お昼
 話は少し巻戻る。だいたい、学祭の少し前の事だ。
 この頃、吉田貴美は喫茶アルトでランチタイムの仕事を辞めた。凪歩が鈍くさいながらも、なんとか一人でランチタイムのフロアを切り盛りできるようになったのと、大学の授業やその授業に付帯するレポートの制作、実習実験その他で忙しくなったからだ。
 三年になった当初は、ランチタイムのバイトも続けていた。この頃の貴美は自身で振り返ってみると「ちょっと追い詰められていた」と語るくらいに追い詰められていた。唯一の心の慰めは週末に行う床の目地掃除と、毎晩読んでた可愛い男の子同士が組んず解れつしてるエロ同人誌。忙しくなるにつれて部屋が綺麗になるのは良いのだが、エロ同人誌の購入量が増えていくので、バイトを沢山している割りにお金が残らないというか、お金の代わりに薄くて高い自主流通本が増えていくと言うか……なお、この頃に買った大量の同人誌は、自宅アパートには保管しきれず、一部は段ボール箱に詰めて二研や漫研の部室に保管している有様だったりする。
 で、恋人の直樹には随分前から言われてたし、挙げ句には良夜やアルトにまで身を案じられた結果、彼女はランチタイムのバイトから身をひき、凪歩に任せることにした。この辺りまでが少し前のお話だ。
 任せたのは良いが、昼に賄いを食べないようになったからと言って、飯を食わないわけには行かない。何処かでお昼は食べなきゃいけないし、どうせ食べるなら、社員割引が付いてお得なアルトが良い。と言う訳で、貴美はほぼ毎日、アルトにお昼を食べに来ていた。
 そんな流れで迷惑をこうむっている女が居た。
「…………」
 アルトだ。
「……ほら、始まったわ……止めるように言いなさい」
 カタカタと揺れ始めるテーブルの上、食事後のコーヒー、そのカップの中で小さな波がいくつも生まれる。そのカップを背もたれに、ソーサーを椅子にしていた妖精が、苦虫をかみつぶしたような表情で呟く。勿論、超局地的地震が発生しているわけではない。それは吉田貴美がやってる――
「そのうち、乗り物酔いするわよ!!」
 ぴし! とストローを良夜の方へと向けて、きっぱりと言い切る。
 そう、このテーブルを揺らしているのは吉田貴美の貧乏揺すり、である。
 同じテーブルを囲む良夜や直樹なんかも「落ち着かない人だな……」と思う程度に気になる物だが、揺れるテーブルの上に座っている妖精さんにしてみれば死活問題だ。
「……吉田さん、貧乏揺すりは止めろってアルトが言ってる……」
 アルトの言葉をため息混じりに貴美に……フロアの方を睨みながら貧乏揺すりをやってる貴美に伝えれば、彼女はじろりと良夜の方に視線を向けた。
「だって……苛つくじゃんか……」
「何が?」
「何がって……」
 良夜が問うと、貴美はひと言だけで言葉を区切り、視線をフロアへと向けた。
 そのまま三秒ほどの沈黙。
 そして、彼女はフロアーの方へ視線を向けたままに言った。
「……具体的に何が悪いというわけではないけど、なんか……全体的にトロ臭いのに、バタバタ走り回ってる感じが腹が立つ」
 言われて良夜と直樹も視線をフロアに向けた。窓際隅っこの席からはフロアの全体を見渡すことは難しい。目立たない分、こちらからもフロアの様子が詳しく解らないのが、この席の欠点だ。それでもなんとなく、フロアの様子という物はうかがい知ることが出来る物で…………
「バタバタしてるか?」
「別に……貴美が来る前の方が酷かったわよ。店内、戦場だったもの」
 独り言のように尋ねた言葉に、頭の上に移動したアルトが答える。貴美がアルトで働き始めたのは、良夜が大学に入学して半月くらいが経った頃。その頃のことを思い出せば、今の凪歩よりもずっと美月は忙しそうに働いていたし、客も相応に待たされていた。そんな事を青年は妙に懐かしく思い出しながら、ポツリとひと言だけ漏らした。
「……そうだよなぁ」
「そうよ」
 妖精との小さな声でのやりとりは、他の二人には聞こえなかった様子。貴美は体を乗り出すようにしてフロアーを覗き込んだまま、ぶつくさと不平を並べ立て、その隣では直樹はそんな恋人の様子にため息を突いていた。
「……なんかもう、居酒屋みたいな感じが嫌じゃない?」
「……じゃあ、注意すれば良いじゃないですか……?」
「なぎぽんは追い詰められると余計にミスるタイプだから、ギリギリまで下手なことは言わない方が良いんよ」
「じゃあ、言わなきゃ良いじゃないですか……?」
「じゃあ、私ん中に溜まっていくストレスはどうすりゃ良いんよ!?」
 貴美が吐き捨てるように言えば、直樹も、そして、小声で交わしていた会話に一区切りを付けたアルトと良夜の二人も、同時に思った。
(((好きにしろよ……)))

 さて、貴美には良夜達三人の心の声は聞こえなかったものの、結局は、好きにした。もっとも、彼女はいつも好き勝手に生きてる人間なのだが……
 そのいつでも好き勝手に生きてる彼女が選んだ選択肢は、アルト以外で食事をするという選択肢だった。見なきゃ気にならないだろうという基本的な戦略だ。
「……ちゃんとしてンかなぁ……客の入り、悪くなったりしないんかなぁ……」
 が、彼女は見なくても気にする人だった。
(面倒臭い人だなぁ……)
 呟きながら直樹は貴美の後について、サークル長屋へと向かっていた。今日のお昼は、と言うか、今日からのお昼は貴美お手製のお弁当。中身は昨日の夜食べたミートソースパスタのミートソースが残っていたので、それと冷やご飯を一緒に炒めた焼きめしと言うかケチャップライスというか、何だかよく解らないご飯物がメイン。それと、キャベツの千切りがベースのシーザーサラダに、トースターで焼いたら完成の冷凍空揚げ、だそうだ。
 アルトのランチと比べると随分みすぼらしいお昼……ってな事を言ったら、絶対に殴られるな、と直樹は内心思っていた。
 サークル長屋に近付くと各々のサークル部室へと向かう学生達で人通りが増えてくる。その中には直樹や貴美の顔も知りも多い。そんな友人達にそれぞれひと言二言言葉を交わしながらに歩けば、その進みは滞りがち。滞りがちではあるが、楽しい一時だ。
 のんびりと歩いてサークル長屋の二階に上がる。サークル長屋は二階建てのちょっと小振りな校舎と言った趣で、各階には六つの部屋があった。二研の部室は階段を上がって右側の一番奥で隣が四研。二研と関わりの深い四研には直樹と貴美の友人も多い。そのお隣の友人にも一声かけて、二人は奥の二研部室に入った。
「おっじゃま〜」
「こんにちは」
 一言ずつあいさつをして、室内に入る。二研の部室内には大量の工具や古かったり新しかったり、使えそうだったり使えそうになかったり、ともかく、何だかよく解らないガラクタが山積みになっている。そのガラクタの真ん中と言うか、床一面にあったガラクタ共を壁際に押しのけて、出来たスペースに無理矢理押し込んだと言った趣で大きな長テーブルが二つとパイプ椅子が数脚、置かれていた。
「あ? タカミーズか……珍しいな?」
 ぶっきらぼうに言ったのは大柄な青年で、名を竹田健二という。同期の友人だ。その友人がながテーブルの一角、隅っこでカセットコンロの上に片手鍋を置いて、お湯を沸かしていた。
「……何しとんよ?」
 部屋に入って一歩目、貴美は足を止めて尋ねた。
「……飯、作ってんの」
「部室の中で自炊する? 普通……」
「普通じゃないくらい金がないんだよ……」
「分不相応な彼女を持つと大変やね?」
 ニマリと笑って貴美はそう言った。そして、健二がブスッと膨れてそっぽを向くのを見ながら、彼女は健二の斜め前に腰を下ろした。
「上手く行ってるんですか? 実家の方に住んでる彼女と」
「行ってるから、貧乏なんだよ……」
 直樹の言葉に健二はぶっきらぼうな言葉を返す。それを聞けば直樹は他人事ではあるが、心が温かくなるのを感じた。そして、貴美の隣の椅子に陣取る。
 健二と彼が地元に置いて来た恋人の話は二研の部員は勿論、隣の四研の関係者から、挙げ句の果てが工学部同期の連中、ほとんどが知っている。と言うのも、彼の友人青葉透が知り合い一同にメールを一斉送信したからだ、って言う所までが『イブ残り二分!』のお話ではあるが、この話には続きがあった。
「別れたら別れたってちゃんと教えてるんよ? また、学内のメーリングリストに載せてあげっから」
 そのメールを受け取った吉田貴美が学内連絡用のメーリングリストにその情報を流したって言うのが、その後のお話。アルトでのイブのケーキ販売お疲れさま忘年会で酒が入ってるところにそう言うメールが入って来たもんだから、ノリでついやってしまったという有様だ。おかげで健二の恋の顛末は工学部の同期と教授教官講師、誰もが知るところになっていた。
「余計な事しやがって……」
 アレから丸一年以上が経つが、健二は今でも貴美に対して怒っていた。
「男が小さな事にこだわらんの……で、何作っとん?」
「小さくない! って、飯だよ、飯」
 答えて健二はグラグラと煮立つお湯の中にまずは一膳分に少し足りない程度の冷やご飯を放り込んだ。特に興味があるというわけでもないが、なんとなく気になるのは、直樹だけではなく、貴美も同じようだ。チェック柄のポーチに包まれたランチボックスをテーブルの上に放置したまま、彼女は直樹と共にじーっと健二の手元を見詰めていた。
「……見るなよ、照れるだろ?」
「でかい図体の兄ちゃんが照れるな、キモイんよ」
「……傷つくぞ?」
 等と貴美と適当な言葉を交わしながら、彼が取り出したのは袋ラーメン。近隣のスーパーで一番安い奴……と言うのは後から良夜に聞いた。さすがはスーパー乾物担当のバイト、この手のことは良く知っている。
 で、その袋ラーメンをテーブルの上に置くと何を思ったか、彼はパンパンと袋の上から叩いて、中身を砕き始めた。
「何してるんですか?」
「中身、砕いてないと食いづらいんだよ……」
 そう言って、ひとしきり袋に入ったままの袋麺を叩き続ける。そうやって居ると、四角かった外装が丸くと言うか、形がなくなる感じと言えば解りやすいだろうか? 振ってみたらざらざらって音がして、まるでベビースターラーメンだ。そうなってることを確認すると、彼はびりびりと袋を破いて開き、そして、中身をザラザラ〜と、ご飯がふやけ始めたお湯の中へと流し込んだ。あと、スープの素も……
「うげっ……」
 小さく呻いて眉をひそめたのは、吉田貴美嬢。
 その声の主をチラリと一瞥するも、健二は何も言わず、そのまま待つことだいたい三分……
「出来たっと……」
 呟き、彼は鍋を火から下ろすと、鍋敷きのつもりなのだろうか? 部費で毎月購入している月刊オートバイの上に鍋を置いた。そして、そのまま、スプーンでそれを食べ始める。芳ばしいスープの香をまき散らしながら、フーフーしてるさまは、中身やその製造過程を忘れれば美味しそうだ。
「……なんていうか……凄いですね……? それ……美味しいんですか?」
「美味しいわけないじゃん」
 直樹の問いに小さな声で答えながら、貴美は弁当箱の包みを開いた。
 ピンクのチェック柄が可愛いポーチの中身は小さめのランチボックス。パカンと開いてたら、中からは昨日の残りと冷凍食品で作られたお昼ご飯だ。その美味しそうに赤く色づけられたご飯を、やっぱりピンク色の柄が付いたスプーンでぱくりと口に運びながら、彼女は吐き捨てるように言った。
「これが美味しかったら、世界中の料理人は明日から失業じゃんよ」
「まあ……うまくはないが、不味くもないさ。安いから良いんだよ」
 言葉を交わす貴美と健二を見ながら、直樹もポーチを開く。直樹の方は空色のチェック柄で、ランチボックスやスプーンの柄も同じ色で、貴美とは色違いのお揃い。多少、気恥ずかしいものがあるが、中学の頃からこんな感じなので、それにももう慣れたってところがあった。
 そのお弁当箱から空揚げを口に運んで、直樹は尋ねた。
「朝と夜はどうしてるんです?」
「朝は食わない。夜はバイト先のコンビニで廃棄の弁当とかサンドイッチとか貰ってる」
「……聞いてるだけで泣けてくる……」
「しかたないだろう? 月二で里帰りしてんだから……」
 貴美が食事の手を止め、哀れみの視線を向ければ、健二は片手鍋を掴んで体ごと横を向いた。さっきまでコンロで熱せられていたアルミの鍋は熱そう。火傷しないよう、恐る恐ると言った感じで鍋に口を付けて食べているさまは、滑稽ではあるがやっぱり美味しそうだ。
「毎日その調子なん?」
「まさか……――あちっ! っと、月末だけだよ、月末。来週には給料が出るから……出たら、購買のジャムパンにする」
「……大差ない、大差ないって……少しくらいなら金貸すよ?」
「いらね……女に金を借りるほど、落ちてねーよ」
 貴美の言葉に健二はますます体の向きを明後日の方向へと向ける。それと同時に、直樹の頭が十五度ほど、下を向いた。
 その直樹の横顔を、貴美は一瞥。ほっぺたに感じる痛い視線はすぐに外れて、ラーメンおじやを啜っている健二へと向いた。そして、彼女はクスッと小さく笑って言葉を紡いだ。
「遠慮しないで良いのに……返さなきゃ、ただじゃ置かないけど」
「ただじゃっないて?」
「手始めに、夏と冬の祭典でけんちゃんのお尻は大変なことになる……二次の世界で」
「……止めろ。後、けんちゃん呼ばわりもよせ」
「三馬鹿はいつもつるんでっし、良くテッちゃんの部屋にも泊まってるし、三人でツーリングに行ったりもしてるし……もうね、なんかね、公式じゃん?」
「……たぬきっちゃんもいるし、俺が貧乏なのは彼女が居るからだし、とーるはすでに餌付けされてるし……」
 喜色満面な貴美に健二が冷静な突っ込みを入れれば、貴美はすっとその表情を冷静な物に戻して言う。
「そう言うのを忘れるのが腐妄想<ふもうそう>の醍醐味なんよ?」
 ぐっ! と右手を握りしめて貴美は力説素。それに視線を遣れば、健二も直樹もため息一つずと。そして、健二は斜めを向いていた体の向きをまっすぐに直して、彼は直樹にはっきりと言った。
「お前の彼女、バカだよな?」
「知ってます」
「そー言うことは借金、返してから言い? あと、そこの洗濯屋ケンちゃん」
「誰が洗濯屋ケンちゃんだ。昭和のAVなんて誰も知らないぞ?」
「けんちゃんが知ってんじゃん? って所なんだけど……ほれ、鍋出し、鍋」
「吉田さんがちょくちょく言うからだよ……なんで吉田さんが知ってんだよ……?」
 ぶっきらぼうに答えながらも、健二が鍋を差し出せば、貴美はポチャンとその中にトースターで焼けば完成お手軽鶏空揚げを投入した。
「ネットで見かけた……っと、まっ、とりあえず、それでも食っときなよ。見てる方がわびしいから」
「あっ……悪い」
「悪いんはそのみすぼらしいご飯。食いもん屋の店員として許せないって……」
「……まあ、このケチャップライスもどきもどうか――ぎゃっ!?」
「明日から食わせんよ!? てか、なおも一つくらいあげな? 私よりもなおの方が友達度、高いっしょ?」
 言ってプイッと貴美がそっぽを向けば、激痛に後頭部を押さえる直樹が顔を上げた。そして、ズキズキと傷む頭を左手で撫でながら、言われたとおり、健二の鍋に空揚げを一つ。出来上がるのは、ラーメンおじやウィズ空揚げ二個。
「あはは、友達がいのある奴が多くて助かるよ」
 ほんの少しはグレードアップしたものの、やっぱり、彼の片手鍋の中身はみすぼらしさ満点。そのみすぼらしさ満点のお昼を前に置いて、彼は大きな図体をゆらして笑う。普段はどちらかというと精悍な顔つきだが、屈託なく笑うと何処か愛嬌のある顔だった。
「貸しといてあげんよ、五百キロ向こうの彼女のためにさ」
「そりゃどーも。彼女にも伝えておくよ」
「空揚げ二つでそこまで話しを広げなくても良いですよ」
 そんな感じに笑い声を交えて話していれば、友達がいのない三人が二研の部室へと帰ってくる。
「たっだいま、帰りました〜み・な・さ・ま・の、たぬきちさんですっ!」
「うっす。健二はまたラーメンおじやか?」
「あれ、たかみーずじゃん? 珍しいね?」
 たぬ吉に哲哉、そして透の三人。ご機嫌な感じで帰ってきたところを見れば、学食か何処かで良い物を食べてきたんだろう。それを合図にしたかのように、他で食事を摂っていたサークルメンバー達も三々五々に二研に集まってくる。人が集まれば始まるのは、バイクの話。誰が転んだ、誰かがバイクを弄った、次の休みには何処に行きたい、前回の休みは何処に行った……愚にも付かない会話がケチャップライス(仮名)とラーメンおじやのおかずに加われば、微妙な感じの食事も随分と美味しく感じられた。
 
 そして、翌日。貴美はまた朝からお弁当を作っていた。今日の主食はふりかけご飯、それからお隣の良夜から貰った売れ残り揚げ物に、オムレツと炒めたウインナー、肉団子はアルトで作ったハンバーグ種の余り。青物が足りないから、コールスロー……って、キャベツを適当に刻んでマヨネーズをぶっかけただけの物体だっけか? と直樹は疑問に思うが、口に出すと確実に殴られるので言わない。
 まあ、割と中学の頃から作ってもらい続けて来た貴美定番のお弁当メニューと言ったところだ。もっと料理は作れるのだが、朝っぱらからこった物を作るのは面倒臭いってのが貴美の言い分。自作できない身としては文句を言う権限は与えられていないのは、昨日と同じ。
 しかし……
「……僕のお弁当箱、なんでそんなの大きなタッパーになってるんですか?」
 貴美が弁当を作ってるときは直樹が朝ご飯の担当。もっとも、インスタントコーヒーを煎れて、トースターに六枚切りのパンをぶち込むだけの簡単なお仕事。ちなみにコーヒー様のお湯を沸かすのは貴美の担当だ。
 昨日から再開した朝のお仕事をしながらに尋ねると、貴美はオムレツの形を整えながら答えた。
「奴に三つ目を作ってやる義理はないけど、目の前であんな物体食われてると、ご飯がまずくなるじゃん……?」
「……そう言う優しさを普通に出せば、もうちょっと彼女だって、自慢できるんですけどねぇ……」
「普通に出さないのが良い所なん。コーヒーカップの用意でけた?」
「パンもそろそろ焼けますよ」
 随分と量の多いお弁当をテキパキと貴美は詰め込んでいく。ピンクの可愛いランチボックスと大ぶりで無骨なタッパーに……
 こうして、健二は月末になる度、給料日前の数日の間、ラーメンおじやの上に卵焼きとかウインナーとか、たまには空揚げなんかが随分と沢山乗っかる、奇妙なお昼を食べ続けた。

 そして、この年の年末、とある祭典の片隅では――
「貸しつったじゃん?」
「ちょっ!?」
「……俺もかよ!?」
「良いとばっちりだね……」
健二と哲哉と透の三人がいちゃいちゃしてる薄い自主流通本が出た。
 なお、現金は借りてなかったので、表現は『比較的マイルド(漫研作画担当談)』になっていたらしい……が、男達は誰も確認することはなかった。

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