里帰り(8)
「うわぁ、凶かよ……」
「あら、大吉」
 初詣はご近所の神社、人混みにあふれる境内を歩いて本殿へ、小銭を放り込んでパンパンと静かに合掌したら、ひとまず義務は終了。後はたこ焼きや綿菓子を食べたり、怪しげなテキ屋のくじ引きを冷やかしたり……良夜はアルトと共に境内にあふれかえった参拝客の間をふらふらと縫うように歩き続けていた。
「ある意味、運が良いわね? 凶なんて大吉よりもずーっと数が少ないらしいわよ?」
「うるさい……あれだな、直樹が吉田さんに身長を吸われたように俺はお前に運を吸い取られてんだ……不幸の妖精」
「あら、一生童貞の運命にあったモテない君に恋人を引き合わせたのは私よ? いわば愛のキューピッド、態度が大きいんじゃないのかしら?」
 ストローに巻き付けた綿菓子をかじりながら、彼女は頭の上から良夜の顔をのぞき込む。欲深くも大量の綿菓子をストローに巻き付けているせいで、彼女の顔は綿菓子でべたべた。美しい金髪も黙ってれば淑女に見えないこともない顔にも、綿菓子が蜘蛛の巣のようにへばりついている。淑女を気取っているがその様子は子供そのもの、一瞬だけ教えてやろうかと思ったが、ある意味これも可愛いので黙っていることにする。
 その顔を右手で払いのけながら、良夜は言った。
「……あのさ、俺、それを吉田さんにも言われた……お前の思考回路って吉田さんと本当にそっくりだな……」
「ひどっ!? ひどいっ!! アルトちゃんは落ち込んじゃったので、良夜の胸ポケットに引きこもるの……」
 言えばアルトの顔が凍り付き、彼女はのそのそと頭の上から肩へと降り、そこから胸元へと潜り込み始めた。
「引きこもるのは良いけど、綿菓子は置いていけ」
 綿菓子を巻いたストローを持ったまま。
 先ほどから彼女は綿菓子を持ったままポケットの中へと入りたがっていた。もちろん理由は寒いから。アルト一人が温かい懐でぬくぬくと過ごし、自分は一人で寒空の下背を丸めて歩くってのもいやだが、ちょっと張り込んで買ったジャケットが綿菓子でべたべたになるのはもっと嫌。
「普段はいろんな事に頓着しない癖に、こう言うときだけ細かいのね? けちなのかしら? 大丈夫よ、ちゃんと気をつけ……――あら、綿菓子がなくなったわ……不思議ね」
 懐に潜り込みながら彼女は答え、そして、もう一度顔を出したとき、彼女が握りしめるストローに綿菓子の姿はなかった。
「早速、落っことしやがったな……食べ終えてからにしろよ。それにもうすぐ、車に戻るからそれまで我慢してろ」
 ポケットに手を突っ込むと薄茶色のジャケットと濃紺のセータの間に綿菓子がべったり、それを指先に感じただけで良夜の方はがっくりといっそう深く落ちる。
「はいはい、悪かったわね。謝るからお代わり」
「どこが謝ってんだ? お前……」
 空っぽになったストローをズイッと差し出し、彼女は胸を張る。懐から見上げているのだが、何となく視線は見下しているようにも見えて、なんか、むかつく。
「そこにいて良いから、綿菓子は車に帰ってから。お前、時々、もの凄く子供だよな……」
「いつまでも童心を忘れない妖精さんだから。しょうがないわね……けちんぼの良夜はほっといて、私は一休みするわよ。ただでさえ、ストッキングと靴なくて、足が寒いんだから」
 あきらめがついたのか、彼女はもそもそとポケットの中に潜り込む。彼女の服はこっちに着てから買ったワインレッドのドレス一着だけ。それもクリスマス商戦の売れ残りで、材質はポリエステル、下着は一応あるが油断するとずり落ちてくるし、何よりストッキングと靴がないものだから、今にも雪が降りそうなこの天気では寒くて仕方がないらしい。そういう事情は一応考慮に入れているのだが、やっぱり、一人だけぬくぬくとしたポケットで過ごされるのはむかつきを禁じ得ない。溜飲を少しでも下げるため、ジャケットの襟にあごを突っ込みながら、彼はつぶやく。
「……冷え性で何が童心を忘れない、だ……年増よう――ぎゃっ!?」
 言いたいことを言い切るよりも早く、彼女のストローが良夜の胸を貫く。それも良い具合にみぞおちの辺り、グリグリとストローがえぐるように動くとその痛みは倍増、息も出来ずに彼は人混みの中、迷惑も顧みず、参道のど真ん中にしゃがみ込む。
「良夜……おみくじに『今年も刺される』って書いてなかった?」
「くっ、口は災いの元……って書いてた……」
 胸元から冷たく響く声に良夜は胸を押さえたままで応えた。

 と、今年最初のひと刺されも終わって、良夜は何となく借りっぱなしになっている軽四にまで戻ってきた。未だに胸の辺りはずきずきと痛み続けているというのに、やった本人は――
「この車って、エンジンかけてもしばらくは寒いのよね……駐車場に止まってたセダンにしましょ? あっちの方が絶対に乗り心地良いわよ?」
 などと言ってはばからない。しかも、早速助手席を占領して綿菓子に舌鼓、包んでいたビニール袋の上に綿菓子を取り出したら、後はちぎっては食べ、ちぎっては食べ。やっぱり、時々もの凄く子供だなぁ……と思いながら、良夜はエンジンに火を入れた。
「この車はぶつけても許して貰えるけどな、親父のクラウンなんてぶつけたら、俺の仕送り、来月から止まるぞ……」
「この車は許されるの?」
「ねーちゃんがさんざんぶつけてる」
 軽く空ぶかしをして、シフトレバーに手を伸ばすと、それまでくつろいでいたアルトに緊張感が走る。右手は綿菓子、左手はシートに突き刺したストローと万全の体制だ。今朝から数回エンストして、そのたびに座席からすっ飛んでるんだから、当たり前の行動として頷ける。頷けるのだが、ここまで完璧な体勢を取られると、やっぱり気分が悪い。
「……もう大丈夫だって言ってるだろう?」
「それを信じて何回飛んだか……? ミッションは諦めて、オートマにしなさい」
 アルトの姿を一瞥、苦々しく言ってみると、アルトも苦々しい顔をして答えた。チッと小さな舌打ちを一発、不機嫌そうな目つきでにらまれながら、良夜は車を発進させる。滑らかなクラッチミート、滑るように車は神社の特設駐車場から道へと走り出す。それにアルトも一安心、握りしめていた手を離し、再び、食べかけの綿菓子へと手を伸ばす。
「ほら見てみ――あっ……?」
 ピッピッピッ……
 誇る言葉が胸に入れた携帯電話のコール音に遮られ、良夜の右足がとっさにブレーキを踏む。
「さっさと出ないさいよぉ……」
 響く声は助手席の足元から。助手席にあったはずの綿菓子と妖精の姿はひとかたまりになってそこに存在していた。ヤバッととっさに呟いてみたものの、肩まで綿菓子に埋もれた彼女の怒りが簡単に収まるとは思えない。なんと言っても、『肩まで』というのは足元から『肩まで』ではなく、頭のてっぺんから『肩まで』だから。
「良夜の寿命は電話が終わるまで……」
 エンジン音の消えた車内に響く剣呑な声、それはあえて聞こえないふり。エンジンをかけ直し、車を路側帯に移動させる。そして、良夜はポケットに放り込んでいた携帯電話を取り出した。美月辺り、もしかしたらタカミーズのどちらかか? などと思いながら開いた携帯には『通知不可』の珍しい文字がきらめいていた。
「……バイト先にいる幽霊が寂しがって電話してきたとか?」
「……ヤなこと言うなよ……」
 綿菓子の中から頭を引っ張り出し、アルトが言うと良夜は露骨に顔をしかめる。そんなことをやってる間も電話は切れない。けたたましい音と「通知不可」の奇妙な表示のまま、主を待ち構えている。もちろん、眺めていても切れる様子はない。彼は意を決するも、不信感は露わにしたまま、電話に出た。
「もしもし、浅間ですけど……」
『私も浅間だよ、偶然だね?』
「……さっさと名字、変えてしまえ。クソ姉貴」
 聞き違う事なき姉のお声、消えた不信感の代わりに不快感が頭をもたげる。どうやら、国際電話で番号通知は出来ないらしい。正確に言うと「出来ないこともある」なのだが、良夜はそういう詳しい話なんて知らない。
『あのね、あのね、国際電話は高いから用件だけ言うね。おばあちゃんの所にお年始に行って。手土産は三宝堂のイチゴ大福が良いと思うの。それじゃね』
「ちょっとっ!?」
 良夜がそう聞き返したときには、電話の向こうから聞こえるのはプープーという発信音だけ。あんぐりと間抜けな顔で電話を見直しても、彼に答えてくれるのは待ち受けの風景画だけだった。
「相変わらず、凄いお姉さんね……って、私の綿菓子! どーしてくれるのよっ!?」
「仕方ないだろう!? 電話だったんだから!! こっちはまだ若葉マークだぞ!?」
「急ブレーキ踏むからでしょっ!? てか、貴方、ブレーキ踏んだときにクラッチ踏まなかったでしょ!? また、エンストさせて!!! だから、私はあのクラウンにしましょって言ったのよっ!!! あっちならオートマだったのに!!! だいたい、この車、エンジンうるさいし、チェンジのたびになんか足元から変な音してるし、大丈夫なの!? 途中で止まったりするんじゃないんでしょうねっ!?」
 電話が終わったとたんに始まったお小言は、車を走らせ始めてもまだ続く。ぐだぐだといつまでもねちねちと文句を言い続ける。いきなり刺してこないのは、良夜が車の運転を始めたからだろう。そのくらいの分別があることを良夜は感心した……が、やっぱりうるさい。人の耳に蓋を作らなかったのは、神様のミスだという主張には、諸手を挙げて賛成したい。
 もっとも、文句を言いながらも――
「……ところで真ん中は大丈夫よね? こう、上の方とか中の辺りは汚れてないと思わない? 白かったら食べても大丈夫よね?」
 などと言って、未だに綿菓子を諦め切れていない様子。助手席の足元に落ちた綿菓子にぺたんと座り込み、ストローと左手を使って、そこをほじくり返していく。まるで……犬が穴を掘って遊んでるようにも見えるのだが、なんというか……一言で言うと……
「見てる方がわびしくなるから止めてくれよ……」
「だって、もったいないじゃない?」
 中の方から白い綿菓子を発掘すれば、彼女の表情に華が咲く。ふんわりとした綿菓子を左手に抱え込み、右手でストローをずぼっと突き刺し、ぱっくりと大きな口を開けて、いただきます、だ。さっきまではちょっぴり微笑ましいなと思っていた仕草も、今ではなんか、もの凄く居たたまれない物を感じてしまう。
「……マジで止めろ。三宝堂でお前の分もイチゴ大福買ってやるから……」
「イチゴ大福は貰うけど、これも食べちゃダメ?」
「……前にねーちゃんが犬のウンコ踏んだ靴で、そこに座ってたことがあるんだぞ……」
 さすがにその一言でアルトの表情から笑みが消え、大きく開いた口は何も迎え入れることなく、静かに閉じる。しかし、彼女の視線はストローとそこに刺さった綿菓子に集中……じーっと数秒見つめて、彼女は言った。
「……中の方なら大丈夫よね?」
「最初と同じ結論に達するな!」
「……判ったわよ、捨てるわよ……全く。それでおばさんのおうちに行くの? どんな人? 良夜って女運がないから、とんでもないおばあさんだったりする? 例えば、孫より年下のツバメを飼ってるとか」
「ねーよ! 普通のばあちゃんだよ!! 理不尽なボケを見せることもないし、腐女子でもないし、腹黒でもないし、ダイエットを連呼しながら欲望の赴くままにつまみ食いしてたりもしないから!」
「美月、貴美、小夜子に彩音……ねえ、私は?」
 顔中に綿菓子をひっつけ、彼女は綿菓子の上から彼女は尋ねる。もちろん、その問いに対する答えを良夜は一つしか持っていない。彼は未だ綿菓子に未練を残す妖精を見下ろし、高らかに宣言を下す。
「全部」
 良夜にそう言われ、アルトは「あっ、なるほど……」と納得の首肯をしたものだった。
 のは、表面上。
「誰が、理不尽なボケで腐女子で腹黒で、つまみ食い妖精よ!!!!」
 車が信号に止まるやいなや、シフトレバー握っていた手に怒りのストロー一撃が振り下ろされた……のは余談である。
 祖母の家は大きな駅の裏手にある。駅前の駐車場に車を止めたら、そこから一キロ弱は徒歩だ。駐車場がそばにあればいいのだがあいにくと祖母の家に余分な駐車場も路駐しても迷惑になりそうにない道もない。
「ばあちゃんとおじさんとおばさんと従兄弟が二人。みんな、普通の人だから、おとなしくしとけよ?」
「ふぅん……つまらないのね。車の中で昼寝でもしてようかしら……」
「寒くなるぞ……駐車場、屋根付きの日陰だし」
 駅前の和菓子店三宝堂で買ったイチゴ大福を片手、胸ポケットにはイチゴ大福を持ち込んだアルトをつれて、良夜は祖母の家を目指す。ポケットにイチゴ大福を持ち込むのは止めろと言ったのだが、全く聞く耳を持ちやしない。
 戦前からの家並みが、建物だけ変えて残ってるような細い路地を抜けると、そこにはこぢんまりとしたごく普通の一軒家がある。これが祖母の家。ちなみに母方、父方の方はここからは遠く、むしろ、大学のアパートから行った方がかすかに近い。
「ここ?」
「ここ」
 ごく普通の木造プレハブ二階建、分譲住宅地に行ったら一山いくらで売ってるような門構えの前だ。普段なら碌々挨拶もせずに『ただいまぁ〜』の一言で母親は入ってしまうのだが、その母親が居なくても同じ事をやっても良いのかどうか、良夜は軽く悩む。
 で、結局、チャイムへと手を伸ばし始めたのが、五秒後。その五秒の間に扉が内側から開いた。
「げっ……りょー兄ちゃん」
「人の顔を見て『げっ』はないと思うが……身銭はたいて買ってきた三宝堂のイチゴ大福、食わせねーぞ?」
 出てきたのは直樹よりもちょっと身長が低め、少年と青年の境目を行ったり来たりしてそうな中学二年男子。この家の長男・風祭芳樹(かざまつりよしき)だった。幼い時分はずいぶんとりょー兄ちゃんりょー兄ちゃんとなついていたのに、中学も二年となればこの態度。これだからガキは嫌いだ……と、良夜は胸元から顔を出す永遠の幼児体型妖精をチラリと一瞥した。
「今、不穏当なことを考えてたわね……視線が物語ってるわよ」
「いっ、いらねーよ! 俺、甘い物嫌いだって、言ってるだろう?!」
 アルトと芳樹が声を上げたのはほぼ同時。異様に鋭い永遠の奈良盆地から視線を逸らし、良夜は不思議そうな目で幼さを残す従兄弟の顔を覗き込んだ。
「芳樹……お前、三宝堂の和菓子、好きじゃなかったっか? 特にイチゴ大福……」
「あれ……芳樹君、甘い物……食べられるの?」
 背後から澄んだ声が聞こえ、芳樹の小柄な頭越しに覗いてみれば、昨今珍しい晴れ着姿の少女がもどかしそうに草履を履いているシーン。その向こうには久しぶりに見る叔母の姿も見えた。
「きっ、嫌いだって! ほら、いくよ!」
「えっ? あっ……ちょっと、芳樹君?」
 青年は同い年ぐらいの少女の手を引き、足早にかけていく。真っ赤な顔な青年の顔とおそらくは良夜の背後にいる叔母――芳樹の母親へと会釈をする少女、つないだ手を微笑ましく、そして少しだけうらやましく重いながら良夜は見送る。
「ごめんね、良夜くん。あの子、どーも、彼女の前だと『甘い物は食べない大人の男』ってキャラ付けしてるみたいなの……」
「……中二病全開だね……」
 久しぶりに会った叔母に言われて良夜は苦笑い。そういう年頃もあったかな……と思う。ブラックのコーヒーを飲んでるだけでなんか、大人っぽく思えたり……飲んでみたら、割と普通に飲める物なんだけどなぁ……と思いながら、頭をかいて、従兄弟の消えた路地を一瞥した。
「和明なんて激烈大人だけど、甘い物わりと好きよ?」
 あれは大人じゃなくて、年寄りって言うんだよ……という軽い突っ込みは心の中だけ。懐から顔を出していた妖精を、胸の中に押し込み、彼は玄関先で待ち続けていた叔母へと視線を戻した。
「そのうち、ぼろ出すわよ……って、あっ、良夜くん、あけましておめでとう。上がって? お酒、用意してるのよ」
「あけましておめでとう。俺、今日、母さんの車だから……それとこれ、手土産ね。かーさん達、オーストラリアだから来られないって」
「あら、悪いわね? おばあさぁん、お義姉さんの所の良夜くん、来ましたよ〜!」
 持ってきた小さな箱を叔母に渡すと、彼女の顔がぱっと華やぐ。三宝堂は小夜子が奨めるだけあってかなり美味しいし、風祭家の面々も大好き。彼女は良夜から箱を受け取ると、パタパタとスリッパの音を立てて部屋の中へと入っていく。その後ろ姿をのんびりと追いかけながら、良夜も久しぶりにこの家の敷居をまたいだ。
「どんな人たちなのかしらね? ちょっと楽しみだわ」
 その懐の中、暖かい室内に入ってちょっぴり一安心の妖精さんが呟いていたのだが、良夜がそれに答えることはなかった。

 そして、数時間後……
「なに? あの普通の家族!? おっさんも普通だし、叔母さんも普通だし、お婆さんも普通だし、子供も普通だし!! 大学はどうだ? とか、彼女出来た? とか、一人暮らしには慣れたか? とか、ああ、もう!! 凡百な会話繰り返してっ!! 何が楽しいのよ!? 時間、ムダに費やしたっ!! 絶対、良夜の関係者だから、少なくとも叔母さんとお婆さんは変人だと思ってたのに!」
 狭い車の中、カーステレオから流れる演歌よりも遙かに巨大な声がこだまする。それを運転手はため息混じりに聞きながら、あきれかえった声で言葉を返す。
「……世の中の人間、お前みたいにおもしろおかしい連中ばっかりだったら、大変だよ……」
 祖母の家から出てきた良夜は、ずーっとアルトから謂われのない批判にさらされていた。まあ、確かにおもしろみのない会話を繰り返していたな……とは思う。そもそも、近況報告なんだから、ずーっとそばにいるアルトが聞いて面白い物でもない。しかし、自分が一番の変人関係者だという自覚があるのだろうか? と良夜はちょっぴり不安になった。
「こーなったら、コーヒーしかないわっ! 喫茶店に行くわよっ! 喫茶店!!」
 そして、良夜は数分後、近所のこぢんまりとした喫茶店にいた。そこでは良夜がちょっぴり奮発して頼んだ、モカブレンドのコーヒーを美味しそうに、かつ、幸せそうに飲んでいる妖精の姿が見受けられた。
「あら……美味しい。ここは合格点だわ」
 したり顔でホットコーヒーをストローで飲む妖精をぼんやりと見つめながら、彼は呟く。
「……世の中、こいつみたいなのばっかりだったら、平和なんだろうな……」
 コーヒーだけ与えておけばとりあえずは幸せそうなんだから。

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