お盆
 こんばんは、幽霊です。ども。お久しぶり……
 死んではいますが、まだ元気にさまよってます。さ迷い続ける幽霊ライフです。
 さて、お盆です。
 ……
 私がお盆だと言ったらお盆なんです。この日記ファイルのタイムスタンプとかヘッダーのメタ情報――特にBUILDとか見る人、嫌いです。呪います、かなり本気で。
 きっと生前の私は夏休みの宿題を九月に入ってからするような女子高生だったのでしょう。それが未だに続いていて、お盆の日記をお彼岸近くに書くような幽霊ライフを送っているのです。三つ子の魂百までと言うか、生前の魂死後までです。皆さん、宿題は期日にまでちゃんと済ませましょう。幽霊さんとの約束です。死んでから後悔しますよ?

 ともかく、お盆です、お盆。幽霊としては年に一番忙しい時期です。元建築デザイナーの芸人さんとか、きっとお忙しいことでしょう。
 ですが、私には関係ありません。
 年中無働の幽霊ライフ。お盆だろうが、お彼岸だろうが、年末年始関わりなく、スーパーでさ迷い続けています。
 しかし、世の中には生真面目に成仏なさり、お盆になると帰ってらっしゃる方々というのがちゃんと居ます。それも結構沢山。当たり前ですよね。年間百万人の方が日本だけでも死んでるそうですから、単純計算で二世紀もすれば生きてる人より死んでる人の方が多い計算になりますね。
 大体、死んだ人がみんな幽霊になっていたら幽霊の価値がなくなるではないですか? ジャイアントパンダも数が少ないから貴重なのです。あれがカラスと同じ密度で暮らしていたら誰がありがたがりますか? 上野動物園にジャイアントパンダを見に行く方もいないでしょう。皆さん、私が希少種であり続けるため、死んだら素直に成仏して下さい。
 そんなわけでして、当店にも里帰りの方々が大挙していらっしゃっています。壁を通り抜けてきたり、陳列棚を無視して店の中を突っ切ったり、やりたい放題です、奴ら。もしかすると、ここは霊道とか言う奴かも知れません。あの世から帰ってらっしゃる方々の通り道になっているのでしょう。
 当店、ただいま『売り上げに全く関係のないお客様』で満員御礼です。そうですね、割合としては『売り上げに関係のあるお客様』が七、『売り上げに関係のないお客様』が二、残り一は『冷房に当たりに来ている連中』です。最後の一割、死んで下さい。本気で。
 最初はあまり気にしていなかったのです。実害もありませんし、枯れ木も山の賑わいです。それに呪いとか祟りとか得意技ですから、私。呪われる前に呪ってやります。どーんと来なさいです。
 しかし、そんなのんきなことを言っていられたのも最初の内だけでした。
 お盆初日の夜、私はいつものように乾物のお兄さんにスリスリしつつ、ぞろぞろと何処かに向かって歩く非生ものの列を眺めていました。
「暖かいです……たまりません……」
 無機質な顔で俯き歩く非生ものの列、陳列棚も生ものなお客さんも無関係に歩く連中を眺めながらの人向ぼっこというのも中々シュールで楽しいです。こう言うのは非成仏幽霊の特権のような物だと思います。気分が盛り上がってしまいます。思わず、スリスリにも力が入ります。
 盛り上がりすぎると如何ともしがたい高まりを体の内側に覚えてしまうので、適当なところで切り上げます。人向ぼっかーの鉄則です。覚えていますか? 忘れた方は復習して置いて下さい。テストに出します。
 そんなこんなで三十分ほど、人向ぼっこを楽しんでいた時でした。不意に私は誰かの視線を感じたのです。
 最初は気のせいだと思いました。不可視の非生ものですからね。誰かがこっち見ているなんて事はないはずです。しかし、私は気付いてしまったのです。
 里帰りの群から少しだけ離れ、丁度カップラーメンのコーナーの辺りにたたずむ少女を。
 ミニスカートの少女……赤いランドセルは未だ新しく、綺麗に切りそろえられたおかっぱ頭が可愛い少女がこちらをじっと見つめています。
 最初は生ものさんかと思いました。あまりにもはっきりとした存在感を持ってその場にいらっしゃるのですから。しかし……と言うか、案の定というか、彼女には影がありませんでした。しかも、膝から下もありません。何よりも、私は彼女の目を見てぴーんと来ました。あの目は――
 ハンターの目です。
 眼光鋭く、質の良いターゲットを狙うハンターの目です。私には判ります。人向ぼっこの第一人者を自負する私には判るのです。
 奴もハンターである、と。
 彼女も乾物のお兄さんを狙っているのです。この鈍臭くも適度に温かい背中を狙っているのです。
 丁度私もそろそろターゲットを解放しようかと思っていたところ、代わってあげても良いのですが……代わりません。後から来た女にターゲットを譲るなど、一流人向ぼっかーの面子が保てません。
「早い者勝ち……です」
 彼女に一瞬だけ視線を移し、私はきっぱりと言い放ってやりました。自分で自分の顔を確かめることは出来ませんが、きっとそこ意地悪く勝ち誇っていたに違いありません。実際、勝ち誇った気分で一杯でしたから。
「っ!!」
 カッと大きく目を見開き、充血した白目に爛々と光る瞳を彼女は私に見せました。きっと生ものさんならば恐ろしいのでしょうが、非生ものの私には恐ろしくも何ともありません。そうですね、小さな子猫が軽く威嚇してきた程度だと思っていただければ丁度良いです。
 恨みがましい目でじっとこちらを見つめる小娘、その小娘に見せつけるように私はスリスリを続けます。そして、ご自分を挟んで女達の争いが勃発していることも知らず、陳列棚に黙々と調味料を並べていくお兄さん。
 ……
 間抜けです。客観的に見てかなり間抜けです。しかし、私とて譲るわけにはいかないのです。このお兄さんをターゲットにし続けて早一年、この背中は誰にも譲りません。
 彼女はカップラーメンのコーナーにたたずみ、ずっとこちらを見つめ続けてします。憎々しそうな表情……たまりません。もしかすると、どサドに目覚めてしまったかも知れません。
 こうして私は彼女に見せつけるように(事実見せつけていたわけですが)スリスリを続けました。大体、二時間くらい。お兄さん、肩こりで顔色が悪くなっていましたし、私も如何ともしがたい高まりに身をよじる結果になりましたが、その甲斐がありました。
 閉店の蛍の光が流れ始める頃、彼女は不意にプイッとそっぽを向くと、その場からかき消すように消えていったのです。
 その時の悔しさにまみれたお子様の表情……たまりませんでした。今の私は勝者……勝利者です……所詮、相手は女子小学生幽霊です。どうせ下着もプリント下着に決まっています。『健全な男性を獣に変えてしまう勝負下着』を着た私には敵いません。第二次性徴も来てないようなお子様には負けません。色気が違います。
 ここで「第二次性徴が来てないからこそ良い」と思った方、真面目にカウンセリングを受けて下さい。犯罪に走る前に。

 そして、翌日。前日の勝利の余韻を胸に抱き、私は○Sビーフの特売コーナーにたたずんでいました。
「運が良いと狂牛病……お買い得です」
 U○は売れません。まだ、○ージーの方が売れるようです。だから、特売コーナーに山盛りなのでしょう。一つ賢くなりました……あの国は怖い国ですので、これ以上はしゃべりません。異国の宗教にはとことんやる国……止めておきましょう、これ以上は本気で危ないです。
 そう言うわけですので、お肉の特売コーナーを離れ、乾物コーナーに戻ってきました。そろそろ、お兄さんが出勤してくる頃です。昨夜は人向ぼっこをやり過ぎた性で、独り寝のベッドでここでは書けないようなことをやってしまいました。反省して、今日の人向ぼっこに繋げたいと思い……――
 固まりました。
 お兄さんの背中に奴が居たのです。そう、あのランドセルのガキ、いえ、お子様。
 制服のエプロンを着たお兄さんの背中に、まるで子守でもされているかのように堂々とぶら下がるお子様がいらっしゃったのです。しかも第二次性徴も来てない貧相な体をお兄さんの背中に一生懸命スリスリしつつ、私に向かってにたぁ〜と、笑いました。
 勝ち誇った笑みで背中にしがみついているあの糞ガ……いえ、お子様。正直、ぶっ殺してやりたいですが、私はこう見えても大人です。糞ガキ……いえ、お子様相手に本気で喧嘩をしたりはしません。大人気ないことは止めましょう。私は大人の毛のある女子高生幽霊さんですから。エロかったですか? 気にしないで下さい。私は気にしません。
 負け惜しみではありません。ちょっぴり大人になって上げただけです。大人の女ですから……私。本当ですよ?
 さらに翌日です。
 翌日も奴はお兄さんが出勤してきた時、すでに背中にぶら下がっていました。その次の日も……
 そして、私と目があえば、にたぁ〜と勝ち誇った笑みを見せるのです。この屈辱。生まれて初めてどころか、死んで初めてです。突っ込み所。
 どうやら奴は駐輪場でお兄さんが出勤してくるのを待っているようなのです。そして、お兄さんがバイクから降りた直後にぶら下がり、お兄さんがバイクに乗って帰る直前までぶら下がり続けているのです。
 屋上から私が監視していたので間違いありません。
 そして、監視している最中もニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべ続けているのです。
 許せません。いくら、私が心穏やかに日々特売と人向ぼっこだけを楽しみに生きている人畜無害の非生ものだと言っても、この仕打ちには耐えられません。いえ、耐える義務すらありません。
 もはや相手が子供だとか、私は大人だとかありません。手段を選ばず、対処させていただきます。
 四日目……私は一つの決断をしました。
 敵を倒す時に返り血を浴びることをおそれてはならない……と、本屋さんで読んだ本に書いてありました。そこで私は返り血を浴びる覚悟で、ある物を用意して待っていたのです。
 それはお塩です。
 来ました。私が大の苦手としているお塩です。お総菜を作ってるキッチンから持ってこさせてもらいました。一握の塩。これが私の武器です。これを奴にぶつけます。
 はっきり言って、気持ち悪いです。判りやすく説明させていただきますと、掌一杯にムカデとミミズの固まりを握りしめているよう感じだと思って下さい。ちゃんと想像して下さい。手の中でムカデがぎちぎちと関節を鳴らし、ミミズのぬめぬめとした体液が指と指の間を伝わる感覚ですよ。
 ……自分で言ってて、二重に気持ち悪くなりました。吐きそう……
 このまま、お兄さんが出勤する瞬間を裏口で待ちます。奴の勝ち誇った面にこのお塩をぶつけてやるのです。
 辛いです。この幽霊としての根源的な何かに訴えてくる不快感。一秒でも早くぶつけてやりたい気持ちで一杯です。
 そして、お兄さんが出勤していらっしゃいました。
 もう我慢できません! ぶつけます! びっくりマークを使うくらいに今の私は追い詰められていました。
 しかし、お兄さんの背中に奴は居ませんでした。どうやら逃げたようです。甘いです。今の私はすでに失う物などありません。あの糞ガキが姿を現わすまで、決して後には引かぬ覚悟はすでに決めています。
 いつまでも待ってやろうではありませんか! またもやびっくりマークです。不退転の決意だと思って下さい。

 その日が八月十六日だったことを知ったのは、私が吐き気と嫌悪感にまみれてお塩を抱えて続けて二時間後……埋め立て地上空に花火が大輪の華を咲かせた時のことでした。
 お盆の花火は送り火の代わりらしいです。
 私には関係ありませんけど。

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