人向ぼっこ
こんにちは、幽霊です。
幽霊といえども、暖かいところが好きです。と言うか、肉という高級な物を持ち合わせていないので、保温は切実な問題だったりします。ある意味、変温動物です。トカゲとか蛇とか、亀とか。
普通の変温動物さんならば、お日様に熱を求めるでしょう。しかし、私は幽霊です。お日様は暖かいですが、まぶしいです。直視すると目が潰れてしまいます。もちろん、そう言う気分になるだけです。所詮は非生もの、潰れるような目は持ち合わせていません。
そう言うわけで、私は生きてる人が好きです。話が通じないと思った人はきっと通信簿に『話を最後まで聞かない』と書かれているに違いありません。決定済みです。
人は暖かいです。ポカポカしてて、空っぽの体を温めてくれます……空っぽというか、中身だけですね、私の場合。その辺の細かなところは余り気にしないで下さい。
ともかく、人は暖かいです。暖かいけど、お日様みたいにまぶしくはありません。時々、頭の辺りがまぶしい人も居ますが、許容範囲内です。そう言うことにします。
だから、私は日向ぼっこならぬ、人向ぼっこをしています。『ひとなたぼっこ』と読んでください。命名、私。
そう言うわけで、今回は人向ぼっこの正しいやり方を説明します。皆さん、心して聞いてください。きっと、将来、幽霊を始めたとき、私に感謝するはずです。
適当なターゲットを捜します。基本的には消去法です。
当然ですが、お客様は駄目です。お客様は神様です、仏様になり損なってる私が近付いて良い方々ではありません。この人達のおかげで、特売があるのかと思うと、私は足を向けて寝ることなど出来なくなってしまいます。街の方向には全てお客様が住んでいるので、海に足を向けて寝ます。ちょうど北枕で幽霊としては寝心地が良いのです。ここ、突っ込み所。
ここは店員を狙いましょう。店員は勤務時間中、余り外には出ないので、人向ぼっこには最適です。この際、お偉いさんは避けた方が良いです。奴らは権力を持っています。下手に迷惑を掛けると、全店規模でのお祓いをし始めかも知れません。店舗、全てにお塩なんぞが撒かれた日には、特売がなくなってしまいます。
下っ端が良いです。派遣とかパートとかアルバイトとか。こいつらに権力はありません。いくら迷惑を掛けようが、泣き寝入りするしかありません。ざまを見てください、底辺ども。
そう言うわけで、私は今、ターゲットを捜して店内をフラフラしています。少し前までは、余り動くことが出来なかったのですが、こしゃくな店員どもの塩まき攻撃を避けているうちに、店内なら自由に動けるようになりました。進化です。エボリューションです。ダーウィン万歳。
丁度良いところに学生バイトが来ました。この学生バイトは、私がまだ乾物コーナーに磔だった頃、目をかけてやっていた新人です。店内一番の下っ端って所がポイント高いです。生態系の下っ端以下な非生ものなので下っ端バイトには親近感が湧きます。今日のターゲットはこのお兄さんがお勧めっぽいです。決定にしましょう。
ターゲットが決まったら早速捕獲です。背後から近付きます。この時、察しのいい人は寒気とかを感じ、逃げ出します。良く注意しましょう。
通常、ターゲットに気付かれぬよう、一息に飛びかかれるところまでゆっくりと近付きますが、このお兄さんは察しが悪いので、大胆に近付いても大丈夫です。獲物によって対応を変えるのが、良いハンターの資質なのです。試験に出ます、ここ。出す人が言ってるのだから、間違いありません。
ターゲットの背後に立ったら、おもむろに両肩に手をまわします。額をターゲットの背中に押し付けると弱い女を、肩に顎を乗せると気安い女友達を、耳たぶの裏にキスをすると妖艶な女を演出できます。勝手にしてください。男性は止めておきましょう。気持ち悪いので。
この時、注意すべきポイントがあります。ここも試験に出ます。出します。受けに来てください。
まず、密着しないとお話になりませんが、密着しようと力を込めすぎると体が通り抜けてしまいます。通り抜けてしまうと意味がありません。自分で自分の体を抱きしめることになります。これは少し寂しいです。気をつけましょう。通り抜けず、しかし、温もりは十分に貰える程度の強さ。この加減が判るようになれば一人前の人向ぼっかーです。命名、私。
そして、いよいよスリスリです。ほっぺたとか胸とか手足とか好きなところをこすりつけて、温もりを頂きましょう。人肌は気持ちいいです。心が満たされます。
スリスリ……ぬくぬく。幸せです。この幸せを噛みしめましょう。
この時、余り、大胆にスリスリしていると、いかんともしがたい高まりを覚えてしまいます。平たく言うと感じてしまうと言うことです。こうなると、空しくなる行為に及ばなくてはならなくなります。人向ぼっこには危険が一杯です。
意味が解らない人はご両親か先生にでも聞いてください。
とりあえず、説明は一時中断させて貰います。スリスリが忙しいので……
小一時間が過ぎたと思ってください。
つい、熱中してしまいました。説明の途中でなければ、空しい行為まで一直線だったかも知れません。しかし、おかげで随分とぬくもることが出来ました。そろそろ、獲物を解放しましょう。キャッチアンドリリースです。抱きついて解放、まさに、人向ぼっかーのためにあるような言葉です。
ターゲットの解放は気が向けばいつしても良いのですが、余り長くスリスリしているのは禁物です。ターゲットに対応を決断させるかも知れません。いくら相手が底辺とはいえ、お守りを持参したり、お祓いに行ったりと、個人的な対応を始めるかも知れません。質のいいターゲットは人向ぼっかーの共有財産です。大事に使いましょう。
解放の時、黙って離れるのは初心者です。上級人向ぼっかーならば、ここ出来の聞いた台詞を一つ投げかけてシメとします。恐怖を与えるような台詞でも良いですし、逆に心温まるような台詞でもかまいません。前者ならば立派な怪談、後者ならばちょっとした美談になります。お好きな方を選んでください。
今日の私の台詞はこれにしました。
「ごちそうさま」
どっちだと思います?
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