土日(完)
 お話は土曜日、貴美が喫茶アルトでのバイトを終える直前に戻る。喫茶アルトの閉店業務中、貴美はフロアの掃除を、美月はレジでお金の整理をしていた。本当は美月が休みの土曜日はレジ締めを店長和明がすることになっているのだが、美月が出かけず、フロアでうろうろしている時は何となく美月が普段同様にやるようになっている。
 明かりを落としたフロアの中、今日の昼、久しぶりに引っ張り出した椅子に腰掛け、お金を数えていた美月がふと顔を上げた。
「あっ、吉田さん、直樹くんや良夜さんに明日の事、言っちゃダメですよ?」
 言われて貴美はモップを握っていた手を止め、美月の方へと視線を向けた。
「なんで? なお達も呼んだら良いじゃん、お肉、たくさんあるんだし」
「ダメですよ〜いいですか? 吉田さん、良く考えてください。これでもし、明日、良夜さんたちが来たらですよ? 私たちはお肉以下って事になるじゃないですか〜実習以下なのは我慢できても、お肉以下になったら許せません」
「えっと……美月さん、その理論は良く判らない。もう一回、良く説明して」
 掃除の手を止めたまま、貴美は美月の理論をゆっくりと反芻してみるも、やっぱり理解は不能だったらしい。貴美はズルズルと濡れたモップを引っ張りながら、レジに近づいた。
 近づく貴美を、美月は手にしていた千円札の束を小さな手提げ金庫の中に入れながら待つ。そして、数秒、貴美が来る頃にはお金は金庫の中に消え、美月はそれをパタンと閉じていた。閉じた金庫を膝の上に抱え、彼女は貴美の顔を見上げて言う。
「良いですか? この土日、私たちがすごぉ〜〜〜〜く、暇々星人さんになるのは良夜さんや直樹くんも知ってるはずです」
「うん、知ってんだろうね」
 貴美が大きく頷くと、美月もまた我が意を得たりと大きく頷き返した。
「でも、ご自分の実習があるからこないということです。私たちは実習以下と言われてるのも同然ですよ?」
「単位、落とされても困るかんねぇ……特になおは。りょーやんはどうでも良い」
「はい、私も良夜さんが留年しても困りませんが、一応は我慢します」
 ちょっぴり不貞腐れているのか、頬を膨らませ、視線を金庫に落とす。うつむく頭をポンポンと数回叩きながら、貴美は苦笑いを浮かべて声をかけた。
「ちょっとは困ってあげないと、りょーやんが可愛そうだよ?」
「困りませんよ〜卒業できなくても、ご飯と寝床くらいは私が用意しますよ?」
 上げた顔がうれしそうに言うと、貴美は一瞬だけ言葉につまる。思わぬ大胆発言、ぱちくりとまばたきを繰り返す貴美に美月は呆れるほど明るい表情で言葉を続けた。
「吉田さんと同じだけ働いてくださるのでしたら、ご飯と寝床くらいいくらでも用意します。お小遣いまでは上げられませんが」
「それって、ご飯と寝床だけで店員一人雇うって意味だよね? 奴隷待遇だよね?」
「そして、吉田さんは首なんですよ〜新しいバイト、探してくださいねぇ〜」
 何だかすごくうれしそうな美月から視線をそらし、貴美はため息を一つつく。愛されてるんだか、愛されてないんだが、多分、愛されてないんだろうなぁ〜と思いながら、彼女は「で?」と美月に続きを促した。
「昼はウェイターで夜はアルトの通訳をしてくれれば、御飯なんてうちのお店で一番高いのを毎日出しちゃいますよ〜」
 さすがの貴美も良夜に軽く同情、苦笑いがいっそう深くなる。奪童貞は一生無理かもと思いながら、彼女は思いっきり明後日の方向へとそれた話を元にもどさせた。
「いや、美月さんの人生設計は良いから……何でりょーやんたちに教えちゃいかんの?」
「あっ、そうそう。そっちの話ですね。えっと……ですから、どこまで話してましたっけ?」
 うれしそうに、多分本人だけが幸せな人生設計を語っていた美月が、キョトンとした表情を浮かべて貴美を見上げる。それを見下ろしながら「私らは実習以下って話」と、貴美は彼女自身が語っていた話の進み具合を彼女自身に教えた。
「そうでした、そうでした。実習以下なのは我慢します。ですが、もし、お肉に釣られて実習を止めちゃったら、実習がお肉以下ということになります」
「まあ……そういう言い方も成り立つかなぁ……」
 斜め上……視線を明かりの減った天井へ向け、貴美は考える。どこか腑に落ちないような、何か間違えてる感が漂っているもののそれを説明する言葉を彼女は見つけられない。見つからない言葉を探す脳裏に、ガタンッ! と何かが転ぶ音が聞こえた。
「良いですか、吉田さん! 良く考えてください! 私たちは実習以下! 実習はお肉以下! 故に私たちはお肉以下になってしまいます!」
 音と大きめの声に視線を下ろせば、椅子から立ち上がった美月が金庫を薄い胸に抱いて力説していた。そのすさまじい論理展開に貴美の顔から苦笑いが消え失せ、彼女の口がポカンと開く。開いた口をパクパクと数回、開けたり閉めたり、なんとか必要な酸素を確保し、彼女は消えるような声でつぶやいた。
「……りょーやん、良くこれと付き合うなぁ……」
「はい? 何か言いましたか? 余計な事を言うと、給料下げますよ?」
「いや、何も言ってない……でもさ、言っても来なかったら良いんじゃない?」
「当店で変わったことをするのに、いらしてくれないというのも許せません」
「……わがままやね、美月さんって……」
「何とでも言ってくださいですよ〜と、言うわけで、明日は良夜さんが自発的にいらっしゃったら歓迎しますが、呼んだり、喋っちゃったらぁ……吉田さんの来月の時給は十円なんですよ〜」
 と、こんなことがあったから……と言うわけでもなく、実際にはたぬ吉と飲んでいて、コロッと忘れちゃっていただけだったのだが、貴美は直樹にも良夜にも今日の事は教えていなかった。
 訳なのだが……──
 翌日、日曜日、お昼大幅過ぎ。
「良夜さんたちに電話しましょう! それしかありません!!」
 喫茶アルト前の駐車場、大勢のお客がのんべんだらりと焼肉をつつく中、美月は強く拳を握って訴えた。
「って、呼ぶなっていったの、美月さんじゃん」
「だって、呼ばなきゃ、どうしようもないじゃないですか〜〜〜!」
 彼女は半べそを書きながら言う。
「二条さんが来なくなったら、ご飯、二升、誰が処分するんですかぁぁぁぁ!!!」
「誰って……誰だろうね?」
 泣きべその美月をみつめ、貴美はしょっちゅう言われてる言葉を頭の中で考えていた
(ほんと、りょーやん、良くこれと付き合ってられんなぁ……)

 二条陽が来ると知った美月が最初に取りかかったのは、ご飯を炊くことだった。飲み物もあるし、パンも色々あるしでご飯はあまり炊いていなかったのだが、陽が来るとなれば話は別。奴がご飯も食べずに肉ばっかり食べられれば、比喩表現抜きで店がつぶれる。
 二升炊きの大きなガス釜にお米を入れて、ガシャガシャと研ぐ。余段だが、精米技術が進歩したおかげで、お米はあまりとがなくてもおいしく炊ける。サッと水洗いする程度で十分って話なのだが、美月は昔から──小学三年のころからやってた──の癖で割と力を込めて研いじゃう方。
 ガス釜のスイッチを入れ、炊き上がるまでの時間でお肉を切ったり、野菜を切ったり、ついでにスープなんかも簡単に作っちゃう。普段は野菜や鶏ガラからちゃんと出汁を取るのだが、今日はそんな暇などない。固形スープの素を使って手抜きのスープ、飲んでもらったらお肉の消費量が減るはずだ。ぴーーーーっとガス釜が悲鳴を上げると、ガス釜には新しいご飯を炊かせ始め、自身は今度は炊き上がった二升飯、全てをせっせとおにぎりに仕立てていく。
 普段のおっとりさをまったく感じさせない速度で、彼女はキッチンの中を縦横無尽に行ったり来たり。額に玉の汗を浮かべながら、彼女は準備に走り回る。美月自身が驚くほどに手早く、彼女はラッフィンググールを迎え入れる準備を整えていた。
 まさにその時、美月の元に一つの知らせが届いた。
「ひなちゃん、来ないって」
 貴美にいわれ、美月の思考と動きが完全に停止する。
「……はい?」
「だから、ひなちゃんってか、演劇部、来ないって」
「……えっと、どうしてでしょうか?」
 落ち着いた声なのは、未だ、彼女がその意味を理解していないから。そんな彼女に貴美は飄々とした表情で事情の説明をし始めた。
「脚本の部長と演出の副部長が大喧嘩して、これから脚本の全面改訂に入るって。で、演劇部全員、練習と打ち合わせのやり直し、ここまで食べにくる暇がないから、コンビニ弁当でお昼を終わらせるって……あそこの部長と副部長、仲悪いかんなぁ……」
 と言う内容のメールが彩音から恵子の元へと届いたらしい。その説明を聞いてる間に、美月はがっくりと冷たい床に崩れ落ちていた。
「……今までの苦労は……私の労力は……」
 さめざめと涙を流しながら、彼女はうわ言のようにつぶやく。つぶやく言葉に貴美はサラッと答えた。
「水の泡かなぁ〜」
「吉田さん!! 他人事みたいに言わないでください! まったく……仕方ないです、今炊いてるご飯は明日、チャーハンにして売りましょう。イタリアンじゃないのが悔しいですが、仕方ないです。おにぎりとスープは今いるお客さんに配ってください」
 意外と美月の復活は早い。スックっと立ち上がると、その決意を表すように拳を握りしめ、的確な判断を下す……も、またもや貴美がさらりと言った。
「多分、もう、無理」
「無理って何ですかっ!?」
 貴美の手が美月の荒れた手に伸び、それを強く握りしめる。そして、半ば無理矢理、拐うような形でズルズルと駐輪場へと引っ張り出せば、そこに広がるのは、狐一匹が走り回る戦場跡。横たわるのは死体ではなく、腹を抱えたお客様たち。十数人の男女が泥むき出しの地面に座り込んでいた。
「なっ……何です? これ」
 流石の美月もその表情を凍らせる。フルフルと震える唇がなんとかそれだけを紡ぐと、錆びた機械人形のような動きで貴美の方へと視線を向けた。
「ひなちゃんが来たら、まともに食べられなくなるから、みんな慌ててお肉食べちゃったんよ……で、全員、腹がパンクしそうになってんの」
 諦め顔の貴美が教えれば、晩秋の空に美月の鳴き声が響き渡る。
「ふっ……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
 彼女が決断を下したのは、これから五分後の事だった。
 が、その五分が彼女を更なる泥沼に引きずり込もうとは……神ならざる者、誰にも判る事ではなかった。

 その頃のアルトちゃん。
「おっ砂糖、おっ砂糖、糖分、カロリー、満載よ〜」
 スティックシュガーをつまみに、レモン風味のおいしい水を上機嫌で飲んでいた。ちなみに、レモン風味のおいしい水は意外とおいしい。

 さて、美月が決断を下す小一時間ほど、お昼ちょっと前。当然、実習に精を出していた男二人も腹が減る時間帯。
「お腹……空きましたね……」
「アルトに行く時間は……ねーか……」
 相変わらず、エラー満載のソースを直している……と言うか、昨日の夜にやった所は文法がぐちゃぐちゃだったらしい直樹が言うと、良夜はエディターから顔を上げた。彼の方も進んではいるが夕方、バイトに行くまでに終わりそうな気配はあまりない。
「飯、何かあったかなぁ……と言っても、冷蔵庫ん中、空なんだよな、うち……」
 そういって良夜が小さな冷蔵庫を開くと、中には幾本かの飲み物──主にアルコールと冷蔵庫の中が寂しいので入れたひまわりの種、他は見事に空っぽ。
「……何でそんなに空なんですか?」
 後ろから覗き込んだ直樹が、飽きれた声で話しかける。
「昼飯はアルトで食ってるし、夜は売れ残りのお惣菜だし……家で料理をやる必要がなくなってるんだよ」
「うちもアルトの残り物がメインですけど、ここまで空じゃないですよ……インスタントラーメンとかは?」
「あっ、一つだけあった……卵もあるし、冷ご飯もあるし……ラーメンとチャーハンかなぁ」
 言われて探せば、冷藏庫横の戸棚に最後の一つ。それをシンクの上に放り出し、ついでに冷凍庫から凍らせたご飯をワンパック取り出す。そして、直樹の部屋にもインスタントラーメンがあるらしいので、それを二人で取りにいき、良夜は二人分のインスタントラーメンとチャーハンを作り始めた。
「良夜くん、これ、うちのベッドに転がってたんですけど……良夜くんのじゃないんですか?」
 作り始めた背中に、直樹が声をかける。手渡されたのは青い携帯電話、鈴のストラップは見紛う事なき、良夜の携帯だ。
「あれ……? ああ、昨日、お前の部屋、片付けてた時に忘れたんだな……」
 受け取り、良夜は携帯を開く。切れた電源、真っ黒い液晶に彼は首をひねった。
「あれ……? 電池、まだあったと思うけど?」
「吉田さんが切ったんじゃないんですか? 人の携帯を見ない代わりに五月蝿いからって切っちゃうんですよ、鳴ってると」
 どこか不機嫌な口ぶりは、まるで勝手に出てくれた方がマシとでも言いたげ。同じ大学に通ってて、同じサークルに入ってて、交友関係がほとんどかぶってる二人にとって、電話を見たとか見ないとかって言う良くある喧嘩のネタは問題ではないのか、もしくは直樹にまったく後ろ暗い事がないためか……? そんなことを考えながら良夜は携帯の電源を入れた。
 携帯の履歴をチェックしながら、彼は器用にチャーハンをかき混ぜる。別に難しいことをやってるつもりはないのだが、なぜか、直樹は目を丸くしている。それくらいは出来るようになってほしい。
 確かめてみれば、昨夜遅く、喫茶アルトからの着信が一つ。時間的に美月はとっくに寝ている時間、そう考えれば、かけてくる人間、もとい、妖精は一人しかいない。
「おっ、アルトか……うわぁ、まずいな……」
 どんな用事があってかけてきたのかは判らない。判らないが、昨夜から一晩放置しっぱなし。彼女の怒りが致死量にまで沸騰しているであろう事は、良夜にも容易に想像がつく。
「どうしよう……か……」
「コーヒーでもおごってあげるしかないですね。あっ、絆創膏、用意していきます?」
 つぶやきを耳にした直樹が笑みで答える。他人事だと思っているのか、彼の表情はすごく明るい。その明るく、愛嬌のある顔を苦々しく見ながら、良夜は答えた。
「とりあえず、飯食ったらアルトに顔を出すか……美月さんのご機嫌伺いもしたいし」
「ふふ、どっちが本命ですか?」
 いたずらな笑顔、憎めない顔をチラッと見下ろし、良夜はぽつりと言った。
「……美月さんの方。お前も最近、吉田さんに似てきた」
「ひどっ!? ぼっ、僕、そこまで酷いこと、言いました!?」
 深く傷つき、途端に直樹は慌て始める。ポンと直樹の頭を一つ叩き、彼らはちょうど完成したお昼ご飯を小さなテーブルの上へと運び、そして、舌鼓を打ち始める。
 それは、美月が──
「ふっ……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
 と、泣き始めた、まさにその瞬間の事だった。

 その頃のアルトちゃん。
「ジュースだけど喉は充分潤った、スティックシュガーだけどお腹も一応いっぱい、後は──」
 ごろん……グレイの天板に寝転がり、彼女はグレイの天井を見上げる。見上げる表情は明るく、どこか満ち足りているように見えた。
「後は、後はぁ〜」
 お腹いっぱいで鼻歌まで出ちゃう。
「後は良夜を殺すだけ〜」
 鼻歌が出るくらいに殺意も満ちあふれていた。

『と、言う訳で来てくれないと……嫌いになります』
「……その程度の事で嫌われても困りますが……」
 美月から電話がかかってきたのは、良夜と直樹がインスタントラーメンとチャーハンを食べ終えたころだった。当然、お腹はいっぱい、ご飯二升分のおにぎりなんて入るスペースはない。
「あっ、後五分早かったら……ラーメンと冷ご飯のチャーハンくらい、捨てても良かったんだけどなぁ……」
『今更言われても知りませんよぉ〜ふえぇぇぇぇ、りょーやさん! 来てください! 来てくれないとぉ……泣きますよぉ? グジグジ泣いたら、鬱陶しいですよぉ?』
 電話の向こうで既に『グジグジ泣いて、鬱陶し』くなっている女性に良夜は軽く吹き出し、吹き出す声が電話に入らぬよう、マイク部分を抑えながら、直樹に声をかけた。
「美月さんがおにぎりと肉を食べにこいってさ、入るか?」
「少しくらいかなぁ……頑張って食べましょうか?」
「余ったら持って帰って今夜の晩飯かなぁ……夜食でも良いか? どうせ、寝ないでやらなきゃ、終わらないし」
 小さなテーブルの向こう側、ラーメン鉢とチャーハンの皿をはさんで二人は言葉を交わす。心は決まった、多少現実逃避な部分もあったりなかったりするが、良夜は改めて受話器を耳に押し付けた。
『あっ、りょーやん?』
「あん? 吉田さん?」
 思っていたのと違う声、違う呼び名、アレ? とわずかに眉をひそめ、良夜は返事をする。
『来てくれたら、例の実習、見せてあげっから。早めにきなよ』
 帰ってきたのは思いもかけないありがたいお言葉、良夜は喜びに叫びそうになる声をグッと抑え、勤めてクールに言葉を返す。
「あっ、悪いな」
『まあ、こっちの都合もあるしね。じゃぁ、美月さんと変わる』
 言って貴美の声が遠くなり、微かに何か美月と話しているのが良夜にも伝わってきた。意味は判らないが話していることだけは判る会話を、良夜は一分の半分ほど聞き、彼女が電話口に帰ってくるのを待つ。
 そして、耳元でつぶやかれるお言葉。
『良夜さんの裏切り者……』
「はぁ?」
『良夜さんが吉田さんに誘われたら来るって言ったぁぁぁぁ!!! 私が誘っても渋ってたのにぃぃぃ!!!』
 その美月の誤解を解くのに、良夜は夕方、アルバイトに出かけなければならない時間までを必要とし、ついでに……──
「あっ……アルトからの電話の事、忘れてた……」
 と、思い出したのはバイト先のスーパーで『レモン風味のおいしい水』を並べているときのことだった。

「殺す、殺す、絶対……──ぶっ殺す!!!!」
 夕飯もスティックシュガーとレモン風味のおいしい水だった妖精のアルトさんが、それを実行に移したのは翌月曜日、お昼ご飯の時だった。
 閉じた倉庫の中、事務机の上で仁王立ちになる妖精を見つけたとき、良夜は理由も良く判らないがとりあえず叫んでいた。
「不幸な偶然だぁぁぁぁ!!!」
 が、彼女の返事は冷たかった。
「問答無用!!!」
 ランチメニューにチャーハンという珍しい物が出てきた喫茶アルト、お昼の時間に良夜の悲鳴がこだました。
 なお、それから三日ほどが経ったが、アルトの腹が下った様子はなく、レモン風味のおいしい水はとりあえず、腐ってなかったことが証明された。
 が、もちろん、それが即座に処分されたことは言うまでもない。
 そのジュースを物欲しそうに見つめる男(オカマ)が一人。
『まだ飲めるのに・・・』
 彼はそう書いたメモを恋人、河東彩音の前に突き出していた。

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