学祭 The 3rd!(完)
と言う感じで、女装ミスコン、開始である。
――で、あったのだが……
「ねえ、まだ?」
パタパタと走り回るスタッフの一人を捕まえ、貴美が声を掛ける。されど返ってくるのは――
「ああ……もうちょい、もうちょいだから」
それだけ。それだけを言い置いて、捕まえられた彼は貴美の腕を払うようにして何処かへと駆け出していく。
捕まえる人間が貴美だったり、良夜だったり、他の化け物……じゃなくてオカマだったり、捕まえられる人間が男だったり、女だったりと多少の違いはあれど、会話の内容とすればほぼ同じ感じのやりとりはそろそろ十回を数える頃。時間にして言えば、小一時間が来るだろうか?
「……さすがに飽きるわね?」
「……そうだな……」
頭の上から降ってくる投げやりな言葉。アルトも退屈しているのだろう、背伸びをしたり、寝転がったりと、頭の上で先ほどから一時もじっとしていない。
前回から引き続き、ここは特設ステージの舞台袖。良夜はここで貴美と共にオカマの一団の中に居た。別にオカマ達に用事があるわけでもないし、直樹が晒し者になるミスキャン本番を見たいとも思ってるわけでもないのだが、帰りそびれてそのまんま。特に行くところもないから、柊や直樹、貴美達と適当な雑談に興じつつ、この小一時間の待ち時間を潰していた。
そんな中、話題もなくなってきたなぁ〜と思う頃、アルトが不意に良夜の顔の前に降ってきた。
「話、変わるけど貴美って、また、直樹に賭けてるの? と、聞きなさい」
「――なあなあ、話、変わるけど、吉田さんってまた、トトカルチョ、直樹に賭けてんの?」
軽い溜め息を吐きながらも、青年はアルトの言葉を素直に貴美に伝える。
「んにゃ、賭けてないよ」
「えっ? そうなの?」
予想外の言葉に声を上げれば、貴美は溜め息交じりに肩をすくめて見せた。そして、その細い親指が晴れ着姿の陽を指さした。
「これがこう言う格好してくるって情報は握ってたんよ。勝てるわけないじゃん、この晴れ着、三百万すんだよ? 帯や帯留めとかのフルセットで三百万。湾岸の違法レースにF1マシンで乗り付けてくるような馬鹿の相手、してらんないって」
吐き捨てるように貴美が言った瞬間、それまで陽の周りであれやこれやとくだらない話をしていた連中がざっとその場から一歩引いた。
『どうしたの?』
キョトンとした顔で陽はメモ帳を掲げて辺りをキョロキョロ。
「どうしたもこうしたも……汚したらシャレですまねーし……」
辺りのオカマ達を代表して柊がおずおずと答えると、他の連中もうんうんと何度も首を上下に動かした。
すると、陽はメモ帳にペンを走らせる。晴れ着の袖がメモ帳に掛からないよう、丁寧にペンを動かす。そんな何気ない所作までもが妙に色っぽい。その色っぽい所作を化け物じみたオカマ達が見詰めること、三十秒少々。
「異様ね……」
アルトが良夜の頭の上で呟く頃、陽は書上げたメモ帳をペロッと辺りに掲げて見せた。
『大抵のシミはシミ抜きできる 安心して』
そう言われると周りも少しは安心したのか、一歩下がったオカマ達は一歩踏み出す。
も、
『3マンも出せばだいたい落ちる』
めくったページに書かれてる言葉にオカマ達は二歩下がった。
と、言うアホなやりとりをしている間にバタバタしていた背後も落ち着きを取り戻す。そして、やおら、スタッフ腕章を付けた女子大生がひょこっと顔を出した。
「ゴメン。ちょっと企画の変更があってさ……」
彼女は開口一番そう言うと、ペチンと手を合わせて頭を深々と下げて見せた。その戯けた仕草は童顔な風体とも合わさって、見る者の気持ちを落ち着ける効果があるように、良夜には感じた。そして、それは周りの連中にとっても同じだったようだ。互いの顔を一瞥し合うと軽く肩をすくめ、「良いよ」と異口同音に言った。
「ありがと。それじゃあ、出場する皆さんはこっちに来てください。後、付き添いの方はこちらで待つか、客席の方へ」
そう言って女子大生が、オカマの一団を引き連れて姿を消すと青年は貴美の方へと顔を向けて尋ねた。
「どうする?」
「私はどっちゃでも良いけど、りょーやん、人が居るところに言ったらあるちゃんと話せなくなるし、ここで良いんちゃう?」
「あるちゃんって呼ばない! ってのはしっかり伝えて置いてね。他は同意だわ。てか、良夜、貴方もこれくらい、気を効かせなさい」
目の前、ブラブラと揺れる生意気な顔が生意気な言葉を吐けば、良夜は貴美にその言葉を伝える。
「あはっ。まっ、それにあっちは混んでるんよ。一時間、待たされたのに減るどころか増えてるってどーよ?」
「へぇ……」
舞台袖から幕をわずかにめくって良夜は外を見てみれば、元々少なめの席数ではあるが、その席全てがびっしりと埋まった上に、立ち見客までもが出てる始末。今更あっちに行ったところで、見られる場所ははるか後方と言う事になるのは明白だった。
良夜と貴美、アルトを含めた数多くの客達を待たせた、女装ミスキャンパスがようやく始める。
『おっまたせしました〜! 我が校名物、キャンパスに咲く徒花達の共演! 女装ミスキャンパス、ただいま開始です!』
舞台裏から舞台中央へ、元気よく躍り出たのは先ほどオカマの集団を連れて行った女子大生だった。童顔な顔は取り立てて可愛いとか美人とか言うほどでもないが、ハキハキとした口調とステージの上を右や左、マイクを握って縦横に動き回る姿は女性と言うよりも少女か、小動物のようで、愛らしい。
『――と、まあ、色々、こっちも裏事情ってのがあったわけでね、でも、まあ、その分、テンションアゲ! アゲ! でいっから、期待してね! では、一人目!!』
司会女子大生の前口上も終わり、一人目が呼び出される。
一人目は長身のマッチョ、例の奴だ。
「うわっ、のっけから出オチのキャラが……――あれ?」
「へぇ……この準備だったんだ?」
良夜の頭の上からアルトが不思議そうな声を上げるのと同時に貴美は感心した風に声を上げた。
一人目に出て来たのは例のマッチョだ。半袖ミニのワンピース姿。そのワンピースはやけに薄っぺらで、その下からムキムキの大胸筋に巻きついたブラジャーが透けて見える様は、まあ、笑っちまうと言うか、気持ち悪いと言うか……なお、スカートはマイクロ言うほどのミニで、トランクスが見え隠れと言うよりも、ほぼ、見えっぱなし。そこから伸びる足も大腿筋むっちむち、下手すると美月のウェストくらいはありそう。そんなのが濃いめの化粧をしてるんだから、アルトの言うとおり『出オチ』キャラだ。
で、その出オチキャラの手を握るのは、先ほどまで『本物』のミスキャンパス選考会に出ていた女子大生。その格好は、所謂黒服。サイズは少し大きめだがピシッとした真っ黒いスーツ姿で、むちむちの女装男子大学生をエスコートしていた。
「ああ、もう! 外れ引いた!!」
悲鳴のように叫びながらもムキムキマッチョの手をしっかりと握って、彼女はステージの中央へ。その表情は楽しそうに緩んでいたし、その足取りも軽やかで、立派に女性をエスコートする男性役を演じていた。
「何が外れだ! 見ろ、この美しき肉体美!」
大声で彼が叫んだかと思えば、くるりと半回転。むきっと両腕を曲げて力こぶ。広背筋を強調するように胸を反らしてみせる。バック・ダブルバイセップスと言うポーズらしい。アルトが知ってた……本当に下らないことを良く知っている妖精だ。
「あにき! 切れてます!!!」
「いかすーーーーー!!!!!!」
野太い男の応援が飛んだかと思えば、同時にわっ! と歓声とも笑い声とも付かない声が客席から上がった。
「ふんっ!」
その応援と歓声に気をよくしたマッチョがくるんとまたもや半回転。脇を開いてお腹の前で拳を作るポーズ、満面の作り笑いが気持ち悪い光を放つ。フロント・ラットスプレッドと言うらしい……これもアルト情報。
「もはや、男も! 女も! 超! 越! した、この、肉体美!!」
そのまま、数回、ポーズを変えれば変える度に歓声が沸き上がる。もはや、女装コンテストなのかボディービルの競技会なのか解らない状況だ。そんな時間が一分少々……
ステージの上、ポーズを取り続けるオカマのとなりに突っ立っていた黒服女が彼の前に立ちふさがる。
「じゃかましいわっ!」
黒服の彼女がひと言叫んだかとと思えば、彼女の革靴のつま先が彼の――
「ぎゃっ!?」
彼の股間に食込んだ。
先ほどまでの歓声が嘘のように静まりかえり、マッチョの表情が満面の気持ち悪い笑顔のままで固まる。そして、崩れ落ちる巨体。
『はい、次回はもっと綺麗になってるかも知れない川添君でした。川添君は男としての機能が生きてるなら、ステージの端っこに移動してくださいね。死んでるか、死にかかってるなら、救急車を呼んでね、セルフで』
崩れ落ちたマッチョ(どうやら川添と言うらしい)の横で司会の女子大生はあっけらかんとした笑顔で言いきる。ゆらゆらと幽鬼のような表情ではあるが、立ち上がってステージの端っこに移動しようとしているところを見ると、まだ、彼の男性としての機能は生き残っているらしい。
「良くやるな……」
「あはは、良く考えたじゃん。一時間、待った甲斐、あったんちゃう?」
ステージを眺めて呆れる良夜の横で、貴美はケタケタと楽しそうな笑い声を上げていた。
黒服の女子大生が猫背のマッチョをステージの端っこに連れて行けば、続いて、別のコンビが登場。さっきのマッチョに比べれば随分似合っているが、まあ、概ね、気持ち悪いオカマと言った風体の男だ。それをエスコートするのはやっぱり、サイズの合っていない黒服に身を包んだミスコン参加者。彼女はワンピース姿のオカマ学生をステージの中央へとエスコート。恭しく右手を握って、頭を下げたら、手の甲に優しく口づけ。
「おぉ〜」
「あっ、ありがとう……あの、おつきあいしてください」
歓声の中でオカマが頬を染めて言えば、コンマ数秒のタイムラグもなく黒服の女子大生は満面の笑みで答える。
「オカマはないな!」
うなだれるオカマを尻目に、またもや、わっ! と歓声が上がる。そして、黒服の女子大生が魂が抜けてしまったようなワンピースのオカマを引き摺ってステージの隅っこへ。
出てくる度にこんな感じで小芝居が差し込まれていく。特に何か打ち合わせをしたのではないのだろうが、どれもこれもちょっとした捻りがあって、出てくる度に笑い声と歓声が客席から沸き上がる。
「あはは」
「ばっかでー」
それは舞台袖で見ていた良夜と貴美も同じだった。出てくる彼らが何かする度に笑ったり、唖然としたり。
そんな中、アルトだけが口を開かない。頭の上に居るのは解っているのだが、何も言わないのが何処か不気味だ。
「どった? おもしれーぜ?」
「ええ、解ってるわよ。でも、きっと、もうちょっとしたら、もっと、面白いことがあると思うのよねぇ〜」
チラリと視線を上に上げるも、頭の上に座っている妖精の顔は頭の持ち主には決して見えない。多少気にはなったが、それもステージのほうから「わっ!」と、また、大きな歓声が響くまで。随分と大きな歓声に、青年の意識は再びステージへと引き戻される。
ステージの方へと視線を向ければ、壇上には柊とやっぱり黒服を着た女性が一人。万雷の拍手に手を振って応じていた。
「おっ、柊じゃねーか? アイツは何したんだ?」
「あはは。えっ? ああ、んっとね、柊が――」
良夜に問われるとまなじりに浮かんだ涙を拭いながら貴美が答えようするも、次の歓声が上がると同時に、彼女の言葉は止まった。
「どうした?」
不審に思って良夜が尋ねれば、貴美の指がゆっくりとステージを指し示す。そして、彼女は震える声で誰にともなく尋ねた。
「……なんで、なおの手を他の女が引いとんよ……」
「……おい」
暗い目で呟く女の横で良夜は思わず短く突っ込みを入れる。
それとほぼ同時、頭の上で別の女は叫んだ。
「よしっ、やっぱり、こー来た!」
「……おいおい」
嬉しそうな声に思わず良夜は頭を抱える。もう、黙って逃げちまおうか? と思うも、それを行動に移すよりも早くに、貴美の右手がガバッ! と良夜の肩を掴む。くるりんと半回転させられる良夜の体。真っ正面には貴美の悲愴な顔。
右手で良夜の肩を掴んで、左手でステージを指しながら、彼女は言う。
「ちょっと! あれ、私の! あの手は私のだって!」
「……イヤ、さっきまで他の奴も同じ事してたし……今更言われても運営だって困るぞ……」
「他の男の手は私のじゃないし!」
「……直樹の手だって、直樹の物だよ……」
良夜の突っ込みを聞いたのか、聞いてないのか……彼女は再び、ステージの上へと顔を向ける。
そして、数秒。
彼女はまたこちらに向いて叫んだ。
「なんで! 腕まで組んでんの!?」
「……別の奴らはステージの上で抱き合ってたけどな……」
その抱き合ってる男女と言うか、男装の女と女装の男を見て、貴美はケラケラ笑っていたことを青年は思い出しつつ、ため息を突いた。
そして、やっぱり、彼女は聞いてるのか、聞いてないのか……彼女は三度、ステージへと顔を向けて、また、言う。
「てか、なおもニマニマ笑ってんの!? そんなに嬉しいんな!?」
「……そりゃ、あんたが笑えって言ったからだよ……マドレーヌと引き替えに」
ぶち切れる貴美にもはやどーにでもなっちゃえと、捨て鉢な気分で突っ込みを入れる。
「それでも突っ込みを入れるあたりが立派よ」
頭の上からアルトの声が降ってくるが、とりあえず、無視。
「りょーやん!」
「何……?」
「鉈って、何処に落ちてるんかな!?」
「……そんなもん、落ちてる訳ねーだろう?」
目がマジだった。日常の九割方、ヘラヘラ笑ってる垂れ目気味の目がつり上がるぐらいに真顔だった。その血走った目で辺りをキョロキョロして、鉈でもなんでも良いから武器を探してる感じが怖い。それと、肩をがっしり掴んで、逃がさない気満々なのも恐ろしい。てか、なんで、彼女は良夜を捕縛しているのか? それが良夜自身にも解らなかった。
で!
『と、言う感じで盛り上がってるけど、これ以上やると、あの舞台袖で見てる吉田貴美が、鉈持って暴れる頃だから、お二人はステージの端っこに移動してくださいね』
ステージ中央の童顔の彼女が楽しそうな声でマイクに向かって言えば、貴美の顔がみるみるうちに真っ赤に茹だっていった。
「ごらぁ! あんた、解っててやったな!? 性癖、全部ばらすぞ!!?? あんたの彼氏に!!」
貴美の怒鳴り声に童顔の彼女はマイクに向かって明るく言い切った。
『もう、別れました〜もう、私に失う物はありませ〜ん!』
マイク越しに叫んだ瞬間、ステージおよび客席から感性もざわめきも全てが消え去る。静まりかえるステージおよび客席。誰もしゃべらない。先ほどまでの喧噪、声援、そして、笑い声が嘘のよう。まさに、針が落ちても解るほどの沈黙。
そんな時間が三十秒……
「……あっ、ゴメン」
ポツリと貴美が漏らし、マイクを握ったまま、彼女が答える。
『…………謝らないで…………』
彼女は泣いた。
そして、舞台裏。
『かっさらわれた』
トリを飾るはずだった陽は、そんなメモ帳を相棒の黒服に見せていた。
結局、下馬評通りに優勝は二条陽。準優勝は高見直樹、そして、特別賞は……
「……前向きに生きま賞……――って、大きなお世話だよ……」
司会の童顔さんと……
「……余裕を持ちま賞……――って、うっさい!!」
吉田貴美さんが受け取った。
良夜にとっては三度目の学祭が終わった。
明日からはまたちょっぴり退屈でちょっぴり素敵な、学業の日々がまた始まる……
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