花見
 こんばんは、幽霊です。
 私が特売にいそしんでいる間も日々は濁流の如くに流れゆき、ついに四月がやって参りました。新学期、新年度です。私の日記を読んでいる方にも、進学したり就職したり、浪人になったり、色々と生活に変化のあった事でしょう。
 当スーパーにも新人さん達が入社し、その方々の背中をチェックするのが忙しい日々です。スリスリ心地とか、勘の良さとか、反応の良さとか、チェック項目が沢山で大変です。
 例の乾物のお兄さんも店一番の下っ端から卒業したようです。寂しいですね……生態系の下っ端以下の非生ものと店内最下層下っ端バイトとして、長年組んでいたコンビもこれで終わりです。さようなら、お兄さん。また会う日まで。
 と言うのは、真っ赤な嘘なんですけどね。あの察しの悪さとお守り等で自衛する事を思いつかない不出来なおつむを考えれば、あの方を上回るターゲットはなかなか現れる事はないでしょう。今年度もスリスリさせていただきます。よろしく。

 さて、四月、春と言えばお花見です。お花見弁当はお総菜コーナーにて受け付けています。美味しいらしいです。お買い得です。皆さん、買って下さい。
 皆さん、行きましたか? お花見。私は行ってません。行けません。行ける方が羨ましいです。羨ましすぎて呪ってしまいます。
 雨降れ。
 呪い終了。
 もしお花見当日に雨が降ったら、私の呪いが成功した物だと思って下さい。振らなかったら、幽霊さんが手加減しただけの事です。勝ち誇らないで下さい。
 しかし、ここでお花見に行ける方を恨んでいても建設的ではありません。私も少しお花見気分を味わう事にしてみます。やり方は工夫次第です。なんとかします。人間、頑張れば何でも出来るのです。
 まず、何はともあれ夜を待ちます。何をするにしても、昼間に余計な事をやれば、霊現象としてお払いされてしまいますから。スピリチュアルカウンセラーとやらに、全国放送である事ない事言われるのは非常に嫌です。オカルト番組とか信じませんから、私。突っ込み所。
 と、言うわけでただいま夜です。閉店後。
 用意する物、第一は双眼鏡です。日用雑貨のコーナーに置いてあります。何でも置いてるスーパーマーケット・幽霊です。よろしくお願いします。
 私の住んでるスーパーやその近くには桜が植わっては居ません。しかし、今日は花見です。桜を見なくてどうしますか? そう言う事ですので、双眼鏡で遠くにある桜を見ます。完璧ですね。出掛けなくても花見は出来るのです。
 続いてアルコールとおつまみです。やはり、日本人なら日本酒です。一升瓶と行きたいところですが、重たいのでワンカップにしておきます。どうせ、味なんてわかりませんし。お金払わないのに、一升瓶というのも心が痛みます。カップ酒でも同じだという突っ込みは許しません。良いんです。借家人特権です。
 おつまみは柿ピーにしましょうか? 定番です。ところで柿の種って柿の種を炒った物じゃないんです。最近、初めて知りました。驚きです。看板に偽りありです。訴えてやりましょう。幽霊でも訴状を受け取ってくれる裁判所、知ってます? 出来れば、取りに来てくれるとありがたいです。
 用意する物は以上です。あっ、訴状はいりません。
 用意した物を屋上へと持って行きます。ちょっぴり欠けた大きなお月様と満天の星空、良い天気です。夜桜見物にはもってこいだと言えるでしょう。
 近くに桜の木なんてしゃれた物はありませんが、少し離れた山には桜が沢山植わっています。昼のうちに確認しておきましたから、完璧です。
 では、早速、双眼鏡を覗いてみましょう。花見の瞬間です。
 ……
 ……
 全然見えません、真っ暗ですから。
 昼間、太陽の下では見えていたのです。しかし、夜、月明かり程度では十キロほど離れた山の桜なんて見えないようです。
 こうなると、せっかくの月の夜空も腹が立つだけです。こんなに良い夜空だと明日も良い天気でしょう。きっと各地の桜の名所には多くの人出があるはずです。造幣局の通り抜けとか上野の寛永寺とか。テレビでやっていました。
 雨降れ。
 呪い終了。明日は雨です。私が決めました。
 仕方ないですね、花見の花は花卉コーナーに売ってあった菊で我慢します。仏花です。それを屋上の手すりにもたれさせて、日本酒とおつまみを起きます。
 ……途端にここで飛び降り自殺した人の供養でもしているような絵面になってしまいました。それも飛び降り自殺したのは、柿ピーで日本酒を飲むのが好きなおじさんの供養です。
 気分は一人お通夜。いえ、花見です、花見なのです。意地でもそう言うつもりになります。
 一人お通夜の霊前……ではなく、菊の花の前に座って、日本酒を開けます。パッカンと……
「乾杯……」
 花見とは思えない乾杯の音頭ですが、乾杯した気分になります。
 ぐびぐび……
 全てこぼれました。
 カップを当てた口元から、そこから体内素通りでお尻の辺りへとお酒が流れ落ちました。
 まあ、半ば覚悟していた事ではあります。内臓諸器官のない非生ものですから。しかし、問題はそれだけはありません。
 えっと……なんと申しましょうか……その絵面が……――
 お漏らしをしている女子高生。
 ――にしか見えないのです。
 止めです。止めましょう。これは危ないです。一部の特殊な趣味のお兄さん大喜びな絵面になってしまいます。
 カップ酒はポイです。駐車場に向けて、力一杯投げます。
 アスファルトにワンカップが叩きつけられ、ガラスの破片に変わりました。成仏して下さい、ワンカップ酒さん。
 さて、お酒がないのにおつまみがあっても仕方ありませんね。どうせ、お尻の辺りに落ちていくだけですしね。想像するに笑ってしまう光景です。後で売り場に戻しておきます。まだ封を切ってなくて良かったです。
 ぼんやり……
 お月様と星と菊。
 少し季節外れではありますが、お月様と星が綺麗です。なんだか、菊よりもお月様と星がメインになってきましたね。これはこれで悪くないです。
 屋上にゴロンと寝っ転がり大の字になって、星空を見上げます。こういう事が出来るのも、幽霊の特権です。生ものさんがやると、オモチャをねだっているだだっ子に見られてしまいます。
 見上げる空にはぽっかりお月様と瞬く星々。先日まで黄砂が凄かったのですが、今夜はそれもなく、明日は本当に良いお花見日和になりそうです。
 雨降れ。
 呪いの言葉は忘れません。
 風も吹け。
 追加。
 黄砂下りろ。
 おまけです。
 さてと、そろそろ一人お通夜、もとい、花見は終わりにしましょう。
 今夜はここで寝る事にします。夜桜見物で盛り上がった挙げ句、ぐーぐー野宿してしまうお馬鹿さんの真似です。ここまでやってこその夜桜見物です。酔って寝ないで寝ないでどうしますか? どうもしませんね、別に。
 屋上駐車場のアスファルトが敷き布団、そっちは少し堅くて眠りにくいような気がしますが、ちょっぴり欠けた月と星の掛け布団はなかなかグッドです。いよいよ、本格的に一人お通夜の様相を呈していますが気にしません。
 ……お休みなさい。

 ところで私の呪いは割と利くらしいです。実績も色々あります。
 降りました。雨と風と黄砂。生ものさんなら、確実に死ぬところでした。
 人を呪わば穴二つです。皆さんも気をつけましょう。

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