海だ!(8)
 高見直樹に悲劇が訪れたのは最終日のお昼過ぎのことだった。その悲劇の種がむくむくと大きくなり、結果、夕方には――
『浴衣美人コンテスト!』
 こう書かれた舞台の上にいた。
「ありゃ……怒ってるな、直樹……」
 アルトを頭に乗っけ、それを良夜は人でごった返す会場から見あげていた。

 お話はそこから半日前、悲劇の種が植えられたところからスタートする。
 最終日前日。明日の帰宅に合わせ、今日は朝から大掃除。案の定というか、やっぱりというか……男部屋は荒れ放題に荒れていた。それもこれも直樹のせい。脱いだら脱ぎっぱなし、食べたら食べっぱなしの彼に引きずられ、良夜も陽も『何となく』掃除をしないで済ませてきた。おかげさまで男部屋の荒れ具合は去年の三倍。脱いだ服が地層をなし、その隙間からお菓子の袋なんかが発掘される始末。
 ただ、今回、直樹の肩を持つならば、一つだけ付記しておかなければならない事がある。
「だって、二条さんのストッキングとか転がってたら掃除なんて出来るわけないじゃないですか!!」
 との言い訳、認めるかどうかは読者個々人の良識にゆだねたい。ちなみに吉田貴美を筆頭に女性陣は誰も受け入れなかった。
「直樹のずぼらは伝染するのね……」
 そんなアルトの呟きを頭上に聞きながら、良夜は直樹や陽と共に部屋の片付けを半日がかりで終わらせた。もちろん、女子三人は一切手を出しやしない。もっとも、トランクスなんかが転がってる可能性のある部屋の片付けなんて、女子に手伝って貰えるはずもないのだが。
 そんなこんなお昼過ぎ。それまで代わる代わる男ども三人を監視――監視してないとすぐに他ごとへの興味を押さえられなくなるのだ。特に直樹が――していた女子組三人は食事の準備のため、一度男部屋を後にした。
 そして、アルトが“それ”を発見したのは、彼女らが居なくなった直後だった。
『お手伝い』と称して邪魔ばっかりしていたアルトは、その瞬間も旺盛な好奇心が命じるままに、ゴミと洗濯物の山を掘り起こしていた。バッサバッサと無造作にゴミを払いのけていく様は、まるでトイレの後始末をしている猫のようだ。
「あら?」
 聞こえよがしにアルトが声を上げる。良夜はそれをバッグにTシャツをぶち込む手を止めて聞いた。これがアルトの罠である事は明白だ。どうせくだらない物を引っ張り出して、くだらない事をやって、邪魔しようと思っているに違いない。さっきも陽のストッキングに顔を突っ込んで、ジタバタもがいてた。「助けて〜」と悲鳴を上げるものだから、助けに行ったら、事情を知らない彩音に見つかり、汚物を見るような視線を向けられた……ような気がする。被害妄想かも知れないけど。
 その時の事を思い出しながら、チラリ……と視線をそちらへと動かせば、行き来する陽と直樹の足越しにアルトと視線が交わった。
「これは何かしらね? 良夜」
 にこっ! はち切れんばかりの笑みだった。同時に、右手に握りしめたストローが彼女の頭上で鈍い光を放っても居た。
「気になるわよね?」
 コンコン、左手が彼女自身が座っている何かを軽く小突く。同時にストローが振り下ろされ、良夜の顔に向けてピッ! 切っ先を向けた。そこから『来なきゃ刺してやる』の意志をくみ取れぬほど、良夜はニブチンではなかった。
 溜息一つ、やっと見え始めた床を四つんばいで数歩。ようやく素振りを止めた妖精をひょいと摘み上げて、自分の頭の上へと座らせる。
「邪魔するなら、美月さん所に行けよな……」
「邪魔じゃないわ。手伝ってるのよ。そんな事より――」
 覆い隠していた物をどけてみれば、下から現れたのは大きなトランクだった。赤いトランクケース。もちろん良夜の物ではないし、直樹が持っているのも見た事がない。
「開けないの?」
 ペチペチ、下ろしたお尻の横をペチペチと叩きアルトは言った。まるでそう要求する事が当たり前の権利であるかのように。しかし、開けろと言われても、陽のトランクを勝手に開けるなんて事は出来るはずがない。
「開けないと……刺すわよ?」
 剣呑な言葉は混じりっけなしの本気だと示すように、冷たい切っ先がチョンチョンと数回良夜の頭を突っつく。頭上へと良夜は一瞥だけを与えると、再び、手元の赤いトランクへと視線を向けた。
 これ、陽は開けてたっけ? と良夜は思考を巡らす。ここ数日、三人一緒のベッドで寝起きしていたが、彼の着替えは部屋の隅に鎮座しているボストンバッグから出ていたように思う。
「開け――うわっ!?」
『えっち』
 良夜の唇が言葉を紡ぎ掛けた刹那、彼の視野に広げられたメモ帳が滑り込む。抜け掛けた腰に鞭を入れて、上半身を捻ってみれば、そこには赤い髪を結い上げた陽と運動部で頑張ってる中学生みたいな顔になっている直樹の二人が良夜の背後から顔を覗かせていた。
「親しき仲にも礼儀ありって奴ですよ? 良夜君」
『見たい? 浅間くん えっち』
「だって、良夜は変態だもの」
 口々に言われる言われ無き批判に良夜は「ちっ」と小さく舌打ちをする。特に頭の上から響くソプラノには声を大にして反論したいところだった。
「別に開けたりしないって。何かと思っただけだよ」
 言い訳にしかならない言葉を吐きながら、良夜はトランクを下着とゴミの地層から引っ張り出した。
『良い どうせ大した物入ってない』
 スカートの裾を翻し、陽は良夜の隣に腰を下ろした。そして、良夜の手からトランクを受け取る。彼の細い指が、慣れた仕草でパチンパチンとロックを外すと、それを二人――本当は三人に開いて見せた。
『浴衣 色々』
 中に入っていたのは、色とりどりの浴衣が数着。陽はそこから一着を取り出すと、ふわりと自分の肩に引っかけた。深い黒地に真紅の彼岸花が数輪、特に胸元に咲く大輪の彼岸花が目を引く。
「変わった柄ね、でも素敵だわ」
 アルトの言葉に良夜も軽く頷くと、トランクの中へと手を伸ばした。一着、良夜が適当に手にしたのは陽の持つのとは逆に、空色の生地に大輪のひまわりがどん! と大きく染め抜かれている物だった。良夜自身、こういう物にはトンと詳しくないのだが、その手触りだけで決してそれが安物でない事だけは理解できた。
『着る?』
「似合う訳ねーじゃん……」
 尋ねる陽に速攻で返事をすれば、陽はジーッと良夜の顔を見つめ、大きく頷いた。
『うん 似合わない顔してる』
 ……女装が似合う顔、というのはきっと男にとって褒め言葉でないような気がする。しかし同時に、それを真っ向から否定されるのもまた褒め言葉ではないと思う。
『女装は選ばれた者の趣味』
「……選ばれたい?」
 尋ねられる言葉に僅かだけ首を振って、良夜は溜息を一つ。それに気付いていないのか、陽は視線をメモ帳へと落とし、新しいページになにやら言葉を綴り続けていた。そして……
『逃げるな』
 彼の右手はコソコソと四つんばいに逃げだそうとしていた直樹の首根っこを捕まえていた。そして、彼はペラッと先ほどまで書いていたページを捲って見せた。
『直樹君は選ばれた者だから 大丈夫
 あたしが強敵(トモ)と認めた男』
「嫌ですよ! 浴衣なんて!! それから、そんな強敵に認めてくれなくて良いです!!!」
 ズルズル……首根っこを押さえられ、床に押しつけられる様はまるで予防注射を受ける子犬のようだ。ジタバタと手足を一生懸命振り回すたび、ばったんばったんと大きな音を立てていた。
 ら、料理をしている女性陣も来るわけで……女性陣が来れば……
「是非着てください!」
「何!? ひなちゃん!! そんな良いもん持って来てんなら、早く出しなよっ!!」
 と、美月と貴美が大喜びをするのも当たり前だった。
「ああ、良夜があんな物、発掘するから……可哀想な直樹……」
「……てめえだ、てめえ……」
 よよと崩れ落ちるアルト共に直樹の体から服を引っぺがそうとしている女三人(女に見える男一人含む)を、良夜は一歩離れたところから見守っていた。
「見捨てていた……よ」
「見守ってたんだよ。掃除しながら……」

 と、言うわけでお昼からの時間をお掃除と着付けに費やし、良夜はお祭りへと繰り出した。良夜の回りを固めるのは五人の美人達。
「兄ちゃん、べっぴんさん五人も引き連れてモテモテやな! たこ焼きでも買っていかんか?」
「あはっ……あははは……じゃぁ、ひとふね」
 テキ屋のおっさんがかける声に、曖昧な相づちと五百円玉を一枚を返す。受け取ったたこ焼きは右から左へと進み、陽の胃袋へ直行。良夜のお腹は似たようなやりと共に得た食い物ですでに満員御礼だった。
「ぷっ……パッと見……どこかのエロゲーの主役みたいな状況よね? 良夜」
 アルトの言うとおり、パッと見ただけでは単に「五人の女に囲まれてる冴えない男」にしか見えないのは事実だ。しかし、アルトの言葉に失笑の色が含まれている事からも、それが良夜にとって決して喜ばしいことでないことは明らかだ。なんといってもその中の二人がオカマなんだから。
「僕までオカマ扱いにしないで下さい!」
 胸元に大輪のひまわりを咲かせた直樹が、良夜の顔を強い視線で見あげた。もっとも見あげたところで、愛嬌のある大きな目と丸みを帯びた頬のお陰で全然迫力なんて物はない。
 その迫力のない頭をポンと一つ叩き、良夜は改めて周囲を見渡した。
 紫陽花が咲く白い浴衣と長い黒髪との対比が印象的な美月、前出の彼岸花が咲き誇る浴衣と夏物のショールを上手に着こなす陽、水色の地にツバメが飛び交う浴衣の彩音……そして――
 ジーパンとトレーナーの貴美。
 去年と同じ朝顔の浴衣のアルトを含め、女性陣及びオカマ陣は全員は浴衣姿。なのに、貴美だけはジーパンとトレーナーという出で立ちだ。
「なんで吉田さん、浴衣着てなんだ?」
「私、和装嫌いだから」
「吉田さん……前に着崩れた着物を直そうとして半裸――ぎゃんっ!」
 懲りると言う事を知らない男が余計な事を言おうとした瞬間、貴美の白い拳が唸りを上げ男の後頭部に振り下ろされる。少しフック気味のそれはいわゆるラビットパンチと呼ばれる非常に危険な拳だ。が、まあ、元々やけに丈夫に出来てる直樹だし、貴美と直樹のちょっと過激なじゃれ合いはいつもの事。ちょっとした笑い声を上げてお話は終わる。
 はずだった。
「止めてください!」
 ぴしゃりと声を上げたのは、常日頃非常に影の薄い彩音だ。張りのある大きな声は顔見知りになってずいぶん経つが、初めて聞く種類の物。それは言われた当人どころか、殴られた側、回りで見ていた人間までもが目をまん丸くするほど。
「いや、軽いじゃれ合いみたいなものだし……」
「そっ、そうですよ。これくらいでどうこう言ってたら、吉田さんとは付き合えませんから」
「……直樹も慣れ過ぎよ」
 血相を変えて言い訳とフォローを貴美と直樹は言い立て、アルトがボソッと突っ込みを加える。
 しかし、彩音はツカツカと直樹の元へと駆け寄ると彼の前にしゃがみ込んだ。そして、少し乱れた浴衣の襟元を直し、再び、キッと貴美の方へと視線を向けた。吊り目気味の目に力がこもると、普段の引っ込み思案を忘れるほどの迫力が醸し出される。
「わたくしがこの浴衣を着せるのに、どれほどの苦労をしたか、お忘れですか!?」
 ぽん! 彩音の言葉に貴美は手を一度叩き、大きく首を縦に振った。
「ああ、すっごい苦労してたね?」
「余った丈は持ち上げて、お腹の回りには詰め物を入れて……着崩れたら直せませんわよ!?」
 ギュッと拳を握りしめ、まなじりには光る物をたたえ、彩音はその時の苦労を反芻し始めていた。
 直樹の浴衣は彩音の寸法で作られている物だった。当然、小柄で華奢な直樹と身長も胴回りもそこそこの彩音ではスタイルに大きな差が出る。それをどうかにするために必要だった時間は、なんと二時間! 着させられている方も着させている方も疲労困憊、ついでに貴美は飽きて昼寝を始めるほどの労力を費やしていた。
『彩音ちゃんは自分の仕事に誇りを持つタイプ』
 そのメモ帳に直樹は「諦めてくれればいいのに……」と涙を流したものだが、彩音は聞く耳持たず。公衆の面前だというのに直樹の胸元に手を突っ込んでは、その中でずれている詰め物の位置を直して帯を整える。水色と空色と似たような色の浴衣を着ている事もあって、まるで仲の良い姉妹のようにも見え、回りからは好奇と言うよりも暖かな視線が与えられる構図だった。
 そこへひょっこりと帰ってきたのは、ここ数分、姿が見えなかった美月だった。
「えへへ、ただいま帰りましたよ〜あっちで良い物貰ってきたんですよ」
 カランコロンと気持ちいい音を立てながら、近付いてくる右手にはペラ紙が三枚。美月はそれを良夜と貴美を除く三人に一枚ずつ手渡した。
「…………浴衣美人コンテスト……」
 手渡された三人を代表し、彩音がそこに書かれてる文字を声に出して読んだ。
「あの……三島……さん? もっもしかして……わっ、わたくしに……出ろ、と?」
 こっくりこっくり、美月は顔を真っ赤にした彩音に向かい、大きく二回、首を縦に振った。頷いた顔が上げられれば、そこには良夜が横から見ても判るほどの満面の笑みが浮かんでいた。
「そっ、そんな無茶言わないでください! それなら三島さんが出たらいいじゃないですかっ!!」
「私なんて無理ですよ〜陽さんや彩音さんや直樹君なら絶対に良いところまで行きます。自信を持ってください!」
 なんでこの人はこんなに自信満々なんだろう?
 胸を張って薦める美月を見つめ、良夜達四人はその疑問で頭がいっぱいになった。
「カマ、カマ、あがり症……って、どう考えても一番良いところまで行くのは美月じゃない……」
 アルトはそう呟いたが、同時にこうも付け加えた。
「まっ、美月に論理的な思考なんて求める方が、論理的思考が出来てないわけだけど」
 良夜はその言葉に大きく頷いた。

 そして、冒頭に戻る。
 良夜は四人の浴衣美人に囲まれながら、ステージを見あげていた。
「私なんて、全然ダメですよ〜」
 三島美月は明るい笑顔ではっきりと断言した。
「わっわたくしなんて……そのような物に出たら卒倒してしまいますわ……」
 河東彩音はその顔から血の気を失わせ、震える唇でそう呟いた。
『インタビューがあるから無理』
 二条陽は具のない焼きそばを食べながら、そう書いてるメモ帳を見せた。
「見る目のない童貞しか見られないのが残念だわ。ああ……この美しさが世に認められないなんて、なんて不幸な世の中かしら?」
 そして、妖精アルトは良夜の頭の上でくねくねと妙なしなを作りながらそう言った。
「だから、なおしか出る奴いないんよ!」
 一同の総意として、貴美は直樹の意志を無視して飛び入り参加の手続きを進めた。
 結果。
 大勢の“女性”に囲まれ、高見直樹は“女性”としてステージにいた。
 中央広場に作られた特設ステージ、この後あまり売れていない芸人のショーなんかがあるせいか、ステージの回りは立錐の余地もないほどに人であふれている。その上にはローカル局のアナウンサーらしき男性を中心に二十名ばかりの浴衣美人達が勢揃い。
「ありゃ……怒ってるな、直樹……」
 その片隅、はにかんだり、照れたり、緊張したりとそれぞれではあるが誰もが微笑みと呼べる物を客席に向ける中、直樹ただ一人、ブスッと脹れた顔でそっぽを向いていた。
「――OLの桜塚佳枝さんでした。次は――」
 キーンと時折ハウリングの音を響かせながら、司会のアナウンサーはインタビューを続けていく。やっぱり緊張している人、やけにノリノリでアピールしまくっちゃう人、面白い事を言おうとして失敗する人……そのたびに失笑やら爆笑やらが会場からは沸き起こる。
 そして、ついに直樹の順番が回ってきた。
『高見直子さん? ハタチ、大学生?』
『…………はい』
『自信の程は?』
『…………全然』
『えっ……えっと、今日はどうして?』
『かっ――……友達が……無理矢理』
『じゃぁ、その友達にここから一言』
『…………ないです』
 何を聞いてもつっけんどんな受け答えしかしない直樹に、司会のアナウンサーも軽く引き気味。会場は退屈そうな冷め切った空気に包まれ始める。それでも一生懸命直樹から面白い反応を引き出そうとするアナウンサーが良夜にはとても哀れに見えた。
「流石に今回は貴美も振られたかしら?」
 とのアルトの言葉を良夜経由で伝えられても、貴美は屁のカッパ。これくらいなら過去に何度もやっているしい。それに何よりも、
「今回は六――じゃなくて五分の一だから」
 六と言いかけたのはアルトの数が入っているからだろう……って。
「俺も入ってるのかよ!」
「わたくしもですか!?」
「私もっ!?」
 三者同時に声を上げれば、全員の視線が黒髪淑女の大きな瞳に釘付け。きょとんとした顔で彼女は自分の顎を指差しながら、キョロキョロと回りを見渡した。
『三島さんと彩音ちゃんは一番の当事者』
 陽のメモ帳に全員がコクコクと大きく頷く。
「ふえぇ〜! 私は直樹君の愛らしさを皆さんに知って貰おうと思っただけなんですよ? もう、おうちにお持ち帰りしてお人形さんのお隣に並べちゃいたいくらいですから!」
 犯罪者か? この人は……
 じとぉ……と冷たい視線に美月は冷や汗たを一筋。あははは〜と乾いた笑い顔を向けると、ごまかすように「続き、見ましょうよぉ」とステージの方を指差した。
『そっ、それじゃ、最後にクルッと一回転して貰えるかな? 帯を会場の肩に見せて上げてください』
「あっ!!!」
 他の出場者にもしていたお願いをアナウンサーが直樹に言った直後、彩音の悲痛な叫び声がそろそろ日も落ち始めた空へと舞い上がっていった。
「いっ、いけませんっ!! 直樹さん!!」
 しかし、そんな静止の言葉など、会場遠くから離れたステージまで届くはずがない。当然直樹は言われるままに、そして投げやりに体をクルンと一回転させた。
 ボトボト……ストン!
 その時、彼のお腹周りに入っていた詰め物は全て床に落ち、彼の腰に巻き付いていた帯はその懐に空気を抱き――
 床に落ちちゃった。
 パサッと広がるひまわりの花びら。ホンの一瞬……コンマ秒の単位ではあったが、貧乳ってレベルじゃないほどに真っ平らな胸が会場に露わになる。直後、彼はその広がった裾を抱きしめるようにして、ステージ中央へとしゃがみ込んだ。
 そして、今回のインタビューとは比類できないほどの感情がこもった言葉を、アナウンサーのマイクはきっちりと拾って居た。
『吉田!!! 覚えてろ!!!!』
 マイクの拾った声に貴美は顔色をなくし、先ほど恋人がしたかのようにクルンと一回転する。しかし、その意味するところに気付かぬ者は誰一人としていなかった。
「逃げるな!」
 代表で良夜が叫び、陽がマッハの勢いで貴美の首根っこを押さえ、美月と彩音はその両腕にしがみついていた。
「ひぃ〜〜ごめん! 逃がして! なお、怒ってるからっ!!」
 逃亡しようとした貴美はとっつかまえられて……

 怒り心頭の直樹が待ち合わせ場所に帰ってきた時、そこにいたのは――
『イケニエ』
 このメモ帳を握りらされた吉田貴美ただ一人だった。
「……吉田さん……僕らの今後についてジックリ話し合いましょうか?」
「ごめん! てか、私一人のせいじゃないから!!」

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