学祭 The 3rd!(12)
 空は抜けるように高い秋晴れ、残暑の熱気が残る太陽が照らし出すは十人の美姫が太陽に負けぬほどの笑顔を称えるステージだ。そのステージの上、今、一人のチャラいお兄さんが舞台袖から姿を現した。安っぽい笑顔を顔に貼り付け、彼はステージの中央に立つとマイクに向かって言った。
『決定しました! 今年のミスキャンパスは、一年! 文学部国文科の新島結菜さんです〜』
 マイクを握ったチャラい男子学生が言えば、真ん中くらいに立っていた女子大生が顔を真っ赤にして、その周りに立っていた女子大生達が口々に祝福の言葉を彼女に与える。
「おめでと! ねえねえ、あれ! あれ、ちゃんというよね?」
「えぇ〜でも、恥ずかしいよ〜」
「大丈夫だよ、みんなで決めてたじゃんか〜誰が優勝しても、アレを言おうって!」
「うっ、うん……じゃあ、頑張って、言う!」
 ステージの中央、十人ほどの出場者達がひとしきりに言葉を掛け合い終える。ひとしきり、その祝福が終われば、チャラい格好の大学生が今年のミスコンにマイクを手渡し、そして言った。
『それでは、優勝した新島さんにひと言、頂きます!』
「はい。それじゃ……コホン――」
 マイクの前で彼女は咳払いを一つ。
 そして、ガバッ! と足を肩幅よりも少し広めに開いたら、マイクは両手にしっかりと持って、大きく深呼吸を三回、しかる後に彼女は――。
『舐めんなよ!』
 と、叫んだ。
『どーせ、学内一の巨乳の演劇部裏方部隊長も居なければ、スタイルの良い二研のレースクイーンも出てなくて、あまつさえ、一番美しいのはこの後に出てくる陽様で、一番可愛いのはなおちゃんだって思ってんでしょ! こんな、ミスキャンパスに何の価値があるって言うんだ?! ああん? ふざけんなよ、どーせ、私らみんな、この後の女装ミスコンの前座だよ!!! でもな、前座にも前座の意地があるんじゃ!!』
 始まった大演説に観客は一瞬ぽかーんと間の抜けた顔を見せたものの、すぐに――
「良いぞ〜良いぞ! もっと言っちゃれ!!」
 やいのやいのの大歓声。万雷の拍手に野次とも声援とも付かぬ声がいくつも飛び交う。
「……誰か、あのバカ、ぶん殴って引きずり下ろして来い」
 そして、舞台袖で見ていた自治会の担当スタッフは頭を抱えていた。
『お前ら、三年後、覚えてろよ! 天下、取ってやるからなぁぁあぁぁぁぁ!!』
 こうして、本当にぶん殴られた挙げ句に引きずり下ろされたミスキャンパスとして、彼女の名前はしばらくの間、語り継がれるのだった……ちなみに彼女は、三年後、本当にグラビアアイドルとしてデビューするのだが、まあ、それは別のお話。

 と、ミスキャンバスが強制排除され、ミスキャンパスの看板に『女装!』の張り紙が貼り付けられれば、いよいよ、決着を付けるときである。
 強制排除されたミスキャンパスが強制排除した司会の男に文句を言われれば、先ほどの調子でミスキャンパスは言い返し、他の出場者達もそれを庇うというか、むしろ運営を批判するというか……運営と出演者で一触即発。五−六人の男女が集まった一角は今にもとっくみあいの喧嘩が始まりそう。そんな一角を無視するようにステージの上では飾り付けが変更されたり、その隣では司会の女子大生が他のスタッフと打ち合わせをしていたり……と、ステージ裏は随分と忙しそうだ。
 そんな決戦直前のステージ裏を良夜が訪れたのは、美月からタカミーズへの差し入れを預かっていたから。ひさかの焼き菓子……えっと、なんか、タルトっぽいけどタルトよりもしっとりした感じの焼き菓子と、良夜が認識している食べ物。名前は知らないけど、美月がちょくちょくくれたりするので、味は良く知ってる。
「……マドレーヌよ、マドレーヌ。貴方ね、アルトの常連、何年やってるのよ……」
「今年で三年目だよって……マドレーヌって言うのか……ああ、そう読むんだな、これ……」
 Madeleineと書いてマドレーヌと読むのか……勉強になるなぁ〜と思いながら、取りだしていたそれをポンと紙袋の中に放り込み、彼は目的の場所へと足を急ぐ。その頭の上で、アルトが軽く頭を抱えているが、まあ、とりあえず、スルーだ。
 忙しそうに右往左往している人々の群れをかいくぐり、青年は舞台の袖に近付いた。そこには、四−五人の、スカートを履いてこそ居るものの明らかに男だと解る集団が居た。どいつもこいつも良夜と変わらないくらいの身長だし、服の上からでも解るほどの肩幅。男としてみれば平均か、平均よりも細めの連中はあるが、女物の服を着ていると、明らかにごつい感じが痛々しい。あと、一人だけいる凄いマッチョ、そのはち切れんばかりのワンピースはどうにかしろ。絶対に体を動かしたら、弾け飛ぶから。
「……圧巻ね、これだけ集まると……」
 頭の上で囁かれる言葉に内心は同意し、同時に彼自身も引き気味。それでも頑張って表面を取り繕う。てか、もう、逃げたい。なんか、こいつら怖い。けど、そう言うわけにもいかないから、携帯電話を弄くったり、野太い声で歓談したりしてるオカマの群れに近付き、青年は声を掛ける。
「タカミーズ、居る? アルトからの配達なんだけど……」
 誰ともなくに問うた言葉に聞き覚えのある声が応える。
「吉田さんなら、漫研の方に顔を出してるぜ? 直樹はその辺で運営と打ち合わせ」
「あれ、ひいら――」
 声の聞こえた方向、斜め後ろへと振り向く良夜の表情と言葉が固まった。
「――ぎ?」
「おう、柊だぞ? 浅間。アルトの黒髪の方には拗ねられたか? 俺は危うく温めた醤油を飲まされそうになった。客に温めた醤油を出そうとするのは止めろって良く言って聞かせておけよな」
 柊とは例の漫研の即売会場でエロマンガを読んでた、顔はそこそこなのに着てる服は全部ユニクロという残念なイケメンだ。その残念なイケメンがフリフリスカートのワンピースを着て仁王立ちしていたのだから、良夜が目を剥いて絶句するのもしかたないだろう。ちなみに白を基調とした中にピンクのハートマークが沢山付いてるワンピースだ。ピンクハウスというメーカーらしいって事は後からアルトが教えてくれた。なんでも余計なことを知っている妖精だ。
「……大変な目に会ったのは事実だし、次に会ったら文句の一つも言ってやろうと思ってたが……」
 そこまで言って彼は一旦、友人の顔から視線を逸らす。向けた顔の先にはスタイルも良くて顔も整っている女子大生の群れ、喧嘩腰なのは収まったようだが、それでもまだ、何やら運営と話し合ってる様子。周りはパタパタと次の出し物の段取りを進めているというのに、身振り手振りで何かを訴えかける女子大生と困り顔の青年、あの空間だけが別次元、オアシスのようだ。
 その空間をぼんやりと眺めながら青年はポツリと言った。
「悪い、友達ヅラするの止めて?」
「……どー言う意味だ?」
 視野の外から友人の不機嫌そうな声が聞こえた。しかし、良夜はそちらの方には決して顔を向けない。機嫌悪そうだけどミスコンエントリーの麗しき女子大生は心のオアシス。そのオアシスを見詰めながら、彼は答える。
「……純粋に気持ち悪い」
「……そうか? 意外とイケてるんじゃ…………あれだよな、彼女とか居なくて、こー言う顔の女がやらせてくれるって言ったら、断らないだろう? あと、シリコンとは言えFカップだぞ? おっぱい星人には嬉しかろう?」
 友人の声に誘われて青年は視線を彼の顔へと戻す。そこではなぜか友人が大ぶりな手鏡で自分のご尊顔を凝視中。彫りの深い男らしいイケメン顔を右に傾けてみたり、左に傾けてみたり、何が楽しいのかは解らないがニヤニヤと楽しそうに表情を作っていた。その横顔、まあ、自慢するだけあって、周りの怪物くん達に比べれば随分マシかも知れない……が、オコゼの群れにサンマが交じってるようなもんだと良夜は思う。
「……所詮は何処まで行っても魚は魚って言いたいの? 人魚じゃなくて」
 頭の上から聞こえる言葉に小さく首肯。程なく、溜め息が聞こえたが気にしないで、彼はサンマに顔を向けていった。
「俺、そー言う趣味は百パーセントねーから……あと、そのFカップは脱がしたらなくなるだろーが……」
「贅沢は敵だぜ? あと、脱がせるな。女装っ娘は脱がせたら、ただのオトコだ」
「ふざけんな、バカ」
 ふざけたバカから視線を逸らして、元の場所、ステージの端っこの方へと視線を戻す。そこにはすでに良夜の心のオアシスはなくなっていたが、代わりが居た。
「あら……直樹だわ」
 頭の上でアルトが呟く通り、余所見をしながらもこちらに歩いてくるのは、彼のお隣さん、その格好は……
「……………………似合いすぎて怖いな」
「……………………引くよな」
 良夜とその友人が思わず呟く。二人の額には冷や汗が一筋ずつ。
 今日の直樹は、胸元に大きなリボンがあしらわれたセーラー服とチェックのスカート、何かのアニメで女子高生か女子中学生の制服として設定されていた代物だったかと青年は記憶していた。ちなみにかなりのミニスカート、そこから伸びる足は勿論、ツルツル。海に行ったときにもヤツの向こう脛は見たが、その時はもうちょっと産毛とか生えてた気がする。この時のために剃るか抜くかしたのだろう。胸元の膨らみも歩き方もやけに自然な感じで、知らなきゃ女だと思うだろう。
「……あれ、本当に男なのかしらね?」
 アルトまでもが独り言のように呟き、青年はこの場に第三者が居ることも忘れて答える。
「さあな……」
 お隣さんの性別に自信が持てなくなるひと時、数秒。呆<ぼう>と眺めていると相手もこちらに気付いたのか、二重の大きな瞳をこちらに向けた。
「あれ、良夜くん、どうしたんです?」
「……美月さんから差し入れ、持ってきた……しっかし、凄いな……」
「良夜くん、余計なこと、言ったら、はっ倒しますよ?」
 良夜の言葉を遮り、美しき女装の友人はにっこりと笑う。極上の微笑みなれど、その右手には鈍色に光る巨大鉄塊――四百ミリモンキーレンチ。愛らしい少女が凶悪な凶器を振り上げれば青年の顔から血の気が引いた。
「ごめんなさい、許してください、余計なことは言いません」
「解ってくれれば嬉しいです」
 素直に直樹はそれを振り下ろし、左手の手のひらに叩きつけて、パンパンと音を鳴らす。その間、彼の顔は笑顔のままで一ミリも歪まないのだから凄い。
「似合いたくて似合ってるわけじゃないんですから……あれ、柊くんも出るんですか?」
「えっ……あっ、まあ……賑やかしみたいなもんだよ」
 直樹がふいに言うと、彼は手にしていた手鏡を何処かに片付け、誤魔化すように苦笑い。
「直樹と陽以外は全部、賑やかしよね……所詮」
 アルトの言う、その『全部』に彩音よりかは胸が小さくて、貴美よりかはスタイルのバランスが悪くて、陽ほど美しくなく、直樹ほど可愛くもない、十人並の女子大生達は入るのかなぁ……と思いながら、良夜はずいと直樹にマドレーヌの入った紙袋を差し出した。
「美月さんが頑張れってさ」
「……何を頑張れって言うんでしょうね……?」
「さあな……? いらないなら俺が貰うぞ? そのマドレーヌ」
「頂きますよ。終わったら、お礼を言いに行きます」
 そう言って直樹は小さな手を差し出された良夜の手に伸ばした。アルトのロゴが入った茶色紙袋、それをカパッと開けて早速一つ。迷うことなく、ビニール包装を破くと、それを口に運んだ。
「美味しいですよね、ひさかの焼き菓子……」
 あっという間にマドレーヌを食べ終えると、彼は親指と人差し指を順にペロッとなめて微笑む。その仕草は、男と解っていても可愛い仕草だなと思うほどに可愛い。女子大生達が自分たちを前座と卑下するのも解らなくはないほどだ。
 そんな可愛らしい女装青年から薄汚い女装青年に視線を向ける。
「……なんだよ……」
 ジトッとした目で睨みつけてくる視線を受け流して、良夜は尋ねる。
「てかさ、なんで柊まで出場してんだ? そー言う趣味に目覚めたのか?」
「……まさか。漫研の会報用の原稿を落とした罰ゲーム……」
 苦々しく吐き出される言葉に「ああ……」と良夜も得心。苦笑いで「自業自得だな」と言えば、友人は「チッ」と舌を打って言葉を繋いだ。
「……あとちょっとだったんだけどなぁ……」
「ネームで載せれば良かったじゃないか? ほら、狩人の奴とか魔法使いの奴とか」
 鼻で笑う感じに言えば、友人は明後日の方向を見ながらにポツリとこぼす。
「……ネーム、あとちょっとだったんだけどなぁ……」
「……おいおい」
 締め切りちょっと前に始めたRPGが凄く楽しかったらしい。
 そんな話をして居たところ、コツンと良夜の後頭部に小さな何かが当たった。それは真上に跳ね上がって、そのまま、アルトの小さなの中にすっぽりと収まった。
「あら……」
「どうした?」
 アルトの声と柊の声が同時に聞こえる。次いで紙が擦れるような音が頭の上から聞こえてくると、青年の興味はそちらに集中し始める……も、あからさまに尋ねるわけにも行かず、視線と意識だけを上に向けること数秒。
「陽だわ……『おっす』だって」
「あっ、二条さんだ」
 アルトの答えと柊の言葉はまたもや同時、今度は言葉の意味もほぼ同じ。二つの言葉に誘われ、青年は上に向けてた意識と視線を下ろしたら――
「うわっ!?」
 目の前には姫が立っていた。
 金襴緞子の姫である。
 闇よりも黒い漆黒の生地に無数のもみじが真紅の彩りを与える。それが大河をゆるゆると流れるように左の胸元から左の袖、そして、足下へと巻きつくように流れていく。小さくも日の光を受けてきらめくそれは、まるで夜空を飾る天の川のよう。帯は銀地に金糸で細やかな刺繍を施した逸品、そして、いつものように大きなのど仏を隠すための美しいショール。昨日着ていたのもかなりの美しさだったが、今日のはそれを遙かに上回るように思えた。それらを一分の隙も無く着こなす陽の顔には微かな微笑み。整いすぎるほどに整った笑みをたたえ、りんと立つ姿には、触れることを許さぬ清廉なる美しさ。まるで、一振りの日本刀のようだ。
 その美しさに良夜もアルトも、直樹も柊も……そして、思い思いに出番までの時間を潰していたオカマ達もが一斉に息を呑み、彼の一挙手一投足を見守る。
 そして、男達の集団の中、その中央へ……そこに立ち、彼はペラりといつもの手帳を開いてみせる。
『ゴメン 演劇部の出し物がおした』
 数秒、そのページを掲げていたかと思えば、彼はペラりとページをめくってみせる。
『あとに 食事』
 そして、わずかに、本当にほんのわずかに頬を緩めた。それは本当に表情が変わったのか、変わってないのかも解らないほどにほんの少し。それだけだというのに、彼から発せられていた近寄りがたい雰囲気、威圧感とでも言う物が消え失せ、『ラッフィンググール(笑う餓鬼)』と冗談交じりに呼ばれるいつもの青年が帰ってきていた。
「しかし……凄い衣装ですね……こんな所に振袖で来る人って居るんですね?」
 最初に立ち直ったのは、直樹だった。汚れた指先をペロッとまた舐め、彼は一歩踏み出し、陽に――ライバルに声を掛けた。
 ライバルの言葉に陽はメモ帳にペンを走らせる。そして、開いたページには、
『勝ちたいから 武器を持ってきた』
 との言葉。それを二−三秒見せると、パタンと閉じて彼はひょいと左腕を上げた。大きく広がるのはもみじ美しい漆黒の袖。
「僕は勝ちたいわけじゃないですけどね……」
『張り合いないライバル』
 ぼやく直樹に陽がメモ帳を見せても、やっぱり、直樹はやる気が余りないようだ。まあ、恥ずかしいとしか思ってない直樹にとっては良い迷惑なのは良夜にもよく解る。
「でもさ、他人の彼女から差し入れ貰ったんだから、その分はガンバレよな? そうだろ? 彼氏」
 直樹の肩をポンと一つ、次いで良夜の良夜の肩、二つの肩を叩いて柊は化粧済みの顔をニマッとほころばせる。スッピンだったらそこそこ格好いい笑顔なんだろうが、つけまつげとアイプチ、そしてファンデーションとルージュで飾り付けられた顔が笑うと、やっぱり気持ち悪い。
「黙れ、カマ」
「酷い……浅間くんのイケズ」
 冷たく言い捨てればオカマは芝居がかった仕草で崩れ落ちる。すかさず、マッチョ@ピッチピチのワンピースが慰めに行くあたり、この空間に居る奴ら、どいつもこいつも油断ならないと青年は思った。
 そんな小芝居から視線を外して、やっぱり、小芝居を引き気味の笑顔で見ている直樹の肩をポンと一つ叩く。
「まっ、マドレーヌ一つ分は頑張れよ」
「えっ……一つ? 二つ、食べましたよ?」
「……えっ? 二つ、食ったの?」
 キョトンとした顔で直樹が答えれば、良夜もキョトンとした顔でもう一度尋ねる。
「はい……二つ、入ってましたし、小腹も空いてたので……」
 答える直樹の言葉に良夜はペチンと額に手を当て、空を仰ぎ見る。口から漏れる言葉は、意味もなしてなくて、ほとんど、うめき声のような感じ。
「えっ……あっ、あぁ……もっ、もしかして……!?」
 そんな良夜の様子に直樹も察する物があったのだろう。彼の顔から見る見る血の気が引いていく。
「多分、正解ね」
 頭の上でアルトが他人事のように言う。まあ、実際に他人事なのだろうが、良夜にとっては、ちゃんと説明しなかったのも悪いって話になりそうで胃が痛い。
「とっ、とりあえず、買ってきてくれますか?! 吉田さんが来る前に!」
「残念、もう、遅いわよ」
 アルトの呟きに最初に反応したのは、当然、良夜だ。良夜に釣られて陽、そして、柊、さらには残りのオカマ共もそちらに向いた。それらの後、最後にゆっくりと、そして、嫌々、直樹の首が後ろへと振り向く。
「どったん?」
 愛らしく小首をかしげるのは、先ほど『一番、スタイルが良い』と評された吉田貴美嬢。今日も今日とて、見目麗しきレースクイーン姿。オーバーニーのブーツと際どいホットパンツの間、いわゆる絶対領域はカマばかりを見てたノン毛の目には余りにも美しすぎた。あれが女の形をした危険物であることは解ってても目が眩みそう。
 と、良夜が見惚れている隙に、直樹が手にした空っぽの紙袋を背後に回し、クシャッと丸める。恐ろしく大きな音がした……ような気がした。
 次いで、他の連中はプイッとそっぽを向く。なお、貴美の絶対領域に見取れていたせいでそっぽを向くタイミングがわずかに遅れたのは、良夜一生の不覚、である。
 そして、アルトがぽーんと良夜の頭の上から飛び立ち、くるりと一回転、とんぼを切ったら、貴美の肩口にぴたりと着地を決めた。
「はぁ〜い、貴美。今日もはしたない格好してるわね? 淑女ならもっと慎みを持ちなさい。それから、良い事、教えて上げましょうか?」
 ちょいちょいと貴美のふっくらとした頬を数回叩けば、貴美はピクン! と体を震わせる。そして、ツカツカと良夜の方へと近付いたかと思うと、彼の目をじっと見詰めて、自分の頬、ちょうどアルトの頭の辺りを指さす。
「どったん?」
「どーも、こーも、直樹が貴美の分までマドレーヌを食べたわよ、と言う御注進よ」
 そう言って、アルトはもう一度、貴美のほっぺたを手のひらでペチペチ。ついでにほっぺたにチュッと軽い口づけ。
「……りょーやん、どったん?」
 一オクターブ、声のトーンが下がって、目は半開き。薄く開いた瞼の向こう側から鳶色の瞳が良夜を覗く。青年はその瞳からわずかに視線を逸らして、山土がむき出しの地面へと視線を逸らし、ポツリとこぼす。
「……直樹が美月さんからの差し入れ、吉田さんの分まで食った。マドレーヌ」
 良夜が言った瞬間、貴美の首がギュンッ! と音を立てるほどの勢いで回る。向かう先は、消え去らんばかりに小さくなってる直樹の顔。彼女はその顔をじーっと見詰めたまま、大きく深呼吸を一発。お腹の底から吸い込んで……お腹の底から吐き出して……
「よし、落ち着いた! 普段なら問答無用で一発殴るところだけど、これからステージやしね……とりあえず、普段の倍、ガンバレ」
 貴美の手が直樹の肩を掴む。そして、真っ正面から直樹をにらむ。
「具体的に言うと、膨れるな、笑え」
「えっ?」
「わ・ら・え」
 一ミリたりとも笑っていない女が恋人に笑えと命じれば、これまた一ミリたりとも笑えていない顔で直樹は何度も首を上下に振った。

「……たかがマドレーヌ一つであそこまで切れる貴美も凄いわね?」
「……速攻で俺に告げ口させるお前も十分凄いよ」
 と言う感じで、女装ミスコン、開始である。

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