初売り(完)
 一月二日。
 行き慣れたショッピングモールは元日早々からオープンしていたようだが、旧市街にある大きなデパートはこの日二日が初売りのようだった。普段の良夜なら――
「何が悲しくて絶対混んでるのが解ってる日にわざわざ買い物に行かなきゃいけないんだよ……」
 とぼやいて、決して、こんな日にこんなところには来ていないだろう。実際、良夜はこの手の初売りという奴には行ったことがない。
 そんな良夜に一月一日、元日、美月が満面の笑みを浮かべてこう言った。
「デパートの初売り行きましょう! デパート! 明日!」
 語るまでもないが、彼女の実家は年中無休の喫茶店だ。しかも、お正月はバイトに入っている学生――たとえば吉田貴美とか――は実家に帰省して出社してこない。そうなると、当然、帰省しない美月と和明の二人で店を回すしかないから、美月は休めない。まあ、祖父に任せちゃうと言う手もあるにはあるが、任せた結果、何事もなく一人で営業が出来てしまうと立場がないので、任せない。
 結果、美月が最初に買い物に行くのは、お屠蘇気分もすっかり抜けきった五日とか六日とか言うのが、定番になっていた。
 が、今年は違う。
「うん、私、二日から出てきて良いよ」
「……別に、やること、ないし……」
 とおっしゃってくれる頼もしい新人従業員、凪歩と翼が居る。
 だから、元日は美月が出社で二日は翼と凪歩が出社、美月はお休み。
「だから、初売り! 行きましょう!」
 ぎゅーっと手を握ってねだる恋人のお願いを、断れるだけの甲斐性を良夜は持ち合わせていなかった。
 そんなわけで、美月の運転するスズキアルトに揺られて、良夜は旧市街、繁華街からもほど近いデパートへとやってきていた。一昨年、つきあい始めた直後に美月の誕生日プレゼントを買いに来たデパートだ。
 開店一時間前だというのにデパート併設の駐車場はすでに一杯。ガードマンが案内してくれた提携駐車場へと車を止めて、徒歩一分。デパートの入り口へとついたときには、そこにはすでに長蛇の列が出来上がっていた。
「うへ……なんか、もう、帰りたくなってきたな……」
 つぶやき、良夜は最後尾へと立つ。
 列はすでに百人は超えているだろうか? 最後尾はエントランス付近から遠く離れた駐車場の片隅にまで伸びている。
 露天の駐車場には風よけになるような物は全くない。今の気温が何度かは知らないが、最低気温マイナス二度、最高気温も五度とか六度とか言う世界では立ってるだけでも結構きつい。
 今日の良夜は、ジーパンにネルシャツ、その上からレーザーコートを羽織っただけだ。もうちょっと厚着をしてくればよかったと後悔しきりだが、時すでに遅し。一方の美月もダークブラウンのシンプルなワンピースコートに分厚いタイツとマフラーという重装備ではあるが、それでも寒そうだ。
「さっ、さすがに寒いですね……キッチンは底冷えがするから、寒いのには慣れてるつもりだったんですけど……」
「キッチンは風がないからね……」
 ぶるぶると震えながら、自分たちの二の腕や太ももをこすったり、足踏みしたり……まあ、その程度でどうにかなるような寒さではないのは明らかなのだが、それでもやらずには居られない。
 と、二人仲良くというか、周りで並んでいる数十人で似たようなことをやっていると、もごもごとこもった調子の声が聞こえた。
「情けないわねぇ……良い若い者が、寒い寒いとか言わないの、みっともないわよ」
 良夜の暖かな胸元から。
 もちろん、そんなところに入れる存在と言えば一人しかない。
「……アルト」
「なぁに?」
 努めて冷静な声で呼びかければ、良夜の胸元、レザーコートの襟元からひょっこりと顔を出した妖精は小首をかしげる。その仕草は愛らしいのだが、顔にがっちりとマフラーを巻かれると、どこの誰だかさっぱり解らないし、せっかくの美しいソプラノボイスも台無しだ。
「……出てこいとは言わないから、せめて、その忍者みたいなマフラーは止めろ」
「馬鹿言わないで! 寒いのよ! ――うっ! ほんと、さむっ!」
 言うだけ言って、アルトはもそもそと良夜のコートの中へと帰還していく。そして、胸元奥深く、懐の中から声が響く。
「ジッパー、上まであげなさいよ! 気が利かないんだから!!」
 大威張りの怒声だった。
「……あいつ、何しに出てきたんだ?」
 と言いながらも、素直にジッパーをあげる辺り、本人も自分のことを人が良いなぁ〜と思ってしまう。
「どうしたんです?」
 アルトの言葉が聞こえない美月が震えながら尋ねる。
 良夜は軽く肩をすくめて、アルトとのやりとりを彼女に教えた。
「あはっ、かわいいじゃないですか〜」
「相変わらず、美月さんはアルトのやることは全肯定だよね……」
「あはは、大事なお姉さんですからねぇ〜……あっ、そういえば」
 笑っていた美月が、不意に真顔になったかと思うと、良夜の方へと体を向けた。
「なに?」
「ちょっと失礼しますね?」
 言って彼女は良夜の襟元へと手を伸ばしたかと思えば、じーっと音を立てて、良夜のレザーコートのジッパーを下ろした。
「ちょっと! 寒いじゃないのよ!!」
 と、アルトが叫んだところで、残念ながら美月にはその声は聞こえないし、
「ちょっ!?」
 と、良夜が目を丸くしても、美月は気にしない。
 代わりにじーっと良夜の胸元を見つめて、ぽつりと呟く。
「……驚きのチェック率……」
 開かれた胸元を見下ろしていた良夜、その胸元から忍者みたいな顔を出していたアルト、二人がほぼ同時に声をあげる。
「「えっ?」」
 美月はひょいっと顔を上げて言う。
「いえ、ほら、ご存じないですか? 『理系男子はチェックのシャツばっかり着てる』って話」
「……ああ、ネットとかで見たことあるなぁ……あれ、何でなんだろうな……?」
 他人事のように呟くと、それまでは美月の顔を見ていたアルトまでもが良夜の顔を見上げて言った。
「……良夜、貴方もちょくちょくチェックを着てるし、今日のネルシャツもチェックじゃない……」
 アルトに言われて良夜は視線を落とす。
 確かに、今日のネルシャツは黒地に白と赤系のラインが縦横に入ったチェック柄だ。
 そのチェックのネルシャツとジトーッとした視線で自身の顔を見ている女性二人の顔を順番に見ていき、彼はコホンとわざとらしい咳払いを一つ。落ち着き払った口調で言った。
「……たまたまだろう?」
「「そんなことないです(わよ)!」」
 総突っ込みであった。
 ちょっと、悲しくなった。
 元々、『理系男子のチェック服』ネタを喫茶アルトに持ち込んだのは、自身も理系女子である吉田貴美だった。ネットでその話を聞いてから直樹には努めてチェックの服は着せないようにしているというのが、そのときの主題であった。
 この時点において、良夜の話題は出なかった。
 良夜に直接関わりが生まれたのは、この次の段階である。
 この話題が出たとき、その場には時任凪歩もいた。彼女はフロアの担当だ。アルトに訪れた客は必ず一度は会うことになるポジションである。それは良夜も例外ではない。特に良夜の場合、美月と付き合っている兼ね合いで凪歩とも親しくしているし、凪歩も良夜をただの常連客ではなく、友人の一人に数えてくれているようだ。
 結果……
(ほんと、理系の人ってチェック多いなぁ……あっ……浅間君、また、チェック柄だ……)
 と、当人の知らないところでチェックしていたらしい。
「チェックだけにか?」
「良夜、ただでさえ寒いのに、寒い冗談は言わないで」
「そうですね、今のは寒かったですね」
 思いつきで言った言葉に、アルトも美月も冷たい視線。彼の胸元にすきま風が吹いた。
 閑話休題。
 で、そのチェックの結果を当人の恋人に直接言うのはなんかはばかれたが、でも、誰かに言いたい気持ちが抑えられなかったので――
「ほら、この間の『理系男子のチェック服』の話、浅間君がさ、驚くほどにチェック率が高くてさ〜笑っちゃったんだよね〜」
 と、翼と二人で皿洗いをしている最中に言っちゃったらしい。
 そして、その話を聞いた翼が大晦日の夜、美月が家に泊まりに来たときに話しちゃって、美月が今、確認してみたら、本当にチェックの服を着てて、もう、がっかり。
「……あの二人も敵だな……」
「敵扱いしないであげてください!」
 ぽつりと言ったら、美月が膨れて言った。そして、彼女は言葉をつなぐ。
「ついでですから、今日はここでチェックの服以外の服を買って帰りましょう!」
「……って言われてもなぁ……金もそんなにないよ」
「今日、出かけしなにお姉さんが――」

「昨日、お父さんとお母さんから預かってたお年玉をりょーや君に渡したから、奢って貰うと良いよぉ〜」

「って、言ってましたので、持ってないとは言わせませんよぉ?」
 なお、このとき、小夜子が左手でピースサインを作っていた理由を、『根っこからぼけてる根ぼけお姉さん』と呼ばれている美月でも何となく察することが出来た……らしい。
「……あの糞姉貴も俺の敵か……」
「でーすからー! それくらいで敵扱いしないでください!」

 と、言うわけで店内である。
「あっつい!」
 当然、店内は暖房が効いてるので、厚着の上にマフラーでマスクをしてれば暑くなって当たり前だ。アルトはもぞもぞと良夜の懐から這い出すと、マフラーを首に引っかけ、良夜の頭の上へと登った。
 それは良夜と美月も同じ。固く閉じていたコートのジッパーを開いて、マフラーは手持ち。幾分、身軽な風体になると、二人は初売り賑やかな店内をのんびりとした足取りで見て回り始めた。
 まずは美月が楽しみにしていたウェッジウッドの福袋を購入しに行く。もっとも、『福袋』と言っても中身はほとんど解っていて、ただの『バーゲン』か『セット販売』といった趣だ。最近はこういうのも増えているらしい。福袋なんて、中身が解ったら意味がないだろうに……と良夜は思うが、購入した美月が喜んでいる横で、それを口に出すほど無粋ではない。あと、この福袋を買うためにさらに三十分ほど並ぶ必要があったのには、少々、うんざりした。
 さすがに陶器を持って店内をうろうろは出来ないので、コインロッカーの中に預けたら……
「えっと……紳士服は……っと」
 つぶやき、美月は案内板を見上げる。
「マジでここで買うの? 高いよ、ここに入ってるの」
 その背後で良夜は思わず苦笑い。頭をポリポリとかきながら、ぼやいてみせると、彼女はくるん! とその身を良夜の方へと向けて言った。
「ユニ○ロとし○むらの服、ローテーションさせてちゃダメなんですよ? 知ってますか?」
「……ハイハイ……」
 そして、美月は紳士服は三階の東館だと言って、たったっと小走りでエスカレーターの方へと向かい始めてしまう。
 その美月を見送りたいけど、見送るわけも行かず、数歩遅れて、青年はとぼとぼと歩き始める。
「今月、きついんだけどなぁ……」
 ぽつりと独り言のように呟けば、頭の上からふわりと妖精の金色の頭が振ってきた。
「お年玉を当てにして、冬ボーナス商戦でパソコンの部品、買っちゃったものね?」
「……そーなんだよなぁ……」
「いくら使ったの?」
 明後日の方向、行き交う人々へと視線を向ける。だけど、アルトの顔もついてくる。頭の上に乗っかってるから。じーっと見つめる視線から逃れるすべなし。
 仕方ないから、見つめられるままに彼は呟いた。
「マザーボードとCPUで四万円……」
「……ちょっと、もう一回、聞いてみましょうか?」
「ママンと石で四万」
「……」
 アルトが沈黙した。
「……」
 良夜も沈黙した。
 数秒の時が流れた。
 美月はうれしそうに良夜の三歩前を歩いている。
 その美月の右足がエスカレーターにかかった。彼女は首だけを後ろに向けて、良夜にほほえみかけた。
「どーしたんですか?」
 その声に、良夜は少しだけ歩を早めると、美月もエスカレータの手前で良夜を待った。
「一つ……確かめたいんだけど、貴方、誕生日に『物欲が満たされた』とか言ってたわよね?」
「……腹はいつか減るもんだよ……あるとき、胸焼けしてても」
 アルトの問いかけに答えながら、良夜はエスカレータに足をかけた。
 その隣には美月が立っている。
 妖精はぽ〜んと良夜の頭の上から飛び立つと、隣になっていた美月の頭に上に見事着地を決めた。
 そして、美月の髪が数回、引っ張られる。
「ふえ? どうかしました?」
「何でもない……――」
 と、言いかけた時点で美月の瞳が半開きになって、じーっと青年の顔をにらみつける。そー言えば、今年の目標は『何でもないにごまかされない』だったか……とどうでも良いことを思い出す。
「って言っても、聞かないって顔してるね、美月さん」
「まあ、頭の上でアルトが二回、髪の毛引っ張ってますから」
 冗談めかして言えば、美月もふふっと頬を緩めた。
「それで、何を話してたんですか?」
 改めて、彼女は良夜に尋ねる。
 エスカレータで二階へと上がると、そのまま、三階へと上がるエスカレータへと足をかけた。
 そして、三階へと二人と妖精はたどり着く。
「……――と言う話をしてた」
 その間に簡単にまとめて話せば、美月は大きな瞳をひときわ大きく見開き、数回、ぱちくりと瞬き……
 二人の足がエスカレータを上がりきったところで止まった。
 どちらからともなく、邪魔にならないところに移動したのは、背後に少なからぬ人の気配を感じたから。
「……せめて……」
 美月が口を開いた。それと同時に、彼女の左手がピースサインを作る。
「せめて、それの半分は服代にしましょうね?」
「……勘弁してください」
 そして、美月の頭の上で、妖精が呟いた……
「男って、大なり小なり、直樹みたいなところがあるのかしらね……」

 で、結局、良夜のお年玉は七割がこの場での服代に消えた。
 婦人服の趣味はアルトと美月ではずいぶん違うようだが、紳士服の趣味はよく似ている……と言うことが明らかになったことをここに伝えておきたい。

 さて、話はまだこれだけでは終わらない。
「空くじなしの大抽選会を行ってま〜す」
 シャツとズボンとカーディガンでお年玉の大半を吹っ飛ばされた良夜と吹っ飛ばした美月、それから煽ってたアルトの耳に威勢の良い声が聞こえてきた。
 その声に呼ばれて見れば、どうやら、購入金額三千円ごとに一回引けるガラポンくじが行われているらしい。
「二人で十回ですね」
 そう言って美月が五回引いた。
「……この人のくじ運、おかしいぞ……」
 思わず良夜がそう呟いたのは、彼女が五回のうち、千円と五百円の商品券を一つずつ当てたからだ。ちなみに八つの区分のうち、六つ目と七つ目である。しかも本人は三等の『取っ手が取れる〜♪』で有名な鍋のセットが欲しかったらしくて、幾分、不満げだ。
 で、良夜。
 一回目、見事の八等のポケットティッシュ。
 二回目も、ポケットティッシュ。
「……美月さん、残り、引く?」
 と言って引かせたら、二つ目が――
「おめでとうございます!! 一等、温泉宿泊券です!!」
 に、当たった。
「……ティファールがよかったです……」
 しかも、彼女は若干、不満げだった。
「……おかしい、この人のくじ運、絶対におかしい……」
 そして、良夜はこの恋人のくじ運の良さに戦慄した。

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