呪い
 こんにちは、幽霊です。
 ここのスーパーには本屋さんも入っているので、私に流行の遅れなどと言うものはあり得ません。日々、世界の最新トレンドの情報をキャッチしています。ですが、所詮、非生もの、髪型も変えられなければ、服も替えられません。ええ、世間は黒髪がブームだと言われても、ちっとも髪が伸びてこないので、私は相変わらず茶色いままです。ブルーです。茶色くてもブルー、はい、上手なことを言いましたよ。
 先日も日本ホラー映画を世界が注目、と言う記事を読みました。輪っかの人とかお水の人とか、携帯電話の人とか、皆さん、華々しく活躍中です。私も負けては居られません。
「今日は鶏肉……とてもお買い得」
 出来る事からコツコツと。まずは、特売のお手伝いをします。今はただのスーパーの特売ですが、ゆくゆくはテレビショッピングへと上り詰めたいと思っています。
 こんな感じで特売のお手伝いをする日々ですが、今日、ちょっと嫌なことがありました。聞いてください。断られても聞かせます。
 今日、鶏肉のコーナーにたたずんでいますと、鶏肉の担当が私の体に手を突っ込みました。それも手足や顔の辺りなら、私も我慢します。所詮は非生ものです、死人に人権はないと大新聞の記事にも書いてあったそうです……そんな新聞社、潰れればいいのに。
 ですが、胸はおろか、あまつさえ女性として譲れない部分に手を突っ込まれるのは許せません。いくら見えてないとは言え、これはやり過ぎです。
 ここでお話は冒頭に戻ります。前振り、長かったですか? 気にしないで下さい、私は全く気にしてませんから。
 世界的に有名になった諸先輩方にならい、私も呪います。これで私も有名になれるかも知れません。映画化されて、DVDが特売で売り出される日がやってくるかも知れません。
 ワゴンセールって言うんですよね、そう言うの。
 私の呪いが全世界を恐怖に陥れます。嘘です。とりあえず、鶏肉担当の鳥山(男二十四歳)だけに天誅を加えられればそれで満足です。所で、パンが山崎で、鶏肉が鳥山ってどうなっているのでしょう? ここのスーパー。人事担当は何を考えているのでしょうか?一言、言ってやりたいです。
 私の情報収集源は、主に本屋さんの本です。家電売り場のパソコンもネットに繋がってどうやらこうやらと言っているのですが、私は家電製品とは相性が悪いようなのです。私が触ると高確率で壊れてしまいます。何処かのお偉い教授さんは霊現象はプラズマが原因だとおっしゃっています。もしかしたら、それが原因なのなのかも知れません。
 その夜、一生懸命、呪いの本を読みました。非常灯だけの薄暗いお店、毎晩、ここで夜を過ごしていますが、毎晩、少し恐くなってしまいます。幽霊とか出そうじゃないですか。もちろん、ここも突っ込み所ですよ。スルーはしないで下さい。
 本を選びます。今夜のお勧めはこれ――
『サルでも掛けられる呪い入門』
 サルと幽霊、どちらの立場が上なのでしょうか? 非常に悩んでしまいます。相手は生ものです。私は非生もの。サル以下でしょうか? 私、大ピンチ。
 ともかく、読み初めます。ページはちゃんとめくれます。ポルターガイスト現象です。幽霊の初歩的スキルの一つです、私もちゃんと収得済みです。通信教育です。
 嘘です、もちろん。
『人を呪わば穴二つ、呪いを行えば、自分の身に降りかかることもあります。注意しましょう』
 ……
 恐いです。早速、くじけてしまいそうになります。たかだか、女性として譲れないところに手を突っ込まれたくらいで、ここまでのリスクを負うべきなのでしょうか? 死んだ人に人権はない、この言葉を噛みしめ、泣き寝入りするしかないのでしょうか? した方が良いかも知れません。
 とりあえず、読むだけ読んでおいて、詳しいことは後から考えましょう。
 暗い非常灯の下で本を読みます。普通の人なら、目を悪くするところですが、私に悪くなるような目玉はありません。大丈夫です。
『最悪、死んでしまうこともあります』
 なるほど。『最悪』で死ぬだけですか……なら、問題ありません。私は死んでます。災い転じて福となりました。ノーリスクで鳥山(男二十四歳)に呪いを掛けることが出来ます。
 乙女の体を弄んだ報いを受けさせましょう。乙女と言えば、私は生前、処女だったのでしょうか? 茶髪にしてるようですし、セーラー服も短めです。行きずりの男に処女を捧げた可能性も否定できません。許せませんね、生前の私。
 さらに続きを読みます。
『呪いで一番大事なのは、効果が発揮するまで続けることです。気長に続ければ、相手はそのうちに死にます』
 ……それは寿命で死ぬと言うことでしょうか? なるほど、雨乞いの儀式は雨が降るまで続ければいい、と言うのと同じ理論ですね……この本書いた人、死んで下さい。
 まあ良いです。鰯の頭も信心です。早速挑戦しました。
 一日が過ぎ、二日が過ぎ、野郎は毎日ご機嫌で私の全身に手を突っ込んでいらっしゃいます。呪いの効果は一向に上がりません。それどころか、もの凄く元気です。季節の変わり目ともあり、風邪が流行っているというのに、こいつだけやたら元気です。
 毎日、私の体越しに色々とお仕事をなさっていられます。
 二週間が経ちました。
 駄目ですね、信じた私が馬鹿でした。オカルトなんて所詮、嘘っぱちです。今回の突っ込み所です。忘れずに突っ込んでおいてください。
 素直に明日からの特売を楽しみにして、諦めましょう。どうせ、私はジミジミに特売の売り子をするしか能のない下っ端幽霊です。偉大な諸先輩方のようにメジャーになる夢は捨て、平凡に生きるのがお似合いなんです。連続で突っ込み所を用意してみました。
 その夜、私は毎晩行っていた呪いの儀式を止め、寝具売り場のベッドですやすやと眠りにつきました。幽霊もちゃんと寝ます。ただし、時々、私は寝たふりをしているので、悪戯をなさるときは注意してください。
 そして、翌日。牛肉担当の魚谷さん(女二十八歳)がこんな話をしてらっしゃいました。
「ねえ、鳥山さん、今朝、事故にあって、入院らしいですよ」
 ……えっと、昨日の時点で止めたので、私の所為じゃないですよね?

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