海だ!(番外編)『お姉さまと呼ばせて』(5)
 もう一人……彩音が良いように変わったのと比べ、彼の方は少々事情が違っていた。彩音が生徒会でのお仕事を初めてひと月程度が過ぎた二月中旬、この頃の二条陽はおかしかった。
 藤川高校の第一校舎と第二校舎の間には小さなコンクリ打ちっ放しの建物がある。そこに通う生徒ならば誰もが一度はお世話になる場所、学食だ。もっとも、開校当時から一度も手が加えられていない外見と、働く女性全員が生徒の母親よりも年上と言う内情から、学生食堂と言うよりも街の定食屋と言った方がぴったり来る。
「おばちゃん! ラーメン! それからカレー!!」
「きつねうどん! おにぎり付けて!」
「トンカツ定食!!」
 店内は短い昼休みを少しでも有効活用しようとする生徒達で大賑わい。彼らは口々に大声を張り上げ、食事を調達していく。その一角、食事を前に一人手を合わせる陽がいた。彼の昼食はいつもここか購買部のパン。母親がお弁当を持たせようとするのだが、そのお弁当は蓋を開けると桜デンプンやノリで「ひなたくんLove」とか書いてあったりするので、家族は丁重にお断りするのが習わしだ。食に味と量以外を求めない陽はそれでも良いのだが、父と二人の兄が猛烈にいやがるのだ。
「今日はここか?」
 そう言って声をかけたのは、クラスメイトの野上武だった。良く日に焼けた精悍な顔つきと引き締まった体の主は、サッカー部所属。彼は毎日母親の手弁当を持参しているのだが、そんな物は二時間目と三時間目の間で胃袋の中。
『Yes』
 メモ帳を一瞥すると、武は「そっか」とだけ声をかけて開いていた隣の席に腰を下ろした……と、その直後、彼の瞳が驚きの声と共に大きく見開かれる。
「お前……大丈夫か?」
 彼が見ている物、それは陽の前に並んだトンカツ定食。さくさくの衣にジューシーな豚肉、サイズも大きめで値段はリーズナブルとあって、学食ではカレーライスと並んで売り上げ一、二を争うメニューに数えられる。そこは問題ではない。問題でないことは陽自身も良く解っていた。
 陽の手がテーブルに置かれたメモ帳を捲り、『何?』と書かれたページを開く。そして、一瞬だけ武の顔を見やると、すぐに彼は特濃ソースへと手を伸ばし、どばどばと無造作にトンカツとキャベツの千切りへとぶちかけた。
「いつもの特盛りラーメン鉢飯は?」
 武の驚いている理由、それがこれだった。ここの食事はご飯のおかわりし放題。普通の学生は普通のお茶碗を使うのだが、陽はそのおかわりが多く、またピッチが速い。そのため、陽だけはラーメンのどんぶりにご飯をよそおわれるのが常になっていた。それが今日は他の生徒達と同じ普通のお茶碗を使っている。
『食欲 ない』
「またまた、ご冗談を……今日は後でカツ丼でも食う気か? それとも、ラーメンに攻め込むか?」
 メモ帳をめくる陽に、武はヒラヒラと手を振りながら笑う。その表情に陽を信じているそぶりなど一ミリたりと手見えやしない。彼はケラケラとお気楽な笑みを浮かべたまま、手を合わせると、ペキンと小さな音を立てて割り箸を割った。
 それはここ数日、彼の食事風景を見た者のうち、約半数と全く同じ反応。それが彼にメモ帳に一つの文字を乱雑に書き加えさせる。
『食欲 ない!』
 あまりの筆圧に書き加えられた『!』の部分は破れ、下のページにその足跡を刻んでいた。それを陽はテーブルに叩きつけると、武の事を丸ごと無視しして、食事を再開した。
「嘘だろう? 熱が三十九度あっても飯を食ったら治るお前が? 緊張したら逆に食欲の増すお前が? ラッフィンググールのお前が? 食欲がないって、ありえねって!」
 ケラケラと武は大笑いで一ミリたりとて信じる様子はない。まあ、それは陽の常日頃を知っている人間なら当たり前の反応かも知れない。それが余計に陽の頬を膨らませる。彼はそのふくれた頬にさっくさくに揚がったトンカツを押し込めるように食事を始めた。彼の握る箸はパクパクと休むことなく食事を口に運び、武がペラペラと陽の悪口をいってる間に終了。陽はペチンともう一度手を話セルと、グラスに残った水を一気に煽った。
「おい! マジでそれで終わり? 医者行った方が良いんじゃねーのか!?」
 そして、武は『残り半分』と同じ反応をしてみせる。陽は空っぽになったお皿に割り箸を叩きつけると、ガタンとことさら椅子に大きな悲鳴を上げさせ、席を立った。
「うるさい、黙れ」
 未だに食事を始めていない武をじろりと睨み付け、低い声でそう言った。背後でなにやら武が言っているようだが、その辺りはまとめて無視。ついでに陽の声を初めて聞いた連中が驚きとも恐怖とも付かぬ声を上げているが、そっちも武の言葉と一緒に無視。自分でも驚くような大股と乱暴な手つきで食器を返却すると、陽は学食を後にした。
 彼が向かったのは、校舎の屋上だった。二つあるうちに北側が彼のお気に入り。適当に発達した町並みの向こう側にいくつかの山が美しく見えるから。自然と人の生活とが上手く重なる景色が陽は好きだ。
 ガタン……ギィ……
 古い蝶つがいをきしませ、扉を開け放つ。強い風にスカートとマフラーをたなびかせ、陽は屋上に出る。彼の顔とスカートを撫でた風は冷たく、陽にマフラーをきつく結び直させる。冬厳しいこの時期、ここに足を向ける物好きは陽くらいの物。
 ふくれっ面のまま、彼は校舎へと続くドアの横に腰を下ろした。
 彼が不機嫌な理由、それは『一緒に食事を取る人間、全員に異様なほど心配される』事だった。昨日は教室で食べてると女子が大騒ぎをしたし、学食のおばちゃんは荒れた手で額の熱を測ろうとするし、母親に至っては電話に駆け寄り救急車を呼ぼうとしたほど。
 そして、その『心配』が全て肉体面に集中していること……まあ、常日頃の態度を鑑みれば、それも致し方ないことなのだろう、と妙に納得している自分も嫌だ。
「オレだって悩みくらいある……」
「カマがしゃべると客が減るぞ?」
 体育座りでいじける頭上から、誰かの声が聞こえた。それに陽が顔を動かされると、そこには陽の機嫌を損ねた張本人のうちの一人が、ばつが悪そうな顔をして突っ立っていた。
「わりぃ、お前が悩み事で飯を食えなくなるタチだと思わなかった」
 武が隣に腰を下ろすのを確認すると、陽はプイッとそっぽを向いた。
『別に』
 そっぽを向いたままメモ帳を突き出し、ページを見せる。
「その態度が悩みなんてないって言われんだよ……」
 細かい芸に武は苦り切った表情になった。それにチラリとだけ視線を向けると、陽は再びメモ帳に視線を落とし、すらすらとペンを走らせる。
『しゃべるなと言ったり 筆談するなと言ったり たけCはわがまま』
 ズイッと武の目の前にまで突き出し、グイグイと鼻っ柱に押しつける。その向こう側で武がモガモガともがいているがその辺は丸ごと無視。半ば押し倒すような形になるまで陽は武の顔にメモ帳を押しつけ続けた。
「苦しいって! それから、たけCって書くなって何回ったらわかんだ? ったく……」
 ぐいと胸を押さえつけ、武は陽の体を自分の体から引っぺがす。陽も力が弱い方ではないが、そこはやっぱりサッカー部で鍛えられた男が相手、あっさりと引きはがされてしまった。
『胸触るな えっち』
「シリコンパッドが偉そうに……」
 陽は先ほどまで武が押していた胸元を大仰に押さえると、唇をとがらせ、メモ帳を見せる。その仕草に武は屈託のない笑みを浮かべながら、陽の額を小突く。その屈託のない笑みに陽もつられるように頬をゆるめた。
「で、何に悩んでんだ?」
『聞いたら最後まで責任持つ?』
「……のっけからプレッシャーをかけるなよ」
 メモ帳片手に可愛らしく小首をかしげる陽に、武の額から一筋の冷や汗が滲んだ。その表情からプイッと視線を切ると、陽は――
『責任取って』
 こう書かれたページを武の眼前に押しつけ、陽は僅かに頬を朱色に染めた。ちなみに顔色を思いのままに変えるのは陽の特技の一つであり、付き合いの長い人間は大抵本気にしない。
「その態度が悩みのない人間って言われる所以だぞ?」
 鼻先でプラプラと動くメモ帳を手で払いのけ、武は流れのままに額をペチンと一つだけ叩いた。
『イタイ』
 スリスリと大袈裟に額をさすり、陽はメモ帳を掲げる。この辺りのページもあらかじめ文字が書かれている。陽は数十を超える言葉を全て暗記している。普段の会話はわりとこれだけで済ませられる。これも特技の一つ。
「お前が食欲なくすほどの悩みってレアなんだ。教えろよ、幼稚園の頃からのツレだろう?」
 好奇心百パーセントの笑みを見つめていると、武の右手がポンと彼の肩を一つ叩いた。
「大丈夫、金と女以外の話なら何でも乗る」
 その言葉に陽は大きく頷き、メモ帳にペンを走らせた。
『残念 女の話』
「じゃっ、俺はこれで!」
 すっくと立ち上がる分の足に陽がギュッとしがみつくように抱きついく。それをまるで蜘蛛の糸から亡者を蹴落とすカンダタのよう。まあ、陽の知る範囲では中学時代も高校になってからもサッカー一筋で、遊ぶと言えば陽と一緒……恋愛体験なんざあるはずもない。逃げるのも道理だ。
『逃げるな たけC』
 ジタバタ、ジタバタ。血相を変えて逃げ出そうとする武とその足にすがりつく陽。二人は無人の屋上で――
「……ごめん、二条君、野上君……」
 一人の女子高生がドアを開くまで無人だった屋上で、軽くじゃれ合っていた。
「やっぱり野上君と二条君ってそんな関係だったのね!」
 ちなみに彼女は『サッカー部の野上君』をちょっと良いと思っていたらしいのだが、その淡い恋心は露と消えた。
「二条君の方が私より美人だもん!」
 そう言って、彼女は脱兎の如くに屋上から逃げ出していった。なお、二条陽は数年後、彼女の名前を見る事になる。
 吉田貴美がへらへらと抜けた顔で読んでる同人誌の表紙で……

 さて、翌日。一部に不穏当な噂をまき散らせた陽は、武に一連の話を語り尽くした。それを非常に簡単な物。言い換える事を許されるならば、わずか一行にも満たない分量だ。
『陽は彩音にカマだと言えません』
 これだけある。これを説明するため、陽が武に与えたのは大学ノート一冊分におよぶ立派な小説だった。執筆に一晩を費やすほどの大作。寝不足でお化粧のノリが悪くて仕方がない。
「……お前の熱意には感動するよ」
 それを授業そっちのけで読みふけっていた武は面倒くさそうに大学ノートを陽の机の上にポンと置き、陽が座る机の上に腰を下ろした。
『面白かった?』
「読書はキライなんだよ、特に恋愛小説は……読んでると痒くなる」
 武はことさら大仰な仕草で背中に手を回すと、露骨に顔をゆがめて見せた。一時間目と二時間目の間、ずっと読んでいたらしい……そんな事をやってたら、年度末試験で大パニックなのだが、そこは陽のあずかり知るところではない。
「お前……相談したいのか? それとも惚気たいのか? それとも単に俺の事が嫌いなだけか?」
 読書は教科書だけでお腹いっぱいという武にとって、それを読むのがどれだけの苦痛だったか。それは付き合いの長い陽にも良く解っていた。判った上でやっている。ただのいやがらせ。時と場合にかかわらず他人をからかう事を忘れない。それが二条陽という漢の生き様だ。
 そして彼はにっこりと微笑み、メモ帳を開いてみせる。
『大好き』
 ハート付きであった。
「きっ……気持ちわる……」
『一緒にお風呂に入って一緒に寝た仲』
「修学旅行だろう! 教室で不穏当な発言は止めてくれよ……」
 二時間目と三時間目の間の休憩時間、トイレに出る生徒くらいはいるが、大抵の生徒は次の授業の段取りをおこなっている。こんな場所でそんな話をすれば、周りの視線は二人に集中する。しかも、そこの視線には「ああ、やっぱりね」というなんとも言えない感情を陽も感じずには居られない……のだが、わりと陽は平気だった。
 周りの視線に慌てふためく武を尻目に、陽はニコニコと笑顔の仮面を外しはしない。陽はさらさらとペンをメモ帳に走らせると、周りに対してあれやこれやと言い訳に余念のない武に見せた。
『変態って思われるの 慣れてる』
「……開き直るなよ」
『開き直らなきゃ 女装通学 出来ない』
 メモ帳を見せる陽に対し、武は「はぁ」とことさら大きな溜息をついて見せた。続いて明後日の方向へと視線を向けると、彼は口の中でブツブツとなにやら文句を言い始めた。どうせ、「どうしてこいつと友達やってんだろう?」とかって話だろう。なんだかんだで幼稚園から高校までずっと同じ学校に通っている友人、やる事は大体判るものだ。
 しばしの沈黙……そろそろ休み時間も終わり、三つの授業が始まるチャイムも後数秒で鳴ろうという時が来た。
「慣れてるんなら、素直に言ったらどうだ?」
 武はふと思いついたかのように陽の顔を見ながら言う。しかし、そんな物は陽にとって一週間も前に通り過ぎてしまっていたポイント。陽はフルフルと首を左右に振ってメモ帳を掲げた。
『恥ずかしい 言えない』
 キーンコーン、カーンコーン……チャイムの音がスピーカーから聞こえ、思い思いに時間を潰していた生徒達は自分たちの席へと帰って行く。そんな中、武は座っていた机から降りると、陽の小さな頭をコツンと叩いた。
「開き直るのが得意で、変態って言われ慣れてんじゃなかったのか?」
 教師が来るまでの僅かな時間、陽は一瞬だけ武の顔を見あげると、そこから逸らした視線が向かったのは、いつものメモ帳ではなく、授業用の大学ノートだった。彼はそこに、見開き二ページを使ってデカデカと一つの言葉を書き込んだ。
『ふられたらどうする!?』
 ガンと机を叩いて力説。てか、「素直に告白して謝る」なんて話で済むなら食欲をなくしたりはしない。やっぱり、未だに女と付き合って事がなくて、夜ごと写真週刊誌の類が恋人って男相手に相談したのが間違いだったのかも知れない。もっともそれは陽自身も同じだったりするわけだから、陽の頭は痛い。
 で、武は思いっきり呆れかえっているのだが、その辺りは大幅に無視する。
「でもよ? 一生、女友達で通すわけにも行かないだろう?」
 チャイムこそ鳴ったが教師の姿は未だ現れず。教師の中は授業中とも休み時間とも違う、微妙にざわついた空気だけが教室の中を支配した。
「……」
 ボソッと陽は珍しく口の中で何かを言った。しかし、それは口の外の空気を震わせるにはおよばず、ただ口が動いたという情報だけを武に与える。
「なんだ?」
 与えられた情報に武は首を捻る。その捻った首を陽は見あげ、もう一度……今度は僅かばかりに口を開いて呟いた。
「……それも……あり?」
 あんぐり……武の口と目がまん丸く開く。小麦色に焼けた肌と短く刈り込んだ髪のお陰で、焦げた埴輪のような表情になった。そして、焦げた埴輪は陽の頭をぱっか〜んと一つ滝、声を上げた。
「ねーよ! てか、そっちに開き直るな!! 大体、相手だっていつまでも百合気質じゃねーだろう? 他の男好きになったらどうするんだ?」
 思わず上げた大声に、クラスの視線が集中。武はそれを取り繕うかのように、後半は控えた声になっていた。それに対し、陽は一瞬だけ視線を逸らすと、やっぱり小さくそして野太い声で言った。
「……邪魔する。全身全霊で」
「悪魔か? お前……」
 ボソボソ……周り数人の生徒達は陽の声が聞こえているのか、少々とは言えない程度に引きっぱなし。引いた周りを無視して、二人はボソボソと小さな声を出し合い、話し合いを続けた。
「お前、そう言うの、男らしくないぞ?」
「……カマだもん」
 ボソボソ、ゴニョゴニョ……いつしか武が陽の肩を抱くような格好になり、お互いの顔を引っ付けあうような仕草で会話をし始めていた。まるで悪事か何かの相談事のよう。そこで話し合われる内容も「騙してる」だとか「だまし続けるしか……」とか、ある意味詐欺師の会話だ。
「いつまでも右手が恋人で良いのか? お前は」
「……武、生々しい……」
「そうだな、生々しい会話を授業中にしないで欲しいものだ」
 背後から響く澄んだ声、その声に陽と武がギョッと振り向くと、そこには一人の妙齢の女性がニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべて突っ立っていた。現代国語担当の能田加奈子女史。アップに纏めた髪と眼鏡に濃紺のスーツ、ステレオタイプの女教師は故意でやっているらしい。潤い少ない男子生徒へ“萌え”を提供しているとは本人の談。
「二条、野上、続きは教壇でやるか、休み時間にするか、好きな方を選んで良いぞ? もしくは――」
 加奈子は一端言葉を切ると、パクパクとアホみたいに口を開け閉めし続ける陽と武を横目に、ひょいと陽自信の大作を取り上げる。そして、彼女は数ページをペラペラとめくってみると、それをパタンと閉じて一言だけ言った。
「朗読するぞ?」
『ごめんなさい』
 陽がメモ帳を頭の上に差し出して平謝り、武が逃げるよう自分の席に戻って、お話は一区切り。加奈子はポンと陽から取り上げた大学ノートを陽の机の上に放り出すと、自らも教壇へと足を進めた。
「さて……と、まあ、あれだ。思春期の恋なんぞ、振り返ると恥ずかしさのあまりに自殺してしまうくらいが丁度良いんだ。こっちに迷惑をかけない程度に楽しみなさい」
 教卓へ向かう僅かな時間、加奈子はあまりにもぶっちゃけ過ぎのお言葉を生徒達へと与えた。それに生徒達がワイワイと陽をはやし立てたり、周りと声を交わしあったり……とクラスは一気に騒然とした空気へと変わる。こういう気さくさは加奈子の……もとい、藤川高校教員の特徴であったりもする。
 そんな中、一人の生徒が手と共に声を上げた。ショートボブの彼女はクラスのムードメーカーな女子生徒だ。
「じゃぁ、先生は?」
「私か? 私はなぁ……――」
 一端言葉を切り、眼鏡の奥からどこか遠くへと視線を向けた。そして、数秒……彼女はクルッと背を向け、黒板に額をこすりつける。背中越しに「どうして……」だとか「うわぁ〜」だとか「かなちゃんは……」だとか、なんだか良く解らないうめき声が聞こえ始めた。
 さらに数分。
「……あー、猛烈にやる気が失せた。自習で良いか?」
 振り向くまなじりに涙を浮かべる能田加奈子(二十八歳独身)。
(深く追求するのは止めよう)
 クラスの心が今ひとつになった。

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