寒い
こんばんは、幽霊です、お久しぶりです……何となく、こう言わなきゃいけないような気がしたので言っておきます。お久しぶりです。
最初の時に書いたと思いますが、今、私の服装はセーラー服です。夏服です、半袖の……しかも、スカートはミニで上着はおへその少し上くらいまでしかありません。当然ですが、下着はブラとショーツだけです。先日、少々野暮用――野暮用です。詳しくは聞かないでください――があってスカートを捲ってみたところ、かなりの勝負下着でした。
具体的には申しません。見たいですか? 見せてあげません。そうですね、健全な男性を獣に変えるだけの破壊力はある、とだけ言っておきます。
もしかしたら、恋人とそう言う関係になる日に死んだのかも知れません。
「幽霊ちゃん……愛してるよ」 この台詞、突っ込み所、特に名前。
言った相手は少し年上の大学生と言うことにしておきましょう。耳元で愛を囁きながら、私をベッドに押し倒します。やり慣れているようです。ちなみに大学は旧帝大です。第三志望の滑り止めに選ばれるような大学ではありません。身長は高くて、スラッとしたイケメンです。高収入も確定です、いわゆる三高……良いじゃないですか、理想の相手を夢想したって。
等と考えている間に、彼の手が私のスカートの中に……ああ、駄目です、私はまだ高校生なのですから……早すぎます。とか何とか言いつつ、私の下着は勝負下着です。
しかし、この様な下着を着けてきて良かったのでしょうか? 遊んでいると思われるかも知れません。私、ピンチです。
彼の手が私の大事なところに近付いてきます。駄目です、やっぱり、恐いです。心臓が止まりそうです。そして、ついに――
――本当に止まりました、ぽっくりです。
こういう死因設定は如何でしょうか?
……変ですね、あり得ません。止めておきましょう。こんな設定では、まさしく死んでも死にきれないという奴です。だから、幽霊をしているのですね……いけません、このままではこの設定で本決まりになってしまいそうです。考えるのは止めましょう。
ともかく、今の私の服装はそう言う服装なんです。
先月くらいまではこの格好でも大して問題なかったのですが、もう、十二月の声が聞こえてくるこの時期。いくら暖冬で、冷暖房完備なスーパー在住の幽霊といえど、厳しい時期です。
まだ、営業中は良いんです。暖房もありますし、人向ぼっこのターゲットも沢山居ますから。問題は、営業終了後です。
ここのスーパーは十時閉店で、大体、十一時になると人は居なくなります。防犯もカメラやセンサー等を駆使した最新鋭なので、守衛さんが見回りに来ると言うこともあまりありません。来れば存分に温もりを頂くところなのですが……
雰囲気だけでも寒いというのに、更にこの薄着。肉のないこの身にはこたえて仕方がありません。
仕方がないので、最近は早寝です。店員の皆さんが帰られましたら、すぐに寝具売り場のベッドに潜り込んでいます。しかし、中々十一時には寝付けません、健康的な女子高生ですから。突っ込み所。
しかも、私には起こしてくれる人も居ないので毎朝遅くまで、すやすやと気持ちよく寝ています。だから、夜は目が冴えて仕方がありません。
早起きしろという突っ込みは許しません。私は幽霊ですよ? 朝が弱くて夜行性なのは当たり前じゃないですか。世間の常識です。疑うべきではありません。
そう言うわけで、今日はお昼まで寝ていました。特売も寝過ごしてしまいました。もはや、なんのために存在しているのかも判りません。自分のアイデンティティに揺らぎを感じます。
こうなると、夜は寝られる物ではありません。
ただいまの時刻、十二時少し過ぎ。まんじりとも出来ません。ゴロゴロとベッドの中で寝返りを打っても、全く眠ることは出来ないのです。
この間まででしたら、こう言うときは本屋さんで本を座り読みするか、家電屋さんで深夜放送でも見るかしていたのですが、今夜は寒いんです。ベッドから出る気になんてなれません。
困りました。不眠症の幽霊になりそうです。永眠しているのに不眠症、上手いこと言いましたよ。
眠れないけど、ベッドから出る気にもなれない、アンビバレントな気分を楽しみます。
楽しみました……二時間ほど。
もはや限界です。寒くても良いのでベッドから出ます。
本気で寒いです。残っていた暖房の余熱もとっくに冷え切り、窓から見える大きな蒼い月が更に寒さを際だたせます。身も心も冷え切ってしまいます。
静まりかえった店舗の中、他に動く影はなくどこまでも一人だということを実感させられます……と、少々感傷に浸ってみましたが、寒いのでそれどころではありません。
さて、何をしましょうか? 寒いので座ってテレビを見るとか、本を読むと言うことは却下です。凍えてしまいます、気分的に。
まずは百円ショップに行ってライターを一つ借ります。火を着けます。暖かいです。気分はマッチ売りの少女、ライターですが。
ジジジ……
暖かい火の光……私の亡骸もこの様な炎で荼毘に付されたのでしょうね……見ていると心が落ち着きます。
ジジジ……ぼっ!
はっ!? いけません! 思わず、ノートに火を着けようとしてしまいました。このままでは放火幽霊になってしまいます。危険です、火遊びは止めましょう。
いけない火遊びはベッドの中だけにするとして、この場を離れます。誘惑が一杯ですから。
妥当なところで、家電屋さんにでも行きましょう。
最近は暖房器具が大特価です。ストーブやファンヒーターなんかが大安売りですが、流石に飾ってある製品に灯油は入ってません。残念です。
ハロゲンヒーターなんかはそのまま使えますね、スイッチを入れてみましょう。
漆黒の闇を赤い光が切り裂きます。即座に暖まるのがハロゲンヒーターの利点ですね。値段もお安いです、一つ買ってください、いえ、一つと言わず、三つでも四つでも。
ぬくぬく……
「暖かいです、お買い得……」
思わず、特売なんてしてみます。暖かくて特売。明日はここで特売して遊びましょう。きっと幸せな気分になれるでしょう。
ぬくぬく……
……動けなくなってしまいました。
この機械、照射範囲から離れると一気に寒くなります。一ミリも動きたくありません。こっこれは危険です。このまま、明日の朝、誰かが来るまでここで座っていたい気分です。ですが、人が来たら、また、幽霊騒ぎになってしまいます。
しかも、家電屋さんは先日のブラウン管破壊騒ぎで、目を付けられています。このままでは、本当にお祓いされてしまうかも知れません。私、大ピンチ。
またもやアンビバレントな気分です。しかし、今回は楽しんでいる余裕はありません。
一刻も早く動かなくては……もう少しだけ暖まりましょう……いえ、そんな暇は……駄目です……ああ、この誘惑には逆らえません……私はなんて弱い女のでしょう?
自分に酔ってしまいます。
そういうわけでしっかり、翌日、店員さんが来て、つけっぱなしのハロゲンヒーターに気付くまで、私はそこで暖まり続けてしまいました。一睡もせずに。眠いです。
仕方ないです、お祓いされたらお祓いされたときです、成仏しましょう……私は腹をくくりました。あっ、出来る事なら、仏式でお願いします、日本人ですから。
等と覚悟を決めていたのに、昨日、最後に帰った店員さんが店長さんに叱られてお仕舞いでした。助かったといえば、助かったのですが、こんなにも間抜けな店員ばかりでは、このスーパーの行く末を案じてしまいます。
さて、お店に暖房も入りました。私はこれからゆっくりと朝寝をします、温かなベッドの中で。
お休みなさい。