お月見
 こんばんは、幽霊です、ども。
 今夜は中秋の名月です。
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 私が「今夜は中秋の名月」と言えば、それは中秋の名月なんです。ほっといてください……
 と言っても仕方ないですね。ええ、素直に認めましょう。お盆に引き続き、ひと月以上遅れで日記を書いています。そうですよ、この日記を書いてるのは十一月です。何か文句があるのですか? 良い度胸です。良いでしょう、かかってきてください。私は誰からの挑戦でも受けます。
 と、何となく、今後この手の書き出しを多用してしまいそうな自分が怖い幽霊です。自分をも恐怖のどん底に陥れる幽霊です。皆さん、怖がってください。
 そう言うわけでして、今夜は中秋の名月です。中秋の名月なれば、私はお団子とススキの調達をするしかないでしょう。中秋の名月にはお団子とススキが憑き物……いえ、つき物です。日本の古き良き伝統です。皆さんも是非そうしてください。
 来年は。
 自虐ネタです。新しい芸風です。死してなお進歩を忘れません。
 さて、お団子は簡単に調達できます。和菓子売り場に行けば文字通り売るほどあります。どうせ、私は食事が不要で不可能な非生もの。営業終了後にちょっぴり借り、後で返せば万引に当りません。
 問題はススキです。
 私の手の届くところにススキなんてありません。
 季節の物なのですから、ススキの飾り物くらい用意しておくべきだと思いますが、生花コーナーですら、見つけることが出来ませんでした。どこにでも自生している物ですからね、ススキなんて……スーパーの中以外は。
 日本人の誇りを忘れたのでしょうか? この店の方々は。許せないと思います。
 と、生前の記憶すら忘れてしまっている幽霊が語ってみます。
 自虐ネタ。お前が言うなと突っ込んでおいてください。
 ないものは仕方ありません……と言ってしまうのは敗北です。ススキごときに敗北したとあっては、百戦錬磨の人向ぼっかーとしてのプライドが許せません。
 なければ作る。
 これが正しいあり方であると思います。
 食品売り場がある一階から階段を上がって、二階へ。目指すは材料がありそうな百円ショップ……ではなく、本屋さんです。
 まずは植物百科でススキの写真を探します。
 物事は完璧を期さねばなりません。ススキの外見をもう一度ちゃんと調べ、そして、完璧なススキの作り物を作るのです。
 ……
 ススキも知らないのか? ゆとり野郎。
 と、思った方、私はあなたを呪います。かなり本気で。
 薄暗い本屋の中をテクテクとない足で歩き、辞典辞書のコーナーへ。この辺りに植物辞典があったと思います。この手の学術書とか教育書はあまり見ない方なので、良く判りません。普段はホラー小説とかコミックスとかばかりですから。後はエろ……いえ、何でもありません。本当に。
 ともかく、並んでいる百科事典の中から植物百科を取り出します。ペラペラと適当にめくってみると、写真も多めでいい感じです。この中からさがしてみましょう。
 ありました。
 菊、キク科キク属、花言葉は「高貴」
 良いですね……菊。一度で良いので一面の菊畑の中でお葬式を上げて貰いたいところです。突っ込み所。
 違います。今は関係ないです。菊のページは後で堪能するとして、今はちゃんと目的の物を探しましょう。
 シキミ、シキミ科の常緑高木、花言葉は特にないそうです。これも仏前に供えられるお花です。良いです。本能に呼びかけてくる美しさです。
 これも違います。
 思わず、本能の赴くままに仏花を調べていました。そこは体質的限界というか、本能というか、生態なので仕方がないと思います。幽霊ですから、私。クレームは受け付けません。
 なお、仏教の宗派によるとシキミはあの世でお金として使えるそうです。身近に亡くなった方がいらしたら、仏前に沢山飾って上げてください。そして、余ったら私にも下さい。いつの日か、めでたくあの世に行った時には地獄の鬼に賄賂として渡します。天国には行けない気がします……何となく。
 ペラペラとさらにページをめくって……ありました。ススキ。稲科の植物だそうです。花言葉は隠退……私にぴったりですね。活力とか精力とか言う花言葉も見えますが、そちらは見なかったことにします。
 ジーッとそのページを凝視します。穴が開くほど……
 そして、頭の中で疑似ススキの設計図を描きます。
 数分。
 判りました。完璧です。作れます。材料は竹ひごと茶色っぽい毛糸、それにセロハンテープでもあれば十分でしょう。早速百円ショップに入って調達してきます。
 新品の毛糸の束から適当に引っ張り出して、竹ひごを一本盗ん――いえ、借りて……ところで私、完璧に犯罪者ですね。別に逮捕されることもないので構いません。人としての倫理観とか言うのも無関係です。幽霊ですから。皆さんも犯罪に走る時は幽霊になってから走りましょう。生ものの方々は犯罪なんて犯さないでください。幽霊さんとの約束ですよ。
 毛糸を竹ひごに適当な長さで切った毛糸をセロハンテープでクルクルと巻き付ければできあがり。
 ところで、私、今日、気がついたことがあります。恐るべき事実です。心して聞いてください。
 私はすごく不器用。
 私の目の前には竹ひごの先端に数本の毛糸がだらりと垂れ下がる、訳の判らない物体が一つ。何をどう見てもススキには見えません。何というか……貧相なハタキか猫じゃらしの出来損ないです。
 もしかして、セロハンテープで留めようとしたのが間違いだったのでしょうか? 物凄く、セロハンテープがきらきら光っているのですが……
 そして、私の回りには数十本の竹ひごと毛糸の切りくずが散乱中。
 どうやら、私に美術的才能はないようです。一つ勉強になりました。
 嬉しくも何ともありません。
 まあ、良いでしょう。どうやらこれ以上頑張っても無駄にゴミを作り、犯罪の泥沼に身をゆだねてしまうだけです。今日のところはこれで許して上げます。
 これ以上やってたら、きっとお月様が沈んでしまいます。すでに日付も変わってることですし……
 さっさと屋上に上がってお月見をしましょう。

 と、思って上がったら、外は土砂降りの雨でした。

 それから五分後、私は本屋さんの床にペタンと座り込んでいました。
 目の前にはパック詰めされたままのお団子と、猫じゃらしの出来損ない……じゃなくて手作りススキ。そして――
『アポロ 月への軌跡と月面の写真』
 と言うタイトルの本が一冊。
 素敵です、月のクレーターと月面着陸船、そしてアームストロング船長……
 負け惜しみじゃありません。

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