日の出
 おはようございます、幽霊です。そして、新年明けましておめでとうございます。
 私のお正月は基本的に寝正月です。元旦初っぱなから二十四時間ほど寝ました。
 元旦はお店がお休みで、客はおろか、店員すら誰もお店を訪れる人は居ません。お年始も初詣もお年玉もない幽霊なんです。やることがないんです。寝ないで過ごせる方法なんてありましょうか?
 テレビですか? もう、十分見ました。某元横綱さん恒例の負け試合から紅白の裸スーツ、行く年来る年、それに続くなんだかよく判らないローカルバラエティ番組、閉店から翌日、元旦の明け方直前五時くらいまでずっと見ていました。例のハロゲンヒーターの前に座って。やっぱり、油断ならぬ暖かさでした。
 一言で言って、全然、楽しくありません。ただ……やり遂げてみたかったんです。
 幽霊だって大晦日の理由もなくせっぱ詰まったような空気から、年明け直後のやっぱり理由もなく妙に浮かれた空気という物に少しでも触れてみたかったのです。
 テレビはお腹一杯です。しばらくは見たくもありません。
 もちろん、ハロゲンヒーターが暖かくて動けなかったという側面もあります。翌日が休みと言うこともあって、油断してしまいました。やはり、閉店後にハロゲンヒーターを使う物ではないです。反省です。
 そう言うわけで、元旦は寝正月を楽しむことにしてみました。そして、これもやり遂げたのです。
 ベッドの上で二十四時間……やり遂げました。最後の二時間は苦行でした。寝過ぎて全然眠くないのに、ベッドの上で寝転がっていたのです。これを苦行と言わずになんと呼べばいいのでしょう? こんな苦行をやり遂げたのです、きっと来世では素晴らしい人生が待っているはずです。と新年最初の突っ込み所を用意しました。今年も適宜突っ込んでおいてください。
 初突っ込みは終わりましたか? 他で初突っ込みをしてきた方、貴方は浮気者です。反省しておいてください。
 上記一文は読み方を変えると非常に危ないので、軽く流してください。お願いします。
 しかし、流石にベッドも飽きました。テレビ同様、しばらくはベッドも見たくありません。せめて二十四時間くらいは。
 困りましたね。今日からは営業が始まるとはいえ、まだ、時間は五時過ぎ。開店まであと五時間はあります。いくら楽しみにしている初売りとは言え、五時間も早起きして待つほど、私は子供ではありません。男性を獣に変える勝負下着を着けるほどの大人なんです。
 初売りですね……初売り。年末大売り出しもなかなかの盛況で、特売好きとしては楽しい毎日を過ごすことが出来ました。おせちやお雑煮の材料やお餅関係、それから正月飾りが凄くお買い得です。私がお金を持っていたら、きっと、しめ縄を三つくらい買ってしまうところだったかも知れません。
 そして、今日は初売り。いつもよりも派手な広告と赤字覚悟の福袋でお客さんを釣ります。特に福袋が良いです。空けてみるまで中身の判らないワクワク感。値段は確かに店側としては赤字なのでしょうが、買った人にとっても中身が全て役に立つとは限らない、双方にとって危険な商品です。
 ここでお客さんの心をがっちりと掴まなければ、年末にはお店が潰れてしまいます。小売業はどこも厳しい時代ですからね……と先日読んだ週刊誌に書いてありました。
 ここが潰れ、そして廃墟にでもなった日には、私は本物の地縛霊になってしまいます。そんなのは嫌です。会社が潰れても人間は人間ですが、私の場合は違います。地縛霊になるだけならともかく、跡地に風俗店でも出来れば、私は女子高生風俗幽霊になってしまうのです。犯罪です。危ないです。店員以上に人生が掛かっていると言っても過言ではありません。
 ところで……女子高生風俗幽霊の客になりたいと思った方、確実に病気です。むしろ、犯罪者。自首してください。そして、死んで下さい。
 非生ものとは言えども、犯罪者さんを楽しませる趣味はありません。ここは一つ、初日の出に初売りの成功を祈願しましょう。
 今日は二日ですが、初売りが今日なので、スーパー的には今日の朝日が初日の出と言っても問題はないでしょう。私がそう決めました。文句のある方はスーパーにいらしてください。人向ぼっこのターゲットにしてあげますから。
 自分の冥福も祈らず、お店の心配をする。なんて健気なのでしょう?
 と、自分で言わないと誰も言ってくれないので言っておきます。
 きーんっと冷え込んだ朝六時前、吐く吐息すらも凍り付きそうなスーパーの屋上駐車場に上がった日の出を待ちます。あっ、「そうな」だけで実際には吐息が凍ったりはしません。私、息の根止まってますから。
 見上げた空には満天の星々。どうやら、今朝は雲一つ無い快晴という奴のようです。
 昨日の夜は風も少なく、屋上駐車場は霜柱で一杯。そこを出入り口から出て、静かに歩きます。膝から下があったら、きっといい音がしたことでしょう。こう言うときは少しだけ、非生ものの我が身が悲しくなってしまいます。
 そして、やっぱり霜で凍ったようになっている手すりへと近付きます。その向こうに不可視の、私だけが超えることの出来ない壁が存在します。
 まあ……ここから壁を越えてしまった生ものさんは、私のお友達になることでしょう。誰か、超えてみませんか?
 その壁に触れてみます。まるでコンクリートのような硬く冷たい手触り、越えられない壁は今年もやっぱり越えられそうにありません。
 私は諦めのいい幽霊なのであっさりと諦め、その壁に背を押し付けてもたれました。そして、東の空をジッと眺めます。
 南には海、北には埋め立て地があって、その向こうには生ものさん達が暮らす町があります。今はそのどちらも漆黒の闇色一色です。停止した時間のようです。その中を一人歩き回っている私。まるでこの時間を独り占めしているような気になってきます。支配者です。あがめてください。あがめてくれないとたたります。
 私の方向感覚が狂ってなければ、その海と生ものさん達の街の間から朝日が昇るはずです。
 何処かの国では海の向こうに死者達の国がある事になっているそうです。非生ものの国です。陸地は生者、生ものさんの国。そして、その境に突っ立って朝日を待っているのが幽霊の私。妙に意味深です。
 しかし、寒いです。半袖ミニスカセーラー服には辛い物があります。それでも待ちます。ここまで来ては引っ込みがつきません。体に悪そうですが、我慢します。女もやるときはやります、今年も惚れてください。
 そして小一時間。深く後悔をし始めた頃、ようやく、海と街の境が赤く染まり始めました。
 太陽の昇る東の空は赤く、その中心は白く輝いています。そこから無限のグラデーションが始まり、頭上には青とも蒼とも藍とも違うようで、その全てでも言うような色の空が広がっています。そして、西の空にはまだ漆黒の闇のまま。
 白から始まり黒へと消えゆく空、まるで全ての色がここに、私の周りに存在しているような気になります。
 今、空が生まれ変わっているようにも見えました。
 所で今朝は本当に寒いです。死ぬほど寒いんです。突っ込み所。
 だからです。だから……
 ふいに涙が出て来てしまいました。
 今朝は泣いてしまうくらい寒いのです。そう言うことにしておいてください。
 私の頬を伝う涙は、どこに辿り着くこともなく、何処かに消えていきます。コンクリートの床を覆った霜を溶かし事もなく、霜に紛れることもなく、何処かへと消えて行くのです。
 その間も朝日は星達が支配していた夜空を切り裂き、海と陸、そして幽霊の私を明るく、暖かく照らしていきます。
 暖かい日の光、でも、幽霊の私にはほんの少しだけまぶしすぎます。
 だから、ほんの少しだけ視線を逸らしました。
 泣くほど寒いのを我慢して待ってたのに、結局、目を逸らすなんて馬鹿みたいですね。突っ込み所です。新年なので少し多めに用意しました。
 私は目を逸らしたまま、日の暖かさだけを体のない体で受け止め続けました。
 さあ、そろそろ、気の早い店員が開店準備のために来るでしょう。スーパーの朝は意外と早いんです。今年最初の人向ぼっこの獲物を探さなくてはなりません。新年最初の人向ぼっこです、普段よりも念入りにスリスリしましょう。
 今年も一年、人の暖かさを頂けるいい年になりますように……このお店が潰れず、私が地縛霊にならずに済みますように……
 ほんの少しだけまぶしすぎる太陽に、ほんの少しだけ目を逸らしてお願いしておきます。

 そして、この日記を読んでくれている方々にとって、この一年があのお日様のように暖かい一年でありますように……
 二〇〇七年初売りの日、自宅スーパーの屋上駐車場にて。
 幽霊

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