ゴールデンウィーク
 こんにちは、幽霊です。
 春ですね、世間一般的に。スーパーに引きこもって日々屋内生活に明け暮れる私にも、その雰囲気は十分伝わってきます。休憩所の自販機からホットの飲み物がなくなったとか、アウトドアグッズのコーナーにバーベキューセットが置かれたとか、素晴らしい季節感です……突っ込み所として。
 そして、今日からゴールデンウィークです。
 関係ありません。
 年中無働の引きこもり幽霊に連休など関係ありません。年中無働は「ねんじゅうむどう」とお読み下さい。命名私。引きこもりとかニートとか言うよりも賢そうに聞こえます。遠慮なくお使い下さい。そう言う人々の方。
 他の方も考えていそうな気がしますが、気にしないでください。私は一切気にしません。
 とは言え、世間がゴールデンウィークなどと浮かれていれば、私も味わってみたくなるのが道理だと思います。
 しかし、私は年中無働の非生もの、これ以上休めと言われても難しいです。
 萌えます、いえ、燃えます。
 難しければ難しいほど、燃えてしまいます。命を賭して休ませて貰います。命なんてありませんが、そう言う気分で休む、と言う事です。納得してください。してくれないと呪います。ゴールデンウィークなのに会社から呼び出しを喰らったり、宿題を大量に出されたりする呪いです。怖ければ、納得してください。お願いします。
 休むと言えば、寝るしかないでしょう。
 趣味の特売すら休むのです。特売好きの幽霊としては、存在意義を賭けてのお休みです。まさに命がけと言うにふさわしいお休みです。
 寝ゴールデンウィークです。寝正月みたいな物だと思ってください。類義語に寝盆というのも考えました。八月になったらやります。響きが涅槃に似ています。私にぴったり。
 そう言えば、今年のお正月も寝正月でした。寝てばかりです、根が永眠している幽霊らしいです。
 寝具売り場が私の寝室です。
 大型店とは言え所詮はスーパーの寝具売り場、ベッドもそんなに上質な物が置いてあるわけではありません。そもそも、スーパーでベッドを買って帰る方というのはあまりいません。
 私のベッドもただのパイプベッドです。お安いです。安物です、お買い得かどうかは良く解りません。寝心地は良いようですが、私はどこでも寝られるたちなので当てにしないで下さい。睡眠のプロですからね。
 根が永眠しているので……今回、このフレーズ、多用しています。
 このパイプベッドはずっと売れ残っています。もはや私の物です。ベッドの下にエッチな本はありません。ないんです、探さないでください。後生ですから。
 さあ、寝ましょう。死んだように寝ます。突っ込み所です、お忘れなく。
 寝転がります。北枕西面、基本です。北枕は判ると思いますが、西面は判りますか? 要するに顔を西に向けろと言う事です。この寝方をすると熟睡できます。死人は。生きてる人は止めておきましょう。縁起が悪いです。
 ゴロン。
 効果音です。実際には寝転がっても音なんてしませんから、口で言いました。判りましたか? 判らなかった方は観察力が足りていません。
 幽霊のお昼寝には大きな注意点があります。心して聞いてください。聞いておけば幽霊になった時、私に感謝する事でしょう。
 今、幽霊なんかになりたくない、と思った方、死んでください。
 さて、本題。
 掛け布団は使ってはいけません。誰もいないのに布団が持ち上がっていれば、誰もが不審に思います。
 ピンチです、お払いの。
 お払いがなくても、気の利く誰かがお布団を直したりすると体に布団がめり込んでしまいます。生き埋めの気分を味わえます。突っ込み所のようですが、残念、違います。気分です。死んでいようが、生きていようが、気分はいくらでも味わえるのです。気分だけなら、生きてる気分にもなれます。ポジティブシンキングです。
 そう言うわけで、掛け布団の上に寝転がるのが正しい幽霊のお昼寝です。今、朝ですけど……
 ええ、朝なんです。ただいま九時です。開店直前。割と忙しい時間帯です。商品出しや交換などで正社員からパートさんまで、皆さんバタバタと働いています。もちろん、寝具売り場でも。
 その横で眠ります。
 良いです。年中無働のゴールデンウィークとしては最高です。普段の三倍は休んでいる気分になれます。
 休んでいる気分になれるのは良いのですが、当然の如く全然眠れません。起きたの、三十分前ですから。寝たのも早かったですし。
 しかし、起きてしまえば、負けた気分になるでしょう。いつもの三倍。
 仕方ありません。働いている方の見物でもしましょう。マンウォッチみたいな物です。監督とも言います。後者の方が偉そうなので後者にします。
 幽霊監督です。
 役立たずな雰囲気がします。幽霊部員と同じ香です。きっと主将が後輩の指導に勤しんでいる事でしょう。幽霊マネージャーというのもあるかも知れません。マッサージをすると肩こりが酷くなるマネージャーです、やっぱり役立たず。所詮、非生ものですから。
 ターゲットは寝具担当の綿田さん(♀三十二歳)です……布団だから綿ですか? このお店の人員配置について言いたい事が山ほどあります。パンの山崎さんとか、肉の鳥山さんとか。人事課の人、まじめにしてください。
 忙しそうにあっちに行ったり、こっちに来てたりしていた綿田さん(独身)の足がふと止まります。こちらを向く大きな瞳。小じわが目立ちますね。女子高生幽霊さんには小じわなんてありません。勝利です。
 何かを考えているかのような表情で、彼女はこちらを見続けてします。じーっと言う効果音が聞こえて来るみたいな雰囲気。
 これは……目が合っている、と言う奴でしょうか? ドキドキです。もしかして、綿田さん(彼氏なし)には霊能力があるのでしょうか? スピリチュアルなんとかという奴ですか? 普段、布団並べてる人に「ご先祖様を供養しましょう」等と言われても腹が立つだけなので、霊能力があっても、そう言う発言は控えて欲しい物です。
 そして、近づいてきました。小走りです。まじめな顔をしています。視線は私の顔をとらえています。ドキドキが止まりません。ついに霊能力者との出会いでしょうか? これを切っ掛けにテレビ局の取材が来るかも知れません。それを切っ掛けに世界初のアイドル幽霊が誕生するかも知れません。
 綿田さん(パートさん)が私のパイプベッドそばに到達しました。そして――
 掛け布団をはぎ取りました。お寝坊な幼なじみを起こすツンデレな少女風のはぎ取り方です。三十二歳ですが、気持ちだけは若いようです。
 代わりに私の上に代わりの布団を置きました。バサッと言う感じ。割と乱雑な性格なのかも知れません。
 仰向けのまま埋もれる私。生き埋めです。薄手の布団に半分ほど埋もれています。お腹は出てませんが、胸は出てます。ちょっぴり自慢……いえ、自慢している時ではありません。
 ……
 なるほど。春なので冬用の分厚い布団から春用の薄い布団に交換しただけなのですね。理解しました。
 話はそれだけでは終わりません。
 軽く憤る私の体を、綿田さん(行き遅れ)の手が何度も撫で回します……冷静に考えれば、布団を直しているだけですね。他意はないはずです。しかし、私(生き埋め)にしてみれば撫で回されているのも同然です。何度も私の体の上を彼女の手が行き来します。
 ちなみに私にその手の趣味はありません。期待した方、まじめに死んでください。出来るだけ苦しむ方法で。
 上記文章の意味がわからない方、ずっと清いままで居てください。

 あきらめました。寝ゴールデンは無理のようです。いつもの三倍負けた気分になりますが、起きます。
 眠れますか? 油断してたら、好きでもない人に撫で回されるような状況で。繊細な幽霊さんには不可能です。
 腹いせに乾物のお兄さんにいつもの三倍スリスリしてきます。ええ、もう、全力のスリスリです。スリスリしすぎて削れるくらいやっちゃいましょう。
 ゴールデンウィークが終わる頃、乾物のお兄さんの顔色が土色になっていました。肩こりがよっぽど酷かったようですね。溜飲の下がる思いです。

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