姉再び(1)
 その日、良夜は夏休みとしては珍しく翌日朝の八時に携帯電話のアラームをセットした。
 そう言うのも、今日は八時半から美月とデートの予定だからだ。明日の予定はドライブと食事。美月の妖精車に乗って隣県にある美味しいと評判のレストランでお昼を食べに行く。春先にディナーのためにあっちこっち食べ歩いてるうちに、美月が食べ歩きに目覚めたのだ。
「それは良いんだけどなぁ……」
 現場までの道のりを某大手検索サイトで調べながら、青年は呟く。
 ガス代と高速料金は折半だが、食費はアルトの経費で落とすので奢り。食べる物は元々『美味しい』という評判のお店に行くんだから、良夜の安物の舌は大喜び。むしろ、安物の舌が育ったらどうしようと思うほど。非常に恵まれているデートだと言って良い。
 問題があるとすれば、行き帰りの足が美月のアルトだという所だろう。パステルカラーの外装も妖精まみれの中身も、男が乗るには若干ハードルが高い。
「車……欲しいなぁ……」
 ぼんやりと呟きながら、ネットマップで目的の店を探す。検索すればすぐに見つかる。検索サイト様々。見つけたら、そこまでの道順を呼び出し、携帯電話に転送。ここまでが良夜のお仕事。美月やおまけのアルトに言われてやっているわけではなく、一度、道に迷って結局、昼も夜もコンビニ弁当という愉快な事になったときの反省から、自発的にやっている。
「結構掛かりそうだなぁ……」
 ぼんやりとした口調で彼は呟く。
 贅沢を言えば切りがないという定番の台詞が頭の中から聞こえる。それでも贅沢を言いたい年頃。
「まあ……やっぱ、贅沢だわな……」
 もう一度呟き直しながら、青年は転送したデータに間違いがないことを確認する。そして、確認し終えると、パタンと携帯電話を閉じてパソコンの電源をたたき落とす。そして、背伸びを一発、ベッドに向かったのが十二時少し前。夏休み中の良夜にしてはちょっと早め。
 ……
 そして、グースカ眠ること数時間。携帯電話が心地よいお気に入りのポップソングを奏でて主をたたき起こす。
「んっ……ふわぁ……」
 よろよろと枕元に置いてあった携帯電話を取り上げ、見もしないで叩き切る。沈黙した二つ折りの携帯電話を、ベッドサイドに戻すと、青年はベッドから立ち上がった。
 そして、欠伸をもう一発すれば、胸の中に新鮮な生まれたての『朝』の味がする空気が流れ込む。その朝の空気から酸素をたっぷりと受け取り、一晩のうちに体の中に溜まった空気を吐き出す。そうすれば、眠気に満たされていた頭も多少ははっきりとする……
 はずなのだが、なんか、まだ眠い。
 最近、ちょっと寝不足が過ぎていたかな……と思う。もしかしたら、体内時計という奴が狂っているのかも知れない。夏休みが終わるまでにはまだ若干の時間があるが、それでも早めに治しておかないと新学期に入ってしんどい目に会いそうだ。
 霞んだ頭の片隅をのんびりと使いながら、青年は寝汗に濡れたTシャツを脱ぎ捨てた。日焼け痕が残る肌は意外と締まっているとはアルトの評。その裸を晒したまま、部屋の片隅へと体を向ける。
 そこには畳んでいると言えば畳んでいる、積み上げていると言えば積み上げているといった趣で、洗い替えの服が山を作っていた。青年はそこからTシャツと半袖のチェックシャツをつまみ上げて、身につけていく。それが終われば、同じ所からジーンズと靴下を取り出して履いていく。
「♪〜〜〜〜♪♪」
 と、そこに軽快な音楽を携帯が奏でた。
 それを良夜はてっきりアラームのスヌーズ機能だと思った。二度寝防止に二回三回鳴るアレだ。それなら慌てて斬りに行く必要もない。放っておけばそのうち切れる。
「ふわぁ……眠い……」
 流行のポップソングをBGMに、欠伸をもう一発かみ殺す。妙に眠い。下手すると、美月が運転してる間に寝てしまう。ヤバイと思いながらも、青年は床に座り込んでなんとか、靴下を足に突っ込み始める。
 両方の足に黒い靴下を被せ終えた頃には、携帯電話も鳴り止んで……――
「♪〜〜〜〜♪♪」
 数秒の休憩の後、また鳴った。
「えっ?」
 俯いていた顔が上がる。彼の顔に仮面のように張り付いていた眠気が吹っ飛び、靴下を掴んでいた手が携帯電話に伸びる。
 そして、本日初めて携帯電話の液晶を覗き込む。そこに貼り付けられた二つの事実。
 まず一つ。
 さっきから鳴っていたのは、アラームではなく着信だったと言う事だ。良夜を起こしてくれた奴もそう。
 そして二つ目。
 今の時間がまだ六時四十五分だと言う事。
 さらにおまけでもう一つ、鳴らしていたのは……
『酷いよ、りょーや君……いきなり保留にしたままほったらかしなんて……』
 電話の向こう側から聞こえてくるのはほんわかと間延びした声、その声に勿論、聞き覚えがある。
 姉、小夜子だ。

 さて、そう言うわけで、先日、追い返した姉が再びやって来た。
『今、りょーや君ちの駐車場にいるのぉ〜』
 ふざけたことをふざけた口調で抜かす姉に、ちょっと待てとだけ言い置き、彼は携帯を叩き切る。そして、バタバタという足音を響かせ、玄関へ。脱ぎ散らかしていたスニーカーをつま先に引っ掛けると、踵もろくに直さず、階段を駆け下りた。
「何しに来たんだ? あの人は!?」
 等と、吐き捨てるように尋ねてみても、答えてくれる誰かさんは居ない。代わりに眩しい朝の光と、早くも暑さを含み始めた風だけが彼の頬を優しく撫でる。
 階段を一段飛ばしに駆け下りれば、三階からの階段はあっという間に消化された。
 そのままの勢いを殺さずエントランスを駆け抜けて、右を向く。そこは普段、直樹や哲也がバイクや自転車の修理をして小銭を稼いでる駐車スペースだ。
 そこに駐まる一台の軽自動車。モスグリーンの車体は無駄にノッポで、その足下を飾るタイヤも軽四にしては妙に太い。そして、明らかなる県外ナンバー。
 見覚えは、ある。
「……オカンのジムニーじゃないか……」
 呟くと同時にその中から一人の女性が下りてきた。勿論、彼の姉、小夜子だ。
 彼女は安っぽい音を立ててドアを閉めると、車の鼻先にもたれかかった。
「おそいよ、りょーや君」
 間延びした口調を耳に受け止めながら、青年は彼女の服に目をやった。
 ダボダボのサマーセーターが着崩れて右肩が丸見え、そこからブラのストラップまで見えてる。スカートも夏だというのに足首まである長い奴、しかもフリースデザインな物だからサイズ以上にダボダボした感じ。メガネも相変わらず必要以上に大きな物を掛けているから、ラフな格好とかルーズな格好と言うよりもだらしない格好に見えて仕方がない。
 その姉の姿に上がっていた血もわずかに下がる。
「相変わらず、休日はだらしない格好だよな……」
「普段、きっちりスーツ着てOLやってるとぉ、オフの日はダラッとしたくなるんだよ」
 セーターのずれた右肩を直しながら、小夜子は答えた。もっとも、右肩を直せば左肩が落ちて、左肩を直せば右肩が落ちる。ドリフのコントか何かを見ているようだ。
「……教師はOLじゃないって……それより、なんで来たんだよ?」
「OLみたいな物だよ、製造業だよ? 畜産でも良いけど――なんでって……」
 と言って、彼女は背後へと視線を向けた。
 フロントガラスに陽光を受ける母親の愛車。妙にボディが輝いているのは、車検から帰ってきた直後なんだろう。この年季の入った車が洗車されるのは、そのタイミング以外にない。
 その車に視線を投げかけること数秒、視線を良夜に戻し、彼女は言った。
「車?」
 愛らしく小首をかしげる女に思わずぷちんと何かが切れた。
「交通手段を聞いてんじゃねえ! 理由だ、理由!!」
 切れた勢いのまま、青年は力一杯、怒鳴っていた。
 すると、それまでニコニコと笑っていた姉は、瞬間、キョトンとした顔を見せたかと思うと、眼鏡の蔓を指先でちょいと摘む。そして、軽く顔を左に振って眼鏡を外す。現れた二重の瞳は浅間家の遺伝。それをわずかに細める。
「……物凄い目が悪いんだから、外すなよ……」
 そんな突っ込みも軽く流して、彼女は手探りでジムニーのドアを開き、ダッシュボードからメガネケースを取り出した。そこにメガネを丁寧に片付け込む。ちなみにここまで全て手探り。メガネケースを取り出してから、外せば良かったのに……と、弟は内心だけで突っ込んでいた。
 それから、彼女はゆっくりと良夜の方へと向き直ったかと思うと、小さな手のひらで自身の顔を覆った。
「……怒鳴らないで……さよちゃんは……女の子なのに……男の子が怒鳴るなんて……酷い……」
 サメザメ、めそめそ、押さえた手の向こうがから嗚咽する声が聞こえる。
「……嘘泣きだろう?」
「…………嘘泣きだなんて……酷いよ……酷い……りょーや君……」
 絶対に嘘泣きだと思わせるに値する声が芝居がかった調子で手のひらの向こう側から聞こえる。そして、それが嘘泣きである証拠に右手が時々、ずれたセーターの肩口を丁寧に直してたりするのだから、本人に芝居を続けるつもりがあるのかどうかすら怪しい。
「……解った、解った……怒鳴らないから、理由、言ってくれよ……それと、今日、俺、用事があるんだよ……」
 絶対に嘘泣きだとは思うが、話が進まないので適当なところで折れる。これが波風立たない平穏な人生の過ごし方という奴だ。だから――
「……じゃあ、謝ってよぉ……さよちゃんに『怒鳴ってごめんなさい』って謝ってよぉ……」
 と、主張しやがる姉に対しても「へいへい」と素直に謝る。
「怒鳴って申し訳ありませんでした。で、なんで来たの?」
「うぐっ……じゃあ、許す……」
 覆っていた手を話して、片付けたばかりの眼鏡を着け直す。化粧……とは言ってもファンデーション程度だが、それが崩れた様子もないし、目も充血してるわけでない。やっぱり、嘘泣きだったか……と、確認だけはするが、突っ込みはしない。もう、めんどくさい。
「んっとね、だから、車……だよ?」
 にっこりと笑う姉を見やり、青年は思う、さっき怒鳴っといて良かったなぁ〜と……さっき怒鳴って、怒りを発散させてなかったら、きっと、良夜はこの姉をぶん殴っていただろう。さすがに男が女に手をあげるのはどうかと、青年も思う。だから、殴らずにすんだのは良いことだ。
「……さてと、朝飯でも食ってくるか……」
 投げやりに答えて踵を返す。
「理由が車なんだよ?」
 冷たく向けた背に投げかけられる言葉、良夜は、えっ? と足を止めた。
「だから、車、上げるよ、りょーや君に」
「えっ?」
 その言葉を理解するまでたっぷり三秒。
「えっ……えぇぇぇぇぇ!!??」
 理解した瞬間、青年の驚きの声が高い空へと吸い込まれていって――
「うるせぇぞ! 浅間っ!!」
 と、一階端っこの部屋に住んでる宮武哲也の怒鳴り声に変わって帰ってきた。
 馬鹿四天王(哲也、透、健二にたぬ吉)で飲んでいたらしい……五時まで……勿論AM。馬鹿四天王はやっぱり馬鹿だと思う……

 さて、この車(十五年落ち軽貨物のジムニー)が良夜に与えられる理由という物はちゃんとある。あるが、それは物凄い単純な物だった。
 この車、実家アパートから歩いて五分にある月極駐車場に預けていた……のだが、そこの大家の息子が齢四十にしてようやくご結婚。しかも、何をとち狂ったかお相手は二十代の娘さん。これが恐ろしく出来の良い娘さんらしくて、テンション上がった大家は月極駐車場にしている土地にどーんと家を建てて上げようとか抜かす始末。
 結果、そこを駐車場にしていたジムニー始め数台の車は行き場を失い、他の駐車場を探すハメに……
 しかし、オフィス街ならともかく、田舎の――家にしてもアパートにしても駐車場付きが当たり前の田舎において、歩いて行ける範囲に月極駐車場なんてそうそうないし、あったところはすでに一杯。それに事実上、一人暮らしだというのに三台の車を維持し続けるのは勿体ない。
 さて、どうしようか……と、国際電話にて家族会議が執り行われた。
「と、言う訳でジムニーの行き場がなくなったのぉ〜」
『お母さんも要らないって言ってるし……良夜にでもくれてやるか……』
「おっけー」
 以上。ちなみに会話相手は父親である。初登場。
「早いな……」
「国際電話は料金高いからぁ〜要件は手短にしないと……」
「……てか、家族会議になってないじゃないか……後、本人は混ぜろよ、せめて……」
 モスグリーンの車体にもたれながら姉が語り終えると、青年はがっくりと肩を落とした。
「それはね、りょーや君がうちで一番の下っ端だからだよ?」
「……さいですか……」
「りょーや君の一つ上は武王だよ?」
「……知ってるよ」
 武王というのは浅間家の飼い猫のこと。ふてぶてしいデブ猫だ。ちなみに自宅に住んでた頃、良夜の食事の準備がで来てなくても、武王の餌の準備だけは出来てたって事がちょくちょくあった。あと、どーでもいいけど、きっと武王の一つ上は親父なんだろう……と、青年は確信している。その上に姉が来て母親、そんな浅間家のヒエラルキー。
 閑話休題。
「まあ、貰える物は貰っておくけど……まともに動くんだろうな? これ……」
 そう言って青年はジムニーのドアを開いた。
 今時、集中ロックもリモコンも付いてないドアを開く。
 そして、運転席に滑り込むと、体を受け止めるのは硬くて薄いシートだ。元々薄くて硬いシートだったが、経年劣化と言う奴のお陰でさらに硬くて座り心地が良いとはお世辞にも言えない。
「車検から帰ってきたばかりだから大丈夫。えっと……なんとかベルトとか言うのとかいくつか部品を代えたとかで、結構な値段したんだよ? 大事に乗ってあげてね」
 ごそごそとシートの位置を調整していると、開きっぱなしの窓の外から姉が声を掛けた。勿論、窓もパワーウィンドーなんかじゃないのは、言うにおよばない。
「タイミングベルトだっけ? ふぅん……」
「ああ、それそれ……私さ、お父さんのクラウンや私のスイフトよりうちの車って気がするんだよ……ほら、子供時分、出掛けるって言えばこの車だったでしょ?」
「……姉ちゃんがどこにも出掛けたがらないから、出掛けるって言えば食事とか買い物程度だったけどな……」
「ドライブより読書が楽しいからぁ〜」
「それで良く、ここまでこの車で来れたよな……」
「うん、この間に引き続き、私が急に来たら、りょーや君、きっと驚くと思ってぇ〜」
 そんな理由でシートもサスも硬いこの車を丸一日近く運転して、ここまで来たのか……と内心呆れる。我が姉ながら、絶対に馬鹿だ、と内心だけで思う……が、言えば、どうせ、自分の受かった大学を良夜が滑った云々の話をされて、精神に傷を負わされるだけなので言わない。
「……びっくりしたよ、実際」
 代わりにそうとだけ言うと、青年は着けっぱなしになっていたエンジンの鍵を捻った。
『ぶるん!』
 心地よい振動と共にエンジンが低いうなり声を上げる。
「一発でかかった……」
「悪いところは全部直して貰ったし、ぶつけたところの板金もして貰ったから、大事に乗ればまだまだ乗れるって。車屋さん」
「そっか……」
「うん。姉ちゃんもこの車で運転の練習してたんだよ? それにほら、このCDプレイヤーは姉ちゃんが買ったんだよ?」
 そう言って、古めかしいデザインの中、青色LEDやら液晶表示やらが浮きまくっているCDプレイヤーに小夜子は手を伸ばした。そして、ピッとイジェクトボタンを押すと、中から小夜子が好んで良く聞く男性アイドルグループのCDが吐き出された。
「このCDはあげないよっと……まあ、そう言うわけだから、大事に乗ってね」
「ハイハイ……」
 CDの穴に指を突っ込み、フラフラさせる姉に良夜は少し拗ねたような口調で言葉を返した。
 別に車がいらない、と言う訳ではない。古い軽四とは言え、雨の日のバイトや買い出しのことを考えると、スクーターよりも楽だと思う。何よりも――
「美月ちゃんの車、男の子が乗るにはしんどかったでしょ?」
「まぁね……――ってなんで知ってんだよ?」
 反射的に顔を右に向ければ、開きっぱなしの窓の向こうに姉の笑みがあった。
「本人が教えてくれたんだよ? 駐車場に車もあったしね。ぬいぐるみだらけはきついよねぇ〜」
「……まぁね……美月さんの車だから強くも言えないし……」
 と言う事情。
 実際には強くどころか、弱くにも言えていない。美月が運転するときはともかく、出掛けしなに良夜が運転するときなど油断すると美月が助手席にぬいぐるみを抱いたままに乗ってたりする。で、帰りにそれを抱くハメになるのは良夜という素敵システム。
 だから、基本的には貰うのは悪くない。
 だ、が――
「維持費がなぁ……倹約しないと爆死だな……」
 税金は軽貨物は安いから良いけど、上乗せ保険やら、メンテナンス料金、毎月の駐車料金なんか……考えると頭の痛い問題だ。
「でも、駐車場なら、ほら、広いところがあるじゃない?」
 そう言って小夜子は明後日の方向を指さした。
「どこだよ……学校か? あそこは無許可の車があったら速攻でレッカーされるんだぞ?」
「……学校はあっち、私が言ってるのはこっち」
 指が一旦逆の方を向き、数瞬の後に元に戻されれば、猛烈に嫌な予感。
「……それって……」
 つーっと額に一筋の汗が流れれば、それが襟元にたっするよりも早く、小夜子は助手席へと滑り込んだ。
「うん。予想は付いてると思うけど、アルトだよ?」
 姉が笑った瞬間、良夜の額はハンドルとディープキスをしていた。

 で、アルトについたら――
「あっ、お義姉さん、こんにちはぁ〜この車がこの間言ってた、良夜さんの新しい車ですか?」
「うん、そうだよぉ〜置かせてね?」
「良いですよ〜月四千円でしたっけ?」
 アルトの入り口、無駄に広く、そしてろくに使われていない駐車場という名の空き地。そこでは美月と小夜子がのんきそうに挨拶していた。
 その風景を目のはしに捉えながら、青年はハンドルに額を押し付けていた。
「……ああ、もう、どっから突っ込んで良いのか……」
「……とりあえず、すでに『お義姉さん』呼ばわりって所からかしらねぇ……?」
 良夜の呟きに答えたのは、開いたままの窓から車内、良夜の頭の上に着地したアルトだ。
 彼女にそう言われ、青年は数秒の間、そこからで良いんだろうか? と自問したもんだが、その答えはけっきょく出なかった……

「……自分で言っといてなんだけど、違うと思うわよ。自分の仕事をなさい、突っ込みでしょ?」
「良いよ、もう、そこで……なんかもう、どうとでもなっちゃえ……」
 青年が投げやりに呟いたのは、彼の目の端っこ、美月と姉とは逆側の端っこ、喫茶アルトが誇る看板娘ーズの残り三人がとことこ歩いてくるのが見えたからだ。
「あっ、僕も居ますけどね」
「……お前、役に立たないじゃねーか……」
「ひどっ!?」
 物珍しそうに車を覗き込む直樹には冷たい言葉だけしか与えなかった。

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