」
 足を止め、太平楽に笑う俊一へと視線へと向ける。
「女の中で増殖した物が自分の体に! とか、ご褒美じゃね? 間接キス的な」
「……死ぬほどろくでもないことを考えてたな……」
「あと、おまえのせいで俺の人生はめちゃくちゃだーつーて、肉体関係を迫れるじゃね?」
「……死ね、変態」
 軽く言って笑う友人にストレートな罵倒を浴びせかけ、彼は歩みを再開。エントランスから廊下に出ると、案内表示が教えるとおりに歩き始めた。
「あはは、冗談、冗談」
 その後ろからぱたぱたと足音を鳴らして、俊一が後に続く。こいつは背も高く、顔もそれなりで、頭も良くて、スポーツは野球部のキャプテンとすばらしい男なのだが、決定的に……
「そのくだらなくて悪趣味な冗談を自動生成する舌、どうにかしろ……」
 と、言う男だから、どうしようもない。
「いや、生まれつきだからなぁ〜って、まあ、おまえの腕が後一センチ足りなかったのも、その日、風邪をひいちまったのも、運命なんだよ。悔やまずに切り替えるんだな」
「悔やんでもないし、切り替えてもいるさ」
「ならばよし……っと、経済はこっちか……灯、工学部だっけ?」
「ああ……こっちだな……昼は凪姉の所に行こうぜ」
「おまえんとこの姉さんに会うのも久しぶりだなぁ……OK、じゃあ、終わったらこの辺りで……」
「おう、それじゃ、がんばれよ」
「お互いに」
 コツンと互いの拳同士をぶつけ合い、灯は右に、俊一は左へと足を進めた。
 その後を続くように多くの受験生達がそのT字路を右と左に別れていく。
 そして、十五分後……チャイムが鳴った。

 めでたく、九十分のテストが二つ終わって、お昼休み。昼からは面接、それが終われば後はまな板の鯉状態で審判が下るのを待つだけという流れになる。
 そのテストが終わって待ち合わせの場所へと灯はのんびりと歩いていた。周りには灯と同じくエントランスへと向かう人々。高校の制服らしき格好やどう見ても着慣れていないスーツって格好は、周りを歩く彼らも受験生なのだろうと思わせた。
 人混みの中、エントランスへと入ると灯はきょろっと辺りを見渡した。
 その中、見慣れた彫りの深い顔を見つけると、相手もちょうどこちらを探していたようで、少し大きめの声で青年を呼んだ。
「灯、どうだった?」
「一応、全部、埋めたし、見直しも出来たからな……これでダメなら、神が国立に行けって命じてるんだよ、来年。シュンは?」
「英語は全部埋めたけど、数学がなぁ……計算に妙に時間取られて……」
「まっ、飯食って切り替えようぜ?」
「そうだな……灯の姉さんがバイトしてるとこ、遠い?」
 そんな立ち話をしていると、ふと、小さな声が聞こえた。
「アカリ……男?」
 浮かせかけた足が止まり、視線が声の方へと向けば、こちらを見ている詰め襟の青年が一人。
「男で悪いか? ジェリド」
 灯が少々すごみ気味の声をかければ、隣で「ぷっ」と俊一が吹き出す。
 そして、その「ジェリド」と呼ばれた詰め襟がしまったとばかりに口元に手をやり、沈黙すること一秒……その一秒を灯は細面で中性的な感じがして、俊一とは系統が違うがイケメンの顔を睨み付けることで消費した。
 そして、詰め襟のイケメンが真顔で言った。
「……アカリ、おまえは俺の………………で、良かったんだっけ?」
「残念、そこは『貴様は』だな……」
 返したのは去年の春先くらいから急にアニメにはまった俊一。もちろん、Ζガンダムも劇場版だけではなく、古いテレビ版もフォロー済みだ。
「あっ……そっか。スパロボでしか知らないんだよな、あれ」
「とりあえず、テレビ版見ろよ、テレビ版」
「大学に合格したらなぁ〜」
 連れと見知らぬ青年がまるで長らくの友人のように声を掛け合ってるさまに立ち会えば、がっくりと肩から力が抜ける思い。もちろん、例の情緒不安定気味なロボットパイロットのごとくに殴りかかったりはしないが、それでも、むかっ腹は立っているのだ。
「…………なじむな、おまえら」
 それだけの言葉を返すと、詰め襟は「悪い悪い」とやっぱり軽い口調ではあるが、素直に頭を下げた。
「気にすんなって、こいつの女みたいな名前はすでに散々俺らがからって来たし、高校時代は『野球部にはアカリちゃんが居る』で新入部員とか応援動員を釣ったから」
「……釣ったのは主におまえと先輩だからな……後、おまえが許すな」
「良いじゃないか? 面白いんだしさ。俺は真鍋俊一で、こっちがカミーユじゃなくて、時任灯。そっちは?」
「ジェリドだろう? ジェリド・メサ」
 尋ねる俊一に答えたのはジェリド(仮称)ではなく、灯の方。彼が投げやりな口調で言えば、ジェリドと名付けられた詰め襟が眉をひそめて応えた。
「ジェリドじゃねーよ。勝岡悠介<まさおかゆうすけ>だよ」
「じゃあ、ジェリド・マサだな」
 そして、やっぱり灯が投げやりに応えると、俊一は吹き出しそうな口調で言った。
「売れないプロレスラーみたいだな」
「じゃあ、おまえ、ジェリドな? ちゃんとジェリドって呼ばれたら返事しろよ? ジェリド」
「……いじめだよな? いじめ、いくない」
 つべこべといろいろ言っているが、灯も俊一も気にしない。ツカツカと歩き始めて、その歩みにジェリド(確定)が着いてこなければ、灯は振り向き、言った。
「飯に行くんだろう? とっとと来いよ、ジェリド」
「ジェリドって呼ぶな!」
 そう言うわけで、なし崩し的に三人組になった受験生達はトコトコと国道の急な坂道を歩いていた。
 風は相変わらず冷たくて、強い。
「なんだ……おまえらもこっちに行くつもりだったのか?」
 尋ねたのは、ジェリド改め悠介。受験に行くには少々伸びすぎのきらいもある髪を冷たい北風になびかせ、彼は去年からここを第一希望にしてた事を語った。夏休みにはキャンパス見学にも参加して、そのとき、アルトで食事をしたらしい。
「あそこ、ウェイトレスが美人なんだよなぁ〜」
「そのウェイトレスの弟だよ、灯は」
「えっ? まじで?」
「まじまじ、背が高いのが難点だけど、美人だよな?」
 楽しそうに喋ってる新しい友人と古い友人に灯は軽くため息を吐いて答える。
「……さあな……凪姉が美人かどうかなんて、考えたこともないし」
「彼氏とかいるかなぁ……?」
 ぼんやりとした口調で悠介が尋ねたので、灯がまた答える。
「……少なくともクリスマスには働いてたよ」
「へぇ〜あんな美人でも恋人っていないもんなんだなぁ……」
 不思議そうに呟く悠介の横顔を見て、そんなもんかな……と灯は思う。先ほども言ったとおり、姉の顔が美人なのかどうなのかは良く解らない。ブスではないと思うが、灯自身の好みで言うと、女性はもう少し背が低い方が良いと思う。女性の集団に混じると頭半分以上背が高い癖に、あんな高い位置にポニーテールを作ってる物だから、町中を歩いてると恐ろしくよく目立つのだ。
「まあ、話してて面白い人だよ。俺はお断りだけど」
「シュンは、ガキの頃、凪姉に散々泣かされてたもんな? ゲームを取ったとか、ぬいぐるみを貸してくれないとか、どーでも良い話で」
「カエルを手渡して、泣かしたこともあるけどな」
「あはは」
 灯と俊一が昔話に花を咲かせると、それを部外者だった悠介は声を上げて笑う。楽しい会話をして居ると、寒い山あいの道もあっという間。峠を登って下れば、喫茶アルトの控えめな看板が見えてきた。
 その看板は国道の向こう側。通行量は多くないのだが、その分、ぶっ飛ばしてる車が多くて、渡るタイミングが難しい。
 渡りあぐねて待つこと一分少々、大きなバイクがずいぶんと大きな音を立てアルトの駐車場へと滑り込むのにあわせて、三人も一気に国道を渡った。
「大学の前の横断歩道を渡るべきだったよな……」
 灯が呟けば、他の二人も苦笑いと共に呟く。
 そして、灯は一緒に入ってきた大きな黒いバイクに、何気なく視線を向けた。
 黒地にZZRのロゴ、スポーティなカウルと鮮やかなスカイブルーに焼けたマフラーが特徴的だった。
「……格好いいな……」
 と、呟いたのは悠介だ。
「あっ、そうですか? ありがとうございます」
 その声が聞こえていたのだろう。少し小柄ではあるが、真っ黒いレザーのライダースーツをピッと着こなした青年が童顔気味の頬を緩ませて応えた。
「結構、弄ってます?」
「大きいところはハンドル周りのドレスアップとマフラー、それからブレーキチューブをステンレスメッシュに換えたくらいですかね?」
「ああ、このブレーキの所の? へぇ……これも交換してるんだ……」
「見栄えも良いですし、レスポンスも全然違うんですよね」
 あーだのこーだの……なんだかよくわからないけど、楽しそうに話をしながら、悠介とその小柄なライダーはバイクの周りをぐるぐる。のぞき込んだり、触ってみたり、身振り手振りでなにやら説明して貰ったり……
「解るか?」
「いや……全然」
 一方、バイクと言えばアニメや特撮のキャラが乗ってるのを見たことがあるくらいの俊一も、全く縁遠かった灯も二人が何を言ってるかはさっぱり。マフラーと言えば排気ガスを出すところかな? って事が解る程度だ。
 でも……
「確かに格好いいよな……」
 魅入られたように黒いバイクから視線をそらせずにいた灯が呟けば、その隣で俊一も軽く頷き、口を動かした。
「そうだな……こー言うの乗り回して、ケツに女積んで走り回ってたら、これぞ、ちゃらい大学生って感じだよな?」
 灯と俊一が話をしていると、悠介の相手をしていた青年が二人の方へと向いて、声をかけた。
「皆さん、受験生ですか? じゃあ、入学したら二研に来てくださいよ。ツーリングなんかだと車も出しますから、免許やバイクのない人はそっちに乗って来てくれても良いですし、飛び込み試験のための練習とかもやってますから……それにタンデムシートに乗ってるだけでも面白いですよ?」
 と、言われると入っても良いなぁ……と灯も思う。バイクを買う金はそう簡単には調達できないだろうが……
「俺はアニ研とかにも行きたいんだけどなぁ……」
「掛け持ちもOKですから、まあ、気楽に遊びに来てくださいよ。歓迎しますよ。それに二研とアニ研は仲が良いですから」
 余り乗り気じゃない俊一に青年がそう言うと、「だったら……良いかなぁ〜」って感じで彼もふんわりとした感じの返事を返した。
 そして、一同は揃ってアルトの店内へ……
「いらっしゃいませ……って、何? このメンツ……」
 出迎えたのは空のトレイを胸に、大きな眼鏡の向こう側で大きな目をひときわ大きくしている凪歩だ。
「直樹君に灯に……あれ、そっちの、もしかしてシュン君? 久し振り〜元気だった? 中学の頃まではちょくちょく来てたの、最近、全然だったよねぇ……で……後、一人は知らない人? 灯の友達?」
「さっき知り合った奴……ジェリドってんだよ。ああ、そー言えば、こいつ、凪姉のこと、美人だって言ってたぜ?」
「何……じぇりど? ハーフ? こてこての日本人に見えるけど……てか、美人ってなんだよぉ〜もー、照れるって!」
 と、無邪気に喜ぶ凪歩を前に、ジェリドと呼ばれた男はぽつりと言った……
「……あっ……こっちじゃない方……もっと、胸が大きくて、綺麗な金髪のお姉さん……」
 ぴしりと何かが凍る音がしたかと思うと――
 ごっ!
 ジェリドの頭頂部にトレイが振ってきた。
 縦に。
「ちっ……! また、吉田さんか……! なんだよ、みんな、吉田さんばっかり……チクショウ……」
 盛大な舌打ちと頭を抱えて悶絶している悠介を残して、凪歩は大股でキッチンへと消えていった。

「おまえさ……脳直で喋るの止めろよ……」
「まあ、シュンもそー言うところあるけどな……」
 未だ、頭をかけてテーブルに突っ伏している悠介の周り、俊一と灯はため息を吐いていた……

 さて、その後、翼が灯達のテーブルを訪れることになった。インフルエンザを灯に移してしまったことを一言わびるためだ。と言うのも、灯のセンター試験が散々だったというのを凪歩から伝え聞いた翼は、一度、謝りたいと繰り返し主張していた。
 しかし、灯本人も両親も、ついでに凪歩も――
「最終的には本人の自己管理」
 と言うことで、謝罪無用のスタンスを崩さない。親(特に父親)に至っては『今までさんざん野球して遊んでたんだから、一年、みっちり勉強漬けになって、もっと良い大学を狙うも良い』とか思ってるほど。
 そんな調子なのに、家まで押しかけることも出来ないし……と気に病んでいたら、本人の方からご来店。それならば、一言、詫びようって話になったらしい。
 と、灯は言う話を不機嫌な表情で料理を持ってきた姉から聞いた。
「面倒くさいなぁ……」
「まあ、良いじゃん? 一言言えば気が済むんだし……ケーキでも奢らせたら?」
 そう言って、凪歩は一旦言葉を切ると、一つのテーブルを囲む三人の顔を順番に眺めて、言った。
「三つ、買わせれば十分おつり来るでしょ?」
「はあ……じゃあ、それで……」
 風邪一発にそのお詫びが高いのか安いのかもよくわからないが、それで気が済むならそれでも良いか……と灯も思った。これからちょくちょく顔を合わせることもあるだろうし、そのたびに、気兼ねされるのも面倒くさい。とりあえず……
「安いので良いよ、特にジェリドのは」
 と、だけ注文をつけておくと、未だに頭を抱えて痛がってる当人が、
「差別、ダメ、絶対、ダメ」
 そう言うけど、やっぱり、凪歩は未だに怒ってるらしくて、簡単に言った。
「ジェリドは氷に砂糖振った簡易かち割りで十分じゃん!」
「ちょっと!? ジェリド、定着してる!?」
「あはは。まあ、俺も相伴に預からせて貰うのはラッキーだな。一シーズンに三回くらい、風邪を移されれば良いのに」
 凪歩が言えば悠介が慌てて言葉を返す。それに俊一が軽く言って笑うと、凪歩は、
「それじゃ、そう伝えておくから。ああ、それと、昼からの面接もがんばってね……ジェリド以外」
 そう言ってその場を後にした。
「根深いぞ……おまえの姉貴……」
「まあ、あんなことを言ったらなぁ〜ほっておけば、そのうち、治るよ。根は単純な人だし」
 悠介と言葉を交わしながら、灯はミートソースのパスタに口をつける。トマトの酸味と肉のうま味がぎゅっとつまったミートソースがアルデンテに仕上げられたパスタが絡んで良い具合。それに、ボリュームだって、運動している分よく食べる灯でも十分なほど。ど。
「へぇ……確かに美味しいな、ここ」
 このメンツの中、一人だけ、初めての俊一も感嘆の声を上げた。
「所で、風邪がどうこうってどういうこと?」
 と、悠介が尋ねると、灯は俊一にも語ったことを手短に答える。
 するとやっぱりというか案の定というか……
「そこはやっぱり、体で償って貰う的な方向性で……」
「ほら見ろ」
 悠介が言って俊一が胸を張った。
 そして、灯が……
「…………何で、俺、こいつらと友達やってるんだろう……?」
 頭を抱えた。
「てか、美人か?」
 と、俊一に問われて灯はぼんやりと翼の顔を思い出す。あったのは二回、新年にショッピングモールで会った時はずいぶんとつっけんどんな人だなぁ〜と言うのが第一印象だった。
 でも……
「凪姉よりかは美人……かな?」
「じゃあ、十分美人だな。それじゃ、やっぱ、やらせろ……と、迫る感じで」
「別に俺たちは混ぜてくれなくて良いから」
 適当なことを言う悠介と俊一にため息を一発ずつ……
「やらせろから初めて、だ。キスだけに落とすとか……」
「おっ、取引を解ってるな? ジェリド。そこから、おっぱい、触らせて、に下げるとお得感出るよな?」
「出る出る。超出るって」
 ジェリドと俊一の二人がアホな話をしてるのを聞きつつ、残ったパスタをぱくり。それを咀嚼しながら、くだらないことを言ってるなぁ〜と思うけど、それはそれ。腹も満ちた。先ほど受けた入試問題もぶっちゃけ自信があって一安心してる。これで受験も終わりで、この重圧からも解放だ〜なんていう気安さが青年にもあったのだろう。
「ハグだけで良いから、とかか?」
 と、思わず灯は身を乗り出して言った。
「ハグはハードル高いんじゃないか?」
 応えたのは悠介。
「手を握らせてとか……」
「指、舐めさせて、とか……」
「マニアか? おまえ……」
 と、ここまで灯、悠介、俊一の順番。
 カチャカチャ……
「足にキスさせて……で、行くか?」
「踏んで! とか、忘れちゃ駄目だな」
「膝枕して……も良いかもなぁ……」
 と、ここまでも灯、悠介、俊一の順番。
 カチャカチャ……
「添い寝して! とか……」
「……ああ……でも、会話して、から初めても良いな……そういえば……女の子と会話って余りしたことないな……」
「おまえ、どんだけ暗い高校生活してたんだよ……」
 と、ここまでもやっぱり灯、悠介、俊一の順番。
 食器が並べられていく音が聞こえるのもほったらかしに、彼らは夜のファミレスに集まった童貞男子みたいな会話を始めていた。
 そして、『それ』に最初に気づいたのは、悠介だった。
「ちなみに、俺らの前にシュークリーム並べて無言で待ってる美人……もしかして、噂の寺谷翼さんか?」
 出来たばかりの友人がそう言うと、灯はゆっくりと顔を上げて、斜め上空へと視線を動かした。
 そこにはもの凄い冷たい表情の女性が静かに立っていた。
「……ああ……そうだな……この人が……寺谷さんだな……」
「……良い……続けて……」
 噂の女は抑揚のない声でそう言った。
 仕方ないので、三人は居住まいを正すと、コホンと同時に咳払いを一発――
「ごめんなさい、冗談です」
 と、テーブルの上に手をつき頭を下げた。
 ごっ! ごっ! ごっ!
 その下げた頭の上にトレイが振ってきた。
 縦方向で。
 その悶絶する頭の上で、女は静かに言った。
「その節は申し訳ありませんでした……ご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます……と、ご両親にもお伝えください」
 淡々とした口調はまるで何かあんちょこでも読んでるいるかのよう。それを猛烈に痛む頭を抱えたままに灯は聴き、そして、言った。
「はっ、はい……ほんと、気にしないで良いんで……」
「……んっ……」
 灯がしどろもどろな感じで答えると、軽く頷き、彼女はきびすを返す。
 そして、去り際に一言……
「……ド変態……ども……が!」
 と、吐き捨てるような台詞と汚物を見る視線だけを置いて消えていった。
 沈黙が流れた……
「おまえらのせいで、入学する前から俺の学生生活、がたがたじゃないか!!」
「灯だって、ノリノリだったくせに!!」
「そうだ! おまえも悪いんだよ!!」
 灯、俊一、悠介の三人は見事、大学に合格することになる……も――
「三馬鹿」
 と、ワンセットで呼ばれるようになった。

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