鍵
 ときどき、喫茶アルトのキッチンには大きなキーホルダーのついた鍵が転がっている。妖精のレリーフがあしらわれたそれは美月の物だ。大きくて分厚いブロンズのキーホルダーは、鍵側を掴んで振り回せば人が殺せる大きさと重さ。そんなものだからポケットに入れておくと非常に邪魔だ。だから、普段は自室の机の上かハンドバッグにでも入れっぱなしになっているのだが、時折、必要になって持ち出されることがある。
 で、片付けに行けば良い物をポケットに入れっぱなした挙げ句、重たくなってその辺にほったらかしにする、と言う事件がまれに起こる。ただの車の鍵とかなら貴美もほっとくのだが、店の鍵も付いているので見かける度に、片付けろと注意していた。
 そして、今日、久し振りにキッチンの作業台の上にそれが転がっている。先ほど、車検に出してあった車が帰ってきた時、鍵を受け取り、そのまま、ほったらかした、と言った所だろう。
「美月さん、こんな所に鍵を置き去りにしてたら、なくなっちゃうよ?」
 鍵を手に取り辺りを見渡せば、美月が体裁の悪そうな顔をして「はぁい」と返事。今にも舌でも出しそうな彼女に鍵を手渡し、貴美はため息を突いた。
「車の鍵はともかく、お店の鍵がなくなったらどうするんよ?」
「車の鍵もなくなったら困りますけど……はぁい、気を付けまーす」
 喫茶アルト名物「経営者を叱るバイト娘の図」である。割とありがちなので誰も気にしない。鍵をポケットにねじ込んでガスレンジに向かう美月を見送り、きっと少し経ったら邪魔になって何処かに置いちゃうんだろうなぁ……と貴美は予想する。
「美月さんがポケットに入れた鍵、何処かに置いたら殴って良いかんね」
「……んっ」
 野菜を刻みながら頷く翼に、貴美は一安心。向こうで美月が何か不平を訴えているようだが、それは無視を決め込む。これでの用事も終わったし、フロアに戻るか……と思った所でふと、何か引っ掛かる物を感じた。あの大きなキーホルダーに付いていた鍵の数だ。一つは車の鍵、一つは店の鍵、裏口の鍵、そしてもう一つ、非常に見慣れた形状をしている鍵が付いていた。それは――
「吉田さん、ちょっと!」
 小さな疑問の答えが浮かんだのと、大きな声で呼ばれたの、その二つはほぼ同時だった。呼ばれた方向に顔を向ければ、そこでは凪歩がぶんぶんと手を振り回して呼んでいるのが見えた。
「大きな声で呼ばなくても聞こえてんよ」
 パタパタとスニーカーの音を立てて彼女は小走りにフロアへと戻る。
「ああ……」
 と、小さく呟いたのは思った以上にお客さんが多かったから。そろそろ、夕飯組が来店する時間帯のよう。先ほどの鍵の話、もう少し聞きたいことはあったが致し方ない。今は働く方が先決……と、貴美は美月に聞きたいことを心の棚の中に片付け込んだ。
 そして、喫茶アルト営業終了後……
 ちょっとした反省会も終わって、会は世間話へと移行していく。そんな中、彼女は棚の中に片付け込んでいた話題をテーブルの上に乗せた。
「りょーやんに部屋の鍵、貰ったんだ?」
 尋ねてみれば、周りではクッキーをつまみにコーヒーを飲んでいた翼と凪歩――主に凪歩が「おぉ〜」と大きな歓声を漏らす。その中にあって、美月だけはキョトンとした顔。数回瞬きをして、目を大きく見開いた。
「ふえっ? なんで知ってんですか?」
「いや、さっき、美月さんのキーホルダーに見慣れた鍵が付いてたかんね。それで――」
「えっ? なんで吉田さんが良夜さんの部屋の鍵を……?」
「……同じアパートの鍵なんてどれもこれも形は同じだからね、大体……」
「……ああ、そうなんですか?」
 そこまで説明したところでポンと手を打ち、彼女は納得した。その様子に相変わらず、ずれてるなぁ……と、思いつつ、貴美は自身のポケットからキーホルダーを取り出した。小さなペンライトがキーホルダー代わりだ。そこには貴美のシルバーウィング、自室、、実家、そして互いに交換しあってる直樹のZZRの鍵が付いていた。その鍵をくるくると指先で回しながら顔をテーブルの中央へ……すると、他の三人もついつい顔を寄せ合ってくる。
「ほら、これっしょ? まあ、それは良いんだけど……で、どうなの? やっぱ、通い妻とか……――」
 と、言いかけた所で貴美の言葉が止まる。
 数秒の沈黙……
「あれ、やってないよね?」
 彼女はそう言って小首をかしげる。良く考えてみれば、毎晩、仕事を一緒にしてて、良夜の部屋は貴美の部屋の隣。美月が通い妻みたいな事をやってれば、貴美が一番に気付くはず。それが今日まで変化らしい変化がなかった所を見ると……
「やってませんよ」
 案の定な答えを美月は恥ずかしそうに言った。やらない理由は大きく二つ。一つ目は勝手に部屋に入っても良いのだろうか? と悩んだ挙げ句に今まで入り損ねているという結末。二つ目は、そもそも、美月が忙しい。美月はこう見えても立派な社会人、結構、忙しい。一方、最近、忙しくなってきたとは言え、大学生は基本的に暇だ。だから、美月の暇に良夜が合わせるというのが不文律になっている。故に、美月が良夜の部屋に行ける時は大抵良夜も傍に居る。二人一緒に彼の部屋に行くのなら、鍵を開けるのは美月じゃなくて良夜だ。
「まあ、この間、良夜さんがパソコンの部品を買いに行った時は、良夜さんの両手がふさがっていたので私が鍵を開けましたが……」
(……デートがパソコンショップかい……)
 心の中だけでそう突っ込んだのは、貴美だけではなかったようだ。凪歩は苦笑いを浮かべているし、翼にいたっては椅子に深く座り直して、コーヒーカップ片手に明後日の方向を眺めている。しかし、美月だけはいたって幸せそうなので、誰もそれを口にする事はなかった。
「でも、折角鍵を渡して貰ってるんなら、一度くらい、彼の居ない部屋とか入ってみたいよね、抜き打ちで」
「……と、彼氏なんて居ないなぎぽんが言ってる……」
「……翼さんも居ないよね?」
 翼の冷静な突っ込みに凪歩の笑顔が凍りついた。そして、凪歩が引き攣ったままの笑顔で言い返すと翼は目がすっと細くなる。直後、二人の顔がズイッと中央による。無言のままにらみ合う二組の視線。今にも口から威嚇音でも吐きそうな勢い。
 威嚇し合う二人を軽くスルーして、貴美は隣に座る美月へと椅子ごと向き直った。
「でもまあ、実際、食事を食べさせたければ、バイト帰りにでもこっちに呼んだ方が早いし、掃除なんて……美月さん、最後に自分の部屋、掃除したん、いつよ?」
 貴美の言葉、最初半分はウンウンと頷きながら聞いていた美月の顔が、後半戦にさしかかった辺りで凍りついた。ついでににらみ合っていたアルト新人二人組も。
「……なぎぽんはともかく、つばさんまでやってないんかい……」
 貴美が意外だとばかりに目を見開くと、翼はそこから視線をぷいと横にそらした。そして彼女はポツリとこぼす。
「……まだ……なれなくて……」
 それに凪歩も「ウンウン」、同時に美月も「ウンウン」
 …………
 皆の視線が美月に集中。そして、全員が言った。
「あんたは何年目だ?」
 総突っ込みにあって、美月はクシュンとうなだれる。久し振りにテーブルの上にのの字を書いて拗ね始めた。
「そういう吉田さんはどうなんですか?」
 拗ねた美月を尻目に、尋ねたのは凪歩だった。彼女にしたら同じように働いている上に大学の授業にも出てたりする貴美が、こまめに家事をやっているのが不思議なのだろう。そんな疑問が彼女の口調からは溢れ出していた……のだが、答えは割と簡単だった。
「夜中にやってる。近所って、角部屋で逆側はりょーやんだから、大丈夫だよ。ごちゃごちゃ言ったら『あのこと、広めんぞ? あぁん?』ってすごんだら、顔色変えて黙るから」
「あのことって……どんな事なんですか?」
「さあ? りょーやんがどのことを想定して顔色変えてんのか、私にも……」
 尋ねる凪歩に貴美も小首をかしげる。心当たりが多すぎて、どれを広げられる事を恐れているのかさっぱりだったりする。が、使えるので延々使用中……てな話をすると、三人ともどん引き。
 空気を変えるためか、復活した美月がコーヒーカップに口を付けて、言葉を発した。
「それに良夜さんのお部屋って汚れてないですよね」
 つられて貴美もカップに手を添えるが、そこはすでに空っぽ。ネルもサーバも片付けてしまっているので、もう今夜はコーヒーを飲む事は出来ない。そう思うと、ちょっとガッカリ。動かした手の行き場に困った貴美は、取っ手を指先でトントンと叩き始めた。
「まあ、りょーやんもこまめに掃除してっからね。ちょくちょく、私や美月さんも遊びに行くから気を使ってんじゃないのかな?」
「むしろ、私の部屋の方が汚いので…………良夜さん、私の部屋、片付けてくれないでしょうかねぇ……?」
「美月さん、それは口に出したら負けだよ?」
 貴美自身が解るほどのあきれ顔に、美月は「だってぇ〜」と頬を膨らませて答えた。
 美月が言うには、彼女が部屋に入るのは、寝る時くらいらしい。一日のほとんどをキッチンかフロアで過ごしている。なのに、部屋に帰る度、部屋が汚れていく気がする。例えば、四隅には綿埃が溜まっていくし、本棚に本の代わりに並べてあるぬいぐるみや人形には、うっすらと黒い埃が降り積もり始めるし、天井には蜘蛛の巣のように煤が溜まっていく。でも、それに気付かされるのは毎晩寝る直前でもう眠たいし、朝起きた時には仕事が始まるし、仕事が始まれば忘れちゃうし、そして、帰ってきた時には気付くけど、やっぱり眠たいので見なかった事にする。そんな日々の繰り返し。
「大体、大掃除の時だって、フロアーや倉庫優先になっちゃって、自分の部屋なんてやる気になりませんよねぇ……」
 美月は半ば以上言い訳のような話を一息に言いきり、最後にこう付け加えた。
「自分の部屋より綺麗な人の部屋、片付けたいとは思わないですよねぇ〜」
「ああ、でもさ……――」
 なんとなく愚痴のような、言い訳のような……そんな言葉を苦笑いとともに言った美月に貴美は最後に一言だけ伝えた。その一言の後「んじゃ、お開きにするな?」と、最近、決めぜりふのようになっている言葉を吐く。それが、喫茶アルトの営業および反省会という名前のお茶会は終了の合図。看板娘ーズは「はーい」と答えて、手に手に自身が作ったカップやお皿を片付け始める。それらが片付け終わると、喫茶アルトは翌日までしばしの間、眠りにつく。

 さて、皆を送り出して取り残されるのは美月一人……と、思ったところで頭の上でチョンと髪を引っ張られる感じが一つ。大事な保護者が頭の上に居る事を思い出す。ニコッと上にいるであろう見えない妖精に笑みを投げかけて、美月は店の中に戻った。
 あくびを一つ、続いてやるのはいつもと同じ事。まずは自室に入って、小さな汚れ達を見て見ぬ振り。下着とパジャマを持ったら風呂場に下りて、和明が入れたままにしているお風呂を頂く。入ってる時間は長かったり短かったり。全般的に長湯なのは長く伸ばした髪を洗うのに手間が掛かるため。その髪をバスタオルとドライヤーを使って丁寧に乾かす。それが終わったら、パジャマに袖を通して部屋に戻る。
 後は枝毛探しを始めたり、テレビを見たり、すぐに寝たりと色々って所だが、今日はちょっと違っていた。昼間、ポケットに入れっぱなしにしていたキーホルダーを取り出す。昼間、重たかったのでシンクの片隅やら作業台やらに置いておくと、貴美の言いつけを素直に守る翼がポコポコと頭を叩いてくれた。それを――それの中の一本を見詰めること一分弱。やおら彼女は「良し!」と気を吐き、部屋の片隅に置かれていたハンドバッグを取り出した。そこから引っ張り出すのは使用頻度の低い携帯電話。呼び出すのは良夜の番号……ではなく、知り合った直後に教えて貰ったが全く使った事のないメールアドレス。携帯電話自体使用頻度の低い物だが、メールは更に低い。と言うか、数えるほどしか使ってない。
 パチパチと一文字打つのにもたっぷりと時間を掛けてメールを送信する。ちゃんと送れただろうか?
 不安は多少残るが、確認のしようもないので諦め、着ていたピンク色のパジャマを脱ぐ。そして、シンプルなワンピースに着替えた。長袖とは言え薄手のワンピースは少し肌寒いかと思うが、他のを探すのも面倒なのでこれにする。その格好でハンドバッグと鍵を持って、トントントンと階段を駆け下りた。
 向かう先はキッチン。
「えっと……夕飯は……と」
 明日のために仕込んであった料理の中から、余り手間が掛からずに食べられるようになる物をチョイス。ミートソースと乾燥パスタの袋を掴んで、彼女はそこらにいるであろう妖精に言った。
「良夜さんの所、行きましょ」
 洗い立ての黒髪が力強く一回だけ引っ張られた。

 不安だった美月のメールはちゃんと良夜の元に届いてた。
『夕飯を作って待ってます まっすぐ帰ってきてくださいね 美月』
 スーパーの営業と後片付けが終わった十時半少し前、良夜がロッカーの中に放り込んであった携帯電話を開くと、そんなメールが届いていた。絵文字どころか改行も入っていないシンプルというか、素っ気ないメールは美月らしい気がする。制服のエプロンを脱いで代わりに薄手のジャケットを肩に引っ掛ける。そして、『今から帰ります』と返事を打ち込む。電話の方が早いかとも思ったが、折角のメールなので良夜もメールで返事をした。
「あっ、浅間くん、お疲れさま。今夜もこれ、いる?」
 更衣室から出ていこうとする良夜に声を掛けたのは、ちょうど入れ違いに入ってこようとしていた女性パートさんだ。良夜の母親……と言えば少し失礼に当たりそうだが、お姉さんというと少しお世辞が過ぎる、そんなくらいの年齢の女性は、右手に小さなビニール袋を一つ持っていた。中身はコロッケ辺り。お総菜の担当をしていて、売れ残りをビニール袋に詰めて、毎晩、配っている人だ。もっとも、売れ残りのない日も少なくないので、当てにすると裏切られることもあるで要注意。
「ああ、今夜は良いです……友達が食事、用意してくれてるから……」
「へぇ〜彼女?」
「えっ……ああ、まあ……はい」
 顔が熱くなるのを感じながら、良夜が答える。それに彼女は小じわの目立ち始めた目元を大きく緩めて「そっかぁ〜」と応じ、他のもらい手を探す。まあ、この時間帯に仕事を終えて帰る支度をしている連中だ。コロッケ一つ二つのスペースは胃袋に存在していて当たり前。コロッケのもらい手はすぐに見つかり、誰かの口へと運ばれる。
「お疲れさまでした」
 その商談を背後に聞きながら、青年は駐輪場へと続く階段をトントンと下りた。
「しかし……寝てるとか、ないだろうな……」
 メールが来たのは仕事が終わる小一時間ほど前。小一時間も一人で待ってたら、美月のことだし、寝てても不思議じゃないなぁ……と良夜は思った。そうなると、ご飯は出掛ける前にしかけてきたが、おかずは何かあったっけ……? と、考えてみる。冷蔵庫の中は多分、飲み物くらいしか入ってないかも……あと、瞬間接着剤。浅間家では余った瞬間接着剤はなぜか冷蔵庫に入ってた。冷暗所だからだろう。
 とことこと安物臭い音を立てて、スクーターが国道をひた走る。いつもよりかは少し飛ばし気味。遅くなればなるほど、美月の寝てる可能性が高くなるから。
「美月さんがベッドで熟睡してて、アルトがその美月さんの胸の上で寝てたりとか……ああ、ありがちだなぁ〜」
 ヘルメットの中で思わず独りごちる。そんな姿がまざまざと思い浮かぶ。その平和そうな姿に良夜は思わず「ぷっ」と小さく吹き出してしまった。そうなってると、良夜は床の上で毛布にでもくるまって寝るハメになるかなぁ……と思うが、それも良いか、と思い直す。
 それから暫く。いつもよりも少しだけ早く自宅駐車場に到着。自宅の窓がある三階を見上げれば、赤々と暖かな電気が付いてる様子。少しだけ心が温かくなるような気分を味わいながら、青年はたんたんたんっと規則正しい足音を立てて階段を上がる。思い込みとは恐ろしい物で、良夜はこの時点ですでに美月は寝ている物だと確信していた。だって、美月だし、この間の歓迎会で凪歩達を送り届けた後、寝入った美月を起こすのにどれだけ苦労したことか……
 ドアノブに手をかけると、鍵が開いていることに気付いた。そして、カチャリとドアを開いて――
「ただいまぁ〜」
 小さめの声で言うと、中から元気の良い声が帰ってきた。
「おかえりなさぁい」
 お馴染みの美月の声だと思えば、即座に、ありゃ……起きてた? との思いが心に浮かび上がる。その気分が消えるよりも先に、
「お帰り。早かったわね」
「おっかー」
「あっ、あの……お邪魔、してます……」
 他に三つの声が聞こえた。
 ……
 アルトが美月の頭の上にいて、美月の両隣に貴美と直樹。三人並んで仲よさそうにゲームをしている。そりゃまあ、この布陣なら寝ないで済むだろうな、と良夜は妙な風に納得した。ちなみにやっているのは、良夜が買ったばかりでまだ封を開けただけの新品ソフトだ。チラッと見たら、良夜よりも先に進んでそうだ。なんか、悔しいし、ネタバレは勘弁して欲しい。
「……あっ……いらっしゃい……で、吉田さん達はなんで来てんだよ……」
「あっ、パスタ、今からお湯、涌かしますね!」
 美月がパタパタとキッチンに立つと、彼女が座っていた所に腰を下ろす。目の前の画面には良夜よりも遙に進んでるゲーム画面。ネタバレとかどうとか言うレベルじゃない所まで進んでて、むしろ、逆に解らない。
「ウーン……話すと長くなるから……メンドイし、パス」
「僕は……帰ったら吉田さんが呼びに来て……無理矢理……」
 二人の話を聞きながら、青年は大きな溜め息。この状況は想定外という奴だ。まあ、隣の部屋に住んでるんなら鍵やドアが開けば解らなくもないか? おかげで、美味しい美月の手料理にはありつけそうだが、なんだか、うれしさも半減といった所。
「そうそう、メール、届いてました?」
「ああ、届いてましたし、返事、出してたでしょ?」
 美月の言葉に良夜は振り向きながら答える。
「いえ、もう一通出しましたよ?」
「美月さん、一通出すのに物凄い時間掛かるからさ、多分、りょーやん、単車に乗ってたんだよ」
 貴美の補足説明で良夜も納得。それじゃ、気付くわけないな……と思いながら、携帯電話を開く。そこにはやっぱり、一通の未読メールの印。それを開けば――

 今から小一時間ほど前。美月と貴美がアルトで交わしたその日最後の会話……
「自分の部屋より綺麗な人の部屋、片付けたいとは思わないですよねぇ〜」
「ああ、でもさ、夜中に帰ってきた時、電気付いてるとホッとするらしいよ、なおが言ってた」

 ――そのメールを開けば、やっぱり、顔文字も何にもない二十代前半の女性が書いたとは思えないシンプルな物。
『お部屋に明かりを着けて 待ってます 美月』

 なお、この日から、ちょくちょく、美月がアルトや貴美と一緒にゲームをしに部屋の中に入ると言う事があるようになった。
 RPGとかシミュレーションゲームとか、良夜よりも進んでる物もあるくらい。シューティングとかアクションとか凄い下手くそなのに、RPGのレベルあげとか物凄い素早い。きっと頭も反射神経も使わないで済むからだと思う。どっちもない人だから。
 しかも、嬉しそうにその内容を語ってくれる。
「世界の半分は闇の世界なんですよ?」
「ああ、ハイハイ……」
 もう、来ないで欲しいと本気で思った。

前の話   書庫   次の話

ランキングバナーです
ランキングバナー
面白いと思ったら押してください