お久しぶり
 真っ白い霧が立ちこめています。
 足下も見えないほどの霧、霧、霧……
「ひゅー……どろどろどろどろ〜〜〜はい、恨めしや」
 ……
 ……やってみたら、イマイチ、面白くなかったですね……撤収です。
 ああ、この霧はドライアイスです。氷菓コーナーに行けば沢山あります。それを一つ持ってきて、水を張った洗面器に入れてみました。後、背後に扇風機。アナログです。アナログ幽霊です。いつの間にかテレビはデジタルになりましたが、私はアナログで行きたいと思います。
 ……やり終えたのは良いのですが、後片付けが面倒ですね。扇風機は二階の家電売り場に持って行って、洗面器は水とドライアイスを便器に――
 流したら、煙でとんでもないことに!!
 びっくりしました。びっくりマーク二つも使う大盤振る舞いです。みなさん、ドライアイスの扱いには気を付けましょう。二酸化炭素中毒で死ぬかと思いました……一発目の突っ込み所です。
 と、言うわけでお盆なので帰ってきました。幽霊です。ども。
 みなさん、お久しぶりです。どのくらいお久しぶりかと言いますと……
 一年ですね。
 誰がなんと言おうと一年です。
 前回の日記には八月の中頃、ペルセウス座流星群のお話でした。
 そして、今、また、お盆です。
 ですから、一年です。
 証明終了です。これ以上の証明は必要ありませんし、する気もありません。
 この一年、何をしてたかと申しますと……
 寝てました。
 朝起きて朝寝して、昼起きて昼寝して、夜起きて本格的睡眠を取ったら、翌日に続く。そんな感じの日々を過ごしていたら、あっという間に一年です。
「……びっくり」
 思わず、声に出してしまいました。
 しかし、考えてみれば当たり前の事でしょう。幽霊だけに、寝ようと思えばいくらでも寝られるのです。
 まさに、永眠という奴です。ここ、突っ込み所です。
 ぐっすり寝たので、暫くは寝ないでも大丈夫です。
 三日くらい。
 とりあえず、そんな感じでお盆の真っ盛りです。
 お盆ですから、里帰りの行列さんが出来ます。何年か前の日記にも書いています。
 ぞろぞろと列を成して店の中、通路だろうが商品棚だろうがオープンケースだろうがお構いなしに歩き回ったり、列を離れてぼんやりしてたりと、好き放題な『売り上げに関係のないお客さん』達です。
 そんな『売り上げに関係のないお客さん』が、ただいま、絶賛、店内をウロウロ中。朝も夜も関係ない感じです。
 今もです。
 ちなみに“今”とは八月十四日の深夜です。もうすぐ、日付が変わる時間帯。家電売り場のパソコンのパソコンの一台をこっそり拝借して日記を付けてます。紙と鉛筆じゃない辺りがアナログ幽霊のくせにデジタルな感じ。
 その“今”も真っ黒になった液晶テレビや冷蔵庫、洗濯機と、各種売り場を見知らぬ半透明なお客さんが行ったり来たり。慣れない内は結構目障りでしたが、お盆体験も回数を重ねる内にいい加減慣れてきます。
 そうです、お店の中をうろちょろしている団体さんはみなさん、見知らぬ方ばかりでした。
 しかし、今日のお昼のこと……
 いつものように乾物コーナーでぼんやりと特売品を眺めていたところ、ふと、顔を上げてみれば、そこには見知った顔が一つありました。
 数年前、ちょうど、私が乾物コーナーでの磔を卒業した頃、ちょくちょくお店にいらしていたお爺さんです。
 夕方過ぎに来ては時間切れで安くされた見切りお弁当を一つとカップラーメンを一つだけ買って帰るお爺さん。当時は特に気にしていたわけでもありません。ただ、毎日、同じカップラーメンを買って帰って、飽きないのでしょうか? とか、値段を考えたら袋ラーメンの方がずっと安いのに……とか思っていたことが印象的で、思い出すことが出来ました。
 そんなお爺さんがいらっしゃらなくなったのはいつのことだったのでしょう……? もう、覚えてません。そもそも、たいして気にもとめていませんでいした。
 気が付いたら毎日やって来て、気が付いたら来なくなっていた、ありがちな常連さん。一方的な顔見知り。
 そんな、しわくちゃな顔のお爺さん。生きてた頃というか、来店してた頃と同じしわくちゃな顔の彼は、見えているのか居ないのか良く解らない視線でいつものカップラーメンを眺め、そして、いつものお総菜売り場へと流れていきます。
 私はそのお爺さんの後ろを着いて歩きます。別に意味なんてありません。強いて言うならば、暇だったから、と言うところです。そういう事にしておいて下さい。
 そのお爺さんはレジの前を素通りすると、エントランスへと向かいます。そして、自動ドアを素通りし、外――未だ残暑の熱さが残る空の下へと出ていきました。
 私の追跡もここまで。
 閉まったままの自動ドアに手を当て、私は小さくなっていくお爺さんの後ろ姿を見送ります。
 彼がどこに行くのか、もしくは帰るのか……それは私には解りません。
「どうしたの?」
 ぼーっと透明な自動ドアの向こうを見送る私に、小さな声が掛けられました。その声がした方へと顔を向けると、いつものチビが珍しく伺うような視線で私の顔を覗き込んでいます。
「なんでも……」
 私はそうとだけ答えて、もう一度、ドアの向こう側へと視線を向けます。しかし、そこにはすでにお爺さんの後ろ姿はありませんでした。それでも私は視線を逸らすことが出来ず、いつでもお爺さんの消えていった、残暑の駐車場をぼんやりと眺めていました。
「……なんでも……」
「……何か?」
 ふいに呟かれたチビの言葉に、反射的に答えました。
「……何でもない人は、泣かない……」
 言われて私は目元を撫でてみました。そこにはうっすらと濡れた後……
 それでも私はもう一度言います。
「……なんでも……」
 その答えに満足したのか、そうでないのか、私には解りません。
「……そう……」
 それだけ言って、彼女は自動ドアから入ってきたちょっぴりイケメンのお兄さんの背中にぶら下がって、店内へと帰っていきました。ちょっと格好いいお兄さんだったので、私もぶら下がってスリスリしたいところでしたが……残念。周りに別のターゲットもいないのにはガッカリです。
 仕方がないから、自分の足で……いえ、足はありませんが、まあ、そう言う心意気で、店内に戻ります。
 そして、私は一つだけ願いました。
 あのお爺さんに帰る場所があることを……
 そして、もう一つ、決めました。
 思いっきり馬鹿馬鹿しい日記を書こうと……
 結果、冒頭のようなマネをしてみたわけです。
 ……
 信じました?
 信じちゃった人……詐欺には気を付けて下さいね。
 

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